2007年10月11日

その白い世界に(The Cutter)

Porcupine.jpg
Echo & the Bunnymen / Porcupine

 祖父が首を吊って死んだ朝。それは大晦日の朝でもあった。
とにかく、その日は朝から雪が舞っていた。それらは山間の田畑に音もなく降り積もり、そこは白い世界だった。白く冷たい世界だった。

 祖父が死んだのは私が7歳の時だった。私は7年間を祖父と同じ屋根の下で暮らした事になる。生きている祖父の記憶は、ひどく曖昧だ。祖父を知る人間は、皆一様に祖父は決して怒らない人だったと言う。だが私の記憶に残されている祖父は、私に罵声を浴びせ、力任せに殴り飛ばした。鬼のような形相をした祖父だった。だが、それは一度きりの事だ。たった一度だけ祖父は私に怒りをあらわにした。
 それは、家へ戻る坂の途中。私がそれを傷つけた時の事だった。

 祖父は明治の終わり、山間の集落を束ねる資産家の家に生まれる。祖父は幼少時代を乳母によって育てられ、住み込みの女中達に取り囲まれて少年時代を過ごしたと伝え聞く。確かに写真で見る祖父は、線の細い神経質な顔立ちをしている。戦時を生き抜いた男にしては、ひどく頼りなく貧弱に見える。

 祖父の父は、典型的な破滅型の人生を歩み、一代で莫大な財産を飲み潰したと言われている。祖父の父は、馬に乗って町に現れ、芸者を上げ、酒を飲み尽くし、女郎屋に寝泊りしたと聞いた。祖父の母は、とても穏やかで知的な女性だったと伝え聞く。祖父の母は、隣町のやはり資産家の令嬢として育ち、祖父の父の元に嫁いだ。だが祖父の母は、祖父を産んだ後、40歳を前にしてこの世を去った。祖父の父がうつした梅毒が脳にまわり狂って死んだのだ。
 今、私の手元にある当家のお位牌の中には、祖父の母の名前が抜け落ちている。恐らく祖父の母は、死ぬ前に離縁し、実家で死を迎えたのでないかと考えられる。もう一つ、祖父の母は、夫をひどく憎んでいたと聞いた。それは呪いと言い換えても良いのかもしれない。その呪いの存在を、その後の私達は何度も肌で感じ取った。

 没落した祖父の一家は、逃げるように山の麓に家をかまえる。ひどく粗雑で貧しい家だった。私の父や、そして私自身が産まれたのも、その家だ。里から引き篭もるように、その家は、急勾配の傾斜地に引っ掛かるようにして建っていた。

 祖父の父は意外にも長生きし、その豪胆な人生を大往生で締めくくる。祖父は大工の職を得、祖母と結婚をする。つかの間の安息の日々をおくる祖父を待っていたのは、二度にわたる大戦だった。祖父は二度徴兵され東南アジアで戦闘に加わったと言われている。当時まだ新婚だった祖母は、人里離れた家に一人住み、祖父を待つ不安な毎日をおくったと後に聞いた。

 やがて終戦を迎え、帰郷した祖父は別人のように無気力な人間になっていたと祖母は私に話した。祖父は腕の良い大工だったのだが、それ以後、ほとんど働かなくなったと言うのだ。祖父は大戦で何を目にし、何を感じ取ったのかは、今となっては到底知り得る事ができない。
 月に数日しか働かない祖父を尻目に、祖母は寝る間もなく働いて、やがて産まれて来た、父やその兄弟達を育て上げた。祖母は気丈で屈強な女だった。私は今でも祖母に尊敬の念を抱いている。祖母は死ぬまで弱音を吐かなかったし、強く優しい女であり続けた。

 私の父が結婚し、同居を始めると、益々祖父は孤立して行った。祖父はまるで自分が、この家に不必要な事を自覚しているように、いつも暗い納戸といわれる三畳ほどの部屋に引き篭もって、家族の前に姿を現さなくなった。
 そして私が産まれた。

 祖父はいつも小さな声で、私に話しかけたのを憶えている。消え入るような声だ。祖父の印象は透明で、まるで脱色されたように存在が色薄い。祖父は影のようにこの家に生息し、窓のない狭い部屋に一人引き篭もった。
 私は時々、祖父が寝泊りする、納戸を覗き込んだ。その部屋は私を震え上がらせた。そこには『光が存在しない』のではなかったのだ。その部屋には『別の物が存在した』のだ。『暗黒』だ。そこには確かに『暗黒が存在していた』。


 その日、祖父と私は家へと続く坂の下にいた。坂の下にある郵便ポストが壊れたので修理に来たのだった。その日の祖父は珍しく快活で、私を誘い、大工道具を抱えて坂を下りた。
 修理は直ぐに終わり、私は祖父から持たされたノコギリを抱いて坂を駆け上がった。その時の私は6歳くらいだっただろうか。祖父は笑いながら私の後から坂を上ってきた。私は祖父の真似をしてみたくなった。それで坂の途中にあった杉の木に向かってノコギリの歯を付きたてたのだ。それは職人が使う、とても良く切れるノコギリだった。子供の私にも杉の木の幹を傷つける事は容易だった。すぐに幹の表皮が切り刻まれた。
 その時だ。その時、祖父はただ一度だけ私の前で怒り狂った。

 不意に坂の下から祖父の怒鳴り声が聞こえてきた。祖父は鬼のような表情をして私の頬を平手で殴りつけた。私は吹き飛ばされるように道に転がった。その後、祖父は、とても慌てた様子で、私が傷つけた杉の木の傷跡を両手で押さえた。まるで、そこから何かが零れ落ちるのを防いでるような気がした。

 今になって思うのは、その時の祖父には、その杉の木から何かが零れ落ちるのが、確かに見えていたのではないかと言うことだ。それが何かは分からない。ただ祖父にはそれが見えていた。恐らくそれは祖父が戦場で見たものと関わりがあるのかもしれない。あるいは、それがある種のノイローゼ患者の見る幻覚だったとしても、祖父がそれを見たことには変わりがない。

 ほどなく祖父は自らの命を絶った。

 祖父の死やその動機は、今でも私の直ぐ身近に存在して、私の背中にヒッソリと寄りかかっているような気がする。私は祖父と言う運命に翻弄された弱い男の生きた時代を追い、その真意を問い続ける。

 あの日、祖父が私から守ろうとした物は何なのか? 祖父が戦場で失った物は何だ? そして祖父を絶望させた物の正体とは? 

 だが、答えはいつでも、あの場所に吸い寄せられ、その姿を消してしまう。あの場所とは、祖父が死んだ日に、幼い私が目にした世界の事だ。

 おそろしく冷淡で非情な、あの白い世界にだ。


このお話は、ペンギンフェスタ2007に参加しています。

Echo & The Bunnymen - The Cutter
posted by sand at 16:10| Comment(8) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 戦争によってもたらされた日常における狂気が実は一番恐ろしい物かもしれません。
Posted by ITORU at 2007年10月11日 19:08
まさに物語のような人生ですね。何度も読み返してしまいました。
私も、逝ってしまった人、私にとって重要だった人について、考えることがあります。そして何かが背中に寄りかかっているような気がします。でも、結局、本当のところは誰にもわからない、という堂々巡りにいつも入ってしまうのです。
考え続けるしかないのかなあと思います。それができることの全てのような気がします。
この世界にポーキュパインは似合いますね。寒いアルバムでした。大好きでした。現在のイアンの風貌については、もう忘れることにします…
Posted by ショコポチ at 2007年10月11日 23:50
感想有難うございます。

ITORUさん
この文は、先日話しましたペンギンフェスタに応募するために書きました。「地球・環境・自然」のテーマで書くのが難しくて、ついつい身近な人物を主題に選ぶ事にしました。「戦争」というものは大き過ぎて、どうしてもリアルに感じる事が出来ません。ただ祖父の死を通してみると、その時代が残した傷口がハッキリと(自分の中に)浮かび上がってきます。とても痛ましく、救いのない傷です。

ショコポチさん
まいどです。この文は、ほとんど実話ですが、何箇所かフィクションを加えています。ショコポチさんが書いたお婆さんの人生のように、ドキュメンタリーで全編を描く筆力はありません。
あの文章は今でも心に残ってますよ。あれは良い文だったな〜。

>考え続けるしかないのかなあと思います。それができることの全てのような気がします。

ああ。そうそう。そう思いますね。出来る事の全て。そうですね。哀しいかなですね。

>寒いアルバムでした。

寒いですね。あの頃のU2とかも寒かったですね。どうして、あんなに寒い時代だったんでしょうね?

>現在のイアンの風貌について

志穂美さんの所で話題になっていますね。デブりましたね。ユルユルですね。怖いですね。悲しいですね。


Posted by sand at 2007年10月12日 16:27
初めまして。
ペンフェスから来ました。世の中の悲しさを斜めに構えた口調で語る独特のお話は超短編小説会でも数編楽しませて貰っておりますが、これも前作とおなじく哀愁を感じさせますねえ。哀愁からほど遠い作品しか書けない身にはうらやましい限りです。
一番身近な人間ってのは、それが水のように自然な存在である故に見逃している本質ってのが結構あって、それを、その人間の死によって発見するってのは、かなり普遍的にある事なのですが、それを感じさせる文章って以外と少なく、今回の切り口もとても新鮮でした。
Posted by 第51代くましろ at 2007年10月13日 18:53
はじめまして。ご訪問と感想ありがとうございます!ペンギンフェスの関係者の方は、とても律儀な方が多くて感激しています。主催者のBUTAPENNさんからも丁寧な感想メールを頂きまして、恐縮しているところです。皆さん方の文章読ませていただきまして、本当に上手だし教養に溢れていて羨ましい限りです。第51代くましろさんの作品も興味深く拝読させていただきました。やはり幅広い知識とユーモアに溢れていて、私なんぞは到底書けないな〜と感心しております。

今回のイベントの志に共感いたしまして、少しでも何か出来ないかと投稿する事にしました。作品の未熟さは良く分かっておりますが、関係者の方より暖かく迎え入れて頂いて、本当に参加して良かったと思っているところです。

今後のペンギン・フェスタのご発展も陰ながらお祈りしております。今日は忙しくて乱文、申し訳ございません。ありがとうございました。
Posted by sand at 2007年10月14日 17:15
sandさん、ペンフェスへの参加を本当にありがとうございました。明日で後夜祭も終わり、完全な閉幕となりますが、こうやって多くの方と知り合えたことを感謝します。

「その白い世界に」
実は私にも大晦日に自ら逝った叔母がおりまして、冒頭の文章に心を鷲づかみにされました。何も語らない死の意味を、周囲の者はずっと考え続けています。
祖父の体験したことが何か。このお話は、それを書かないことによって、その重さと痛みが浮き彫りにされているような気がします。
語ることができない痛みは、傷つけられた自然が抱えている痛みでもあります。そのときの祖父は、それを自分の痛みとして感じるほどに自然と同化していたのでしょう。

饒舌な今の時代にあって、饒舌とは対極の、心を穿たれるような文章に出会いました。ありがとうございました。
Posted by BUTAPENN at 2007年11月29日 20:48
たいへん遅れて申し訳ありません。
風邪ひいたりしてたもんで。

ペンギンフェス大成功だったようですね。読み応えのある作品ばかりで充実していましたね。
運営ご苦労様です。来年も出来たら参加させていただいきたいと思います。

私の文章は粗いからダメですよ。BUTAPENNさんは文章が綺麗だし、構成も上手いですよね。うらやましい。

どうも重ね重ね気を使っていただいて、本当に申し訳ない。ありがとうございました。気持ちよく参加させていただいきました。
Posted by sand at 2007年12月04日 17:15
たいへん遅れて申し訳ありません。
風邪ひいたりしてたもんで。

ペンギンフェス大成功だったようですね。読み応えのある作品ばかりで充実していましたね。
運営ご苦労様です。来年も出来たら参加させていただいきたいと思います。

私の文章は粗いからダメですよ。BUTAPENNさんは文章が綺麗だし、構成も上手いですよね。うらやましい。

どうも重ね重ね気を使っていただいて、本当に申し訳ない。ありがとうございました。気持ちよく参加させていただきました。
Posted by sand at 2007年12月04日 17:15
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