2005年09月12日

September Song

Nat King Cole Sings.jpg
Nat King Cole Sings/George Shearing Plays

手伝っている会社の決算が終わって、一息ついた所だった。
スーパーに稲荷寿司を買いに行く途中、ブラッと本屋を覗いてみた。
本を買わなくなって久しい。無数の新刊本の前で呆然と立ち尽くしていると、Nat King ColeのSeptember Songが店内に流れてきた。

ジェントルな歌声に暫し時間を忘れて聞き入ってしまう。

そうだ。もう9月なんだ。

September Songと言えば、Lou Reedが歌ったSeptember Songを思い出した。
地の底から漆黒のベールをまとって立ち上ってくるルーの猛毒ボイス。
素晴らしいヴァージョンだった。

学生の頃、頻繁に聴いたものだ。
あれはKurt Weillの曲をカバーしたコンピレーション・アルバムに収録されていた。
邦題は、確か・・<星空に迷い込んだ男>
良い邦題だった。

あのアルバムには、他にも錚々たるメンバーが参加していた。
Sting、Marianne Faithfull、Tom Waits、Elliot Sharp、Dagmar Krause、Van Dyke Parks、John ZornそしてTodd Rundgren。

Lost in the Stars.jpg
Lost in the Stars: The Music of Kurt Weill

どうしても、そのアルバムが聴きたくなった。

私は、その足で地下鉄に乗り、繁華街の輸入CDショップに向かった。
総選挙の後の雑然とした繁華街を人を掻き分けて歩いた。

CDショップで、そのアルバムを探すが見つからない。
観念して、店のスタッフに尋ねる事にした。

「クルト・ワイルのコンピレーションで邦題を確か<星空に迷い込んだ男>と言うアルバムなんですが・・」

若いスタッフは私の言葉を聞いて、顔を引きつらせながら、もう一度、念を押した。
「<星空に迷い込んだ男>ですね?」

私は不安な面持ちで、うなずいた。

スタッフは「少々お待ち下さい」と言い残してバックヤードに消えた。

やがて一人の男が現れた。男は、背が低く、髪を後ろに撫でつけ、色のついたメガネをかけていた。
スーツも靴も腕時計も見るからに高級だと分かった。

男は<坂本>と名乗った。
「社長がお待ちです。ご案内しましょう」坂本と名乗る男は、丁寧に私に告げた。

坂本と名乗る男は、先に立って歩き始めた。私は彼の後を追う。

エレベータに乗り込むと、坂本と名乗る男は、私に、こう告げた。
「魚形と言います。社長の名です」

社長室は、豪華なシャンデリアの下にあった。黒いレザーのソファが重々しく置かれている。

真っ赤なスーツを着た女が、私を出迎えた。女は黒いサングラスをかけている。
「魚形です」女は、そう言って、ソファに腰を下ろした。

私も、向かいのソファに腰を下ろして、女の言葉を待った。

「相変わらず、無口ね」女は言った。

「君は誰だ?」私は女のサングラスを覗き込んだ。

「あなたは誰なの?星空に迷い込んだ男?」女はニッタリと微笑んだ。

女は、ゆっくりと黒いサングラスを下にずらした。
私は、女の瞳を覗き込んだ。

すぐに、その事がわかった。
「のぶえ!お前は、のぶえなんだな!」

<のぶえ>はウチの家で飼われていた金魚だった。
大地震を奇跡的に生き延びた後、金魚鉢から忽然と姿を消したのだ。

「のぶえ!生きていたのか。会いたかった!」
私は女を抱きしめようとした。

それを合図に数人の男が私に飛びかかり羽交い締めにした。
私は部屋の外に引きずり出されながらも、のぶえの名を呼んだ。

女は、黙って後ろを向いた。


私は店舗前の道路に叩き出された。
腰骨を痛打して、道路に横転した。

男達が去った後、ふと右手を見ると、いつの間にか、何かが握らされていた。
<星空に迷い込んだ男>のCDだった。


私は、そのCDを眺めながら「のぶえ」の事を思った。
「のぶえ」は、私のそばにいる。ずっと、そこにいるのだ。


posted by sand at 16:59| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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