2007年07月17日

ノッポのClair(後編)

Gilbert O'Sullivan2.jpg
The Best of Gilbert O'Sullivan

 クレアは、スルスルと服を脱ぎ捨てると、猫のように背を丸めてベットに横たわった。私は背後から彼女に覆い被さり、彼女の耳たぶを弱く噛んだ。クレアの耳の奥深くから「カシャン」とガラスに亀裂が走る音が聞こえた。
 クレアの"羞恥心"が砕けた音だった。私は一瞬、我に返った。その光の射さぬ簡素なベットルームで私はクレアを抱いていた。私はクレアの深部にまで関わってしまった事を痛感していた。それでも、そこには確かな現実感が欠落していた。私には、今ここで起こっている事が奇妙な偶然の連続のように思われて仕方がなかった。


 私は何度かクレアと話しているうちに、彼女が持つ強い透明感に引かれていった。彼女の心は、とてもピュアで、それでいて恐ろしいほどタフでもあった。私はクレアの氷のように冷たく透明で、尚且つ強固な精神性に魅せられていた。ただ彼女はあまりにも高い場所にいて、私は彼女の肩に触れる事さえ出来なかった。

 「あなたが望むのであれば」

 その日もクレアは、私をキッチンに案内した。彼女がテーブルにコーヒーカップを運んだ後に、私はコーヒー用のクリームが切れている事に気が付いた。私はテーブルを立って「コーヒー用クリームの買い置きがあるか?」と聞いた。「貴方には手が届かない場所にあります」と彼女は答えた。
 クレアはキッチンに置かれた、かなり大型の食器棚に歩み寄り、その天板の上に手を差し入れた。奥から瓶入りのコーヒー用クリームが出てきた。私には到底、手の届かない場所だ。
「どうして、そんな高い場所にクリームを?」私はクレアに聞いた。彼女はコーヒーカップにクリームを注ぎながら「それを人には触れさせたくはないのです」と答えた。
「どうして触れさせない? クリームがそんなに大切なのか?」私はさらに聞いた。
「何が大切なのかは、人によって違うものです。あなたにとってのクリームと私にとってのクリームは同一の物ではありません。私は私の基準の範囲で、それについて考え、そしてそれに触れます。それぞれ人は手の届く場所が違うものなのです。」
「…手の届く場所?」クレアの言葉を私は舌の上で何度も転がした。

 私が最初にクレアを抱いたのは、それから数週間後の事だった。
私はクレアとの会話の途中、無言で立ち上がり、立ったまま彼女を抱き締めた。クレアは一切抵抗しなかった。
 私はクレアとの会話の中から、彼女の中に『不自然な皺』が複数あることに気が付いた。私にはその不自然さが苛立たしかった。彼女は彼女が抱える問題を、ある不自然な思考で覆い隠そうとしているように見えた。クレアはとても聡明で魅力的な女性であった。しかし彼女は彼女自身が生み出した『不自然な皺』によって不恰好に歪められているようだった。
 それは言葉ではなく、もっと直接的な行為でしか、彼女に伝える事が出来ないように私には思われた。

 私はクレアを抱き締めたまま、耳元にささやいた。
「私は君に手が届く。私は君の髪に触れる。そして、それは私一人でもない。誰でも君に手が届き、誰でも君に触れる事が出来る。そう君が望むのであれば……」

 クレアは、スルスルと服を脱ぎ捨てると、猫のように背を丸めてベットに横たわった。私は背後から彼女に覆い被さり、彼女の耳たぶを弱く噛んだ。クレアの耳の奥深くから「カシャン」とガラスに亀裂が走る音が聞こえた。
 クレアの"羞恥心"が砕けた音だった。

 その夜のクレアは普段通りに振舞った。私は帰り際、ドアノブに手をかけたまま、振り向いてクレアにこう伝えた。
「クレア。一緒に暮らさないか?」
クレアは目をクルクル回して「あなたが望むのであれば」と言って笑った。その言葉から彼女の真意は伝わってこなかった。
 それからクレアは奇妙な事を聞いてきた。「貴方は、両手離しで自転車に乗れますか?」
私はこう答えた。
「ああ。若い頃は乗れたよ。なんて事はなかった。でも今は、どうかな? 今は出来たとしても、やらないだろう。やる必要が私には無いんだ。」それでクレアは私を送り出した。
 そして、それが最後に彼女と交わした言葉になった。

 その夜、クレアと別れてからも、私は夢の中にいるような現実離れした感覚を覚えていた。クレアは本当にこの世に存在しているのだろうか? 私は悪い夢を見続けていたのではないだろうか? 私は繰り返し考え続けていた。

 二日後にクレアのオフィスを訪ねると、家中のカーテンが開け放たれていた。室内は日の光を浴びてキラキラと輝いているように感じられた。玄関には鍵がかかっていなかった。誰でも、その扉を開ける事が出来た。
 私は燦燦と日が差し込む、暖かい室内を見回した。クレアの荷物は何もなかった。デスクの上にだけ修復された"羞恥心"が揃えて置いてあった。私が依頼したものだ。

 私は裏手に周りキッチンに入った。そこにも溢れるほどの日の光が満ち溢れていた。二人でお茶を飲んだテーブルの上にクリームの瓶が置かれ、手紙が添えられていた。

 クリームの瓶に目を凝らすと、瓶の中に"壊れた羞恥心"が浮かんでいた。多分、クレアのものだ。手紙には、こう記されていた。
「私の傷を誰の手にも届く場所に。あなたが、そう望むのであれば」

 私は椅子に腰掛け、しばらく、その"壊れた羞恥心"を眺め続けた。それは紫色にキラキラと光り続けた。

 私は女に捨てられた情けない男だった。そして心に傷をおっていた。しかし、同時に私は清々しい気持ちでクレアを見送ろうとしていた。彼女の決断を心から歓迎したくもあった。


 クレア。のっぽのクレア。彼女は両手を離したのだ。その長い腕を大きく開き、光に向かって、かざしたのだ。



★ダメでした。ソーリーソーリー。後半時間がなくて飛ばし過ぎた。飛ばさなくても、出来が悪いけど。出直してきます。


Gilbert O'Sullivan - Nothing rhymed

posted by sand at 17:37| Comment(4) | TrackBack(1) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『不自然な皺』か・・・羞恥心はともかく、不自然な皺が心の奥にたくさん増えてきているような気がします。
Posted by ITORU at 2007年07月17日 20:37
あ、いや〜読んで貰って、申し訳ないような。今回は、上手く書けなかったですよ。
前半は書き込んで、後半は飛ばしまくってしまった。バランス悪い。羞恥心を持ち出したのも、大味過ぎた。今回は、起承転結にこだわらず、フリーフォームに展開させたかったんだけど半端にしか出来なかった。テーマは、自立した女性が、より自由に羽ばたく姿を書きたかった。けど全然書けなかったな。ま、次回がんばりましゅ。
Posted by sand at 2007年07月18日 15:36
こんばんは〜。自分のブログにコメントをもらったから来たわけじゃないですよ。来たかったから来たの!ま、そうゆうわけですから。
読後感が、すっごく爽やかでしたね。紫色にキラキラ光るかけらに救われたような気がしました。
ところでギルバート・オサリバンのことは(も)よく知らないです。「アローン・アゲイン」ぐらいは知ってますが。あと、日曜の朝の洋楽ラジオでよく「ゲットダウン」がかかってたな〜。
なんとなく、私にとっては、「幸福な日曜の朝のちょっと切ない音楽」ですね。よくわかんないけど。
Posted by ショコポチ at 2007年07月19日 00:42
どうもどうも。ありがとやんす。こりゃちょっとダメだから気にしなくて良いよ。最近の中では羽衣アラレのヤツが気に入っているけど、他のはイマイチやな。あんまり考えて書くと良くないね。サラッと書けた時が駄文書いてて良かったな〜とか思えるけどね。ま、ハズレも多いと。多作だから。

ショコポチさんは単純に寡作だと思えば良かったんだ。失礼しました。あんた時々面白い事書くからな〜。あと、おんこちさんに、そんな事言った覚えがないな〜。やっぱり言ったかな〜。言ったとしたら悪いな〜、謝っといて。

>「幸福な日曜の朝のちょっと切ない音楽」

そうそう。そんな感じ。平日に聴くとムカつくよ。
Posted by sand at 2007年07月19日 15:31
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