2011年04月24日

深海

深海.jpg

 ロミ郎が僕の部屋に現れたのは、深夜3時を回った頃だった。その日のロミ郎は、珍しく酔っていた。片手にアーリータイムスのボトルを下げ、トロンと眠そうな目つきをしていた。
「ちょっと歩かないか?」ロミ郎は僕を誘った。僕は少し迷ったが誘いを受けることにした。今日のロミ郎の様子がいつもとは違う感じがして、幾分心配になったこともあった。

 表に出ると思ったより寒かった。「寒いだろ?」僕はロミ郎に聞いた。ロミ郎は何も言わずウィスキーのボトルを差し出した。僕はボトルを受け取るとラッパ飲みで体内に流し込んだ。胃の中にアルコールが落ちて行き、静かに燃え上がった。

 ロミ郎も歩きながら何度か、それを流し込んだ。らしくない。ロミ郎にしては、ずいぶん荒っぽい。何か忘れたい事があるのかもしれない。

 ロミ郎は変わり者で通っていた。実際、ひどく無口だったり、ある時には大声で騒いだり、つかみどころの無い男だった。それに変な噂があった。ロミ郎はホモで初老の紳士と付き合っているという噂だった。僕はそんな噂を知りつつ、それでもロミ郎と一緒に行動することを好んだ。ロミ郎と僕は不思議なくらいに気があった。

 大通りから折れて細い路地に入り込むと、向かうから歩いてきた4人組みの男とロミ郎は、ぶつかりそうになった。男達も酔っていた。一人の男が声を荒げてロミ郎に詰め寄った。ロミ郎は無言のまま、詰め寄った男とにらみ合いになった。

 ロミ郎はやるつもりだ。普段のロミ郎は、もの静かな男だったが、時々手がつけられないほど荒れる事があった。どんなに殴られても蛇のように絡み付いて離れなかった。それを知る者は気味悪がって、ロミ郎には近づかなかった。僕は小心者だったが、かなり荒っぽいスポーツを長くやっていたので肉弾戦には抵抗がなかった。相手が手を出せば、ロミ郎は向かって行くだろう。僕は覚悟を決めて拳を握り締めた。身体が熱くなってワナワナと震えた。

 文句をつけた男は、大声でロミ郎を罵倒したが、ロミ郎は少しも怯まず、男を無言でにらみ続けた。男の連れが後ろから声をかけた。「こいつら頭がいかれてるぜ。こんなヤツに構うな」連れの男は、文句をつけた男をロミ郎から引き離した。文句をつけた男はロミ郎に捨て台詞を吐いて、そこから立ち去って行った。

 ロミ郎は暗い目つきのまま、再び歩き始めた。男達の言い分は、少しも間違ってはいなかった。その頃の僕らは、間違いなく頭がいかれていたのだから。

 大きな川に沿った遊歩道に出た。この川は海まで続いている。海に向かって歩いていると次第に夜が明けてきた。青白い光が辺りの空気を染めて行った。僕は歩を止め遊歩道に隣接した駐車場の柵にもたれて煙草を吸った。ロミ郎は川べりのベンチに腰を下ろして、川の流れを見つめていた。

「何かあったのか?」僕は気になっていたことをロミ郎に聞いた。たぶんロミ郎は何も話さない。もしくは話せない。それでも僕は聞いた。恐らくロミ郎はそれだけを望んでいた。ロミ郎は無言で首を左右に振った。

「あの子と上手く行ってるのか?」ロミ郎は普段聞かないような聞いた。玲子とは最近会っていない。少し分からなくなっていた。一人でいるほうが、ずっと楽だった。僕のそんなところが彼女には面白くないのだろう。実際、僕は少しも面白くない人間だ。「難しいね。一人でいる方が楽だよ」僕は返事をした。

「おまえは結婚するタイプだよ」ロミ郎は川を見つめたまま僕に言った。確かに僕はそんなタイプだ。僕は平均的な男だった。平均的な家庭に育ち、平均的な学校を出て、平均的な就職をする。平均的な恋をして、平均的な家庭を持ち、平均的に子供を育む。そして平均的に死んでいくのだ。僕は自分の一生を容易に想像できた。面白くない。でも、それが僕だ。

 ロミ郎は違う。他の誰とも違っていた。恐らくそれがロミ郎に引かれる最大の理由なのだと思う。彼は他の誰とも違っていたが為に、誰よりも孤独だった。ロミ郎は黙って川を眺めていた。僕は何も言わず彼を見守っていた。僕は今以上、ロミ郎に深入りはしたくなかった。ロミ郎の抱えている問題は、僕の手には、とても負えない種類のものだと想像できたからだ。

 僕は柵から離れて、川べりまで歩いた。そして朝日を浴びて次第に輝きを帯びてきた、川の流れを覗き込んだ。僕はしばらくその流れに見とれていた。川音がロミ郎の気配を消していた。気がつくと彼は僕の真後ろに立っていた。そして何も言わずに僕を後ろから抱き締めた。ロミ郎は僕に覆い被さるように強く強く僕を抱いた。時間が止まったように感じられた。僕は強い衝撃を受けて、頭が真っ白になっていた。ロミ郎の鼓動をはっきりと背中で聞いた。

「もう少しだけ、このままでいてくれないか」ロミ郎は呻くように言った。僕にはロミ郎の行為が理解できなかった。と同時に彼が可哀相に思えた。僕はロミ郎に言われるまま、じっと動かなかった。
「俺を救ってくれないか。救い出してくれないか」ロミ郎は消えるような声でつぶやいた。

 しばらくしてロミ郎は身体を離し「悪かった」と言った。僕は彼の顔を見ることも出来なかった。ロミ郎は小走りでそこから立ち去った。彼の後姿も追わなかった。僕はただ混乱していた。

 再び、僕がロミ郎の姿を見たのは、それから、ずいぶん後の事だった。僕は仕事で遅くなり、暗い夜道を自転車で帰宅していた。大きな交差点で信号待ちしていると横に黒塗りの高級車が止まった。車の助手席にロミ郎が座っていた。彼は口を半開きにして目をカッと見開いていた。しかし、その瞳には何も映っていないように感じられた。彼は目を見開いたまま虚空を凝視していた。失神しているのかもしれない。僕の身体には凄い勢いで鳥肌が立った。運転席には、初老の紳士が乗っていた。キチンとした身なりをしていた。ロミ郎の父親と呼んでも可笑しくはなかった。この人がロミ郎の恋人だろうか。運転席の男は僕に気がついて目が合った。男はとても哀しそうな表情をした。

 青いネオンライトで照らされた車中は、まるで海水の中のように青白かった。彼ら二人は深海に取り残されたように見えた。地上に切り取られた深海で、もがいているように感じられたのだ。

 信号が青に変わり、車は動き出した。僕はその車に何かを持ち去られた気持ちになった。それが僕の中にあったなんて、ずっと気づかずに生きてきた。



応援クリックよろしくお願いします。
人気ブログランキングへ

こちらも、よろしくお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村
posted by sand at 03:03| Comment(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

美しきもの

Diamond Dogs.jpg
David Bowie / Diamond Dogs

 ロミ郎は、相変わらずホモで変態だった。周囲の者達は、口々にロミ郎を罵倒し蔑んだ。でも、より罵倒され蔑まれるのは、この僕だ。
 僕はロミ郎を狂おしいほど愛していたからだ。

 その事実を僕は受け入れなければならなかった。
僕はロミ郎に恋をしている。それは、どうあがいても動かしようの無いものだった。僕は1日のほぼ全ての時間をロミ郎の幻影に苦しめられながら過ごした。
 ゾッとするほど冷たい瞳。細く白い指先。青白く光る美しいウナジ。薄くスベスベとした胸板。
 ロミ郎の身体に宿る途方も無い輝きに、僕の生活は全て支配されていた。僕は日に何千回もの溜息と共にこの苦痛が和らぐ時刻を待った。虚ろな朝に、怠惰な午後に、眠れぬ夜に、ロミ郎の幻影は深く深く僕の心に爪を立てた。
 僕の心から流れ出す夥しい血は、その痛みに比して、一片の救済さえも、もたらさなかった。ロミ郎の幻影は後から後から押し寄せてきて、一瞬の休息さえも与えなかったからだ。
 僕はロミ郎を愛している。良いだろう。それが真実だ。そこから始めよう。そこから出口を探し出さなければならない。

 真実を受け入れた僕には、次なる苦悩が待ち受けていた。
僕はロミ郎を愛している。だが、僕は男を愛するつもりは無いと言う事だ。
それを受け入れる事を頑なに拒んだ。

 それは違う。それは別の問題だ。僕はロミ郎が好きなだけで、男が好きな訳ではない。ロミ郎は男でも女でもない、別のものなんだ。
もっと普遍的で永遠を感じさせるものに思えた。ロミ郎は、ただ美しいだけの存在なんだ。性別を飛び越えた『美しきもの』であるはずだ。そうでなければならなかった。そうでなければ、僕は破滅しそうだった。崩れ落ちてしまいそうだった。

 その苦悩が始まった頃から、僕はロミ郎の部屋を訪れる事はなくなっていた。それはロミ郎も同じだった。彼の方から僕の部屋に訪ねて来る事もなくなった。
ロミ郎は多分、僕の気持ちに気がついている。
 いや。
これはロミ郎が仕組んだ罠だったのかもしれない。ロミ郎は最初から僕を陥れようと企んでいたんだ。最初からそれが分かっていたんだ。
 僕を、彼の巣へと手繰り寄せ、僕の手首を噛み切って流れ出す血を吸い尽くそうとしているのだ。色素の抜けた薄い黒眼で、僕を冷たく見つめながら。
 ロミ郎は、そんな生き物だ。ロミ郎は、そんな動物なんだ。

 週に何度かロミ郎と一緒に大学の講義を受けた。
ロミ郎は、僕の頭を狂わせる、どの幻影よりも美しかった。僕は焦げるような激しい胸の痛みに身体を小刻みに震わせながらロミ郎の横に座っていた。

 なぜ、それほどまでに美しい?僕はロミ郎の長く美麗な睫毛を凝視しながら、その問いを何度も何度も繰り返していた。僕は狂ってしまうのだろうか?
 僕は自身の心に、深い深い裂け目の存在を感じていた。そこからロミ郎が僕を呼んでいる。その深遠な谷底からロミ郎が僕の名を呼んでいる。
 僕は足がすくみ身体の震えが止まらない。でも、ジリジリと裂け目に近づいて行こうとしている。僕は怖かった。僕はロミ郎を恐れていた。それでも僕はその恐れに魅せられていたのだ。


 永沢と名乗る男に会ったのは、ロミ郎と同じ講義を受けた帰り道の事だった。

 僕は、溜息をつきながら虚ろな顔で道を歩いていた。
「ロミ郎の友達ですよね?」見知らぬ男が僕に声をかけてきた。
歳は40歳手前だろうか、長いウェーブのかかった髪をして、薄く髭を伸ばしている。服装はラフだがシックに纏められていた。なにより際立っていたのは、男は人目を引くほどのハンサムな顔立ちをしていた事だ。それほどまでに整った顔を持ちながら、男からは活力と言うものが感じられなかった。男は魂の抜け殻のように途方に暮れて、そこに立っていた。

 男は僕を近くの喫茶店へと誘った。おかしな事に、僕は男に対して警戒心を全く抱かなかった。その男に同じような匂いを嗅ぎ分けていたのかもしれない。僕と同じ匂いを。

 テーブルに付くと男は、永沢と名乗った。
「今は飲食関係の仕事をしています」永沢は僕に向かって一方的に語り始めた。
「夜の仕事です。これでも以前は、高校の教師をしていましてね。ロミ郎は私の教え子でした。私はロミ郎に、ありとあらゆる事を教えました。一目でロミ郎が何物なのかが分かったからです。

 ロミ郎は私が育て上げました。ロミ郎を獣に育て上げたのは、私なのです」


 永沢に会った夜。僕は夢を見た。
夢の中の僕は、砂漠を走っていた。見渡す限りの砂漠だ。果てしなく砂の文様が続いている。
 彼方から猛烈な砂嵐が迫って来るのが分かる。僕は必死で生き延びようと走り続ける。

 砂の中から黄金の手が現れて、僕の足首をシッカリと捕まえる。僕は、砂漠に身を投げ出して倒れこむ。
黄金に光り輝く身体をした男が砂の中から現れる。ロミ郎だった。
 ロミ郎の口の部分だけは『犬の口』に変わっている。長く真っ赤な舌を伸ばし、鋭い牙を剥き出している。
 犬の口をしたロミ郎は僕の身体を抱き寄せる。僕はロミ郎に身体を預ける。
僕は、その時、その事に気がつく。

 ロミ郎は僕の唇を奪い。僕の口内に舌を這わす。やがてロミ郎は僕の舌を噛み千切り、僕の口から流れ出す血を吸い尽くす。
 僕は満ち足りる。それが僕の望みだった。僕は透明になり、やがて『美しきもの』へと変容して行くのを感じる

 砂嵐が目前まで迫ってきて、今にも僕らを飲み込もうとしている。
でも、僕は恐れる事など何も無い。僕は、もうそれに気がついている。
気がついてしまったのだ。もう後には戻れない。

 この一瞬こそが、永遠だと言う事に



☆ロミ郎シリーズはカテゴリ化しました。変ですね。急いで書いたので、明日読みなおして訂正します。
posted by sand at 19:06| Comment(7) | TrackBack(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

僕は待ち人

Live at Max's Kansas City.jpg
The Velvet Underground / Live at Max's Kansas City

 僕が最初にロミ郎を意識したのは、その匂いからだった。
ロミ郎は相変わらずホモで変態だったが、僕らの関係は、それまでと少しも変わり無かった。
僕らは、それぞれの部屋を行き来して、酒を飲んだり古い映画のビデオを観たりしていた。僕らを親密と呼ぶには、お互いあまりにも無口だったが、僕はロミ郎と一緒にいる事を好んだ。
それまで付き合っていた女の子とは、自然消滅したようで連絡を取り合う事はなくなっていた。その事は、寂しくもあり気楽でもあった。僕は自分の事で精一杯で、彼女の気持ちを深く考えるのが億劫になっていたのかもしれない。

 僕はある時、見知らぬ男の車に乗るロミ郎を偶然見かけた事がある。
車のウィンドウ越しに見えたロミ郎は、女の子のように美しかった。僕は、いつまでもロミ郎の横顔を眺めていたい、とその時は思った。でも、それはその時だけだった。それから何度もロミ郎と会ったが、そんな気持ちになる事は一度もなかった。

 ただ、その日から妙にロミ郎の匂いが気になるようになっていた。
それまで気がつかなかったのだが、ロミ郎は、とても良い匂いがした。女の子の匂いとも男の匂いとも違っていた。なんだろう?すごくサッパリした匂いだった。
レタスとかパセリとか、そんな繊維質の匂いがした。僕はロミ郎の横で、その匂いを嗅ぐのが楽しみになっていた。
深夜、僕らはウィスキーを飲みながら並んでビデオを観た。画面に映し出されるマイケル・チミノの映像とロミ郎の匂いが混ざり合って、しんみりとした美味い酒が飲めた。それはとても美しい夜に思われた。

 その日も僕はロミ郎の部屋を訪ねた。特に約束した訳ではなかったが、僕らは、いつもそんな感じでフラリとお互いの部屋に現れた。僕らの日常は基本的に一人ぼっちで孤独だったからだ。
 
 ロミ郎の部屋には珍しく客が来ていた。玄関には男物の靴が、ロミ郎の靴と並んで置いてあった。
「邪魔だったな。また来るよ」僕は靴を見てロミ郎にそう告げた。
「おい。気にするな。もう帰るみたいだから上がれよ」ロミ郎はいつものように、ぶっきらぼうに言った。

 僕は少しだけ迷った。"車を運転していた初老の紳士かもしれない"
好奇心が勝った。僕は靴を脱いで、ロミ郎の部屋に上がり込んだ。

 テレビの前に置かれたテーブルに座っていたのは、ガッシリした体格をした中年の男だった。背広の上からでも太い腕や腿が見て取れた。モジャモジャした汚らしいパーマのかかった髪をして、度の強い厚い眼鏡をかけている。お世辞にも良い男とは言えなかった。ただ妙な威圧感だけは強く感じた。僕はこの男が好きになれそうもない。とっさに僕はそう思った。
 中年の男は、僕を見ると深くお辞儀をした。僕も軽く頭を下げる。ロミ郎が僕の名前を紹介した。僕は「始めまして」と小声で言った。
中年の男はロミ郎の言葉を待たず、自分から名を名乗った。

「はじめまして。袴田と言います。ハ・カ・マ・ダです。キタヤマダ君。でしたよね?」袴田は念を押すように僕に聞いた。僕は黙ってうなずいた。
それから、袴田は眼鏡を外した。眼鏡を外した顔を先ほどとは打って変わって鋭い刃物を思わせた。大きくて飛び出すような瞳には、鋭い光が宿っていたからだ。
僕はその眼光に萎縮してしまった。何か得体の知れない力が宿っているような瞳だった。僕はそんな瞳を持った男を、もう一人だけ知っていた。
ルー・リード。ロックンロール・アニマルと呼ばれた男だ。
 
 ロミ郎は何の抵抗も無く、袴田が座っている隣の椅子にスッと座った。
その事が、僕を傷つけた。

 どうして僕は、その事で傷つくのか自分でも理解出来なかった。ただ、どうしようもないくらいの深い傷が、僕の胸の真ん中にポッカリと穴を開けた。僕には袴田とロミ郎が並んで座っているのが、どうしようもないほど苦痛だった。何故だ?何故こんなに苦しいんだ?僕はロミ郎が好きなんだろうか?
その時、始めてその事に思い当たった。僕はホモなんだろうか?
僕は、これからの人生をホモとして生きて行くのだろうか?

 僕は混乱した。ロミ郎と袴田は、僕の苦悩には気付かずにテレビの話題を話し合っている。袴田の隣に座るロミ郎は美しかった。いつか車の窓ガラスに浮かんでいた顔と同じだった。どうして、そんなに美しいんだろう?男じゃないか。親友じゃないか。僕は自分を騙そうと懸命になっていた。
コーヒーカップを取ろうと手を伸ばしたロミ郎の指と袴田がテーブルに投げ出していた指が触れたような気がした。
 それを見て僕の中の何かが壊れた。僕はこの場から一刻も早く逃げたかった。
ロミ郎と袴田の身体が触れ合う場面を見るのが、耐えられなかった。

 僕は席を立って「気分が悪い。今日はこれで帰る」とだけ言って、その部屋を後にした。袴田の目は笑っていただろうか?あの男には何もかも気付かれているような気がしていた。

 玄関先までロミ郎が僕を追ってきた。
「大丈夫か?」ロミ郎の指が僕の手に触れた。僕は電気に打たれたように飛び上がった。どうしたんだろう?まともじゃない。僕は自分が分からなくなっていた。早くこの部屋から立ち去りたい。それだけを思った。

「大丈夫。悪かったな」僕はそれだけをロミ郎に告げた。ロミ郎の瞳は、どうしようもないほど綺麗だった。どうして、その瞳が僕の物じゃないんだ?
僕は、そう考えて、慌てて首を振った。

 逃げるように表に飛び出して、アパートの階段を駆け下りた。
ここを離れよう。僕の気持ちとは裏腹に身体はそれ以上前には進まなかった。
ロミ郎が僕を追って出てくるような気がした。

 僕は未練がましくアパートの駐車場からロミ郎の部屋の窓を眺めていた。
今、あの部屋でロミ郎と袴田は抱き合っているのだろうか?
その考えは僕の胸を締め付け、僕の頭を混乱させ、僕の心を狂わせた。

 僕には、そこで待つことしか出来なかった。
もしロミ郎が僕を追って出て来たとしても、僕は今以上に混乱してしまう事は分かっていた。
それでも、僕はロミ郎を待ちたかった。待つ事以外出来なかった。




ホモのロミ郎のお話は3話目になります。
1話目は、こちらで
2話目前編は、こちらで
2話目後編は、こちらで

老いも若きもヨロシク・人気blogランキング
posted by sand at 18:33| Comment(4) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

潜水夫(後編)

The Ballad Of Mott.jpg
Mott the Hoople / The Ballad of Mott: A Retrospective

 その頃、僕が付き合っていた彼女は、冬休みに入るとすぐに僕をおいて実家に帰省してしまった。僕はその事に腹を立てていた。
でも。最初に腹を立てたのは彼女の方だった。

 少し前から彼女は、僕の煮え切らない態度に随分イラついていたようだった。
その日も彼女は不機嫌で、何かにつけて僕に文句をつけた。
僕は我慢できずに「だから、どうしろって言うんだよ! 」と声を荒げた。
「そんな事、自分で考えなさいよ!いちいち言わなきゃ、わかんないほど子供じゃないでしょ! 」
「言えば君の思う通りにするよ」僕はふて腐れて言った。
「あなたが、どうしたいのかよ! 私が知りたいのは。あなたが何を考えて、私に何を求めているのか、全然わかんないのよ! 」
それで彼女は、僕の元から立ち去った。

 神社が近づくにつれて横を走る車の量が増してきた。歩行者も少しずつ増え始めた。
神社の参道が見え始めると初詣客が賑わいを見せてきた。それぞれ思い思いの願いを秘めて参道を登っていた。参道は細い明かりのライトが瞬き、ささやかな幸福を照らし示しているように思えた。ここでは子供も若者も中年も老人も男も女も同じように目に映った。
誰もが新年の輝きを身にまとったように希望の光を放っていた。

 その光景は僕らには眩しすぎた。少なくとも、その頃の僕らには希望など噴飯ものだった。実にくだらない事だったんだ。
ロミ郎と僕は、参道の手前で呆然と立ち尽くしていた。
やがてロミ郎は口を開いた。「おまえは願い事があるか?」
僕は暗い声で答えた。「願うくらいならマスかいて寝るよ」

 その日、始めてロミ郎は笑顔を見せた。僕らは神殿の方向にツバを吐いて、元の道を引き返し始めた。その年の初詣は、そんな風に終わった。
道を歩きながら、僕はなんだか全てがバカバカしく思えてきて噴き出して笑った。
それを見ながらロミ郎も笑った。
僕らは何故だか胸の奥を熱い想いで奮わせながら、しばらくの間、笑い合った。

 新年の朝は、グズグズといつもでも明けなかった。どこまで歩いても暗く寒い道程が続くばかりだった。神社の手前で感じた痛快な興奮は、長くは続かなかった。僕らは暗く冷たい歩道に頭を垂れるように重い足を引き摺るようにして歩いた。
もう酒を飲む気にはなれなかった。寒さは全身に広がり手足は凍りついたように感覚をなくした。
僕は自販機の前で立ち止まると震える手でコインを投入し、ホットコーヒーのボタンを押した。ロミ郎も僕にならって缶コーヒーを手にした。
通りの向こうに小さな公園が見えた。僕らは走って道路を横断すると息を切らして公園のベンチに腰を下ろした。
震える体内に熱いコーヒーがジンワリと染み渡っていった。僕は一息ついてタバコに火をつけた。ほのかな暖気が煙となって体内に渦を巻いて行く。

 僕は尻の辺りが冷えてきて、その場に立ち上がった。ベンチが濡れていたんだろう。僕は、そのままブランコに近寄り、乗り台を小さく揺らした。キーキーと小さな音が闇に響いた。その音は何故だか僕の心を締め付けた。
その時は、その気配に気がつかなかったのだが、ロミ郎は僕の真後ろに立っていた。
そして不意に僕を抱きしめた。

ロミ郎は僕に覆い被さるように強く強く僕を抱いた。
時間が止まったように、僕らはずっとそのままの体勢を取り続けた。
僕はロミ郎の鼓動を背中に感じた。

長い長い静寂の中、僕は何とか口を動かした。
「暖かいな。お前」

ロミ郎は大きな音で鼻をすすった後に、こう言った。
「違う。俺は冷たい男なんだ。俺に触れた人間は、誰だろうと凍っちまう」

ロミ郎は僕から身体を離すと、その場から歩き去った。
僕はロミ郎を追わなかった。多分、ロミ郎にもそれが分かっているはずだ。

僕はその場所で残りのコーヒーを飲み干した。そして彼女の事を思った。
僕は、彼女の笑うとクシャクシャになる綿菓子みたいな顔を求めていた。
彼女の細い指先を求めていた。彼女の甘い香りを求めていた。
彼女の柔らかい肌を求めていた。それだけだ。それだけで充分だった。
でもそれは、彼女を傷つける結果になったのかもしれない。


再び、僕がロミ郎の姿を見たのは、それから随分後の事だった。
僕はバイトで遅くなり、暗い夜道を自転車で帰宅していた。大きな交差点で信号待ちしていると横に大きな車が止まった。
その車の助手席の窓にロミ郎の顔が浮かんでいた。僕がいる場所は陰になっていてロミ郎からは分からないようだった。横の運転席には、初老の紳士が乗っていた。キチンとした身なりをしていた。父親と呼んでも可笑しくはなかった。
でも僕にはその初老の男が、ロミ郎と付き合っている恋人だと分かった。車の窓に浮かぶロミ郎は、まるで女の子のように美しかったからだ。

青いネオンライトで照らされた車中は、まるで海水の中のように青白かった。
ロミ郎は海水で満たされた車の中で必死で息をしようと、もがいているように見えた。

その頃の僕らは、愛と呼ばれる海中で、息を継ぐ方法が分からなかったのかもしれない。
見習いの潜水夫のように苦しくて仕方がなかったのだ。

一回やってみたかった人気blogランキングへダッシュでクリック

★人気blogランキングに参加してみましたが、続かない自信があります手(チョキ)よく分かってないし。
posted by sand at 16:10| Comment(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

潜水夫(前編)

All the Young Dudes.jpg
Mott the Hoople / All the Young Dudes

ロミ郎が僕の部屋に現れたのは、年が明け除夜の鐘が鳴り終わった頃だった。

ロミ郎はホモで変態だと噂されていたが、僕に対してそんな素振りは見せなかった。
むしろ僕は他の誰と一緒にいるより、ロミ郎といる事を好んだ。
僕もロミ郎も極端な無口で、僕らはお互いの抱える沈黙に、気を許していたからかもしれない。

その日のロミ郎は、珍しく酔っていた。片手にアーリータイムスのボトルを下げ、トロンと眠そうな目つきをしていた。
「初詣にいかないか?」ロミ郎は僕を誘った。

その年、僕は酒屋の配達のバイトをやっていた。年末は酒屋のかき入れ時でバイトは大晦日の夜まで続いた。
「寒いだろ?」僕はロミ郎に聞いた。ロミ郎は何も言わずウィスキーのボトルを目の高さまで持ち上げた。

コートを羽織って、アパートの階段を下りていると刺すような寒気が襲ってきた。
僕はロミ郎からウィスキーボトルを受け取り、ラッパ飲みで体内に流し込んだ。
胃の中にドスンと音を立てるようにアルコールが落ちて行き、真っ赤に燃え上がった。

ロミ郎も歩きながら何度か、それを流し込んだ。
らしくない。ロミ郎にしては随分荒っぽい。ロミ郎には何か忘れたい事があるのかもしれない。

大晦日の夜は、深夜でも幾分明るい感じがした。窓に明かりが灯る部屋が目立った。
行き交う車も普段より多かった。ただ歩行者は数少なく、大通りでもすれ違う人は稀だった。
ロミ郎は、僕の少し前を無言で歩いていた。僕はバイトの疲れとアルコールの酔いが回って、ヨロヨロと睡魔と闘いながら歩いていた。

大通りから折れて細い路地に入り込むと、向かうから歩いてきた4人組みの男とロミ郎は、ぶつかりそうになった。
男達も酔っていた。一人の男が声を荒げてロミ郎に詰め寄った。
ロミ郎は無言のまま、寄って来た男とにらみ合いになった。

ロミ郎はやるつもりだ。
普段のロミ郎は、そこにいても気がつかないくらい静かな男だったが時々、手がつけられないほど荒れる事があった。どんなに殴られても蛇のように絡み付いて離れなかった。それを知る者は気味悪がって、ロミ郎には近づかなかった。
僕は小心者だったが、かなり荒っぽいスポーツを長くやっていたので肉弾戦には抵抗がなかった。相手が手を出せば、ロミ郎は向かって行くだろう。
僕は覚悟を決めて拳を握り締めた。身体が熱くなってワナワナと震えた。

文句をつけた男は、大声でロミ郎を罵倒したが、ロミ郎は怯まず男をにらみ続けた。無言で。
男の連れが後ろから声をかけた。「こいつら頭がいかれてるぜ。こんなクズに構うな」連れの男は、文句をつけた男をロミ郎から引き離した。
「死ね!クソガキ!」文句をつけた男はロミ郎に捨て台詞を吐いて、そこから立ち去って行った。

ロミ郎は暗い目つきのまま、再び歩き始めた。男達の言い分は、少しも間違ってはいなかった。
その頃の僕らは、間違いなく頭がいかれていたのだから。
posted by sand at 18:09| Comment(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

Only The Lonely

MOTELS.jpg
The Motels / Classic Masters

僕とロミ郎は、二人で車に乗っていた。
僕は学生で、暇で貧乏で、その上、世の中の事が何も分かっていなかった。

ロミ郎はホモだったが、僕に対しては、そんな感情を見せた事がなかった。
僕らは二人とも極端な無口で、その点において気が合ったのかもしれない。

ロミ郎の車で本屋に行った帰りに、ロミ郎はふと「M海岸が見たくないか?」と聞いた。
M海岸は、ここから車で半日はかかる距離にあった。
「行こうか」僕は簡単に返事をした。なにしろ死ぬほど暇だったのだ。

夕方、街を出て、深夜の道を走った。
車の中では、お互い、ほとんど無言だった。なんと言うか心地良い無言だ。
僕は孤独であって孤独ではないような気持ちで、暗い窓の外を眺めていた。
その頃、付き合っているような、そうでもないような女の子の事を考えたりしていた。
ロミ郎は、どんな男と付き合ってるのだろう?誰かが年配の紳士だと噂した事があった。
僕には、ロミ郎がずっと大人に見えていた。

明け方、M海岸に着いた。
僕らは、重い身体を引き摺るように砂浜まで歩き、砂の上に腰を下ろして朝焼けに染められた海と空を眺めた。
ロミ郎は近くから缶ビールを買って来た。
僕らは砂の上で、それをチビチビと飲みながら黙って海を眺めていた。

いつしか僕は砂浜で眠ってしまったようだ。気がつくとお昼を過ぎた時刻になっていた。
ロミ郎は、眠らずに海を眺めていたようだ。

軽く昼食を取ってから、どこにも寄らずに来た道を戻り始めた。
僕の身体のあちこちには、砂が入り込んだようで、ひどく不快な気分だった。
ロミ郎も疲れているようで、運転がいつになく荒かった。

帰りの道程の半分を過ぎた頃に日が暮れてきた。
夜の道を、残り数時間走り続けるのは、二人とも気が重くなっていた。

前方に「モーテル」のネオンが見えた。
ロミ郎は、僕の顔を見た。「泊まっていこう」僕は無造作に言った。

ロミ郎と僕は、モーテルの部屋に入った。
ロミ郎は、早々にお風呂に行ってしまった。
僕は、その部屋一面を占拠するような大型円形ベットの前で途方に暮れていた。

今夜、僕の貞操が犯されるような事があるのだろうか?僕はゾワゾワと胸の奥に悪寒を抱えて立っていた。

「おまえも風呂に入れよ」ロミ郎はバスローブ姿で僕に告げた。

僕は黙って、その言葉に従った。入念に股間を洗いながらロミ郎は入れる方なのか入れられる方なのか、聞いとけば良かったと後悔した。
僕は、いつもより長々と透明の浴槽に浸かりながら、これまでの人生を振り返ったりした。
今夜、何もかも変わってしまうのかもしれない。僕は諦めのような期待のような不確かな心持で、お湯に身体を浸していた。

お風呂から上がると驚いた事に、ロミ郎はアダルトビデオを見ながらオナニーをしていた。
「ああ。お前、ホモってにはウソだったのか」僕は思わずロミ郎に声をかけた。
「いや。この男優エッチな身体してるだろ」ロミ郎は、股間を両手でしごいていた。
両手で持っても、まだ余るような巨根をしているのだ。
僕は「痛〜」と、うめいてお尻に手をあてた。

「大丈夫。心配するなよ。おまえに変な事しないように抜いとくから。俺の数少ない友達だしな」
ロミ郎は、股間をしごきながら、そんな事を言った。

僕は、ロミ郎が気の毒になった。自分のようなダメ人間でいいのなら抱いてくれても良いのに。とさえ思った。

ロミ郎は、モニターに映し出された男優の逞しいお尻を見ながら、うめき声をあげて射精したようだ。
テッィシュで股間をふくと、そのままソファに横になって「俺、ここで寝るよ。お前はベッドで寝ろ。おやすみ」と告げて、目を閉じた。

すぐにロミ郎の寝息が聞こえてきた。
僕はロミ郎の寝息を聞きながらベットに入った。有線のチャンネルを回すと、モーテルズの「オンリー・ザ・ロンリー」が流れた。

ロミ郎は多分、眠ってはいないだろう。ロミ郎は僕の事が好きなのかもしれない。
でも僕は…。
僕は、誰が好きなのか分からない。
誰を愛する事が出来るのだろう?
誰と一緒なら寂しくなくなるのだろう?

ごみ捨てから、ロミ郎の精液の匂いが漂ってきて、僕は吐きたいような泣きたいような気持ちで目を閉じた。
posted by sand at 17:55| Comment(12) | TrackBack(0) | 超短編小説・ロミ郎シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。