2005年10月02日

Laughing Stock

Laughing Stock.jpg
Talk Talk / Laughing Stock

「心の川には、記憶や感情や思考や感覚や、あらゆる物が、流れ続けている。その川は、心を通って身体の隅々まで溢れるような想いを押し流していく。
しかし、誰の心にも決して流れ去らぬ物が残される。忌まわしき記憶。忘れ得ぬ痛み。終ることの無い哀しみ。それらは、心の川に<棘>となって突き刺さり、その傷口から流れ出た血は、川を赤く染め続ける。」

女は窓の外に蛇行する大きな川を眺めながら、言葉を継いだ。

「苦痛に優劣など無い。哀しみに上下は無い。人が受けた傷に、適当・不適当など無いのだ。どんなに、ささやかな傷でも、傷は傷だ。どんな傷であっても、そこから血が流れ出す事に違いはない。誰の心にも傷がある。誰の心にも<棘>が突き刺さっている。
誰の心からも血が流れ続けている。」
女の吐いた熱い息が、窓ガラスを白く濡らした。

「心の川に降りて行く事は容易ではない。そして、<棘>を抜く行為には苦痛を伴う。二度と触れたく無い過去と、もう一度、向かい合わねばならないからだ。しかしだ。」
女は、言葉を切って、息を吸い込んだ。

今度は、サングラス越しに僕をシッカリ見つめながら話した。
「しかし、<棘>そのものは忌まわしき物ではないのだ。<棘>は、その人そのもの。
おまえが残した<棘>は、おまえ、そのものだ。
おまえは、心の川に降り、抜き去った<棘>を<銀色の魚>に変えねばならない。
そして、その<銀色の魚>を、心の川に放つのだ。
放たれた、かつての<棘>は、美しい想いとなって心の川を泳ぎ続ける。
それが<許し>だ。」

女は、話しを止めて、僕を見つめ続けた。
僕は、胸の奥深くに沈みかけている、ある情景を思い起こそうといていた。

女は、右手を自分の顔の横まで持ち上げ「パチン!」と指を鳴らした。
「お別れだ」
女はコートを手にして立ち上がった。この地方で最も大きい駅に到着したのだ。
女は、決して振り返る事無く、ホームの人ごみの中に、瞬く間に消えてしまった。


posted by sand at 04:11| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。