2005年10月18日

True

True.jpg
Spandau Ballet / True

村田宏昌(46歳)は、自宅アパートの扉を開けた。

玄関には、サンダル1足と革靴が2足転がっている。どれも、ひどく痛んで汚れている。
今、履いていた革靴も痛みが酷い。彼は、それらの靴を眼にする度に心を重くした。

玄関の横は、3畳ほどの台所になっている。
テーブルには汚れたままの大皿や箸、吸殻の詰まった灰皿、大衆紙のヌードグラビアが開かれたまま、置かれている。
流し台には、汚れた鍋やコップがギッシリと詰まっている。

彼は、ため息をつきながら、居間兼寝室兼書斎の6畳間の引き戸を開く。
彼のアパートには、この部屋と台所とトイレと浴室しかない。もちろん、住んでいるのは彼一人だ。

6畳間には、乱雑に衣類が、うずたかく積み上げられ、汚れたシーツを纏った万年床の上には、AVビデオが散乱している。
彼は背広を脱ぎ、汚れた衣類の上にソッと置く。カッターシャツを脱ぐと匂いを嗅ぐ。まだ大丈夫そうだ。靴下を脱ぐと、これまた匂いを嗅ぐ。強烈な悪臭に嘔吐しそうになる。これは無理。
彼はパンツも脱いで、素っ裸になる。洗う必要有りの衣類を抱えて洗面所に向かう。

洗濯機に衣類を放り投げ、洗剤を入れ、タイマーを回す。古い洗濯機が、掻きむしるような音を上げて動き出す。

浴室のドアを開けて、シャワーを浴びる。もう浴槽には何年も入っていない。浴槽は赤黒いカビが一面に這っている。


彼は40歳になるまで平凡な人生を送っていた。ごく普通の企業に勤め、ごく普通の女性と結婚し、ごく普通の娘を二人授かった。
数年前にローンで中古住宅を手に入れた。妻との関係も特に悪くは無かった。彼は妻を必要としていたし、妻もそうだろう。娘達の勉強の出来も良かった。会社では真面目だけが取り柄の男だった。
特に優秀でもなかったが、頼りにはなった。会社も彼を必要としていた。

彼は、その頃から、自分の芯がグラグラと揺れるのを感じていた。彼には終わりが見えたのだ。
それが彼を不安にさせた。彼を怯えさせた。

しばらくして飲み屋で知り合った「怜子」と言う女と良い関係になっていた。
彼は、その女を愛している訳ではなかった。ただ、自分をダメにしてしまいたかった。

彼は、多少まとまった金を持って「怜子」のアパートに転がり込んだ。
それきり家には戻らなかった。職場にも出勤しなかった。
やがて、有り金が尽きると「怜子」は彼をアパートから叩き出した。

それから後始末が始まった。彼は粛々とそれを、こなした。
離婚、解雇、不動産の処分、調停。彼は、それらを淡々と受け入れ処理し続けた。
妻と娘達は、彼に会おうとはしなかった。彼もそれが当然だと自分に言い聞かせた。

彼は今、訪問販売の会社に勤め、安アパートでの一人暮らし。そして、元の妻子に仕送りを続けている。

彼は浴室から出ると汚れたタオルで身体を拭う。寝巻きに着替えると、冷蔵庫から発泡酒を取り出し、台所のテーブルに腰を下ろす。

発泡酒を飲みながらFMラジオのスイッチを入れる。昔、好きだったROCKのCDは、全部処分してしまった。

FMラジオのDJは曲名を告げた所だった。Spandau Balletの「True」。
イントロが流れ始めると、彼の中で何かが動き出した。
若い頃、踊った曲だった。

彼はイスから立ち上がると腰をくねらせて踊り始めた。左手を握り、腰に手を回す。
彼一人のチークタイムだ。
彼は微笑みながら身体を揺する。大きくターンして腰をグッと抱き寄せる。
薄くなった髪を振り乱してステップを踏む。

ダンスは熱を帯び、彼はその行為に夢中になる。
額に汗が浮かぶ。彼は晴れやかな気持ちで、狭い台所を踊り歩く。

やがて、誰もいない耳元に彼はささやく。
「どうだい?俺って最高だろ?」


posted by sand at 17:35| Comment(8) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は「安定」したことがないので、このオッサンの気持ちはわからないつもりですが、ある人に「自ら不幸を選びよる」と揶揄されたことがあります。どうやら現ダンナもその「不幸」の一つに入っているらしい。まったく失礼なことです。
ロック好きって、不幸へのバイアスがかかってるのかな。自分ではけっこうシアワセなんですけど。
ところで以前、「80’sその後」みたいなNHKの番組(制作はイギリスだと思う。進行役がボーイ・ジョージ)で、いろいろな人の「その後」が映し出されましたが、スパンダー・バレエのボーカル(名前忘れた)はちょっと、情けなかったです。でもああなると思ってた。
意外にカッコ良かったのがピート・バーンズでした。あんなにクルってる人だとは思わなかった。ちょっと惚れました♪
Posted by ショコポチ at 2005年10月19日 00:58
このお話の、周防監督とは対極のところの「Shall we ダンス?」と言うカンジのラストが好きです。sandさんのほうがリアリティがあります。映画の役所さんはどうもカッコよすぎちゃって(笑)
怜子さんおそるべし。ウチのダンナのトコに来たらどうなるのだろう。
ちなみにSpandau Balletの「true」と「gold」は今でも時々聴く、好きな曲です。

ショコポチさん〜実はわたくしピート・バーンズ好きなのです(笑)声が好きなの。
ピートは今、整形魔人になってますね〜。少々やりすぎの感もありますが、ボーイ・ジョージの近影に比べればまだまだ現役!なヤル気を買いたいと思います。
それにしても彼は素顔と化粧後の顔の違いがスゴイ!です。どうやったらああなるのか。一度わたしもやってもらいたい〜。
Posted by tallulah at 2005年10月19日 09:25
「 踊るおじさん、頑張れ〜〜! 」

ライク・ア・ローリンストーンな皆様おはようございます。
ロック好き=不幸のバイアス説・・・怖いですね〜♪ でもまあ、確かにロック好きは「わざわざマット敷いてないところに飛び下りる」習性があるような。
私もしっかりその仲間ですが、このトシになっても一年後の自分がまったく想像できないというのは・・・楽しいような、恐ろしいような。(笑)

「80's ブリティッシュ・ポップ・アイドル・スペシャル」は、やしんたさんの「デッド・オア・アライブ カッコイイ!」というお薦めで見ることができました(感謝)。ピート・バーンズのイカレっぷりは最高でしたね! しかも、バンドとしてカッコ良かった。中年の希望の星だと思いました。(おお、タルさんもファンなのですネv)
スパンダー・バレエの人は・・・恰幅のいいおじさん。(笑)
Posted by 志穂美 at 2005年10月19日 10:40
お久しぶりです。

Spandau Balletは名前が好きでしたね(なんじゃそら〜)。今の時代もそうですが、当時は見た目と雰囲気がやはら大切で、それを聴いている自分と音楽がシンクロしてた。今と大違いですわ(苦笑)

46歳という年齢、それってあまりにリアルですよ。あ、これ私だけか?
パンクになるには見た目も中身も追いつかない。
全然、思い通りの壊れ方ができない。

それと、これぐらいの年齢になるとなぜか同窓会が多くなるんですが、その集合写真が、正視できないほどカッコ悪く、なぜか完全に老人となった前列の先生方のほうがいい顔が多い。何でだろうね?

あらあら、久々に来たのに(blogは初めてだな)えらく暗いことばっか書いてしまいましたわ、すみません。
てなわけで(?)「村田宏昌」さん、またの登場を待ってます。ヘア・フォー・ライフ使用前のイメージがあるって言ったら、怒る?
Posted by ring-rie at 2005年10月19日 11:20
ショコポチさん

>「安定」したことがない

ジプシー・ウーマンですね。カッコエエ〜〜。

>「自ら不幸を選びよる」

ご愁傷様(=^▽^=)

>自分ではけっこうシアワセなんですけど。

感覚が麻痺している(=^▽^=)

>「80’sその後」

その番組観たかったな〜。
ボーイ・ジョージは麻薬で、また逮捕されたみたいですね↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051010-00000118-reu-ent.view-000

この写真禿げてるのか剃ってるのか微妙ですね。
ドリー・ファンク・ジュニアに似てる。

>スパンダー・バレエのボーカル(名前忘れた)はちょっと、情けなかったです。

あの人、ヒューマンリーグの人と似てたよね。町であっても見分けがつかんやろう。

>でもああなると思ってた。

あんたも、そうなると思われてたのでは(=^▽^=)

>ピート・バーンズ

これやな↓
http://www.awfulplasticsurgery.com/archives/000253.html

これは凄いで〜んな人に惚れるか〜〜!
私、惚れました。
Posted by sand at 2005年10月19日 15:04
tallulahさん

こんちは。
読んで頂いて、ありがとうね〜。
ライブ行けて良かったですね〜。あの王子、知らんのよ〜。

>対極のところの「Shall we ダンス?」

そんなエエもんじゃないよ(=^▽^=)

>役所さん

役所さんは好きですね〜。
やっぱり滝田栄より成功したね〜。

>ウチのダンナのトコに来たらどうなるのだろう。

君ん所の旦那、君に惚れてるから心配いらんで。
タルさん、自己申告よりモテるんとちゃうの?
「大阪のジュリア・ロバーツ」と思いこもう。うんうん。

>Spandau Balletの「true」と「gold」

「true」は、良く聴くよ〜。「gold」今聴いてるよ。ドラマチックな曲やな〜。

>ボーイ・ジョージの近影に比べればまだまだ現役!

変にヤル気があるのが怖いね〜。

>一度わたしもやってもらいたい〜。

もう充分やで〜(=^▽^=)
Posted by sand at 2005年10月19日 15:16
志穂美さん

>「 踊るおじさん、頑張れ〜〜! 」

どうも読んで頂いて、ありがとう。
このような反モラルな親父に受けている女性陣が怖いです(=^▽^=)

>ライク・ア・ローリンストーンな皆様おはようございます。

ワイルドサイドを歩く女達ですね。

>確かにロック好きは「わざわざマット敷いてないところに飛び下りる」習性があるような。

あるある。厄介な事です(=^▽^=)

>一年後の自分がまったく想像できないというのは・・・楽しいような、恐ろしいような。

でけへん。でけへん(=^▽^=)

>ピート・バーンズのイカレっぷりは最高でしたね! しかも、バンドとしてカッコ良かった。

へ〜、今でもバンドやってるんですか。
聴くよりも観てみたいですね〜。

>中年の希望の星だと思いました。(おお、タルさんもファンなのですネv)

凄い限定された星のような気がする(=^▽^=)

>スパンダー・バレエの人は・・・恰幅のいいおじさん

あの人、昔から親父顔だったからね〜。
Posted by sand at 2005年10月19日 15:29
ring-rieさん

おお〜ring-rieさんだ〜。生きてた生きてた(殺しちゃダメだって)

>Spandau Balletは名前が好きでしたね

久々出てきて大ボケかよ〜〜!素敵(=^▽^=)

>それを聴いている自分と音楽がシンクロしてた。今と大違いですわ(苦笑)

なるほど。80年代はブイブイ言わせてたって事ですね。ボディコン+ワンレンの祖ですね。
当時の写真があったら高値で買い取りましょう。

>46歳という年齢、それってあまりにリアルですよ。

そんな事書いたら歳がバレますよ。26歳ですね。

>全然、思い通りの壊れ方ができない。

無理して壊さんでも良いですよ(=^▽^=)

>同窓会が多くなる

それって、たまたまじゃない?

>老人となった前列の先生方のほうがいい顔が多い。

これはチャーリーワッツ現象ですね。昔、老け顔だった学校の先生なんかは、実際老けちゃうと味が出ちゃうんですね。チャーリーなんか今のストーンズの中では一番モテるんとちゃう。

>えらく暗いこと

ムチャクチャ明るく感じますが(=^▽^=) 

>ヘア・フォー・ライフ使用前のイメージがあるって言ったら、怒る?

怒らない。ヘア・フォー・ライフとか知らないから。
なにしろ必要無いから(=^▽^=)
Posted by sand at 2005年10月19日 15:41
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