2006年08月29日

アンモニアの花束(シドに)

夜明け.jpg 
ピンク・フロイド / 夜明けの口笛吹き

 目を開くとリノリウムの床が見えた。

 その床の上には水溜りが出来ている。
やがて強い匂いが鼻腔を襲ってきた。アンモニアだ。
水溜りからはアンモニアの匂いが放たれている。

 その時、僕は、ようやくその意味を解した。母だ。
母が僕の寝ている床の上に小便をしたのだ。


 母は、ある朝、突然狂ってしまった。
そこに至る過程は全て省略され、結論だけが放り投げられた。

 その日から母にはもう一人の人格が産まれた。
母はその人格とだけ会話した。母はその人格をひどく恐れた。
彼に服従し、自身と第三者(一般的に身体と人格を持つ人間)を傷つけた。

『狐憑き』
親戚縁者は口々にそう捲し立てた。
実際、母はその日以来(病院に入るまでの半月あまり)一睡もしなかったし、脅威的な脚力(男でも追いつけないほど速く走った)跳躍力(二階家の屋根から軽々と飛び降りた)耐久力(走っている車のドアを開け、道路に飛び降り、そのまま数百メートル逃走した)を有していた。

『悪魔払い』
それが当時両親と一緒に会社を運営していた僕に課せられた任務となった。
霊媒師や祈祷師の元に母を連れて、あちこちと訪ね歩いた。だが、そのどれもが母をエサに金品を巻き上げようとする詐欺師だった。
「助かりたいのなら、この仏像を買いなさい。300万で助かるのだから安いものだ」
彼らは判で押したように同じような台詞を並べた。僕には彼らの顔こそが悪魔に見えた。

 父や親戚筋は母を人目にさらすのを恐れた。田舎の町だったのだ。
母は二階の小部屋に幽閉され、僕は母が逃走しないように見張り役を担わされた。
 母は何度も窓から飛び降り、川や山の中に逃げ込もうとした。
僕は母の顔が醜く張れ上がるまで殴りつけ、ロープで縛り上げて蹴りをいれた。
 僕は疲れていた。このままでは母を殺してしまいそうだった。


 その日の夜明け前、僕と何人かの男達は、母に猿ぐつわを噛ませ、ロープで縛り上げて人目につかぬ様に車に押しこんだ。
 車は病院を目指した。「出来るだけ遠くの病院に行け」父は鬼のような形相で僕らに伝えた。
父もまた病に蝕まれていたのだ。

 病院に着いた母は激しく暴れた。何人もの病院スタッフが母を取り押さえた。
母は象に使うような太い麻酔の注射を打たれ、ようやく眠りに落ちた。

 母が収容された部屋は重症の患者が入る鉄格子のついた監禁部屋だった。僕は志願して一晩だけ母と一緒にその部屋に泊まる事を申し出た。僕は母に罪の意識を感じていた。
母をここまで追い詰めたのは僕らなのだから。

「まあ、良いでしょう。多分、今夜は眠っていると思いますし」
病院のスタッフは渋々それを許可した。

 鉄格子の中に患者達の呻き声や叫び声が木霊してきた。僕は、その声に身体を震わしながらベッドで眠っている母の横に寄り添っていた。
この目蓋がもう一度開いた時、母がもう一度、僕の名を優しく呼んでくれたなら。
僕はその事だけを祈り続けた。

 それから暫くして、僕は崩れるように眠りに落ちた。疲れていた。これ以上ないほどに…。


 目を開くとリノリウムの床が見えた。

 その床の上には水溜りが出来ている。
やがて強い匂いが鼻腔を襲ってきた。アンモニアだ。
水溜りからはアンモニアの匂いが放たれている。

 その時、僕は、ようやくその意味を解した。母だ。
母が僕の寝ている床の上に小便をしたのだ。

 母は窓枠に寄り添うように立っていた。
夜明け前の青白い明かりが母の横顔を照らしている。
母は穏やかな顔つきで、浅く、うつむいている。そんな穏やかな顔を見たのは久しぶりだった。
僕は涙が出るほど嬉しかった。母の横顔は菩薩のように美しかった。
「お父さんと○○ちゃん(僕の名前)と〇〇ちゃん(弟の名前)を守らなきゃ。私が守ってあげなきゃ」
母は甘えたような声でゆっくりと言葉を発した。

 それから小脇に抱えたテイッシュペーパーの箱から何枚か紙を抜き出し、クルクルと花の形に整えた。
その紙の花をしゃがみ込んで自分の排泄した小便の水溜りに浮かべた。
紙の花はみるみる黄色に染まっていった。

 母はその黄色い花を床から拾い上げると窓枠の上にソッと置いた。
鉄格子の張られた鋼鉄の窓枠に黄色い花がヒッソリと咲いた。僕はその情景の美しさに打たれた。
打ちのめされた。身動き出来ないほど。

 それから母はその行為を繰り返し、窓枠に黄色い花を咲かせ続けた。
アンモニアの香る美しい花は、幾輪も幾輪も咲き誇った。

 僕にはその情景が奇跡にも救済にも儀式にも祈りにも思えた。

 母は狂気の中にいる。でも、その狂気は夢でも幻想でも浪漫でも無かった。
苦痛だ。肌を切り刻み、肉を引き裂き、骨を砕く苦痛と共にあった。なにもかもリアルな現実だ。
だが、それが為に、それが苦痛の中に浮かんでいるからこそ、その狂気は美しかった。人の心を粉々に砕くほどに美しかったのだ。

 母の背後に、まるで新しい世界の幕開けのように夜明けが訪れた。
そして僕は誰かが吹き鳴らす口笛の調べを待っていた。




★シドが死んだ時に思いついて書く時間がなかった話しです。長過ぎました。次は「象が舞い降りる日」というのを書く予定です。出来れば。
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2006年06月22日

夏色の嘘(On the Beach)

On the Beach.jpg
Neil Young / On the Beach

「母さん! いい加減に降りて来いよ! みんな待ってるよ!」

 私は夏の太陽の下、汗だくになって立っている。遠くから波の音や人の騒ぎ声が聞こえてくる。
海だ。海に来ていた。
 だが、私は駐車場に立っている。妻や子供達は海岸で我々が来るのを待っている。
車の中には同居している私の母が座っていた。何かに腹を立てて降りて来ようとしないのだ。
いつもの事だ。いつも家族の計画がある度に母がブチ壊す。誘っても誘わなくても何かにつけて因縁をつけてくる。
 
 私と妻の我慢も限界に達していた。密かに別居の計画を進めていた。
母を捨てなければ、我々夫婦が分裂してしまう。

「嘘を言いなさい! 鉄夫! 誰も待ってやしないだろ? お前達は、私をこんな所まで連れてきて、邪魔者にしたいだけなんだろ! 本当の事を言いなさい!」
母は凄い剣幕で怒鳴った。

 気丈な母だった。私がまだ小学生の頃に父が亡くなり、母は女手一つで私と弟を育て上げた。どんな時でも泣き言など言わなかった。

「母さん、頼むよ。子供達も今日を楽しみにしてたんだから。怜子(妻の名前)にも後で良く話しておくから、折れてくれないか?頼む」私は頭を下げた。

「本当にもう… 情けない男だよ。お前の考えはないのかい? いつだって怜子さんの言いなりなんだから… どきな!ドア開けるよ」
母はようやくドアを開けて車を降りた。

 強い陽射しの向こうに白い砂浜が見える。私は何度も頭を振りながら先に立って進んで行く。
「なんて暑さだい、鉄夫!」母は今度は夏の太陽に文句を言い始めた。
『だったら、ついて来るなよ〜』私は小声で呟いた。

 私は立ち止まり、振り返って母の姿を眺めた。母は日傘をさし清楚なブラウスを着て背筋をピンと伸ばして歩いていた。その姿は、若い頃の母と少しも変わらない。
 私は子供の頃、授業参観の日を楽しみにしていた事を思い出した。若い頃の母は誰よりも美人だったし、凛とした涼しげな佇まいをも兼ね備えていた。
 クラスの同級生達が眩しそうに母の姿を眺めるのが得意でならなかった。

 でも今の母は確実に年老いてしまった。砂浜に足を取られて、何度もよろけている。
私は周囲を見渡し、妻の姿が見えない事を確認してから、母に腕を貸した。
「つかまりなよ、母さん。あんたも歳を取ったね」
母は笑いながら私の腕につかまった。
「そうだよ。もう、おばあちゃんなんだよ。困ったもんだね」

「ねぇ。てっちゃん」母は久しぶりに私をそう呼んだ。
「この海岸に父さんと一緒に来たの憶えてる?まだ小さかったね。小学校に入る前だったかね」
「いや。憶えてないな〜。父さんと一緒に来た事があったんだ?」
「そうそう。貢(弟の名前)は一人でサッサと砂浜を駆けて行ったのに。てっちゃんは私と父さんが心配で何度も振り返って待ってたんだよ。てっちゃんは子供の頃から優しかったよ。
いつだって人の世話ばかり焼いてね。自分の事は後回しだった」

 夏の陽射しは私と母の二つの影法師を描き出している。砂浜に映る影は、若かった頃の母と私の姿形をしていた。影が伝える幾つかの記憶の断片が、美しく尊敬にも値する母の人生をスライドショーのように映し出す。

「てっちゃん。あなたは本当に優しい子だよ。でもね。優しさだけでは人を幸せにする事は出来ないんだよ。わかる?てっちゃん。いつかは、それに向き合わなきゃならないんだよ」
母は私の腕を力を込めて握り締めた。

 私は、ずっと前にその間違いに気がついていた。だが…。
だが、私は祈るような気持ちで嘘を重ねてきた。
それらの『嘘』を『優しさ』だと思い込もうとしてきた。
強く強く、それを思う事で、いつかは真実を呼び起こす様を思い描いてきた。

 だが、それも今、徒労に終わろうとしている。

「てっちゃん。思い切ってやりな。自分のやりたい事をやりな。人を傷つける事を恐れちゃダメだよ」
母は強い口調でそう言うと水平線に視線を向けた。

 私も、その視線の先へと気持ちを集める。



☆ようやく書けました。出来は爺臭いけど、とりあえず良かった。投稿してみよう。もう1プランあるので、時間があったら書こう。
posted by sand at 16:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

夏色の嘘(書けなかった)

Petula Clark.jpg
Petula Clark / Downtown: Best of Petula Clark

 え〜昨日予告しました超短編小説会さんへの投稿用にする『夏色の嘘』ですが、2時間粘った結果書けませんでした。これは、あまりに投稿を意識した結果だと思われます。で、せっかく書いて悔しいので中途半端に公開しようと。続きを書くのは長くなりそうで嫌だと。
 新キャラクターの熊倉先輩は結構良いな〜。これはボツにするのは惜しい。

もうワンパターン考えている『夏色の嘘』があるので、そちらを書いてみようかと思っていますが、自信ない。

今回のBGMは、ペチュラ・クラークさん(すごく良い名前)の「あなたの愛なくて何の人生」(すごい邦題)にしました。

では途中で終わるので、興味のある方だけ。どうぞ。



 彼女との思い出話を始める前に、熊倉先輩の人となりを簡単に紹介する必要があるような気がする(それが、どんな意味も持たない事を承知の上でだ)

 熊倉先輩とは高校のクラブ活動で一緒だった(僕らは『囲碁クラブ』に所属していた)。先輩は当時からマッタリとした雰囲気を漂わせていた。早い話が親父臭い高校男子だった訳だ。どこから持ち出したのか懐には、いつも扇子が忍ばせてあった。熊倉先輩は、パタパタと扇子で風を起こしながら碁盤に向かって神妙な視線を投げていた。

 高校を卒業した熊倉先輩は、関東の大学に進学し僕の前から姿を消した。
その2年後に僕は地元の大学に進学した。

 先輩との再会は、そのまた2年後。
先輩が地元に戻ってロック・バーを開店した事で再び始まる。
かって僕らが共にした碁盤と碁石は、"60S"ROCKのレコードに変わってしまった訳だ。先輩の店に行くと、ローリング・ストーンズの『12×5』がターンテーブルの上で回っていた。そういった種類の店だった。

 先輩は相変わらずマッタリした雰囲気を漂わせ、緑茶をすすりながら(先輩は酒が飲めなかった)ジム・モリソンの詩について長々と持論を展開したりしていた。先輩は商売をする気が全く見受けられなかった(先輩の親は実業家で、先輩の店が入っている雑居ビルも親の持ち物との噂も聞いていた)。
 いつ行ってもカウンター奥の揺り椅子に深深と座り、その頃伸ばしていた顎鬚を撫でながらレコード盤を回しているだけだった。

 客は、勝手に厨房に入り、冷蔵庫を漁って好きな食べ物を作り、好きな酒を飲み、適当に勘定を払って帰ったりしていた。それでも店が荒れる事が無かったのは、客の誰もが熊倉先輩の人柄を愛し、なにより"60S"ROCKに溢れるほどの愛情を持っていた事に、その理由があったのかもしれない。


 そんなユッタリとした時間が流れ、永遠の若さを湛えた音楽が聞こえる場所で、僕は彼女の姿を見つけた。
 季節は、梅雨空が重苦しく広がる頃。そして、夏の予感がジワジワと近づいて来る頃だった。

(つづかない)
posted by sand at 18:39| Comment(1) | TrackBack(4) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

近くの女(In the Neighborhood)

Swordfishtrombones.jpg
Tom Waits / Swordfishtrombones

 隣の部屋に女が越してきた。一人暮らしのようだった。
歳は40代半ばだろうか。地味なスーツを着て朝早く出かけ、夕方には帰宅しているようだ。日祭日に彼女の姿を見かける事はなかった。部屋にいるようだが、物音一つ聞こえなかった。
 平日の朝に見かける彼女は、少し猫背になり足早に歩いた。小柄で殆どメークはしていなかった。髪を後で束ね、縁のないメガネをかけている。挨拶をすると小さな小さな声で言葉が返って来た。私の前を顔を伏せて通り過ぎると、歩を早めて視界から消えて行った。
 彼女の後姿は、懐に何かを隠し持っているように見えた。もちろん、この歳になって隠し事のない人間などいるはずがない。
 
 私も彼女と同年代で一人で暮らしていた。隠し事は次から次ぎへと増えて行き、私の手には負えなくなっていた。それで私は手を離した。
 ふと気がつくと、私は一人になっていた。


 雨の夜の事だ。
私は、雨水が滴る傘を片手に、自分の部屋の前に立っていた。

 隣の部屋のドアの前で、女が座り込み、放心したような表情を見せている。
隣の部屋に住む女だ。女の周りには、買い物袋やバックが無造作に置かれている。

「どうかしましたか?」
私は彼女に声をかけた。

 女は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに恥かしそうに下を向いて事情を話した。
「私ったら、部屋の鍵を会社に忘れて来たみたいなの。なんだかドッと疲れちゃって…。大丈夫、今から取りに戻ります」

「部屋の合鍵なら管理人さんが貸してくれますよ」私は言った。
「え!管理人さんがいたんですか?私、聞き漏らしてました。」
「そうですか。201号です」
私がそう言うと彼女は「ありがとう」と告げて急いで駆け出した。

 彼女は、バックや買い物袋を部屋の前に置きっぱなしにしたままだった。私は自室に入るに入れず、その場で彼女の帰りを待った。

 彼女は息を切らして駆け戻って来た。
「どうも、ありがとうございます。助かりました。」
「いえ。それじゃこれで」私は部屋の中に入りかけた。
「あ。お礼させて下さい。ちょうどケーキがあるんです」彼女は私を部屋に誘った。
私は、もちろん断った。「いや。気にしないで下さい」

 彼女は、それでも私の前に顔を近づけて、ちょっとビックリするくらい大きな声で言った。
「いえ。困ります! お礼させて下さい!」彼女の瞳は強い意志に溢れ、普段の大人しい顔ではなかった。私は不意の事に少し混乱したが、彼女の力強い瞳を見ていると断る言葉が出てこなかった。
「では。着替えてからお伺いします」私はそう返事をした。


 部屋のドアを開けた彼女は、ピンクのTシャツを着て、髪をアップにしていた。
地味なスーツを着ている彼女より10歳は若く見えた。それが彼女が隠し持っていた事なのだろうか?そうであるのなら、随分、心暖まる事のように思えた。

 彼女の部屋は線香の匂いがした。掃除の行き届いた玄関から居間に移ると、そこには小さな部屋には不釣合いなほど大きな仏壇が置かれていた。
仏壇の扉は閉められている。
 もちろん、それがどんな理由でここに置かれているのかは、私が関わる問題ではない。

 彼女は窓際に置かれた、小さなテーブルに私を案内した。
そこにはコーヒーとケーキの皿が既に置かれていた。コーヒーの豊かな香りが、私の鼻に届いた。
「今日は本当に助かりました」彼女は私の前に座って頭を下げた。
「何も有りませんが、どうぞ遠慮無く。テーブル狭くてゴメンなさいね」
確かに、そのテーブルは狭くて、私の分のコーヒーカップとケーキ皿を置くと一杯になってしまった。彼女は台所からコーヒーが注がれた大きなマグカップを持って来て「私はこれで」と言った。

 私はケーキを摘まみ、コーヒーを飲んだ。すぐに帰るつもりだったが、彼女は意外なほど良く喋った。前に住んでいた街の事、この街の事。職場の事。天気の事。
 私は相槌を打ち、少しだけ冗談を言った。彼女は笑う時、手を口の前に慌てて持って来て笑った。多分、笑うと歯茎が見えるのを気にしているのだろう。私は少しも可笑しくは無い、むしろ魅力的だと思った。その事を彼女に告げようかと思ったが、思い直して止めた。そんな事、私のような人間が言うべき事じゃない。

 落ちついて見回すと彼女の部屋には、テレビもPCも本棚もなかった。小さなCDラジカセは見て取れたが、それらしいCDや雑誌の類も見当たらなかった。
もちろん彼女の事だから、どこかにキチンと収納されているのかもしれない。でも、私はその事が気にかかった。
「趣味ってありますか?」私はそう言った後、顔を赤らめた。まるでお見合いじゃないか。どうかしてる。

 彼女は少し笑ってから答えた。
「趣味。ないですね。何もありません。普段、この窓から、ずっと外を眺めています。この部屋で過す時は」
「外を?」私と彼女は同時に外に目を移した。

 外は雨が降っていた。
彼女の話しは、それきりプッツリと途切れてしまった。彼女は何かに憑かれたように外の雨を眺めている。私は彼女の横顔と外の雨を交互に眺めて、落ち着かない気持ちになっていた。
 どうしたんだろう?何を見ているんだろう?
私は居心地の悪いまま、彼女が再び言葉を発するのを待った。それは随分、長い時間に思えた。

「よく音楽聴かれていますよね?」彼女の言葉は唐突に舞い戻ってきた。
「あ…はい。うるさいですかね?」
「いいえ。私よく、ここに座って聴いてるんですよ。あの凄い濁声の男の人。外国の人。いますよね?」
「ああ。トム・ウェイツって人です」私はここ最近トム・ウェイツを聴いていた。
「そう」彼女は、そう言って、今度はシッカリと私の目を覗き込んだ。
私はまた、ソワソワした気持ちになった。彼女は目を逸らさず、私の目を覗き込んでいる。

 今度は、なんだろう?
私は混乱した頭をどうにか巡らして、それらしい答えを見付けた。
「あ、お貸ししましょうか?そのCD」
彼女はニッコリと微笑んだ。私は安堵した後、急いで自室までトム・ウェイツのCDを取りに戻った。

 CDを手に取って、彼女の部屋のドアを開けると、彼女は玄関で私を待っていた。私はCDを彼女に手渡した。彼女は嬉しそうに何度か頷いた。
私は、彼女から、お礼の言葉が返ってくるのを待った。もう一度、彼女の部屋に上がる為に靴を脱ぎかけていた。

 彼女は「ありがとう」の言葉も無いまま、私の前でドアをバタンと大きな音を立てて締めた。中から扉をロックする音が響いて来た。
 私はドアの前の通路に呆然と立ち尽くしている。靴を半分脱ぎかけたまま。
何が起こったんだろう?何を私は言ったんだっけ?

 私は彼女の部屋の前で、事の次第を整理しようと頭を働かせた。
だが、何も整理出来なかった。

 私は諦めて、自分の部屋にスゴスゴと戻った。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、窓際に寄って、それを飲んだ。
窓を開けると、彼女の部屋からトム・ウェイツの声が聞こえて来た。

 私は耳を澄まし、その音楽に聞き入る。うん。良い音楽だ。
これまで聴いた、どのトム・ウェイツよりも素晴らしく聞こえた。

「こうやって聞く物なのかな?」私は独り言を呟いていた。

 窓の外は雨が降っている。
私は暫くそこで、彼女と同じ雨を眺めた。
posted by sand at 05:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月27日

青春は"肉じゃが"を越えて

Emergency Third Rail Power Trip.jpg
The Rain Parade / Emergency Third Rail Power Trip/Explosions in the Glass Palace

 雨じゃ。わしらは、その日、雨の中にいたんじゃ。

 激しい雨じゃった。空の底が抜けたような土砂降りの雨じゃ。並木はTKO寸前のボクサーのように今にも倒れそうなほど身をよじっておった。車は進む事も戻る事も出来ずに通りに停まったままじゃった。側溝から湧き出した大量の水は、みるみる道路を埋め尽くし、辺りを泥水の川へと変えてしまった。一瞬のうちに何もかも水に浸かってしまったのじゃ。淀んだ泥水の世界じゃ。

 わしらは廃業したコンビニの軒下で雨をしのいでおった。豪雨は、わしらの視界を奪い去り、雨の壁に閉じ込めらてしまったんじゃ。
 わしは、そうじゃな。二十歳を少し回った頃じゃった。もう一人の男(そこには、わしともう一人の男が雨宿りをしていたんじゃ)も同年代じゃった。太った男でな(もちろん、わしらは面識がない)身体はそれほど丸くはなかったのじゃが、アゴの下にデップリとした脂肪が巻いているんじゃ。男が身を動かすと首の脂肪がプルンプルンと揺れ動いたんじゃ。
 わしは、その頃、青白く痩せていて病人のようじゃった。実際、少し心を病んでいたのかもしれん。

 太った男は、わしと視線が合うと『参りましたね〜』と言いたげな表情を浮かべて屈託なく微笑んだ。多分、良い人間なのじゃろう。
でもな。わしは一欠けらの微笑さえ返す事が出来んかったのじゃ。わしは周囲から『笑わない男』と呼ばれておった。実際な。笑い方を忘れてしまっていたんじゃ。

 当時の、わしは人間というものを、ひどく恐れておった(それは今でも変わらないがな。人の心根は変わったり出来ないのじゃ。不便な代物なのじゃ)
その日の豪雨のように、わしは自分の中から出て行く事が出来なかったんじゃ。どこにも行けず、雨から身を隠しているだけじゃった。

「ねぇ。同じくらいの歳ですよね?ちょっとだけ写真見て欲しいんですが?」太った男は、不意にわしに声をかけてきたんじゃ。わしは心底驚いた。暗く沈んだ表情しか出来ない、わしのような人間に声をかける者など一人もいなかったからじゃ。

「は!はぁ〜」わしは気が動転して、どうして良いのか分からなくなってな。男は構わず財布に挟んでいた写真を取り出して、わしに手渡したんじゃ。
黒いグロテスクな物体が写っていてな。わしは、すぐに写真から目を逸らしたのじゃな。
「大丈夫ですよ。肉じゃが。肉じゃがですよ」太った男は笑いながら写真を指差したんじゃ。

のくだが.jpg

 確かに"肉じゃが"じゃった。でも、どうしてこの男は"肉じゃが"の写真など見せるのか?不思議そうにしている、わしに向かって太った男は補足を加えたんじゃ。

「広島県の呉市で開催されている肉じゃがの会のイベントに出品した特製"肉じゃが"なんですよ。どうです?よく見てください。照り加減なんか抜群でしょ?」

 わしと太った男は、一緒に"肉じゃが"の写真を覗き込んだんじゃ。美味しそうな"肉じゃが"じゃった。わしは"肉じゃが"を眺めていると心の緊張が解きほぐされるような気がしてきたんじゃ。

「あなたが作られたのですか?わざわざ呉まで行って」
わしは珍しく自分から言葉を発する事が出来たんじゃ。
「はい。"肉じゃが"好きなんですよ。作るのも食べるのも大好き。人からは変だと言われるんですけどね」太った男は嬉しそうに笑って言ったんじゃな。

 わしは、なんだか楽しい気持ちになったんじゃな。もうずっと無かった気持ちじゃった。わしは日頃から、ふさいで惨めな気持ち以外を感じる事などなかったんじゃ。
わしと太った男は写真を覗き込み、一緒に"肉じゃが"の線を目で追って行ったんじゃ。丸い線。四角い線。尖った線。千切れた線。わしと太った男は同じ線を目で追っていたんじゃ。わしには、それが信じられなかったんじゃ。二つの視線が交差する瞬間に何かが生まれる事を忘れてしまっていたんじゃな。視線が重なるだけで、人は豊かな気持ちになれるんじゃった。それを、その時まで忘れていたんじゃ。

 わしは奇妙な気持ちの、たかぶりを抑え切れなかったんじゃ。
「食べさせてもらえませんか?あなたの作った"肉じゃが"」わしは気持ちにまかせて、そう切り出したんじゃ。

「食べてもらえますか!!… 感激だな〜 ありがとう〜。食べてくれて。誰も食べてくれなかったんですよ… 誰も僕を認めてはくれないんですよ… 誰も僕を必要としてくれないんですよ・・・ 僕は人が大好きなんですよ。でも誰も僕を好きになってはくれませんでした・・・」
太った男は感極まったように泣き出してしまったんじゃ。豪雨の壁が、わしらに何かを働きかけたのかもしれない。

 男は泣きながら話を続けたんじゃ。そして、いつしかそれは号泣に変わってしまったんじゃな。
「食べて欲しかったんですよ… うえええん 食べるらけなら、いいならいらすか… うべべべん すけすくられ、らべてられても、いいらじゅあいならか! ぼへへへへん だべだべ、だらぼべらりはええええええん! うわああああああん! ずわわわ〜〜〜ん!
太った男は何を言ってるのか分からなくなってしまったんじゃ。それでも涙は止まらなかった。泣き声は叫び声に変わり、やがて絶叫に変わったんじゃ。男は豪雨に向かって声を限りに叫び始めたんじゃ

どわわわわわわわ〜〜〜〜ん!
なばたら、ぼれらあああああん!
ばあ〜ろ〜〜〜んにゃあ!


 わしも、その叫びを聞いてるとな。こう身体が熱くなってな。叫ばずにおられなくなったんじゃ。
わしは叫んだんじゃ。ありったけの力を声に変えたんじゃ。この豪雨の壁をブチ抜きたかったんじゃ。

食わせろろああああ!
肉じゃが食わせろあああああ!


ばあ〜ろ〜〜〜んにゃあ!
うばばばばばぼぼだだだだああああ!


 わしと太った男は狂ったように叫び続けたんじゃ。

混ぜるなあああああ!
味付けするなああああああ!
掻き回すなああああ!
よそうなあああああ!
胡椒かけるなああああ!


ばあ〜ろ〜〜〜んにゃあ!
うばばばばばぼぼべだだだだあああ!


食わせろあああああ!
持って行くなあああああ!
食ってやるああああ!肉じゃが食ってやるああああああ!



 わしらはな。間違いなく臆病者で役立たずのバカじゃった。
でもな。わしは、どうしても、あの日を忘れる事が出来んのじゃ。

 何故ならな。もう雨は行き過ぎてしまったからじゃ。
あの日の大雨は、もう、わしらの前を通り過ぎてしまったからなんじゃ。



☆このお話しは、志穂美さんによって生み出された『わしら文体』をトリビュートした、お話しです。
志穂美さんの名作「歳末大混乱記。」も是非どうぞ。
posted by sand at 05:20| Comment(5) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

ここより少しだけ高い場所

Counting Down the Days.jpg
Natalie Imbruglia / Counting Down the Days

 彼女が、僕の頭の上を登って行く。

 僕は梯子を両手で押さえながら、彼女の形の良いお尻と長い脚を眺めている。
「おいおい! その《ネットリ》とした視線、やめてくれる!」
彼女は下を見下ろして、口をポカンと開けた僕に言う。

 彼女の背後には高く澄みきった五月の青空が見える。彼女は僕のそばを離れて青空に近づいて行く。その突き抜けるような青色をずっと眺めていると、僕は重力なんてものに縛られて、この地に貼りついているのがアホみたいに思えてくる。
「もう沢山だよ重力君よ。頼むから纏わりつくのは止めてくれないか。僕は、もうプイと行っちゃうかね」とか宣言してプイと空を駆け上っちゃう訳だ。

「くぉ〜ら〜! シッカリ押さえんかい! 落ちるだろうが〜!」
おっと彼女が怒っている。気の短い女なんだ。可愛いけどね。

 彼女は屋根に辿り着いたようだ。羽根を取りに行ったんだ。バトミントンの羽根。

「お〜い! あったかね!」僕は屋根の上に姿を消した彼女に向かって叫んだ。
でも、実際の彼女は僕の視界にはいない(屋根の上に上がってるからね)。僕は真上にある青空に向かって叫んだ事になる。
 仮にだ。仮に空の野郎が、もう少し砕けてて人好きのするヤツだったとしたら、「あ?呼びました? 何か無くしたのかな? 私に出来る事がありましたら?」とか偉そうに包容力なんぞを見せつけるかもしれない。そう言うのは、ちょっとトゥー・マッチ。だって空の野郎には関係無い事だからね。僕と彼女の問題なんだ。
 ま、そんな訳で僕は空のヤツを軽くシカトするね。「おいおい。気安く友達面すんなよ」ってとこだ。
 で当然、空のヤツは傷つく訳だね。クソ鈍感なくせに繊細そうに振舞って同情を買おうって魂胆だ。わざとらしく曇ったりしてみせるね。だいたい空ってB型っぽいじゃないか。泣いたり笑ったりするポイントがサッパリ理解出来ない。屋根の上の彼女もB型なんだけどね。長い付き合いだけど何考えてるのか依然として、わかりゃしない。でもね、そういう所が好きなんだよね。もう仕舞う場所がないくらい愛しちゃってるんだよね・・・

「くぉ〜ら〜! さっきから呼んでるだろうが〜! 」
おお。また怒らしてしまった。彼女は屋根の上から羽根を放り投げた。
「おお。あったかね。サンクス。サンクス」

それから彼女は屋根の上に座りこんで、辺りを見渡している。
「なんだか。気持ち良さそうだね〜。どーですか?どーんな塩梅ですかな?」
僕は屋根の上に向かって声をかける。

「うん。良い感じだよ。緑が眩しい。とっても綺麗だよ」
彼女の髪は風を受けて、ヒラヒラと舞っている。

 そこから見える景色は、ここと、どのくらい違うのかな?僕は彼女の視線と、その表情を通して、彼女の前に広がる景色を見ようとする。
彼女の表情が変わるのを見とめて、彼女の前で流れて行く景色を理解しようとする。
 でも、僕には、その景色が見えてない。彼女と同じ景色は見えやしない。
僕が、ここにいる限りね。

 僕は比較的安定した、この場所を離れて彼女の元に辿り着き、彼女と同じ目線でそれを見る必要がある。
それはちょっとしたチャレンジだ。だってもう梯子を押さえてくれる人はいなくなるんだからね。

 それでも答えは決まっている。僕は彼女と離れたりしたくない。
僕は、ここより少しだけ高い場所に向かって、その梯子を登って行く。
posted by sand at 14:48| Comment(2) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月12日

In Dreams

In Dreams.jpg
Roy Orbison / In Dreams: Greatest Hits


 Roy Orbisonが巷に溢れていたのは、いつの頃だったろう?

 もちろん、それはリバイルってヤツで、80年代の中頃、デビット・リンチ監督の「ブルー・ベルベット」をゾワゾワした悪寒と共に見終わった頃だ。
 封切りに駆け付けるような垢抜けないガキ共は魂の抜け落ちたアンドロイドみたいな歌声に簡単に魅せられちまった。

「おいおい。すげ〜ロカビリーがあるぜ」自称タフガイはレコードを小脇に抱えて、オイラの部屋に現れた。

 オイラはグラスにハイニッカを注いで、タフガイがレコードに針を落とすのを見守っている。
「どれどれ」ってヤツだ。

「In Dreams」は、ノロノロとした旧式のセダンに乗ってオイラの部屋に姿を現した。
「なんだよ。古臭い。まるでプラターズじゃないか?」オイラは旧式のセダンを笑った。
「いや。待てよ。こりゃなんだか、おかしいよ。」オイラの顔色が、みるみる変わって行くのを見て、タフガイはニヤリと微笑んだ。


 80年代は眠たくなるほど退屈で、夢でさえも退屈に思えた。
世の中は、綺麗に2等分に隔てられ、善なら善。悪なら悪。罪なら罪。愛なら愛。そんな混じりっけのない純潔の区分けを想像させた。

 そんな他愛もない目論見を、Roy Orbisonは艶のある流暢なベルベット・ボイスで、笑い飛ばすように唄った。

「なあ。裏側が聞こえるだろ?」タフガイは得意そうにオイラに話した。
「夢の裏側が聞こえるのさ。」

 目を閉じてRoyの声に耳を澄ますと、その艶やかな響きがカメレオンのように姿を変えて行くのが分かる。
 それは夢であり、愛であり、恐れであり、憎しみであり、悲しみであり、死でさえもあった。


 オイラは煙草を肺一杯に吸い込み、ずっと遠くを見ようと目を凝らした。
・・夢の向こう側にあるものは何だ?オイラの今いる場所は、どこの裏側なんだ?・・・



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2006年05月07日

先生の鼓動D

29 Palms.jpg
Robert Plant / 29 Palms

 草木を濡す朝露が、朝日に照らされ光り輝いていた。私は先生の背中を眺めながら、細い山道を登っていた。
 先生の肩は、その日、一段と小さく見えた。先生は小さな背中を丸めて、よろけるように山道を登っていた。私は、その時になって有る事に気がついた。
 私は先生に死んだ父親の面影を見ていたのだ。そして怜子に死んだ母親の影を見ていた。
手を伸ばせば先生の背中に触れるような気がした。でも私は先生に触れる事は叶わなかった。先生は、ずっと先を歩いていた。私がどんなに愛したとしても、先生は構わず歩いて行ってしまった。
 その日が生きている先生に会った最後の日になった。


 その日、人の気配で目が覚めた。枕元に誰か立っている。
私は驚いて跳ね起きた。
先生だった。
先生は青白い顔をして、暗い声で話しかけた。
「朝早く、すまない。悪いが今日一日、私と一緒にいてくれないか?寝るまで、ずっと一緒だ。後で話しをしよう。時間がないんだ。今日が29日目の朝なのだから・・・」

 先生の様子がおかしいと気がついたのは、その日よりずっと前の事だった。
ある日を境に先生は、ひどく落ち着かない素振りをみせるようになった。それまで淡々と穏やかな日常を繰り返してきた人だったので、余計、その狼狽ぶりは目に付いた。
 夜は遅くまで明かりが灯り、ゴソゴソと動き回る気配を感じた。日中は裏山への散策には出かけず、自室に篭って考え事をしていたり、滅多に開ける事のない裏庭の倉庫を引っかき回したりしていた。
 食事にもほとんど口をつけなかった。目は落ち窪み、明らかに疲労の色が濃かった。
 私がこの家から離れる気持ちを固めている事に先生は気がついているのだろうかと案じたりした。もしや何かの病気の予兆ではないかと、先生に病院に行くよう進言しようかと迷ったりした。
 

 私は先生に起こされると慌てて身支度して座敷に駆けつけた。
そこには朝ご飯が用意されていた。先生が私の為に用意してくれたのだ。ここに来て始めての事だった。私は恐縮し先生に礼を言ってご飯を詰め込んだ。
先生は昼食用の握り飯の包みも用意していた。

 私が朝ご飯を食べ終わるのを見届けると、先生は先に立ち上がり、こう告げた。
「裏山に一緒に登ろう。そこで君に見てもらいたいものがある。私がどんな事をしてきたか?どんな事をして世間を欺いてきたのかを。
私は芸術家でも陶芸家でもないのだ。私は盗人なのだ。私は自然の鼓動を盗む事で生計を立ててきた。
飯を食ってきたのだ。さらには名声まで手に入れようとしている。
君に知って欲しい。生きて行く事は綺麗な事ではないのだ。決して美しいものでは有り得ないのだ」


 先生が裏山の頂上付近で立ち止まった場所は、緑の木々が立ち並ぶ中にポッカリと開けた円形のステージのような場所だった。先生は丸いステージの真ん中に立ち、周囲を見回した。
緑の木々が先生を見つめている。

 先生は大きく深呼吸し、両手を鳥の翼のように広げた。


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2006年05月06日

先生の鼓動C

Tin Pan Valley.jpg
Robert Plant / Tin Pan Valley

 先生が土に触る時。それは前触れのない。突然の事であった。
先生は午前十時頃と午後三時頃の一日に二度、裏山に登った。それほど強くなければ、雨や雪の日でも、ほぼ毎日、土日祝日関係なしに続けられた。

 それが始まる時。例外なく先生は裏山から息を切らして駆け下りて来た。
普段の穏やかで飄々とした佇まいから一変した、危機迫る鬼のような形相になっていた。先生は私の目さえ恐れるように工房に駆け込み、中から厳重に鍵がかけられた。工房の窓という窓は、黒く厚いカーテンが下ろされ、まったくの密室の中で作業は進められた。

 一旦、作業が始まると先生は工房から外に出る事は決してなかった。恐らく夜を徹しての作業をうかがわせた。短くて一週間。長くて2週間に渡って作業は続けられた。
先生は何度か工房の中から私を呼び、水や食料・必要な材料を取り寄せたが、私が工房の中に立ち入る事は許されなかった。

 この作業は先生が自室に戻り、倒れ込むようにして眠りに落ちた瞬間に終わった。
先生の枕元には、産み落とされたばかりの陶器が無造作に置かれていた。それは私のように教養ない、愚劣な人間にも息を呑むほどの美しさだと理解出来た。
ほとばしるような精気。あらゆる物を包み込む、無限にも感じる雄大さ。私は打たれたように、その作品に引き摺りこまれた。それは天才だけがなしえる奇跡だった。

 一度だけ。私は奇妙な光景を目撃した。ただ、その時は目の錯覚なんだと、それを打ち消そうとした。そんな事があるはずがない。そう思い込もうとした。
 だが今となってみれば、それは間違いではなかった。

 先生が工房に篭って作業を続けている最中。私は呼ばれて食事を届けに行った。
先生は扉を細く開けて中から食事を受け取った。その時だ。一瞬だけ中の様子が見て取れた。
 そこには作りかけの陶器が置かれていた。信じられない事だが、その陶器はウネウネと生き物のように、うごめいているように見えた。

 その時は、それを理解する事は出来なかった。
でも、今なら分かる。今ならそれを理解出来る。
 その陶器は確かに生きていた。生きて呼吸をしていたのだ。


 先生は夕暮れ時になると裏山から戻って来た。
風呂に入り、野菜を主体にした簡素な夕食を取ると、そのまま自室に入り、朝まで出てくる事はなかった。

 私は夕食の後片付けが済むと、その家を抜け出して川辺に向かった。
川には怜子が待っていた。
 私は怜子を月明かりの中で抱擁し、岩場に押し倒して服を脱がせた。
怜子の呻き声は、川のせせらぎや虫の声の中に溶けていった。
行為が終わると、怜子は私の裸の胸に頭をのせた。私は怜子の髪を撫で、青い月を見上げた。

 私は怜子を愛していた。いや。もっと強い気持ちだった。もっと強い渇望だった。
私は怜子の中に沈んでしまいたかった。互いの存在が一つに溶け合い。未完成な我々を強く、不屈に変えてくれるような気がした。
私は怜子と暮らす事を考えていた。ただ、それは今の仕事では不可能な事だった。
今の給料では食えなかった。
 
 私は先生のそばを離れたくはなかった。先生と一緒にいたかった。
だが、私は男として先生の前から去らなければならなかった。先生に向けて開いている扉を締め切り、怜子に向かって扉を開く必要があった。
 扉は一つしかないのだ。
その扉は本当に狭く慎ましくて、二人の人間が通れるほど広くはなかったのだ。



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2006年05月05日

先生の鼓動B

Shine It All Around.jpg
Robert Plant / Shine It All Around

 先生が裏山に登っている間、私は昼食用に蕎麦を打った。
先生から最初に教えられた仕事は、蕎麦を打つ事だった。先生は、ほぼ毎日昼食に蕎麦を食べた。それが唯一の贅沢だったのかもしれない。

 それは岩場から沁み出した冷たい清水を用いた蕎麦だった。シッカリとした腰と柔軟な喉ごしを合わせ持った蕎麦だった。先生は最初、蕎麦の打ち加減、茹で加減を事細かに注意したが、半年も経つと何も言わずに蕎麦を口にするようになった。
 私は蕎麦自体には飽き飽きしていたが、先生が蕎麦を啜る表情を眺めるのは好きだった。普段、何かに憑かれたように気もそぞろな先生に、人間らしい慈しみが舞い戻る瞬間だった。
 私は蕎麦を啜る先生の前に正座して、先生の顔に一瞬だけ宿る微笑を見逃さぬように見守っていた。
 私は先生が好きだった。一人の人間として先生の元で働ける事に喜びを感じていた。

 昼食が済むと先生は、座敷に横になって昼寝を始めた。私は午後からは自由時間になっていて、村の若者が主催する陶芸スクールに通う毎日だった。
この村には、いくつかの窯元が存在し、そこに属する陶芸を志す若者が(ほんの少数だが)サークルを作って様々なイベントを催していた。
 先生は私に陶芸を教える事はなかった。なにしろ普段から先生が土を触る事は滅多になかったからだ。

 私は都心部で主催される個展やフリーマーケット、それに幾人かが出資して都会に出店している店舗の手伝いをしながら、陶芸を学んでいた。
 ただ私には芸術的な才能が欠落しているのは誰も目にも明らかだった。
むしろ私はサークルが行う各種のイベントを取り仕切る方に喜びを感じていた。

 私が怜子と知り合ったのも、そのサークルの中であった。
私と怜子には両親がいなかった。二人で共に過す時間は、我々に大きな充足感をもたらした。
お互いの欠落を埋め合うような何かを感じていた。


 私の両親は、私がまだ幼い頃に交通事故で呆気なく他界してしまった。それは哀しみや痛みを伴うずっと以前の出来事だった。私はこの世にポツンと取り残され帰る家をなくしてしまった。
 父の姉にあたる叔母が私を引き取った。叔母は芯の強い気丈な女性だった。叔母は私を自分の子供と分け隔てなく可愛がってくれた。
 ただ彼女の夫(叔父)は、そうではなかった。私がこの家に引き取られる前の叔父は、気の弱い大人しい男だったが、私がここに住むようになると、叔父は博打や酒に溺れる毎日をおくるようになった。
多分、父と母のまとまった額の保険金が、この家に支払われる事になったのだろう。
 金がある頃でこそ、叔父は私に優しかったが、金が底を付くと露骨に私をないがしろにするようになった。
私は早くこの家を出て独立する事を望んだ。中学を終える頃には就職先を探し始めた。
 先生の身の回りの世話をする仕事は、人を介して叔母が聞きつけてきた。給料は安かったが住み込みなので、この家を離れられる事が何より良かった。
私は即座にこの話を受けた。

 私はボストンバックに僅かな荷物を詰めて、叔父・叔母の家を後にした。
私を乗せた汽車やバスは私を世界の果てまで連れて行くような気がした。やがて家屋の数も疎らな寂しい村の停留所でバスを降りた。

 先生はバス停に立って私を待っていた。
私の顔を見た先生は、何も言わずに私の手を握り締めた。
その時の先生は小刻みに震えていたように思い出された。


☆続きは、後ほど。

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2006年05月04日

先生の鼓動A

Mighty Rearranger2.jpg
Robert Plant / Mighty Rearranger

 先生を寂しい人間だと感じていた理由は、先生に身寄りや知り合いと呼べる者が皆無だと言う事からだった。
 先生はこれまで結婚する事もなく、親しい友人知人を作る事もなく、山深い寒村にある工房で一人暮らしを続けていた。恐らく50数年。先生は愛や友情を拒絶する事により、純然とした天賦の才を保ち続けているようだった。

 一度だけ若い頃の先生を知る人物と話した事がある。
先生が気を許した数少ない知り合いの一人だった。彼は都心で画廊を経営していた。

「彼には才能がある。誰も彼の真似は出来はしない。そして、それは彼を孤独にさせる。彼を安穏なる幸福から遠ざける。それは彼が選んだ事なのかもしれない。それとも彼の宿命なのかもしれない。
 彼は、まだ若い頃一人の女性を愛した。強い愛だった。その愛は彼の身体に火傷を残した。報われる事のない愛だったのだ。
 やがて彼はそこから姿を消し、美しく哀しい容姿をした花器だけが届けられるようになった。
ただ、それを浪漫と呼ぶには、あまりにも材料が不足しているように思える。私には、彼が何かに怯えているように思えて仕方がない」


 時刻が午前10時をまわると、先生は工房の裏手にある山林へと姿を消した。
私がそれにお伴する事は決して許されなかった。そこは先生にとって取り分け神聖な場所であるようだった。


☆とりあえず、ここまで。続きは後ほど。


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2006年05月03日

先生の鼓動@

Mighty Rearranger.jpg
Robert Plant / Mighty Rearranger

 先生は大きく深呼吸し、両手を鳥の翼のように広げた。大地がクルクルと円を描くように回転し、先生はソレの中心に向かって手を差し出した。


 その頃の私は、先生の下で働いて4〜5年になろうかと言う所だった。
先生は、わりと名の知れた陶芸家で数多くの賞に輝いていた。まだ若い時期に新鋭として頭角を現し斬新で革新的な作風は高く評価されていた。またその作品は、かなりの高額で取引されているようだった。
 しかしながら先生は、寡作としても名高かった。
先生がロクロの前に向かうのは、年に一度、ひどい時は2年に一度ほどしかない状態だった。さらに驚くべき事は、その数少ない機会に形作られる陶芸品は、どれも超一流の作品であり、誰の目にも新鮮な感動を与える傑作と呼べる作品であった事だ。

 先生が天才なのは疑いのない事であった。だが先生はその事を随分冷めた視線で眺めているように思えた。そんな自分を冷笑するように地味で慎ましい生活をおくるのだった。

 先生の日常は穏やかで飾り気とは無縁のものだった。

 先生は私より随分早く目覚め、決まって縁側で猫を抱いていた。
縁側に面した狭く慎ましい庭を先生は愛した。四季の移り変わりは、小さな庭園にささやかな色味を沿えた。それは海岸に流れ着いた瓶詰めのメッセージのように不意の独白を感じさせるものだった。

 食事の用意が私の主な仕事だった。ただ先生の好みは粗食にあり、比較的楽にその仕事をこなす事が出来た。

 朝は、麦ご飯とお味噌汁。それにタクワンが添えられるだけだった。
私と先生は庭を臨む座敷で、黙ってそれを食べるのが習慣だった。
コリコリとタクワンを噛む音だけが庭の緑に向かって発せられた。
 私は今になっても、その音を聞き先生を想う。
それは全く退屈な朝食だった。ただ、この騒がしい世の中に身を置く、今。
今となっては、そこにあった空気そのものが、凛とした清々しさに溢れた得がたいものだったのだ。
 だが、その大切さに気が付くのは、いつでも、それが終わった後の事だ。
もう、そこに戻れないと気がついてからの事だ。

 朝食が済むと先生はゴロンと横になって新聞を読んだ。そのまま眠ってしまう事もあった。
私は先生が新聞をめくる音や、寝息をかく音を聞きながら掃除や洗濯をした。
 私の仕事ぶりは勤勉であったと思う。先生は、概ねそれに満足していたようだ。もちろん先生は労いなど口に出す人ではなかった。
先生は、いつでも風を受けて撓る青竹のように、ずっとずっと大きな力を感じ取っているようだった。
 私はその超然とした佇まいを、表現者として憧憬し、人間として寂しく思っていた。


☆続きは午後から書けたら良いのですけど。

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2006年04月29日

She's Leaving Home(再UP)

☆本日は、午前中で仕事片付けて、午後から家庭サービス。遊園地でも行きますか。またしても再掲載で、ごきげんよう♪

サージェントペッパー.jpg 椎.jpg

その日は、朝寝してしまい起きたのは、お昼近くになった。

顔を洗って髭を剃り、髪を整えて、新しいシャツに着替えると、ずいぶん良い気分になった。
窓から見える空は、雲一つなく晴れ渡っている。
私は妻に散歩に行って来るよ。と告げると、サンダルを履いて外に出た。
まだまだ寒い季節なのだが、今日は、陽射しが強いので、それほどでもない。
空を見上げて、大きく背伸びしながら深呼吸をした。

河川敷の土手沿いをポケットに手を突っ込んで、ブラブラ歩いた。
向こうから大きな身体をユサユサゆすって、木が歩いて来た。
椎の木だった。

「おはようござます」私は彼に声をかけた。
「おお、気が付きませんでした。おはようございます。」
椎の木は、頭を下げてニッコリ微笑んだ。

「良い天気ですね」私は椎の木を見上げて言った。
「いやはや、まったく、晴れ渡る青空!素晴らしい日になりましたね〜!」椎の木は、胸をそらして野太い声を上げた。

私と彼は、ここ何日か降り続いた雨の事や、椎の木が体調を壊した時期があった事などを話し合った。
「それは大変でしたね。でも、完治してなによりでした。くれぐれもお大事に。では、今日は、これで。」私は、そう言って立ち去ろうとした。

椎の木は、恐る恐る私を呼び止めた。
「あの〜。実は、お願いがあるんですが・・」
椎の木は言い難そうにしている。
「どうぞ、遠慮無く」私は彼に言った。

「あっはは。大変お恥かしいのですが、私の日記を読んでいただけ無いかと思いまして・・。いや、日記とは本来、自分の為につける物なのですが、何かそれだけでは、日記に書きつけられた文字に悪いような気がするのですよ。
なにか日陰の身って言うんですかね。文字を明るい場所に、本来、文字が持っている社交性って言うんでしょうか。それを発揮させてあげたい。そんな気になりましてね。」

「それなら喜んでお読みしますよ」私は椎の木に言った。
「あ、それは、ありがとうございます。では、早速、自宅から取ってまいります。しばらく、ここでお待ち下さい」
椎の木は慌てて家まで引き返して行った。


私は自宅に戻るとテーブルに座り、コーヒーを飲みながら、椎の木の日記に目を通した。
妻が後ろから、興味深そうに覗き込みに来た。

日記に書かれた<文字>は、踊りながら、椎の木の生活を歌い綴った。

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2006年04月21日

Get Out of Bed

Liv.jpg
Livingston Taylor / Liv

「大丈夫?」娘の顔が覗き込む。
「大丈夫だよ。パンクしたみたいだ。スペアがあるから付け替える」私は潰れたタイヤを眺めながら答える。

 わりと見通しの良い直線に車は横付けされていた。狭い田畑に面した、疎らな住宅地。すれ違う車も歩行者の姿も見当たらない。置き去りにされたような、ひっそりとした脇道だった。

 私はトランクを掻き回してジャッキやスパナを揃える。
眠くなるような弱い陽射しの午後。春風が少しだけ冷たい。高い空。流れる雲。

 娘は車から、ちょっと離れた場所に立ち、自分の髪を触っている。
この四月で中学2年になる。親子仲が悪い訳ではないが、随分、気を使うようになった。
私も娘も。

「新しいクラスどう?」私はジャッキアップしながら娘に聞く。
「ん・・・、普通」娘は遠くを眺めながら、そっけなく答える。
会話はそれ以上は進まなかった。

 私は溜息を付いて、車内のカーステレオから小さく漏れ出してくるLivingston Taylorの「Get Out of Bed」に耳を澄ませる。
切なくなるような良い声だ。

 タイヤのネジを締めようとして1個取り落としてしまう。
「あ、ネジ取ってくれる?そっちに転がって行った」娘に声をかける。
「どこ?」「そこ。左のタイヤの横」
娘はネジを拾って、私の手のひらにソッと落とす。
"なんだか、女らしい指になったな〜"私は娘の指を眺めながらドキドキする。

 娘は、そのまま私の後ろに立って、ネジが締まって行くのを見守っている。
「お父さん?前から言おうと思ってたんだけど・・・」
珍しく娘から話しかけてきた。私は、ちょっと慌てて声が裏返る。
「な、何?」

「あのね。お父さんコンビニからオニギリ買って来てくれる時ね。『梅干』と『辛子明太子』じゃない。いつも」
「あれ?お前、その二つが好きだったんじゃない?」

「ううん。好きなのは好きなんだけど。いつもだと。ちょっと飽きるかな〜って」
「あ〜そうなんだ。わかったよ。でもその時、言えば良かったのに」

「うん・・・。なんだか、言い難くて・・・。言えて良かった」
娘はホッとしたような笑顔を見せた。

 
 私は、引き続きタイヤのネジを締め上げた。
ネジは重く。締めるのは容易ではない。
私は表情を強張らせて、力を込めようとする。

でも、私の顔はニヤニヤほころんで、どうしても締まらない。



☆相変わらず忙しいです。ボチボチ更新しますので、たまに覗いていただけたら有りがたいです。

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2006年04月03日

These Days(その5)

Lifes Rich Pageant.jpg
R.E.M. / Lifes Rich Pageant

<前回までのあらすじ>
 トド松が歩いてくる。路傍に横たわる腐敗した異物の匂いを漂わせ。
その偽りの言葉に鋭利な剣を忍ばせて、その泥濘の眼に虚実の炎を浮かべて。
 彼はやって来た。
まるで灼熱の溶岩のようにドロドロと流れ出す言葉の塊は、我らの身体を溶かし、我らの心を泣かせ、我らの存在を焼き払った。

嗚呼。その人は不実の人。決して唄われなかった鎮魂歌。
嗚呼。そん人は虚像の人。我らは鐘の鳴る方角に敗れ去る。


「僕が付き合っていた女の子はね。この学校の生徒でも他校の生徒でもなかったんだ。それは未成年でさえなかった。僕はね。24歳の女性と交際してたんだ」

 トド松の告白は衝撃だった。聞き耳を立てていた男どもは驚愕のあまり言葉を失った。
ウソだ! ウソに違いない。本当の訳がない。断じて間違いだ!
それでも・・・それでも、なお・・・ポコチンが勃起してしまった

痛たたた〜。ジーンズのファスナーが破れそう。これは困った身動き取れぬ。私は油売り工房のガマガエルのようにダラダラと暑苦しい脂汗を流しながら股間を押さえて悶えているのであった。
ダメなんだ。もう、とってもダメ。「24歳の女性」はダメ。これらは大人の女。SEXの伝道師。エロのスペシャリスト。愛欲のハード・ワーカー。

 当時の我々は、24歳の女性に猛烈な妄想を抱いていた。人間とは程遠い、性欲の堕天使としか捉える術を知らなかった。「24歳の女性=貪欲SEX」というムチャクチャ公式が採用されていた訳だ。

トド松のカミングアウトは、いきなり我らのハートを鷲づかみしたのだった。悔しい・・・。とっても悔しい・・・でも、でもでも続きが聞きたいの〜。

「僕らは雑誌の文通欄で知り合ったね。そう。彼女は男を求めていた。本物の男をね」

ウソだ!大嘘だ!雑誌の文通欄ネチネチ眺めてる男が、本物の男の訳がねぇよ!!
私は勃起した股間を持て余しながら、厳しい突っ込みを入れるのだった。もちろん心の中で。

「あ、言い忘れたね。彼女は抜群の美人だった。さらに彼女の仕事は看護婦さん。僕はね。白衣の天使を手に入れたんだ」

ノオーーーーーッ!!ノオーーーーーッ!!私は『マカロニほうれん荘の後藤熊夫』のように身悶えして叫び続けた。24歳の看護婦さんは凶暴よ〜もう凶器だわ〜〜。
頼む。頼むから。俺を一人にしてくれないか!5分!5分あれば良い。
思う存分オナニーしたいんだ!

トド松は攻撃の手を緩めなかった。彼の話は核心へと及ぶのだった。

「彼女とのプレイは、それはそれは官能的だったよ。僕らは1週間。何処にも行かず、片時も離れず。まるで野生の動物のように裸のままで過ごしたんだ。僕らは食事も睡眠さえ忘れて愛し合った。僕らは激しくタフだった。それは欲望の炎だけが見せる白昼夢だったんだ」

おお〜〜なんという神をも恐れぬ偽りのコンフェッション。24歳のうら若き乙女が、寄りにも寄ってトド顔の低脳高校生と1週間もヤリまくるはずがない!

だって。だって。看護婦さん、そんな暇じゃないし

高校生とSEXする為に一週間も有給休暇取らないし

猫の手も借りたい職場で婦長さんだって困っちゃうし

トド松の告白が終わると我々はドッと肩を落として崩れ落ちた。燃え尽きた。もう何も残らぬほどにね。
って言うか3日分くらいのオカズが出来てホクホクしてたりして。


このバカバカしいシリーズは以下の4話が書かれています。
These Days(その1)
These Days(その2)
These Days(その3)
These Days(その4)


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2006年04月02日

寒桜(Mello)@

Rebellion.jpg
The Durutti Column / Rebellion

 レコードを売りに出した。中学の頃から少しずつ買い集めたレコード約500枚。
実家の荷物を引き払う時、売る事に決めた。もちろん想い出はある。有り過ぎる。だから。
 
 だから。もう、それらから自由になって良い頃だろう。なにもかも綺麗サッパリ葬り去る。それで良いような気がしていた。

 20500円。それが買い取り価格だった。高いのか安いのか分からない。それでも、その日、ずっと背負っていた荷物を下ろした。
 哀しくはなかった。清々していた。どうして、そんなものを抱え込む必要があったのか?今となっては、そっちの方が疑問に思えた。

 それから、捨てられない本が目に付いた。何度も捨てようとして、どうしても捨てられない本が段ボールに詰まっていた。
 それも処分する時のようだ。

 段ボールの封を開け、昔読んだ本を引っ張り出す。状態の良い本は古本屋に、悪い本は廃品回収に。手早く事務的にチェックして、二つに振り分ける。
作業は淡々と滞りなく進んで行った。もう迷う必要などなかった。終わりが来たのだ。始める為の。

 しかし、その本を目にした瞬間、手が止まった。
真新しい表紙の本だった。

感.jpg
吉本ばなな / 哀しい予感

 私は、作業を途中で放棄し、テーブルに座ってパラパラとページをめくってみた。幾つかのページに干からびた桜の花びらが、こびり付いていた。
そうだ。あの日だ。
 
 その日は肌寒く。風が強かった。満開の桜の下で、私はこの本を彼女から譲り受けた。
彼女の名はマリコ。私は彼女に薄い恋をしていた。




で、ポチポチ更新予定です。

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2006年03月25日

Hide Away

Blah Blah Blah.jpg
Iggy Pop / Blah Blah Blah


 村田宏昌(46歳)の上着ポケットには、クシャクシャになった1万円札が2枚、無造作に放り込まれていた。その金で女を買うのだ。

 土曜日の午後2時を回った時分で、大通りは家族連れや若いカップルで溢れ返っていた。村田は肩をすぼめ、うつむいた姿勢で人ごみを、すり抜けて行く。
春らしい穏やかな陽射しが降り注いではいたが、風は強く冷たかった。

 村田は、大通りから路地に折れて、さらに奥へと入り込んで行く。
しばらく路地を進むと、風俗店が立ち並ぶ通りへ出た。
昼間の風俗街は、ポツンポツンと客引きの男が立っている以外は、歩いている者は誰もいない。辺りはシンとした静けさに覆われている。それは、ちょうど西部劇の決闘シーンの街並みを思わせた。

 夜のこの通りは賑やかで活気がある。
しかし村田は昼間の風俗街の寂寥を好んだ。この路地裏に入った途端、気温が5度ほど下がったような気がした。その冷たさが心地よかった。

 村田は雑居ビルの暗く狭い階段を上り、何度か入った事のある個室マッサージ店の扉を開けた。受付は尻込みするほど華やかで派手な飾り付けがされている。ギラギラした電飾の真ん中に小さな窓がある。村田は、中を覗き込み、ポケットから金を掴み出す。
 中には暗い顔をした若い男が座っている。若い男には表情というものが全くなかった。
「指名は?」若い男が聞くと、村田は首を振る。
支払を済ませて、待合室に移動する。

 待合室は、細長い3畳ほどの作りで四方に痛んだソファが置かれている。中央には細長いテーブルが置いてあり、その上には大量のエロ本が積み上げられている。
壁に埋め込むように14型のテレビが設置され、2時間ドラマの再放送が流れている。
村田はソファに沈み込むように座ると、深い溜息をついた。

 妻と離婚し愛人とも別れた後、村田は定期的に風俗店を訪れ、女を抱いた。
欲望のはけ口と言うより、自分の性欲を確かめるように、そこを訪れていた。
安アパートで誰とも話さず、漠然とした毎日を過ごしていると、自分が人間なのかどうかの手応えがなくなってしまう。生きている実感が消えてしまうのだ。
生きている女の肌に触れ、暖かい陰部を感じる事で、村田はこの世界に自分を繋ぎ止めようとしているかのようだった。

 風俗店の待合室には雑然とした空気が流れていた。ツンとした消毒液の匂いと暗闇の持つ重厚さが空気中に垂れ込めていた。
村田はこの場所に心からの安らぎを感じた。性行為以上の充足感があった。
この場所では、どんな金持ちもお偉いさんも貧乏人もガキもジジイも、皆一様にスケベなロクデナシだった。それは、ちょっとした安息でもあり、肩の力を抜く事が出来る、かけがえのない場所であった。
 鼻の上にエサをぶら下げられた犬であり、外の世界からスポイルされた猫であった。

 若い男が戸口に現れ、個室へと村田を案内した。
扉を開けると、窓のない4畳半ほどの薄暗い部屋があり、真ん中に場違いなほど大きなベットが置かれていた。
部屋には、うがい薬『イソジン』の匂いが充満し、慣れるまで吐き気がした。
扉の直ぐ横に鏡台と丸椅子が置かれ、その椅子の上に女は座っていた。
 女の歳は、50手前に見えた。痩せてゲッソリと落ち込んだ頬、大きくて力のない眼、意地の悪そうな細い鷲鼻、薄く存在感のない唇。女の顔は整ってはいたが、顔中を覆う深い皺は隠しようがなかった。
 その皺も含めて、村田は女の顔に好感を持った。好きなタイプだった。

 女は無言でお辞儀すると椅子から立ち上がり、村田の服を脱がせた。
全裸になった村田は、ベットに押し倒された。
女は羽織っていたガウンを脱いだ。女の胸には白いサラシが巻かれていた。
片方の胸には膨らみがあったが、もう片方の胸は平らだった。
そのサラシ姿は、ひどくエロチックだった。

 女は村田の下半身に顔を突っ込み、舌をはわした。村田の口から声が漏れた。
女のテクニックは抜群だった。村田は夢見心地で女の舌に身体を預けた。
村田が射精に達する直前、女の唇が村田の耳の位置まで上がってきた。
「最後までやるんだろ?」女は村田の耳に囁いた。この店では、金を余計に払うと内緒で本番まで、やらせてくれた。
 村田は女に分かるように頷いた。
「あたしが下になるよ」村田と女は場所を入れ替わった。
 
 村田は挿入する前に女の陰部に触れてみた。陰部は何の湿り気もなかった。
女は、目を閉じて諦めたような表情をしている。
急に空しい気持ちが村田を襲った。この女を傷つける値打ちが俺にあるのか?

「今日は、やめとこう。悪いけど手でやって貰えないか?」
村田と女はもう一度、場所を入れ替わった。
女は床にひざまずき、ベットに横になった村田のペニスを手でしごいた。
村田の空しい気持ちは心から去らなかった。
ペニスは力なく萎んだまま、起き上がる事はなかった。

 村田は女の動きを手で制し、起き上がった。「今日は疲れてるみたいだ。もう終わるよ」

 女は溜息を付きながらガウンを羽織り、洗面台でウガイを始めた。その間に村田は服を着た。
服を着た村田を見て、女は言った。「もう帰るかい?」
「いや。時間までここにいるよ。あんたさえ良ければ」
村田がそう言うと女は始めて微笑んだ。「助かるよ。早く返すと後でアレなんだ」

 村田は服を着てベットに座り直した。女は、小型の冷蔵庫からビールを取りだし、半分をコップに注ぎ村田に手渡した。「サービスだよ」

 女はタバコに火をつけて口にくわえた。
村田はビールを口に含んだ。気の抜けた味がしたが、この場所には相応しい気がした。

「あんた一人もんかい?」女はタバコの煙を吐きながら聞いた。
「そうだ。あんたは?」
女は返事の代わりに右腕を差し出した。手首には無数の切り傷が残されていた。
村田は顔をしかめた。

 それから暫く会話は途切れた。村田は会話の糸口を探す事もなく、黙ってビールを飲んでいた。
「あんた不思議な人だね。あんたと一緒にいると、海底に潜んでいるような気になるよ」女は微笑みながら言った。

「別れた女房もそんな事を言っていた。『あなたの心は、いつも私には見えない場所にある』ってね」村田は言った。
「ふ〜ん。つまんない女ね。あたしは、あんたみたいな男好きだよ。心なんか見えなくて構やしない。そんな厄介な物、御免だよ」女は笑った。

 女は煙を吐き出すのに横を向いた。何気なく、その仕草を見ていた村田は、女の横顔を見てハッとなった。
そんな美しい横顔をした女を始めて見た。額から鼻にかけての流れるような曲線。アゴからほっそりとした首筋への麗しいライン。そして眉だ。薄く消え入るように端へと流れる細い眉が、何より美しかった。
 村田の心にジワジワと熱い気持ちが溢れてきた。苦しいほどの高まりが喉元まで押し寄せて切る。身体が震えるように熱を帯びてくる。何年ぶりだろう。
俺は恋をする気持ちを忘れてはいなかった。村田は自身の変化を喜んだ。生きる事に何かの意味を見つけられそうな気になった。
 村田は歳を取っていた。その気持ちを抑えこむ時間の余裕などなかった。
村田は女に真っ直ぐに気持ちを伝えたかった。

「あんたの横顔、綺麗だよ。なんて言うか。息が詰まるほど美しいと思うよ」村田は身を乗り出すように女に言った。

女はちょっとビックリしたような表情をしたが、嬉しそうに笑った。
「これでも昔は結構モテたんだよ。迫って来る男は履いて捨てるほどいたよ。でも昔の事さ。今は違う。誰よりも分かってるつもりさ」

「いや。違う。俺は今のあんたが綺麗だと言ったんだ。昔のあんたの事など知る必要もない。今のあんたは完璧だ。誰よりも美しい」
村田は自分でも驚くほど興奮していた。なにか大きな物を見つけたような気がしていた。それを逃がす訳にはいかなかった。どうしても手にする必要があった。

 村田は荒い息を吐きながら、女の元ににじり寄り、女を強く抱きしめた。
「あんたを、かくまいたいんだ。誰もあんたには指一本触れさせない。あんたを傷つける者から、あんたを隠したい。あんたを逃したい。あんたを苦しめる全てのものから」

女は驚いてはいるが、それほど抵抗はしなかった。
「今、会ったばかりじゃないか。私達、何も知らないんだよ」女は言った。

「時間に意味など無かったじゃないか!今だけで充分だ。俺達に必要なのは昨日でも明日でもないはずだ。今だけだ。分かるだろ?あんたなら分かるだろ?」
村田は頭に血が上っていた。これが最後のチャンスだと確信していた。この場で全てが見渡せる気がした。間違いない。揺るぎなど全くない。
 女は、目を閉じて村田を抱きしめた。

 村田は勇ましく立ち上がり、女の手を握ったまま扉を開けた。
「頼む。頼むから、一緒に逃げてくれ。そうしないと、俺もあんたも、終わりなんだ。もう終わってしまうんだ!」



長い!長過ぎる!最後まで読まれた方がいらっしゃたら、ありがとうございます。
まとまりなかったです。すいません。

村田宏昌(46歳)は2話目になります。
1話目は、こちらで

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posted by sand at 19:37| Comment(6) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

Jump!

1984.jpg
Van Halen - 1984

 私は中学生の娘・玲子と車の中で生活している。
去年の正月明けに私は妻と離婚した。ずっと以前から不仲が続いていた。
下の娘と自宅を妻が取り、私は上の娘とアパートに住まう事になった。

 悪い事は重なるもので、保証人に立っていた知り合いの会社が倒産し、私は多額の債務を負ってしまった。アパートには人相の悪い男達が大勢やって来るようになった。
ふとした事から彼らと諍いになり、私は足の指を潰されてしまった。手口は残忍で、私は満足に歩く事すら出来なくなってしまった。
身の危険を感じた私は、娘を連れ、車で各地を転々と逃げ回った。借りていたアパートには二度と戻らなかった。
 それから、ある街で身を落ち着け、自己破産の手続きを取り、生活保護を受けられるようになると、私は内職の仕事を始めた。娘も再度、中学校に行けるようになった。
少し生活も落ち着いた頃、贅沢しなければアパートが借りられそうだ。と娘の玲子に告げると「今のまま、車で生活しても良いよ」と玲子はそっけない声で返事をしたのだった。

 我々の朝は公園の駐車場で始まる。
私は公園のベンチの上で固形燃料を使い目玉焼きを作る。玲子は後部座席で目覚め、器用にそのまま学生服に着替える。
公園の洗面所で顔を洗い、歯を磨く。玲子は助手席で目玉焼きとロールパンとホットコーヒーで朝食を取る。
娘が学校に出かけると、私は車をコインランドリーに乗りつける。
そこで洗濯をしながら内職をする。
午後は内職の続きをし、その後、ボランティアの仕事を手伝う。不幸な人間は世の中に腐るほどいる。

 娘が学校から戻ると親子で定食屋のバイトに行く。私は皿を洗い、玲子は奥の部屋を借りて勉強させて貰う。ボランティアで知り合った夫婦が、経営している店だった。私のバイトが終わると、私と玲子は、ご夫婦が作ったホカホカの夕食を毎日無料で頂く事が出来た。
 それから二人で行きつけの銭湯に行った。風呂上り、しばらく、そこでテレビを観させてもらう。番台は気の良いハゲ親父で、玲子にいつもフルーツ牛乳を飲ませてくれた。

 寝場所にしている公園の駐車場に戻るとホームレスのゴローちゃんが我々を待っている。コンビニのゴミ置き場から拾ってきたビールやお菓子を差し入れてくれる。ゴローちゃんは50過ぎの汚いオヤジだが、元アル中なのかヤク中なのか、言ってる事がサッパリ分からない。それでも憎めないので知り合いが多い。
ゴローちゃんは、いつものように玲子にちょっかいをかける。
「えへへ〜、玲子ちゃん綺麗だね〜。綺麗なオ×コしてるんだろね〜。良いよね〜オ×コ綺麗だと〜〜」
私は容赦なくゴローちゃんを張り倒す。ゴローちゃんはそれでもヘラヘラ嬉そうだ。多分、ゴローちゃんは感覚が麻痺してしまっている。

 私はゴローちゃんから貰ったビールを飲み干し、玲子がチョコを食べ終わると、車を街灯の下から、暗い場所に移動する。
シートを倒し、横になる。

 玲子は窓の方向を向いて寝ている。私は玲子に話しかける。
「玲子。自分が不幸だと思うだろ?」
「ああ。思うよ」玲子はそっけなく答える。

しばらくして玲子は言葉を継ぐ。
「不幸だけど・・・辛い訳じゃない。変態オヤジにも会えるしね」

「そうか・・」私は少し涙ぐむ。

それから、少し元気を出して、私は玲子に言う。
「お父さんね。こんな足になっちゃったけど、昔よりずっと高く飛べそうなんだ。もっと遠くまでジャンプ出来そうなんだ」



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posted by sand at 21:31| Comment(4) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月18日

Just Like HoneyU

Automatic.jpg
Jesus & Mary Chain / Automatic

「逆恨みしたくても、本人はここにはいない。俺に依頼したのは、その家族だ。依頼人本人は自殺した。もしくは・・・殺されたか?」埼玉ネコはガルシアの瞳が左右に揺れるのを見とめた。

埼玉ネコは、手に持った包みを頭上高く持ち上げた。
「中には記録メディアが入っている。もちろんコピーだ。不正経理の実態が克明に記録されている。
 あんたの周囲には、あんたを快く思っていない人物もいるはずだ。彼らは、この情報を欲しがっている。あんたを陥れる為にね。

 さて依頼人並びにその家族の要求は、あんた自身にこの疑惑を証言して貰う事にある。第三者を介在させたくはないんだ。
 何が社内で行われたのか?そして誰が依頼人を消したのか?
あんた自身の話が聞きたい。公の場でだ」
埼玉ネコは、手に持った包みをそれぞれが立っている中間点に放り投げた。
「どうぞ。中を確認してくれ」

ガルシアは腕組をして、可笑しそうに笑った。
「これで我々の立場が鮮明になった。君らは不確かな情報で私を脅迫し、私を強引に罪人に仕立て上げようとしている。手口は至って荒っぽい。武力行使も辞さない勢いだ。
ハッキリ言えば、君は雇われて私を殺しに来たのだ。そうだろ?君は金の為に私の命を奪おうとしている。
親愛なる殺し屋君。我々は正当防衛の権利を授けられた。もちろん法の下にだ」

埼玉ネコはミスを犯した。
一つは扉に近づき過ぎていた事。もう一つは扉の厚みをチェックしていなかった事。

 メリメリと破壊音が響き、埼玉ネコが背を向けて立っていた扉を突き破って太い男の腕が飛び出してきた。埼玉ネコは身を交わす暇もなく、大男の両腕に羽交い締めにされ怪力でギリギリと締め上げられていった。
埼玉ネコは咳き込みながら、押し殺した呻き声をあげた。

 この部屋のどこかに隠しカメラが設置され、室外の廊下に潜んでいた大男はモニターでその動きを確認していたのだ。さらに扉はベニアほどの薄さに仕込まれていて、容易に突き破る事が出来たのだ。

 二人のボディガードは拳銃を抜いて構えている。
「レイモンド!殺すなよ!口を割らせてからだ!
ミック!包みと銃を取ってこい。気を付けろ。デイブ、おかしな動きをしたら頭を打ちぬけ!」ガルシアは鋭く指示を飛ばした。
大男がレイモンド。若いボディガードがミック。年配のボディガードがデイブだ。

埼玉ネコは苦悶の表情を作りながら、間合いを計った。
ミックが包みを拾い上げる瞬間だろう。埼玉ネコは長年の勘を信じた。

ミックが部屋の中央まで来て、包みを拾い上げようと腰を屈めた瞬間、部屋の窓ガラスが銃撃音と共に吹っ飛んだ。爆音が響き、ガラスの破片が津波のように室内に押し寄せた。埼玉ネコは、レイモンドの指の関節を捻り上げ、わけなく拘束を解いた。
埼玉ネコの動きを認めたデイブは、構えていた銃の引き金を引く。しかし、爆音とガラスの散乱が彼の判断力を一瞬狂わせた。
埼玉ネコは、大男の腕から逃れると、躊躇無く床に身を伏せた。

 デイブの放った弾丸は、埼玉ネコの頭上をスレスレで通過し、薄い扉を貫通してレイモンドの顔面に穴を開けた。
床に身を伏せた埼玉ネコは、瞬時に腰から引き抜いた銃をデイブに向け2発発射する。
1発目はデイブの右耳を吹き飛ばし、2発目はデイブの左顔半分を吹き飛ばした。

銃声が鳴り止む頃には、3人の死体が部屋に横たわっていた。一人はレイモンド、もう一人はデイブ。最後は眉間を打ち抜かれて死んでいるミックだ。
窓ガラスを破壊しミックを打った男は、窓の外に浮かんでいた。

屋上からワイヤーで吊るされたアライグマ男だ。

埼玉ネコは、腰を抜かして椅子の上で震えているガルシアの身体から銃を取り上げると、窓の外に浮かんでいるアライグマ男に声をかけた。
「どんな眺めだ?」
「ゾッとしないね」アライグマ男は下を見下ろして肩をすくめた。

「思ったより、様になっているよ」
「どうかな?初心者なんだ」

「なるほど。地に足が着いてないって訳だ」
埼玉ネコは手をかしてアライグマ男を部屋に入れた。

埼玉ネコは銃口をガルシアに向けた。
「い、い、いくら貰っている?その10倍出しても良い。助けてくれ」ガルシアは怯えた顔で嘆願を続けた。
「私もこの社会の中に取り込まれた一部に過ぎなんだ。君が思っているほど、我々には力はない。我々も身動きが取れないんだ。自分の思い通りには何も出来はしないんだ」

埼玉ネコは首を振って答えた。
「俺は、あんたの知らない街から来たんだ。死人が住む街だ。あんたらに突き落とされ、踏み躙られた死人が住んでいる。
ヤツらは、そこに吹き溜まり、虐げられ、コケにされ、拒絶され、いつしか俺の銃に宿るようになった。

俺は正義ではない。判事でもない。法でもない。俺は誰も裁かない。
あんたを裁くのは、この銃に宿る亡霊達だ。ヤツらは、あんたに会いたがっている」
埼玉ネコは引き金を引いた。赤い花が背にした壁に咲き乱れた。新しい死体が産み落とされる。

窓の外に縄梯子が下りてきた。手筈通り、屋上のエリザベスが用意した物だった。

埼玉ネコは窓に向かって歩き出した。しかしアライグマ男は、その場に立ち止まったままだ。
「どうした?」埼玉ネコは声をかける。
「いや・・・終わりは、いつもこうだな」アライグマ男は放心したように言った。

「ああ。だが、始まりも大方こうだった。そうだろ?」埼玉ネコはアライグマ男の肩を小突く。

「行くよ。Honey」埼玉ネコは夜空に浮かぶ縄梯子に手を伸ばし、ネオンの海を舞い上がる。



すごい強引な設定。ありえないの連続。もう少し勉強します。でも楽しく書けました。


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posted by sand at 18:52| Comment(2) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

Just Like HoneyT

Psychocandy.jpg
Jesus & Mary Chain / Psychocandy

 ガルシアのオフィスは、そのビルの最上階にあった。
埼玉ネコは、ガルシアの秘書と一緒にガラス張りのエレベーターの中にいた。
エレベーターからは、夜の街並みが遥か遠くまで見渡せた。ネオンの海は、潮の満ち干きのように静かな、うねりを感じさせるものだった。

 同行した秘書は、埼玉ネコをガルシアの部屋に通した。中には誰もいなかった。「しばらくお待ち下さい」秘書は丁寧にお辞儀すると部屋の外に出て、扉を閉めた。廊下を小走りで逃げ去る秘書の靴音が聞こえた。ドアにはロックがかかっていた。

 埼玉ネコは室内を見渡した。右手に大きなガラス窓。中央には何も置いていない。左手には大型の書庫が置かれている。奥の壁の前に黒い椅子が一脚だけ。その隣に扉がある。恐らく奥にも部屋がある。天井には長い蛍光灯が幾本も走っている。

 扉が開いて、若い男が姿を現す。ボディガードか。目の配りを見る限りガンマンではない。
続いてガルシアが姿を現す。60歳近いはずだが若々しくみえる。ボディガードはもう一人現れる。今度は年配だ。こいつは手強い。
ガルシアは黒い椅子のそばに立つ。若い男が左を固める。年配の男は、それより少し離れて右の扉の前に立つ。銃は内ポケットの中にある。年配の男は背広のボタンを全部外した。

「ガンマンか?」ガルシアが口火を切る。
「違う。交渉に来た」埼玉ネコは答える。

「君らの交渉とはユスリ・タカリの事だな?」
「俺は依頼人の要請でここに来ている。交渉内容は依頼人の社会的な地位の回復。つまり、あんたの身代わりに罪を被った、その代償を求めている」

「私は複数のビジネスに関わっている。誰かがミスを犯し、その償いをする。よくある話だ。全てを私の責任にするのは、逆恨みとしか言いようがない」
「逆恨みしたくても、本人はここにはいない。俺に依頼したのは、その家族だ。依頼人本人は自殺した。もしくは・・・殺されたか?」埼玉ネコはガルシアの瞳が左右に揺れるのを見とめた。


やっぱり長くなったので、2回に分けました。どぞ、よろしく。

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posted by sand at 22:11| Comment(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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