2007年07月12日

スイカ柄の夏

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Frank Zappa / Joe's Garage

 「おい。タコヤキ食いに行かん?」隣のクラスの友人が自転車小屋で声をかけてきた。「あ〜、俺、ウンコ漏れそうだから帰る。またね」
俺は自転車を飛ばした。ようやく梅雨が明けた。そのうち夏が来るだろう。「Accidents will happen 〜♪」俺は昨日レンタルしたばかりのElvis Costello and the Attractionsの『Armed Forces』のナンバーを口ずさんだ。調子外れのメロディーが雨上がりの濡れた大気の中に溶けていった。そう、それは1980年初頭。80年代のことだ。

 俺は家には戻らなかった。ウンコも漏れなかった。隣町の果物屋まで自転車を飛ばした。彼女は自転車を店の前で停め、店主に金を渡していた。彼女は財布に目をやりながら首を振って髪を少しだけ跳ね上げた。俺は道路脇からそれを覗き見て、意味なく顔を赤らめた。

「ああ。来てたか。スイカ買ったよ」彼女は俺を見て笑った。
「うん」俺はいつものように彼女の前では気の利いた事が言えなかった。

 俺は彼女が買ったスイカを下げて片手で自転車を押した。彼女の自転車も俺の横に並んだ。直ぐ横に彼女の横顔があると思うと俺は喉がカラカラに渇いた。少しだけ坂を上ると彼女の母親がいる病院が見えた。彼女の母親には意識がなかった。

 俺達は家族控え室に荷物を下ろすと白衣に着替えて集中治療室に入った。何台ものベットが並び、幾人もの意識がここには無かった。
彼女は昏睡状態の母親の横に座り、点滴で腐敗した腕をさすった。それから耳元に一言二言ささやいた。

 控え室に戻る階段で「今日は顔色良かったと思わない?」と彼女は俺に聞いた。「うん。昨日より良かったよ」俺は答えた。彼女が言うのだから間違いない。彼女が信じるものなら俺も信じられる。

 控え室には彼女の家族用に畳一畳分が割り当てられていた。ここには入りきれぬほどいるのだ。死を待つ家族が。

 彼女は共同の台所でスイカを切って皿に盛り、俺が座っている場所まで運んできた。
「食べなよ。今夜、兄ちゃんが帰ってくるんだ」彼女は彼女の父と交代でここで寝泊りしていた。彼女の兄は遠くの大学に通っていた。

「ん〜まじ〜な。ぬるいね」彼女はスイカを頬張って顔をしかめた。
「うんん。美味しいけど」スイカは確かに温かったが不味くは無かった。俺は頬張れるだけ頬張って種を吐き出した。

 彼女は一切れ食べ終わっても種を一粒も吐き出さなかった。
「ん? 種出さないんだ」俺は不思議に思った。
「うん。もうね。何でも良いから私のものにしちゃいたい気分なんだ。なんだろ? なんだろね? 捨てたくないんだよ。この先にある何もかもをね」
 彼女はそう言って二切れ目のスイカを頬張った。時々口を止めて、祈るように種を飲み込んだ。種が彼女の喉を通過する時、彼女の眉間に険しい皺が寄った。俺は彼女のその姿を見ていると胸の奥からこみ上げてくるものがあった。
 
 俺には分からなかった。人が死ぬ事の意味や。彼女の苦しみがどれほどの物なのかが。
 彼女を知れば知るほど、彼女の境遇を知れば知るほど、彼女がどんどん俺から離れていくように感じられた。俺は何も知らなかったし、何も知らされなかった。
 ただ俺は彼女を追いたかった。いつか彼女に追いついて、彼女の肩を抱ける日が来る事を信じたかった。

 夏の初め。まだ蝉の鳴き声が鮮やかさを持って耳に届く頃に彼女の母親は死んだ。

 告別式で目にした彼女は跡形も無く壊れてしまっていた。それまでの彼女が持っていた何もかもが、そこにはなかった。その時の彼女には俺の顔や声さえ何の意味も持たなかった。そして彼女はその日以来俺の前から姿を消した。母親の実家で療養することになったと彼女の親族から聞いた。

 その夏が終わり。秋が過ぎ、年が暮れても彼女は戻らなかった。受験が終わり、卒業の日を迎えても彼女は戻らなかった。俺は受験に失敗し、偏差値の低い地方の大学に進学した。大学のある町に引っ越す日。俺はかって彼女が住んでいた家のポストに新しい住所と『その時が来たら会いたい』とだけ書いた手紙を投函した。

 俺は生まれてずっと暮らしてきた町を離れた。俺は本当に彼女から遠くに、ずっとずっと遠くに離れようとしていた。それは俺をそれまでより不安定で屈折した人間に変えていった。
 俺は人と滅多に話さなくなり、自宅にこもってノイジーでアバンギャルドな音楽ばかりを追い求めた。PIL、ポップ・グループ、リップリグ・パニック、キャバレーボルテール、サイキックTV、バウハウス、ジョイ・ディビジョン。それらの混沌とした音を暗い部屋で聞き続け、自分を追い込み、やがて壊してしまいたいと俺は願った。

 あれから1年ぶりの夏がやってきた。俺は暗い部屋から転がり出て、久しぶりに日の光を浴びた。その町にも蝉の鳴き声が約束通り届けられていた。俺は青白い顔をして商店街を歩き回った。やがて八百屋の店先にスイカを見つけた。俺はあの日、彼女が下げていたスイカを懐かしく思った。
 スイカを買って下宿に戻った。部屋は急な階段を上った2階にあった。カーテンを開け、少し掃除してからスイカを切った。窓を開け、窓枠に腰掛けてスイカを頬張った。あの日のスイカのように生ぬるい味がした。俺は窓の下の道路に目がけ、種を吐き出した。種は熱くなったアスファルトにぶつかって飛び跳ねた。
「おい! 種を捨てるなよ!」下から女の声が聞こえた。俺は慌てて道路を見下ろした。
 少しやつれた顔をした彼女が立っていた。顔には大きな笑顔が浮かんでいた。俺はいつものように気の利いた事が言えないのは分かっていた。なにしろその日は感激で胸まで詰まっている。
 俺は震える声で馬鹿馬鹿しいほどの返事をスイカみたいな大きな笑顔の主に返した。

「やあ。また会え種」

 その日、その時。俺達の新しい夏が芽生えようとしていた。とても退屈な時代の、とてもとても退屈な年頃の事だった。


Frank Zappa - Watermelon in Easter Hay
posted by sand at 18:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 今回は何か壮快ですな。スイカのネタだからちょっと暑苦しいですが・・・。今日の給食はスイカだったので、種もちゃんと飲み込んできました。飲み込んだ子どもたちに「これ食べるとお腹の中ですいかができておなかがスイカみたいになるっちゃが・・」とホラを吹いてまわりました。
Posted by ITORU at 2007年07月12日 18:59
まいど。台風直撃しそうですよ。メチャクチャ憂鬱です。去年ひどい目にあったからな〜。
ああ。明日が来るのが嫌。

今回も読んで頂いてありがとう。あまり出来が良くなかった。プロットも平凡だし、オチがダジャレとは情けない。もう少し後半部分を練り込みたいですが、そんな時間は取れませんね。今年は短いのを書き散らす方向で行きますわ。
 次は「のっぽのクレア」「その夏、僕らは首くくりの家にいた」「スプリンター・リフトバックで連れてって」の、いづれか。
 あと「レコード収集狂殺人事件」などの本格推理も書いてみたいな。プロットが浮かばないけど。
Posted by sand at 2007年07月13日 17:25
ノスタルジックな夏の思い出。爽やかですねv
いい塩梅のおセンチ感を、駄洒落落ちで締めて微妙にモードを変換し胸に届かせる高度な運びにやられました。しびれます。

そちら台風はいかがですか〜??
こっちも雨が激しいです。
無事にやり過ごせますようにお祈りしています。
Posted by 志穂美 at 2007年07月15日 11:24
こんばんは。いつもありがとうございます。
素人の私に感想まで頂けて、ほんとにラッキーです。つくづく運の良い男だな〜と思います。なかなか文章力は上達しませんが、もう少し書いてみたいテーマがあるような気がして、やめられません。最初は文を書く事が苦痛でしたが、最近はとても楽しんでいます。上手い具合に仕事や家庭と両立出来ない物かと思いはじめました。
 焦らずコツコツ続けていこうかと思っています。お時間のある時にでも楽しんでいただけましたら幸いです。

台風は幸いな事に被害がありませんでした。そちらは、どうでしたでしょう?ご無事を願っております。
では、本当にお力添え頂きまして、感謝いたしております。先生にも宜しくお伝えくださいませ。
Posted by sand at 2007年07月15日 20:37
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