2005年05月02日

その後の3人目のハナミズキさん

一髄烱 ハナミズキ.jpg

3人目のハナミズキさんは、5月の雨の朝にやって来た。

ドアを開けると彼女は、ずぶ濡れになって立っていた。
「来たわよ」彼女は、寒そうに震えながら、そう言った。

「ありがとう。待ってたよ」私は彼女を部屋の中に入れた。

3人目のハナミズキさんは、玄関に立ったまま、スルスルと濡れた服を脱いで全裸になった。
彼女の乳房は小さくて乳首はツンと上を向いていた。彼女の白い肌に黒い陰毛が鮮やかに浮かび上がっていた。

私はバスタオルを取って彼女に差し出した。彼女はお辞儀してタオルを受け取ると髪をゴシゴシと拭き上げた。

私のスエットの上下を着て、3人目のハナミズキさんはマグカップを抱えてコーヒーを飲んでいる。
私と彼女は無言で、窓の外の雨を眺めていた。

「私は、どんな夢を叶えればいいの?」3人目のハナミズキさんは、そう切り出した。

「実は、私には夢なんてないんです。私は生きてるだけで精一杯なんです。生きてるだけしか私には出来ないんです。こうやって立っているだけで精一杯なんです」
私は正直に答えた。

「じゃ、何を叶えれば良いの?」彼女は、もう一度聞いた。

「私の記憶を消して欲しいんです。それから、人の頭の中にある私の記憶も消して欲しいんです。私を産んだ者は誰もいない。私は誰とも会わなかった。私は何も憶えていない。誰も私を憶えていない。そう、なりたいんです」私は答えた。

「そう、変な願いね。いいわ。サッサッと片付けちゃいましょう」彼女はアッサリそう言うと、テキパキと準備をはじめた。

しばらくして3人目のハナミズキさんは、私の顔を覗き込んだ。

「ほらね。やっぱり寂しいんでしょ?消したくない大切な想い出があるんでしょ?暖かい記憶が残ってるんでしょ?
わかってるのよ。あなたは、私から、それを指摘して欲しくて私を呼んだのよ。
あなたには、それが見えてるのよ。見えてても認める勇気がなかったのよ。そこにしか逃げる場所がなかったから。あなたは過去に逃げ込むのが一番楽だったのよ。
過去は、それ以上、あなたを傷つける事がなかったから。
ただ、それだけ。過去になんて何にもなかったのよ。あなたは、それに気付いてるはずよ。」
3人目のハナミズキさんは、私の手を握り締めた。

窓から5月の風が吹き込んで、3人目のハナミズキさんはサラサラと音をたてて揺れた。
posted by sand at 16:02| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3人目のハナミズキさん

ハンミズキ.jpg

1人目のハナミズキさんは、日曜日の午前中に到着して、そのまま帰ってしまった。

「ここは、私がいる場所ではないようです。あなたは違う物を見ているのに、そう思い込もうとしているのです。それでは私が枯れてしまいます。」彼女は、そう言って旅行カバンを一度も下ろす事なく帰って行った。

私は、スーパーに行ってバナナとワインを買って帰った。一人でバナナを食べ、ワインを飲んだ。
彼女の言った事は、良く分かった。でも私には、どうする事もできない。

2人目のハナミズキさんからは、電話がかかってきた。

「もしもし。私は、ここから外には出れません。あなたが誘うのなら、それは罪になります。私には、わかっています。そして、あなたは私が、こう言う事もわかってるはずです。
あなたは罪を犯して自分を傷つける事で私から自由になろうとしています。
あなたは自分を傷つけるふりをして、私を傷つけようとしています。それを、あなたは気付かないふりをして、気付いてるのです。気付いている自分を傷つけるだけの為に」

2人目のハナミズキさんからの電話は、サヨナラを言う事なく切られてしまった。

私は、3人目のハナミズキさんからの連絡を待っている。
その連絡が来るのか、どうかも分からない。どちらでも、いいのかもしれない。
でも待っている事に違いはない。多分、それで間違いない。
posted by sand at 03:35| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

キッチン・タオラーの憂鬱

キッチンタオル.jpg

キッチン・タオラーを名のって2ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。

私は、日々の生活に絶望していた。
大きな夢を描き意気揚々と開業したパン屋であったが、今では、その熱意は見事に消え失せてしまった。
繰り返される創造性とは無縁のルーチンワーク。従業員間の気の重くなるようなトラブル。慢性的な資金不足。取引先から要求される人間性や社会通念を無視した過酷な要求。
心ない傍観者からの野次。将来への不安。老後の不透明感。

私は真っ白な未来に足を踏み出す事で、そこから逃れようとしていた。
まだ誰にも手を染められていない真新しい世界。独創的で創造性に富んだクリエィティブで誇り高き仕事。

ある日、私はキッチン・タオラーになる事を思い付いた。

キッチン・タオラーとは、キッチン・タオルを用いて<豊かで清潔感に満ち溢れた、新しいライフ・スタイル>を提案する仕事だ。
具体的には女性雑誌等で、キッチン・タオル・スタイルのピースフル・ライフを提案し紹介する事で収益を上げたいと考えている。
もちろん新しいライフ・スタイルが市場に認知されれば企業が黙っているはずがない。私は、キッチン・タオル業界のオルガナイザーとして確固とした地位を確立出来る。

悪くない考えだ。まず、キッチン・タオル専門のコメンテーターを見た事がない。どこかにいるのかもしれないが、まだまだ認知されているとは言えない。
そこに新しい市場が見えるのだ。私は未知の分野を切り開くのだ。

キッチン・タオラーとしての地位が確立するとなると、当然メディアが寄って来るだろう。
TBSの「はなまるマーケット」からのブッキングは覚悟しておかねばならないだろう。
岡江久美子さんと薬丸を相手に軽い主婦向けトークを交わさねばならない。乗りの良い会話を演出せねば。

日テレの「おもいッきりテレビ」は、みのもんたが嫌いだから出たく無いけど、高橋佳代子さんは、「ズームイン朝」の<佳代子姫>の時代からのファンだから渋々出てやってもよかろう。

あと当然、出版界からの誘いにも迅速に対応しなくてはならない。
「写真集」の話とかポンポンと進んだりするかもしれない。
「いや〜〜僕なんて」とか言いながらエステに通わねば。

所得が増え過ぎたら節税も重要なポイントだ。会社組織にして給与制が望ましいだろう。

他にも有名税で様々なトラブルに見舞われるだろう。そこの所を、どう乗り切って行くのかが力量を問われる場面だ。
有名になり過ぎるのも困ったものだ。
posted by sand at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月02日

アゲハ帖

The Hollies Butterfly.jpg

深夜、会社から家に戻ると、妻の荷物は綺麗に運び出されていた。

それは、とても妻らしい持ち去り方だった。部屋は隅々まで清掃され、髪の毛一本見つける事は困難だった。
品物は、一つ一つ入念にチェックされ妻の存在を偲ばせる物は全て削除され、それが不自然を感じさせない様にまで修復されていた。そこに何かがあった事さえ、忘れてしまう程だった。

でも、そこには確かにあったんだ。我々2人の生活が。
そして私は今でも妻を愛している。

妻が残した物は、テーブルの上にポツンと置かれた<アゲハ帖>だけだった。

私は通勤鞄と背広の上着をソファの上に放り投げ、ネクタイを緩めて冷蔵庫からビール缶を取り出した。
テーブルに座り直し、ビールを飲み干しながら<アゲハ帖>を見つめた。
それは黒くて厚い背表紙に包まれた妻の日記だった。表紙には蝶のイラストが刷り込まれている。

<アゲハ帖>は、妻と私が出会った日から付け始められていた。

そこには、我々2人が愛し合い、結婚し、家庭を築く過程が丹念に記入されている。
妻の記述は、淡々と事実だけが書き記され、彼女の葛藤や喜びは一つとして書き表されてはいなかった。
不思議に思えるのは、私が爪を切った日が細かく記載されている事だった。

○月○日 夫、指の爪を切る。少し深爪をして痛そうな顔をする。
○月○日 夫、足の爪を切る。風呂上りに別室で切ったようだが就寝前に確認する。
などなど・・。

思い起こすと、妻は私に爪を切ったかどうかを頻繁に確認していた。

そうだ。いつだったか私は妻にその質問をしたんだ。
「爪の事が、そんなに気になるの?」そんな質問だった。あの時妻は、こう答えたんだ。

「あなたは、それを捨ててしまうのよ。次から次ぎに。
なんだか、それって大切な事を置き去りにしてるような気がするのよ。
だから、私が憶えておくの。あなたが産み落とした罪だから」

私は、妻は冗談を言っているのだと思っていた。でも、どうして爪なんだろう?

<アゲハ帖>は、妻によって突然の終わりが記される。昨日の日付けだ。

それは前後の脈略なく、その言葉で全てが閉ざされてしまう。

「私は<祈り>を諦める。私は舞い上がる。」

<祈り>って何だ?私は妻の何を見ていたのか。
妻が、祈らずにおられなかった自分とは何なのだろう。
私は、自分が粉々に砕けるのを感じる。
粉々になりながら、私は未練がましく妻の姿を追う。

そのアゲハ蝶は、切り捨てられた罪の数だけ高く舞い上がる。
posted by sand at 14:32| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

New Age

VISITORS.jpg

「結婚しましょうか」彼女に、そう言うと胃の中の物を全部嘔吐した。

その日は、朝から気分が悪かった。
その日が、その時のような気がしていたからだ。

私は、迷っていた。それ以上に、彼女は迷っている。
迷っていたけど、その日が、その時だった訳だ。

何故、その日が、その時だったのか?
そんな事、わかるはずがない。結婚が、どんな物なのか、わからないんだし。

とにかく、その日が、その時で、私は<男らしく>ありたいと思っていた。
彼女が、どう考えるかよりも。

とにかく、その日は、テイム・バートン監督の「バットマン」を観に行った訳だ。

それから、彼女は、「どこに行こうか?」とか言う訳だ。当然、言うだろ。

それで、私は、ムカムカする胃を、さすりながら言ったね。
「海を見に行こう」おいおい。

曇り空の下で、その言葉を言うと嘔吐が始まった。
私は、何度も何度も嘔吐した。
彼女は、心配して、私の背中をさすってくれた。
私は、吐き続けながら<全然、間違っていない>と思おうとしていた。
彼女は、何と返事したのか。なんて事は、どうでも良い事のような気がしていた。
ずっと昔に終わっていた事のような気がしていた。

 昔のピンナップはみんな
 壁からはがして捨ててしまった
  <佐野元春/New Age>
posted by sand at 04:32| 超短編小説C | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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