2005年09月24日

朱肉を聞く男B

Loveless.jpg
My Bloody Valentine / Loveless

僕は食べていた弁当を脇に押しやって、目の前の朱肉に口をつけた。
朱肉の原料は、油(ヒマシ油、白蝋、松油等)や顔料(色素)などが使われている。
なるほど、マッタリした油の味がした。
僕は、手元に置いてあった数種の朱肉を味わって行った。品質が良くなるほどに味が濃くなって行くようだった。

僕は「味」を査定項目に加える事に決めた。
それからズラリと並べられた朱肉を一つ残らず味わって行く事にした。

半分ほど消化した時点で<異変>がやってきた。

その朱肉(とくに特長のない普通に販売されている中程度の朱肉だった)に口をつけた途端、舌が高熱を帯びるようにカッカッと燃えるような痛みを感じたのだった。

僕は、飛び上がって、流し台に駆け込もうとした。
その時、後頭部にハンマーを打ち付けられたような激しい衝撃が走って、僕は身動きが取れなくなってしまった。

舌から駆け昇って来た激痛は、脳味噌を引き裂くように頭の中心に押し寄せてくるのだった。

次ぎに、炸裂するような轟音が耳元に木霊してきた。激しくフィードバックするノイズの嵐だった。
幻聴か。僕は気が狂うのではないかと、身の毛がよだつほど恐怖に襲われた。

それから最初感じた舌や頭部の激痛は次第に消え去り。耳に轟音だけが残った。
僕は頭を締め付けるような強力な耳鳴りに気を失いそうになりながら、拳を握り締めて耐えていた。

その声を聴いたのは、その時が、始まりだった。
轟音の狭間に消え入りそうな女性の声を聞いたのだ。
激しく打ち鳴らされるノイズの嵐の中に、その女性は、可憐な声で囁くように歌っているように感じられた。

僕は、その女性の声に数秒で、恋をしてしまったのだ。

それは僕が生涯求めてきた完璧な声だった。僕は苦痛から、次第に幸福の中に包まれている事に気付き始めた。

僕は彼女の声を聴くだけで涙が止まる事なく流れ落ちるのを感じていた。
今までの孤独だった人生とは違う物が、僕を包み込んで行くのが分かった。
僕は、何もかもが崩れ落ち、全く新しい自分に変わって行くのを驚愕と共に体験していた。

女性の声と激しい耳鳴りは、10分ほどで消えていった。
また、いつもの街の騒音が僕を待ち受けていた。僕は震えるほど孤独を感じた。

たまらず、もう一度、朱肉に口をつけた。
激痛と轟音が通過した後に、彼女に再び出会う事が出来た。



その時から、僕の人生は変わってしまった。終わってしまったと言えるかもしれない。

その日から二度と事務所に顔を出す事はなくなった。一切、外出もしなくなった。
食事も入浴も、ありとあらゆる日常は不必要になってしまったのだ。

僕は、自宅マンションの寝室で、大量に買い占めた同種の朱肉だけを舐めて暮らした。
僕は、彼女の声だけを聞いていたかったんだ。
他の物は、何も必要なかった。

僕は、次第に痩せ細り、衰弱して行くのを感じていた。
でも、彼女の声のそばから離れる事が出来なかった。

ある日、窓の外に、山本さんの顔が浮かんでいた。僕のマンションは5階なんだ。
目を凝らしてみると山本さんの首から下は何も無かった。首だけがニヤニヤと笑いながら、宙に浮かんでいた。

僕は騙されたのだろうか?どうだろう?・・わからない。

少なくとも今の僕は、幸せではあるのだが・・。


posted by sand at 15:34| Comment(4) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おばんでやす。「裸の王様のバカ子供」です!
・・・やはりブログで、やり過ぎた・・・と多少後悔している私です。(いつも10人位だから、安心してたのに、その日に限って倍は来ていた^^;)

やはり朱肉は、味合わないと駄目だったんですねぇ。実は大昔、私もちょっと口に入れてみた事あるのですが、油っぽくて美味しくなかったです。・・・でも実家のあの朱肉は多分、あの繊維質なネットリ感といい、匂いといい高級の部類に属するものだと思うのですが(笑)
激痛は嫌ですが、そんな甘美な声が聴けるのなら、もう少し我慢すれば良かった。

・・・朱肉を口に入れた事なぞ何十年も忘れてましたが、今日これを読んで、忘れていた記憶が蘇りました。
Posted by おんこち at 2005年09月25日 22:45
>「裸の王様のバカ子供」

なにゃですか?裸の王様って。
あれ、とても良い解答でしたよ。
素直でジーーンと来たね。真面目やな〜と思ったよ。
全然やり過ぎて無いって好感度増したんやない。
あんまり来ると気を使ってやり難いから少なくても良いよ。

>私もちょっと口に入れてみた事あるのです

お前、あるんかい!俺ないよ。そんなヤツいないよ。
駄目だよ〜。朱肉食っちゃ。
あんた肉って漢字に反応したんかいな?
最初、あれ豚かなんかの肉の塊だと思ってたよ。
血の滴るね。
食うんならお母さんに相談してから食ったほうが良かったね。

>実家のあの朱肉は多分、あの繊維質なネットリ感といい、匂いといい高級の部類

なんて女だ〜!そんな味憶えてても自慢にならんよ!
あんたの脳味噌が最高級なのかしら(^_^;)
面白いな〜おんこちさん。狙ってるのか、そうじゃないのかサッパリ分からん。

>忘れていた記憶が蘇りました

悪い事は言わない、今すぐ忘れろ(^_^;)
Posted by sand at 2005年09月26日 03:35
嗚呼、人様のブログでもバカっぷりを曝け出してしまったようです。。。
・・・てっきりsandさんも、あの味を味わったクチかと・・・(^^;)この事はこれっきり封印する事にいたします。でもボケた時、ひ孫の前でしゃべっちまったらどうしよう???

ちなみに「裸の王様のバカ子供」はショコポチさんが私のブログを読んで、「王様は裸だ!」って叫んだのは私みたいなタイプだと評したからです。(いやん、私はFR氏の前で「禿げましたね?」なんて言わないわよぉぉぉ)
Posted by おんこち at 2005年09月26日 23:37
>・・・てっきりsandさんも、あの味を味わったクチかと

さっきから味わってみようかと朱肉を見つめていますが、どうしても勇気がありません。
口紅かわりに唇に塗ってみようかしら?
彼、きっと驚くわ、ウフ。

>ボケた時、ひ孫の前でしゃべっちまったらどうしよう

今、現在でもボケの含有率高いようですので、ひ孫も驚かないでしょう(^_^;)

>「王様は裸だ!」って叫んだのは私みたいなタイプだと評したからです。

なるほど。暗黙の了解事に気が付かないタイプだと。

>(いやん、私はFR氏の前で「禿げましたね?」なんて言わないわよぉぉぉ)

もはや暗黙どころの状態では無い。と言う事ですね(^_^;)
Posted by sand at 2005年09月27日 02:51
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