2005年10月09日

猫成り(Death Is Not the End)

Down in the Groove.jpg
Bob Dylan / Down in the Groove

私と埼玉ネコは、猫町を歩いていた。

猫町の景色は、人の町の景色と、それほど変わる事はなかった。
ただ、その町にある、すべての形のある物が、人の町のそれより一回り小さかった事を除けば。

建物は、どれも一回り小さくて、私は急に背が伸びたような錯覚に陥った。
道幅が一回り狭まかったり、街路樹の高さも一回り低かったりした。
公園には一回り小さな噴水があり、一回り小ぶりの水柱を噴き上げている。
そこには一回り小さなブランコがあり、幼い小猫がボンヤリとした表情で揺れている。

通りには、一回り小さな看板を掲げた、一回り小さな商店が建ち並んでいる。
一回り小さな雑貨屋。一回り小さな豆腐屋。一回り小さな毛糸屋。

私は時々首を傾げて、それらの店内を覗き込んだ。
どの店の店主猫も、物憂げな表情でレジカウンターに座っていた。彼らは私の姿を認めても、一切表情を変える事はなかった。

猫達は、二本足で歩いたり、四足で歩いたり、特に統一感はなかった。
ただ、忙しそうにしている猫は一匹も見る事はなかった。皆、一様に退屈そうに通りを歩いたり、寝転がったリ、道端で話し込んだり、路上で歌ったりしている。

「ずいぶん、のどかだね?」私は埼玉ネコに聞いた。
「ここは田舎だからね。都会なら少しは活気があるよ」

一人の男猫が近づいて来て、埼玉ネコに声をかけた。
「やあ。久しぶり。彼も<猫成り>に来たのかい?」
男猫は、私を事を聞いているようだ。

「いや。彼は違う」埼玉ネコは、その男猫に返事をした。


「<猫成り>って?」
男猫が行ってしまった後に、私は埼玉ネコに聞いた。

「猫に成る為に、この町に来る人間がいるんだよ。実際、この町には、かって人間だった猫が大勢住んでいる」

「猫に成る事は、難しいんだろ?」
「いや簡単な事さ。この町で喉を掻っ切って死んじまえば良い。そうすれば猫に生まれ変わる」
埼玉ネコは、ニヤニヤ笑いながら、そう返事をした。

埼玉ネコは、私に向かって話を続けた。
「君には、猫に成る勇気はない。
いや、それが勇気だとは思っていない。そんな馬鹿げた事を、君は選択しないだろう。

君は、自分が賢くて利口だと思っているから。自分が大人だと思っているから。

でもね。それは君が自分で檻を作ってるだけなんだ。自分で作った檻に逃げ込んでるだけなんだ。
違うかい?

君は、そこから足を踏み出す事が出来ないだけなんだ。
君は今、自分が持ってる全ての持ち物を捨ててでも、何かを手にする事が出来るかい?
何かを手にする為に、全ての持ち物を捨て去る事が出来るかい?

私の言葉を信じる事が出来るかい?
<死が終わりではない>と信じる事が出来るかい?」

埼玉ネコの言葉を、私は自分の胸の内で繰り返した。

路上に座ってギターを弾いていた年老いた猫が、埼玉ネコに声をかけた。
「どうだい?一曲弾いてくれないか?」

埼玉ネコは、無言でギターを受け取ると、その場に座って弾き語りはじめた。
彼の声は、苦渋の味がした。私は、その理由を探し続けた。



 思いだせ
 死が終わりではないことを
   <Bob Dylan / Death Is Not the End>
posted by sand at 04:47| Comment(0) | 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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