2007年12月11日

空のあり方

Sky Blue Sky.jpg
Wilco - Sky Blue Sky


 音楽が好きで、いつも音楽と一緒に生活している。
だが、音楽を奏でる才能はないし、音楽評論を書けるほどの筆力もない。ただ音楽を聴きながら、仕事したり、あれこれ思い悩んだり、公園を散歩したり、本を読んだり、人と話したりする事が好きなだけだ。

 コードも楽器の種類もアレンジも歌詞の内容もテクニックの有り無しも、私には分かっていない。また今現在、それを理解する必要も私には無いのだ。

 もちろんミュージシャンや楽曲にケチを付けるつもりはない。音楽は素晴らしい。自分にとって最大限の敬意を持って接したい。自分にとってそれは(それが間違いだとしても)いつも生活の傍に置き、ずっとそれと接する事だ。それとずっとずっと暮らし。ずっとずっと愛し続けたいと思う。

 時として音楽は、音楽と言う枠を越えて、もっと大きな物に成長する。指針であり、道しるべであり、モチベーションであり、活力となり得る。
 それは長い年月をかけて、そうなる場合と、始めて聴いた瞬間に、そうだと確信する場合がある。
 今回は後者について。前置きが長くなった。

 Wilcoの新作『Sky Blue Sky』は始めて聴いた瞬間に自分にとって特別な音楽である事があっさり理解出来た。あくまで自分にとっての事なのだが。

 フェイセス〜ジョージア・サテライツ直系のラフでグイ乗りのロックンロールを鳴らした初期から『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』『ゴースト・イズ・ボーン』ではジム・オルークによる多少、実験的な音作りへと転換して行った。
 従来のオルタナ・カントリーから飛躍した実験性の導入を充分、評価しながら、私は初期の荒々しいサウンドが好きだった。

 そして今作。いつになく落ち着いて適度にメロディアス。ただ甘くはない。前作・前々作での冒険がピリッとした緊張感を全編に張り巡らしている。基本は地味で、しっかりと歌を聞かせる構成なのだが、音の端々が尖っていて安易にBGMとなる事を拒絶しているように感じられる。
 グラム・パーソンズ、エリック・アンダーソン、ブルース・コックバーン。それらのミュージッシャンの顔が思い浮かぶ。私の最も愛するミュージシャン達だ。
 ただ素晴らしい事にこれは2007年の音楽なのだ。今の時代を共に生きる者が産み出した音なのだ。

 何度、聴き直してもシックリとフィットする。PCの前で、職場のラジカセから、自転車に乗ってMP3プレイヤーのイヤフォンから、私は『Sky Blue Sky』を流し続ける。
 どこにいても、どんな気持ちでも、その音楽は私をしっかりと受け止め、空へと運んでいく。とても高い場所にまで。


posted by sand at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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