2005年10月26日

パンダ印刷所

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親父の使いでパンダ印刷所に向かっていた。
今時、下町の印刷所なんかよりネットで発注した方が、ずっと安いのだが、ウチの頑固親父は「ウチは代々パンダ印刷所に頼んでるんだよ!」と譲らない。
まったく、そんな石頭じゃ、このハイテク時代を、生き残っていけないぜ!
俺はブツブツ文句を言いながら自転車で下町を訪れた。

町工場を通りすぎて、駄菓子屋の角を曲がり、柳並木の河川を走り、
小さな橋を渡った所にパンダ印刷所は汚らしく建っていた。
まったく、営業してるのか潰れているのか、さっぱり分からない。
パンダ印刷所の看板は薄汚れて斜めに傾いていた。

パンダ印刷所はパンダパパとパンダママの夫婦が経営していた。
パンダパパとパンダママと言うのは、もちろん愛称なのだが、本名を知ってるものは少ない。
ここいらでは、パンダパパとパンダママで話は通じる。
だいたいパンダの名前が似通っていて憶え難いし、この辺りで商売をやっているパンダは数少ない。
印刷所を経営してるなんて、世界でも稀なのかもしれない。
でも下町で汚い印刷所を経営しているパンダなんて誰も興味が無いのだ。

パンダは、他の動物やもちろん人間に比べて、税制待遇や福利厚生待遇で優遇されている。
所得税や固定資産税、贈与税や相続税まで非課税扱いと、もっぱらの噂だ。
厚生年金や国民年金も特別措置がとられていると聞く。

基本的にパンダの野郎は金持ちが多い。たいした仕事もせずにブクブク太りやがって、良い車に乗ってやがる。飲み屋でホステスを引き連れてブイブイ言わせている。
ネズミなんて同じ動物なのに低賃金で汚い仕事ばかりやらされて可哀想なものだ。
俺は、声を大にして「こんなんじゃ基本的動物権もへったくれも無いだろ!パンダもネズミも平等に扱え!」と怒鳴りたい所だが、何しろパンダの野郎のバックには某超大国が控えてて、うかつに物も言えないありさまだ。

しかし、このパンダ印刷所は貧乏だ。俺はパンダ印刷所の前で、しげしげと建物を眺めていた。
まるで金の匂いがしない。
これだけの優遇措置が取られて、何故に貧乏なのか?
それはパンダ親父が、まるで仕事を取って来ないで酒ばっかり飲んでいるからだ。
酒を飲んでいなければ、スロットを回しているか。そのどちらかだ。

こんな仕事の少ない印刷所なのだが、従業員を一人雇っている。
佐藤タクミと言う名の30男なのだが、この男がまったく仕事が出来ない上に、髪がフケだらけで近所でも有名な不潔人間なのだ。
こいつの半径5m以内に近づくと強烈な異臭に鼻腔を襲撃される事になる。
ウンコと納豆と塩辛をグチャグチャに混ぜ合わせたような匂いだ。
集金に来たクリーニング屋の色っぽい奥さんが、この匂いにやられて救急車で運ばれたのは有名な話だ。

俺は佐藤タクミのバカが、事務所にいない事を願ってドアを勢いよく開いた。
「まいど!」

すると事務所内で意外な光景を目にする事になった。

パンダママと佐藤タクミのバカがソファの上で抱き合っているのだ。
俺は佐藤タクミのバカとの距離が5m以上開いているのを確認した上、念の為、鼻をつまんで大声で指摘してやった。
「ああ!お前らデキてる!絶対、デキてる!」

その声を聞いた佐藤タクミのバカは、赤い顔をしてパンダママを払い除け、慌てふためいて、こっちに駆け寄ってきた。
「違うんですって!違うんですって!」
佐藤タクミのバカは我を忘れている。

俺も慌てふためいて建物の外に逃げ出した。
「ばか!ばか!慌てちゃダメ!慌てず冷静に!」俺は佐藤タクミのバカとの距離(5m)を懸命に維持し続けた。

佐藤タクミのバカは、事務所の戸口に立ってハンカチを噛んでシクシク泣きだした。
首を左右に振って泣くもんだから、髪からフケがモウモウと立ち上っている。
まるでノロシだ。
俺は身震いをして、ソファに座っていたパンダママに視線を移した。

パンダママは、首をゴキゴキと2〜3回鳴らした後、取り組み前の<高見盛>のように顔を数回バシバシと叩き、無念そうに仕度部屋?に消えて行った。

「大変な所に来てしまった。早く用事を済ませて帰りたい」
俺はパンダ親父を探しに酒屋とパチンコ屋を見て回った。
posted by sand at 17:16| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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