2005年10月23日

白い点(Take a Bow)A

GHV2.jpg
Madonna / GHV2

「ごめんなさい。余計な話まで、しちゃったわね」女は照れ臭そうに下を向いた。
「いえ。良かったら聞かせてもらえませんか」私は自分の椅子を立って、女の近くに座り直した。女とは空席一つの距離になった。
近くで見ても女は綺麗だった。女の一つ一つの仕草に、私は魅せられて行くようだった。

「彼と出会って、私は満ち足りたわ。誰にも理解して貰えなかった事実を共有出来る人が現れたんだから。私は彼を愛したわ。焦げるほどね。
私達は逃亡者のように二人の世界に逃げ込んだわ。そこは私達だけが知りうる世界だった。
誰にも理解する事なんて出来なかった。
<白い点>は、私達だけの物だった。それは、ちょっとした奇跡に思えたのよね。
私達は、ひどく興奮しながら、その事実を確認していたのよ」
女は話ながら、ソッと<白い点>に触れた。女の手は、<白い点>をスッと通り抜けて行った。私は奇妙な興奮を覚えた。
「どう?」女は私を促した。

私は女の前に浮かぶ<白い点>に手を伸ばし、それに触れた。これと言った感触もないまま、<白い点>は、私の掌の中に消えた。今、<白い点>は私の中にある。
もう少し手を動かすと<白い点>は手の甲から姿を現した。
奇妙な感覚だった。
「どう、ちょっとした体験でしょ?」女は魅力的に微笑んで言った。

「私達は結婚したわ。愛に満ちた結婚だった。それに私達には、何かの予感めいた物があったのよ。私達は他の人とは違う。そんな気持ちが私達を駆り立てていたのね。
私達は、すぐに子供を授かった。それは最初の奇跡に思えたわ。

で、実際、生活を始めると、それが次第に失望に変わっていったのね。何も起こらなかったのよ。いつもと同じ毎日。平均的で、どこにでも有る生活。
それは見方を変えれば「幸せ」と呼べたのかもしれない。でも私達には物足りなかった。
いつか<白い点>が奇跡を起こしてくれると信じていたのね。

20年近く一緒に暮らして、私達は、ようやく、その事実を受け入れる気持ちになったのよ。
<白い点>は、ただの点だったって事よ。それだけの事」

女は言葉を切って、タバコを取り出しライターで火をつけた。
私は、コーヒーの残りを飲み干した。

「すこしづつ亭主が変わって行くのが、分かったわ。
彼は<白い点>が、そこには無いように振舞うようになったのよ。
その事に話が及ぶのを嫌うようになった。
<白い点>なんて最初から無かったんだ。って思い込もうとしているようだった。

その事が私を傷つけたわ。だって、それは確かに、そこに見えているし。彼にも見えているはずなのよ。それを今更、見えないなんて…。
私には、自分の存在を否定されたように思えたのよ。

ほどなく亭主は、女を作って家を出たわ。子供は、私が引き取った。それで終わり」

女が吸っているタバコの灰が、風に舞うように床に落ちて行った。


posted by sand at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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