2005年08月16日

Every Grain of Sand

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Bob Dylan / Shot of Love

その砂浜に座って、私と埼玉ネコは海を眺めていた。

見渡す限りの白い砂浜が、大きな曲線を描いて海を取り囲んでいる。
空は、今にも雨が降り出しそうな、厚い雲に覆い尽くされていた。
海もまた、暗い予感をはらんだ様に重苦しい波を浜辺に打ち上げさせている。
強い海風が、我々の頬を打ち、辺りの砂を勢い良く舞い上げていた。

私と埼玉ネコの間には、年老いた海亀が寝そべって海を眺めていた。

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海亀は、首を長く伸ばし眠そうな目を我々に向けて言った。
「海の声が聞こえるか?」

私と埼玉ネコは、首を振った。

「わしには聞こえる。海の声が聞こえる」

私は、海亀に尋ねた。
「海は、どんな声をしているんですか?」

「海は、様々な声を持っている。穏やかな声。怒りの声。安らぎの声。悲しみの声。」

「海は、どんな事を伝えようとしているんですか?」私は聞いた。

「わしには海が何を考えているかは分からんよ。わしは、ただ、その声を聞くだけなんじゃ」

強い風が、砂を舞い上げた。我々は、顔にかかった砂を手ではらった。

「何故、海の声を聞くんですか?あなたは、海の声を聞く事で何を得ているのでしょう?」もう一度、海亀に尋ねた。

「何故?わしは、この砂浜で、この空と、この海とが溶け合う場所を見ているだけじゃ。そして、そこに海の声がある。
わしは耳を澄まし、その声を聞く。
それが、わしじゃ。そして、わしが、それなんじゃ。」

「でも、それが、あなたに何をもたらすのでしょう?何の為にあなたは、そうするのでしょうか?」私は尚も食い下がった。

海亀は、首を振りながら、こう繰り返すばかりだった。
「何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ。」

海亀が去った後も、私と埼玉ネコは、海を眺め続けた。

埼玉ネコは、私にこう言った。
「全ての出来事に意味を求めるのは間違いだよ。
行き先のない想いもある。何も求めない生き方もある」

雨粒が頬を打ち始めた。
私は、空と海の溶け合う場所に向かって耳を澄ました。


 夜の悲しみの中でわたしはボロから富へかわった
 夏の夢にふりまわされ 冬の光に凍てついて
 忘れた顔の純真をうつす鏡がこわれるとき
 わたしには海のうねりのような古への足音がきこえる
 ふりかえると ときにはだれかいる 
          ときにはひとりきりだ
 人間という現実にやっとぶらさがっていきているわたし
 すべてのスズメが落ちるように すべての砂粒のように
   「Bob Dylan/Every Grain of Sand」
posted by sand at 05:12| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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