2005年08月08日

太陽が、ひざまずく時

Veedon Fleece.jpg

夜明け前。
彼女は、男から<ト・コ・ロ・テ・ン>を受け取る。

夏。日曜日の朝焼け。生ゴミの匂い。カラスの群れ。
彼女はバス・ターミナルにあるコーヒーショップにいる。
彼女は、コーヒーには口をつけず、タバコを吸う。

いつから寝てない?
憶えてない。思い出せない。知りたくない。

朝の表通りは、急に老け込んだように弱々しい。
路上に捨てられたチラシ広告が、居たたまれない様子で舞い上がる。
今朝は風がある。

「聞いてない事を言うな」
彼女は無意識に、そう声に出してつぶやく。
その声は、彼女自身を驚かせる。
彼女は手の震えを止められない。心臓がハンマーが打ち込まれるように高鳴る。
大丈夫。大丈夫。私は私を捕まえている。

肩で深く呼吸し気分を落ち着かせる。
大丈夫。大丈夫。

彼女は、郊外行きのバスに乗り込む。
バスは意外に空いている。

バスの窓から景色を眺める。
肩にカラスをとまらせた男が生ゴミを漁っているのが見える。
あの男は、どこかで見た。
どこだろう?思い出せない。何から何まで忘れてしまう。

彼女は市民プールの更衣室にいる。
更衣室のトイレの中で<ト・コ・ロ・テ・ン>を身体に流し込む。
<ト・コ・ロ・テ・ン>は彼女の血管を通り、肉の奥深くまで潜り込む。
彼女は目を閉じる。ヨダレがアゴを伝って滴り落ちる。

彼女は際どい水着をつけてプールサイドを歩いている。
日の光を浴びて、白い水着が眩しく輝く。
男達の熱い視線を感じる。

彼女は長い時間、水の中にいる。
ずっと息をしていない。
でも、特に苦しくはない。

彼女は、目を閉じてその声が聞こえるのを待っている。

「来た」彼女は水中で呟いて目を開ける。

彼女は見渡す限りの緑の芝生の上にいる。
大きな茶色の犬が二匹。彼女を待っている。

彼女は微笑みながら、犬達に手を差し伸べる。

二匹の犬は、息をする度にシャボン玉みたいな、大きな泡を吐き出している。
泡はプカプカと辺りを漂い、やがて青い空に向かって昇って行く。

彼女は、空を見上げる。
そこにある太陽は、ボンヤリしてユラユラ揺れているようだ。
ずいぶん頼りない太陽。彼女はそう思う。

太陽が彼女の前に、ひざまずいた。
posted by sand at 04:35| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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