2005年10月01日

ケーキ

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The Trash Can Sinatras / Cake

「土曜日の午後、○○公園の池にて待つ。貴殿への贈答品有り」
アライグマ男からメールが届いていた。

私は昼前に起きて、庭の植木に水をやる。10月に入っても日中は、まだまだ暖かい。
大きく背伸びをして、空気を一杯に吸い込む。

買い置きのクロワッサンと熱いコーヒーで昼食を取る。クロワッサンには、ホイップした生クリームを乗せて食べる。甘くてサクサクしてて、なんとも美味い。
CDプレイヤーからは、Trash Can Sinatrasの「Thrupenny Tears」1曲だけが何度もリピートして流れている。
穏やかな良い曲だ。クロワッサンの為の音楽があるとしたら、Trash Can SinatrasとBeautiful Southを真っ先に推薦しよう。カリカリと軽やかで香ばしい。そして、決定的に何かが足りない。
もちろん少数派だが、その種の「欠落気味の音楽」を愛する者達がいる。
彼らは口を揃えて、こう言うだろう。
「多過ぎるより足りないくらいが調度良い。多過ぎるのは、なんだか不安だし・・」

バスを乗り継いで、公園に着いた。
土曜日の公園は、家族連れやサークル関係を中心に、かなりの人で賑わっていた。

池の方向にアライグマ男が立っていた。
私の姿を見つけたようでピョン。ピョン。上下に飛び跳ねている。
「あ、跳ねないで。跳ねないで。恥ずかしいから」私は、辺りを見回しながら警告する。

「贈答品って何ですか?」私は1%も期待しないで、とりあえず聞いてみた。
アライグマ男は眉毛を大袈裟に上下に動かしている。淀川長治もどき。

「これです」アライグマ男が差し出したのは、カスタネットだった。

私は、そのカスタネットを受け取って、しげしげと眺めた。やけにゴツゴツした手触りだ。
「これは・・もしや・・」

「手作りです!」アライグマ男は、その言葉を強調するあまり、声が裏返った。

私は、喜んで良いのか困惑したが、今日を限りに<カスタネットを持たない人生>とは、お別れする事になったのは間違いないだろう。

「ありがとう」私は、そう言いながらカスタネットをポンと鳴らした。

アライグマ男は目を閉じて、その音に聞き入っている。
「ん〜、しみじみとした良い音ですね〜」アライグマ男は、うっとりした顔つきで、そう言った。

私は持参したリュックからクロボー製菓の「黒棒」を取り出した。
アライグマ男は、私が差し出した「黒棒」を見ると「キャン!」と叫んで飛び上がった。

黒棒.jpg

「どうぞ。お礼です」何故かは知らないが、アライグマ男は「黒棒」が大好物なんだ。
「黒棒」を受け取ると涙目で頬擦りしている。

午後の陽射しは穏やかで心地よい。私は、池のほとりの芝生に腰を下ろした。
アライグマ男も芝生に正座して「黒棒」に、かじり付いている。

リュックの中から缶ビールを取りだし、高い空を仰ぐように飲み干した。

芝生の上で手に持ったカスタネットを眺めていると、いつしか、それが「ケーキ」のように思えてきた。
私は、その考えに絶対的な確信を持った。

「もしも魔法が使えるようになったら、真っ先に、このカスタネットをケーキに変えよう。」

私は、その考えに満足した。
もしかしたら、これまで生きて来た中で、最も有益なアイディアかもしれない。

アライグマ男の作ったカスタネットは濁りのない音を鳴らした。
ポン。
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2005年09月19日

エコーズ

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Gene Clark / Echoes

郵便局に来ていた。
弟に荷物を送るためだった。

弟は遠くの町に住んでいる。彼と会うのは一年に一度有るか無いかだ。

男兄弟は不思議な物だ。
会話が無くても相手の事が、手に取るように分かる。でも会うのは億劫だ。

思春期に差しかかった頃から<弟>という生き物を、どう扱って良いのか分からなくなった。
それまでは、子分だったし、パシリだったし、友達だった。

どう扱って良いのか分からなくなったので、扱わない事にした。
男兄弟が話すべき事など、何もないのだ。干渉しない事で、弟を男として認める事にした。

それでも音楽だけは、例外だった。
昔から彼とは同じような音楽を聴いて育った。彼のアイドルは、フランク・ザッパとトッド・ラングレンだった。

お互いが持つ、お気に入りのレコード(テープ)を交換する事が、我々兄弟の唯一のコミュニケーションになっていた。

時々、弟から数本のカセット・テープが届いた。言葉は何も入っていない。
でも、彼の送ってきた音楽を聴けば、彼の事が分かった。


今日、Gene Clarkの「Echoes」を彼に送った。
この編集盤は、とても良い。彼なら、その良さが分かってくれるだろう。


郵便局を出ると、コンビニに寄って、切らしていたシャンプーとサンマの缶詰を手に取った。それから大好物の菓子パン「クイニーアマン」を3個つかんでレジに向かった。

帰途は遠回りして、川沿いの道を自転車で走った。
爽やかな風が気持ち良い。
河川敷は、短く刈り込まれた緑草が一面に覆い茂り、風に吹かれて小刻みに揺れていた。

しばらく、その川原を眺めていると、大男がバッタリうつ伏せに倒れているのが見えた。
間違いなくアライグマ男だ。

私は、自転車を横倒しにして、慌てて、土手を駆け下りた。

「大丈夫ですか!」私はアライグマ男に駆け寄りながら大声をあげた。

アライグマ男は、モソモソと上半身を起こして「なんですか?」と緊張感のない声を出した。

「なんですかじゃないでしょ。あんた、倒れてたでしょ?」

アライグマ男は、手に持った鉛筆で、草の上に置かれたクロスワードパズルの本を指し示した。

「こんな草の上に寝転んで、クロスワードパズル解いてたんですか!」
私は、呆れて、その場にしゃがみ込んだ。


結局、コンビニで買った「クイニーアマン」をアライグマ男に1個譲って、川原に並んで食べた。

高い空を、鳥の群れが通り過ぎて行く。
ゆったりと目の前を行き過ぎる、幸福な眠りを誘う川の流れ。

郵便局を旅立ったGene Clarkの「Echoes」は、弟の元に届けてくれるだろうか?
この町のホワホワした空気も一緒に。
posted by sand at 05:25| Comment(4) | 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月11日

特急ベラドンナ

Belladonna.jpg
Daniel Lanois / Belladonna

木曜日の夜に、アライグマ男から電話があった。
「葡萄狩りは、どうでしょう?」
「次ぎに日曜日にでも」もちろんOKだと言う私の返事だ。

「列車は、どうでしょう?」
「列車じゃなければ、いけません」列車に乗って行きましょうと言う私の返事だ。


金曜日の夜に会社から帰ると、私はネットで検索を始める。

<福沢農園>
葡萄狩り案内のページに小さく載っていた農園だった。
農園主の顔写真が添えられている。
口を大きく開けて笑っている丸々と太った奥さんと、背の低い痩せたご主人が写っている。
ご主人は下を向いている。多分、そういう人なんだろう。

この農園が良いだろう。私は行き先を決めた。

次ぎは鉄道の路線情報を開いた。
その農園までは幾つかのルートがある。私は慎重に吟味して時間とコースを合わせて行く。

<特急ベラドンナ>
その名前に一目で引かれてしまった。ずいぶん毒のある名だ。

少し遠回りになるが、その列車に乗る事を決めた。


土曜日の帰宅途中にスーパーで翌日の買い物をする。

その後、部屋に戻ってビールを飲みながら明日の事を考える。

私とアライグマ男は、大きな旅行カバンを抱えて、駅の階段を登って行く。
まるでジャック・タチ監督の映画のようにピョンピョン飛び跳ねている。

ホームに青い車体の<特急ベラドンナ>が入ってくる。とても綺麗な列車だ。

我々は、やっぱり飛び跳ねるように、その列車に乗り込む。
列車の窓からは、向かい合って座席に座っている私とアライグマ男が見えている。

我々は、<福沢農園>に向かうのだ。
人の良さそうなご夫婦が我々を待っている。我々には行きべき場所があり、その目的がある。
<特急ベラドンナ>が静かにホームを離れる。


日曜日の朝、早起きして、二人分のオニギリを握る。
シャケとタラコとジャコと明太と高菜漬け。昨日買い込んだ物だ。

弁当をバックに詰めて、服装のチェックをし、部屋の鍵を握った時に電話が鳴り出した。

アライグマ男からだ。ゼーゼーと苦しそうな息をしている。
彼は申し訳なさそうに、昨夜から発熱していると告げた。
風邪のようだ。

私は、何度も謝るアライグマ男をなだめ、「また次ぎの機会に」と笑って電話を切った。


溜息を一つだけ、ついてから、テーブルと椅子を動かして窓際にピッタリ寄せる。
少し列車みたいな感じになった。

用意しておいた缶ビールを飲みながら、オニギリ弁当を開く。

窓の景色は動かない。

私はビールを飲みながら<特急ベラドンナ>の姿を追う。
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2005年09月01日

シュウマイ月夜

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Joan Armatrading / Lovers Speak

歯医者に行った帰り、中古レコード店に寄り道していたら、すっかり日が暮れてしまっていた。
空にはポッカリ三日月が浮かび、道行く人を照らしている。

しばらく歩いていると、大きなショーウィンドウから眩いばかりの明かりが漏れ出す、真新しい美容室が見えてきた。最近、開店したらしい。
ピカピカの店内を興味深く覗き込む。

巨体の人物が椅子に座っている。周りを若い美容師のお姉ちゃんに囲まれて、デレデレ鼻の下を伸ばしている。
私は窓ガラスをコンコンとノックする。

椅子に座ったアライグマ男と目が合った。
彼は息も止まるほど驚いているようだ。私は悪魔のように微笑んだ。

道の周りを見渡すと美容室の向かい側に公園があるようだ。
私は「向かいの公園で待ってる」とガラスの向こうのアライグマ男に、身振り手振りで伝えた。
彼は、極めて迷惑そうに、うなずいた。

私は公園に行く前に、少し先にある商店街に寄る事にする。
商店街は、そろそろ閉店の準備を始めているようだ。

酒屋の前にある自販機でビールとウーロン茶を買う。
総菜屋の前で、のんびり物色し、ホコホコ湯気を上げる熱々の<イカシュウマイ>を購入する。

イカシュウマイ.jpg

総菜屋の背の低いオバチャンから新聞紙に包まれた<イカシュウマイ>を手渡される。

来た道を戻り、先ほどの美容室の前の公園に向かう。
美容室のアライグマ男は、またもや若い姉ちゃん達に囲まれている。
「だいたい、あの男は、妙に若い娘から人気がある。あんなボサッとした雑な顔の、どこが良いのか。」私はブツブツ文句を言いながら公園のベンチに腰掛ける。

冷たいビールをグビグビ喉に流し込んだ後、新聞紙からホコホコの<イカシュウマイ>を取りだし、口の中に放り込む。
ホフホフ、口から湯気を上げながら<イカシュウマイ>を噛み砕く。プリプリした食感とほんのり甘い肉汁が調和して、なんとも美味い。
私は、立て続けに2個一気食いし、残りのビールを飲みほす。

2本目のビールを開けた後、イヤホンをはめ携帯用のCDプレイヤーのスイッチを入れる。
Joan Armatrading「Lovers Speak」。
タフな女のタフな歌声が、夜の公園に流れ出す。

私は夜空に浮かぶ三日月を眺めながら「強い女」について想いを巡らす。そしてビールを飲む。

やがて、強烈に整髪料の匂いを漂わせたアライグマ男が隣に座って来た。
「良い匂いですね」私は、そう言って彼に<イカシュウマイ>を手渡す。

アライグマ男は<イカシュウマイ>に噛り付きながら三日月を見上げている。
「あの月、上手い具合に欠けていますね」彼は言う。

私は、三日月状にかじり取られた<イカシュウマイ>を眺めながら返事をする。
「なるほど。美味い具合ですね」
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2005年08月22日

Surrey With The Fringe On Top

Steamin.jpg
Steamin' With the Miles Davis Quintet

アライグマ男に礼を言ってから、彼を部屋に招き入れた。

早速、彼から受け取ったレコード「Workin' With the Miles Davis Quintet」をプレイヤーに乗せる。
レッド・ガーランドのピアノが雲に乗っかったように舞い上がる。名曲「It Never Entered My Mind」だ。
スリスリと宿無しの子犬のように擦り寄ってくるマイルスの寂寥ミュートホーン。

マイルスが、プレスティッジ・レーベルに残した通称マラソン・セッションは、どの瞬間も閃きに満ちた音楽の玉手箱だ。
なかでも4部作のアルバムトップに位置するバラード群は、格別充実した名演が揃っている。

特に「Workin'/ It Never Entered My Mind」の、すすり泣くような味わいは、何とも言い表しようのない程の感銘を与えてくれる。

学生時代、この曲を擦り切れるほど聴いたものだ。
私は、しばらく目を閉じでマイルスの調べに心を奪われていた。

フッと気が付くと、私の横に突っ立ったアライグマ男が、天井を見上げて、何かに目を凝らしている。
天井に何があるんだろう?
私は、彼の視線を追って、天井を隈なく見渡した。
しかし、どこを見ても、何も見当たらない。シミや目立った汚れないし、虫が張り付いてる様子もない。

「あ。彼は、この曲に感動し、上を見上げて涙をこらえているのかも?」私は心の中で、つぶやいた。
・・だとすると、話しかけるような野暮は、いけない。

私は、彼から視線を外し、逃げるようにキッチンに移動しようとした。

「あ、あの・・」不意にアライグマ男は、私を呼びとめた。

「いや〜。気持ち分かりますよ。良い曲ですよね〜」私は視線を外したまま、照れ臭そうに彼に告げた。

「あ、いや。鼻血、出てます」上を向いたまま、アライグマ男は、つぶやいた。
そういえば、アライグマ男の鼻の周りが赤くなっている。

「あ、鼻血でしたか」私は、急いでティッシュ箱を取りに行った。

アライグマ男は、ティッシュをクルクルと細長く巻いて、鼻の穴にギュッギュッと詰め込んだ。
上を向いた彼の鼻の穴に、白いティッシュの塔が、そびえ立った。
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It Never Entered My Mind

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Workin' With the Miles Davis Quintet

目覚めた、その朝は、やっぱり暑かった。
今日も猛暑のようだ。観念してクーラーのスイッチを入れた。

お湯を沸かしながら、洗濯機に衣類を投げ込んで、顔を洗う。

キッチンのテーブルに座って、コーヒーを飲みながら、古い探偵小説を読む。
休日の午前中に、何度も読み返した本を眺めるのは、人生の清涼を感じる。
早い話が気分が良い訳だ。

今日は、ロス・マクドナルドの「ドルの向こう側」。
リュー・アーチャーは、相変わらず自虐的でウジウジと男らしくない。
マクドナルドには、ハメットのパンチ力も、チャンドラーのキレもない。
登場人物は、絶望の方向からやって来て、さらなる絶望へと去って行く。
でも、文体は透明なセロファンで包まれている。
読者と物語の間には、薄い膜が張られていて、それから先には入れない。
我々は、マクドナルドの描く冷ややかな世界を遠巻きに眺めているだけだ。
その辺りの距離感が絶妙で何度も読み返したくなる。

お昼前にアライグマ男がやってきた。
彼は、「Workin' With the Miles Davis Quintet」を差し出した。

以前、私は「Workin'を友人に貸したまま返ってこないんだ」と嘆いた事がある。
その時、「CDを持っているので、古くなったレコードで良かったら譲りましょう」と彼が言ってくれたのだ。
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2005年08月12日

ピンク色の扉の中で

John Simon.jpg

「書斎を作りました」
アライグマ男から便りがあった。部屋を増築したらしい。

日曜日になると、私は寝癖の付いた髪にムースを塗り、ジーンズを履き、白いTシャツを着る。
サンダルに足を突っ込んで、晴天の空の下に飛び出す。

自転車を走らせて、駅前のケーキ屋に向かう。
暑い。Tシャツに汗がにじむ。
ケーキ屋でチーズケーキを買い求め、途中の雑貨店でアヒルの形をした電気スタンドを買う。

アライグマ男の自宅がある森までは、ちょっとした距離がある。
冷えたスポーツ・ドリンクのペットボトルを自転車の籠に投げ込むと、私は覚悟を決めて自転車をこぎ始める。
しかし今日は暑い。額から滴り落ちる汗を何度も首に巻いたタオルで拭き取る。

アライグマ男のログハウスが見えた頃には、ペットボトルは空になっていた。

森の中は、真夏でも涼しい風が流れている。
私は深呼吸をして息を整える。森の中にいると身体から余分な物が抜けて行くような気がする。

増築した部屋は、4畳半くらいの広さがあるログハウスだった。
どうした事か、建物の壁という壁がピンク色に塗られている。
森の中に浮かび上がるピンクの家は、地面からフワフワ浮かんでいるような奇妙な錯覚を伴った。

アライグマ男は気がついたようで、私が部屋を眺めている場所までやって来た。

私は彼にケーキとお祝いの電気スタンドを渡した。
アライグマ男は、恐縮しながら何度もお辞儀を繰り返した。

「ピンク色好きだったんですね?」私はニヤニヤ笑ってアライグマ男に尋ねた。
アライグマ男は恥かしそうに頬を染めて「ええ。まあ・・」と答えた。

「そうだったんですか。気付かなかった」私が首を傾げて彼の顔を覗き込むとアライグマ男は、逃げ出すようにピンクの部屋の扉を開けて、私を促した。

部屋の中も全面ピンク色だったが森の中にあるせいか、下世話な感じはしなかった。

中にあるテーブルやイスや本棚は、どれも黄色に塗られていた。
「黄色ですね」と私。
「ハイ。そのようです・・」とアライグマ男は、やっぱり恥かしそう。

私をイスに座らせると、お茶を入れて来ると言ってアライグマ男は母屋に消えていった。

しばらく部屋を見まわした後、CDプレイヤーを再生してみた。
John Simons Album!
部屋をユッタリした空気が包み込むのが、わかる。

私は、そこに立ったまま本棚に立ち並んだ背表紙を眺めていた。
本棚の一番下に、使い古されたクレヨンと塗りかけの塗り絵を見付けた。

私は、それらをテーブルまで運び。白枠の中をクレヨンで塗り込めて行く。
白い枠の中は、思い描いた色で染まってしまう。
私は夢中になって、その作業に没頭していた。

気が付くと、後からアライグマ男が塗り絵を覗き込んでいる。

「ここ。はみ出しました」私は、ミスをアライグマ男に報告する。

「うん。綺麗過ぎるより、ずっと良い」彼は答えた。
posted by sand at 05:09| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月12日

寂しく待つ私

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5月の風が吹き抜ける草原に来ていた。
アライグマ男と杏子さんは、バトミントンをしている。

杏子さんが左右に打ち分けると、アライグマ男はお約束のようにコロコロと地面に転んだ。
杏子さんの歓声が、人のまばらな草原にこだまする。
私は草原に寝転んで、彼女の声を聞き、彼女の笑い声をボンヤリ眺めていた。

青い芝生の上を跳ねまわる杏子さんは、とても輝いていた。
私は、彼女が必要な物は全部探してあげたいと思った。私が持ってる物は全部彼女に差し出したいと思った。もちろん彼女が望めばの事なのだが。

その機会は、すぐにやって来た。

杏子さんとアライグマ男は、ハアハア息を切らして、私の前に転がり込んできた。
水筒の麦茶を飲んでいる二人に向かって、私は声をかけた。

「あの、すいませんが。私、出来れば結婚したいと思ってるんですが・・」

麦茶を飲んでた二人は、驚いて顔を見合わせた。

「いや、いや。あなたとですが・・」私は杏子さんに向かって言った。

「ああ!私ですか!」杏子さんは驚いたようだが、直に右手を顔の横に上げて、こう言った。
「了解!空も青いし、風も気持ち良いし、良いタイミングじゃない。どうかな?」
杏子さんはアライグマ男の方を振り向いて聞いた。

「チャオ!」アライグマ男は、やっぱり右手を顔の横に上げて、そう言った。

我々の結婚は、そんな事で五月晴れの下で、呆気なく決まってしまった。まぁ良いだろう。

「ウェディングドレスは、何色が良いかな?」杏子さんは、私に言った。
「何色でも」私は答える。

「何色?」杏子さんは、今度はアライグマ男に聞く。
「チャオ!」アライグマ男は答える。
「OK。白ね。決まったわ」杏子さんは微笑んだ。

杏子さんは、一人で車の置いてある方向に駆け出して行った。
私とアライグマ男は、並んで歩きながら彼女の後を追った。

「結婚生活は、バランスの取り難い物ですよ。なかなか振り子が安定しない」
アライグマ男は、突然、そんな事を私に言った。

「でも、振り子は一つでは振り子と呼べません。ただの丸い玉です。2人は良いものですよ」
アライグマ男は続けて言った。

「あなたは結婚していた事があるんですか?」私は聞いた。

「ずっと待っているのです。その人の帰りを」
アライグマ男の言葉は、それ以上は続かなかった。
posted by sand at 03:43| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月23日

ぼくの自転車のうしろに乗りなよ

HARD FOLK SUCCESSION.jpgアップルパイ.jpg

「もう私、寝てたでしょ。それでね。イヤ〜〜〜!って叫んじゃったわよ」
杏子さんは笑った。

私と杏子さんとアライグマ男は、2度目の地震の話をしていた。私の部屋で。

「ちょうどコーヒー入れようと台所にいたんだよ。それでグワン!グワン!って来たじゃん。慌てて冷蔵庫に抱きついたよ。冷たくしないでねってね」私は、そう言ってみたんだが引かれてしまった。

私と杏子さんはビールを飲んでいる。アライグマ男はヘルシア緑茶を飲んでいる。彼はダイエット中だと言った。

「あんたは何をやってたのよ」杏子さんは疑り深そうにアライグマ男に聞く。

「ヨガ」
「え?」
「パワーヨガ」
アライグマ男が、そう言うと杏子さんは急に怒り出す。
「どうして、あんたがパワーヨガとかやってるのよ!おかしいわよ!アライグマがパワーヨガとかナンセンスよ!」
「だから彼はダイエット中なんだって」私は、おさめようとするけど杏子さんは止まらない。

「アライグマがパワーヨガとか、やってはダメなの!それってアライグマの風上にも置けないわ。それはね。あなたのアイデンティティを否定するものよ!」

私は肩をすくめて、台所に立ち、お茶を入れる準備をする。杏子さんが焼いてくれたアップルパイを切り分け、カップに紅茶を注ぐ。
レコードプレイヤーにRCサクセションの「HARD FOLK SUCCESSION」を乗せ、<ぼくの自転車のうしろに乗りなよ>に針を落とす。

初期のキヨシローさんは不思議な声をしている。怒ってるような泣いてるような醒めてるような。

やがて我々は、アップルパイにかぶりつく。ザクザクして、ほんのり甘い。
私の腕に横に座った杏子さんの腕がぶつかる。

私は、前に一人で座っているアライグマ男に声をかける。
「あなたは、ずっと一人で寂しくはないですか?」

アライグマ男は、アップルパイの手を止めて、ニッコリと微笑み、こう答える。
「私は、本物の孤独を知っています。だから今は、それほど寂しくはないのです」

杏子さんは、紅茶を飲みながらウンウンとうなずく。

<本物の孤独>って?私は、それについて想いをめぐらす。

不意に杏子さんは私の腕に手を回し「おあいにくさま」と言う。
posted by sand at 03:36| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

Longer

dan fogelberg phoenix.jpg

その場所に私はいない。

杏子さんは、得意先回りの途中、埠頭にあるショッピングセンターに車をとめる。
ドーナツとコーヒーをテイクアウトして、海に面した屋外のテラスに腰を下ろす。

海風が冷たい。

隣のテーブルに目を向けると、アライグマ男がハンバーガーを食べている。
ドーナツとコーヒーを乗せたトレイを持って、隣のテーブルに移動する。

「こんにちは。座るわよ」

アライグマ男は、「お!」とした表情をして席をすすめる。

「風が冷たいわね」
「ふむ。でも良く晴れています」アライグマ男は、ハンバーガーに塩を、かけながら答える。

「それ、塩かけすぎよ」杏子さんは、呆れたように言う。
「おや。甘党でしたっけ?」アライグマ男は、すまして答える。

「そういう問題じゃないわ。あなた変わってるわよ」
「ふむ」アライグマ男は、そう言われて嬉しそうだ。

杏子さんは、ドーナツを手でちぎって口に運ぶ。
海風が、杏子さんの前髪を跳ね上げる。

「あなたは、それで良いの?」杏子さんは不意に、そう聞く。
アライグマ男は、ポカンとした顔をしている。

「あなたは、そんな人生で良いの?」もう一度、聞く。

「私達は、生きていて、どんな価値があるのかな?何を産み出して、何を救えるのかな?
なんだか、とても漠然としているの。その日を過す術は知っていても、その行為が私なのか、わからないわ。この生活は、私なのかしら?この人生が、私なのかな?
私は、どうしたら私自身になれると思う?
私に出来る事は何なのかな?この世界から私は何を求められているのかな?」
杏子さんは続けて、そう言う。

アライグマ男は、少し考えてから、ポツポツと答える。
「光りは、どんなに、ささやかな光りでも、光りですから。
世界は、その光りを必要としています。
私の光りも、あなたの光りも。誰もが心から必要としているのです。
誰もが震える思いで、その光りに手を伸ばしているのです。」

杏子さんは、ぼんやりとコーヒーを飲んでいる。
空を飛行機がノロノロと通り過ぎて行く。

しばらくして、杏子さんは口を開く。
「あなたは、やっぱり変わっているわよ。変わった顔をして、変わった服を着て、変わった嘘をつくわ」杏子さんは、ニッコリと笑う。

アライグマ男は、嬉しそうに、うなずく。

「ねぇ。カラオケに行こうか?」

アライグマ男は、勇ましく眉を上げる。

その時、杏子さんの耳に聞こえていたのは、Dan Fogelbergの「Longer」。多分。
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2005年03月22日

Debris

Nod Is As Good As a Wink.jpg
A Nod Is As Good As A Wink…Blind Horse / FACES

「ひどい地震でしたね」私は、アライグマ男に言った。
「まったくですね」アライグマ男は、肩をすくめた。

「でも、怪我が無くて良かったじゃない」杏子さんは言った。

我々は、ホームセンターに家を補修する為の道具や材料を買いに来ていた。
車は、杏子さんが運転した。
車のトランクには、釘や板や塗料が投げ込まれている。

「なに聴く?」杏子さんは私に聞いた。
私は、ダッシュボードをゴソゴソ引っ掻き回して、FACESの「A Nod Is As Good As A Wink」を引っ張り出した。
「Debrisだね。今日は」
昨日の地震が嘘のように、街は落ち付きを取り戻している。
空は、すましたような晴天。
車には、穏やかな陽射しが射し込んでいる。
ロニー・レインの<ネコのアクビ>のような声が、その空気の中に溶け込んで行く。

「ねぇ?」杏子さんは、バックミラーを覗き込んで後ろの座席のアライグマ男に声をかけた。

「地震、怖かった?」
「まあ」アライグマ男は答えた。

「地震が起きた時に、最初に誰の事を思った?」杏子さんは、もう一度聞く。

アライグマ男は眠そうな声で答えた。
「ひまわりの事」

杏子さんは笑顔になって、今度は横に座っている私の顔を見た。

私に答えを求めているのかな?

すぐに杏子さんは、笑いながらウィンクして、前を向き直した。

私は、喉まで出かかった言葉を、もう一度、心の内に放り込んだ。
誰が、その言葉を、拾ってくれるのだろう?
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2005年03月07日

Turn! Turn! Turn!

TurnTurnTurn.jpg 落ち葉.jpg

落ち葉の道を自転車で走った。
道に覆い被さった落ち葉は、車輪に轢かれてバサバサと悲鳴を上げた。
私はコートの襟を立てて自転車を飛ばした。
ずいぶん寒くなってきた。スピードを上げると耳がジンジンした。
縫製工場の横を曲がった所で、アライグマ男に出会った。
彼も町に買い物に行く途中のようだ。

「やあ。先日は、どうも」私は言った。
「あ、こちらこそ。失礼いたしまして」アライグマ男は、恐縮して深々とお辞儀した。
私は、自転車を降り、アライグマ男に並んで自転車を押しながら歩いた。
アライグマ男は、厚手のダッフルコートを羽織って、グレイのハンチング帽を被っていた。

「そのコート似合いますね。生地が良さそうだ」と私が言うと。
「いえいえ。安物でして・・」とアライグマ男は照れながら言った。

「お買い物ですか?私は、コーヒー豆を切らしたもので」私は言った。
「はあ。」アライグマ男は照れくさそうに下を向いて間を置いて答えた。
「ひまわりの種を買いにですね・・」アライグマ男は言った。
私は、微笑みながら、うなずいた。

町に近づくと、「ジングル・ベル」の調べが聞こえてきた。

アライグマ男は、フッと立ち止まって、その調べに聞き入っていた。
「もうクリスマスですね」アライグマ男は、かみ締めるように、そう言った。
「早いものですね。もう、そんな時期ですかね」私も立ち止まって、この1年を思い起こしながら、そう言った。

アライグマ男の肩には落ち葉が、ちょこんと乗っていた。
私は、それを手で払い、「では、私は、こちらの方向へ」と彼に挨拶して、右の小道に入った。

再び、自転車に乗ってコーヒーショップを目指した。
自転車の上で、バーズの「ターン・ターン・ターン」を口ずさんだ。
それは、秋の枯葉道に、とても良く、馴染んだ。
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2005年03月03日

Boogie Wonderland

Boogie Wonderland.jpg コスモス.jpg

アライグマ男は、時間通り来るはずだ。
私は、早目に自宅を出てノンビリ歩きながらバス停に向かった。

朝から雨だった。11月の雨は、ジワジワと私の温もりを奪った。それほど強くは無い雨だったが、寒さが、つま先から身体の奥まで浸食してくるような気がした。

バス停には、大きなアシカが立っていた。

目を凝らして良く見ると、黒いレインコートにスッポリと覆われたアライグマ男だった。
彼は、小さなバックをぶら下げてプルプル震えながら立っていた。
「やぁ、どうも。今日は、冷えますよね」私は声をかけた。
「・・ども。寒いですね」アライグマ男は下を向いて震えながら言った。

私とアライグマ男は、無言でバスの来るのを待った。
大型トラックが水しぶきを上げながら、勇猛に通りすぎていった。

我々は、二人並んで震えていた。アライグマ男の髭から水滴がポロリと落ちた。

バスの中は暖かだった。
バスは、ガラガラで我々は、一人づつシートを独占して座った。前の座席に座ったアライグマ男は、大きなゴミ袋のように揺れていた。

バスのガラス窓は水滴で曇っていた。
私は、ぼんやりとして不透明な外の景色を窓越しに眺めていた。

コスモス園で、バスを降りた。

コスモス園は、ほとんど人がいなかった。
アライグマ男は、大きな長靴を履いていた。どうもサイズが大きいようでボゴボゴ音をたてて、時々、躓きながら歩いた。

雨のコスモス畑は、綺麗だった。淡い色の花々は、寒そうに身を屈めていた。なんだか侘しいような、憂いに包まれたコスモスも良かった。淡いピンクや清楚な白色のコスモス達は、雨に頭を押されるように揺れていた。
私は放心したように、それを眺めた。

アライグマ男は、そんなコスモスに見向きもしないで、先ほどから、ゴソゴソ落ち着かない。
バックからラジカセを取り出すと、私に伺うような視線を向けた。
私は、微笑みながら頷いた。

ラジカセからは、Earth, Wind & Fireの「Boogie Wonderland」が流れ出した。

アライグマ男は、上下に首を振りながらテンポを取り始めた。
水しぶきと共に、弾けるように踊りだした。
シャープな身のこなしだが、長靴が大きくて、どうしても、ヨタヨタ酔っ払いにしか見えない。
それでも、アライグマ男は必死にステップを踏んだ。
私は、手拍子で声援を送りながら、一緒に歌った。
「だんす!ぶぎわんだ〜ら〜ん、ふっ!ふっ!」

雨の中をズルズル滑りながら踊り回るアライグマ男は、いい感じだった。私は、楽し過ぎて、幸福過ぎて、なんだか、泣きたい気分になった。

私は、傘を投げ捨てて、アライグマ男の踊りに加わった。
私は大きく回転しながら手を雨に振り上げて踊った。
アライグマ男と私は、モアモアと白い湯気を上げながら汗を吹き飛ばすように踊った。
私のローファーは、水浸しになってしまったけど、そんな事は、もう、どうでも良いのだ。どうでも良い事だったんだ。

アライグマ男が足を高く振り上げた瞬間、長靴がポーンと空に向かって飛んでいった。
長靴は、ずいぶん高くまで上がり続け、やがてストンと地面に落下した。

私は、長靴が地面に落ちた後も、空を見上げていた。

アライグマ男の長靴は、空の何に触れる事が出来たのだろう?

「何に触れたんだろう?」私は、雨空を見上げながら、そう口に出して呟いていた。
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2005年03月02日

ハチミツ

ハチミツ.jpg

「確定申告を手伝って頂けませんか?」
アライグマ男から電話を貰って、山道を登っていた。
少しずつ春めいて来たけど、山間は、まだまだ寒い。
私はコートの襟を立てて、アライグマ男のログハウスを目指した。

家のドアを開けると、書類の山にアライグマ男は埋もれていた。
憔悴し切った顔をして、テーブルから顔を覗かせている。

私は、挨拶もそこそこに、早速、書類の整理に取りかかった。
積み上げられた領収書やレシートの山を、経費になりそうな物を除いて、ゴミ箱に捨てて行った。
みるみるゴミ箱は満杯になった。
残った領収書を元帳に転記していった。収入を集計して申告書に書き込んだ。

テーブルが片付くに伴って、アライグマ男は元気を取り戻していった。
スピッツの曲が部屋に流れ始めた。
「<涙がキラリ>って、好きなんですよ」私はアライグマ男に言う。
うんうん。と嬉しそうに首を振って、アライグマ男は、キッチンで昼食の支度を始めた。

昼食はピザトーストだった。
部厚く切った(多分10pくらい)耳付きのパンにピザソースが塗られ、ロースハム、スライスチーズがひいてある。その上に千切りキャベツがドッサリ乗せられ、マヨネーズとケチャプとマスタードが細い線で格子状に、かけられていた。
オーブンでトーストされた、そのパンは見るからに美味しそうで、芳ばしい匂いが漂っている。

思いきって、ドでかいトーストにかぶり付いた。サクサクして美味しい。でも食べ難い。
アライグマ男も困った顔をしてトーストと格闘している。私は、それを見て笑う。

書類の整理が終わり、税額を計算して申告書に書き込んだ時には、午後3時を回っていた。

「終わりましたよ」私はアライグマ男に声をかけた。
返事は、彼の寝息だった。いつの間にかテーブルに頭を乗せて眠ってしまっている。

私は、しばらく彼の寝顔を眺めていた。

「終わると、また、始まりですね」私はアライグマ男の寝顔に話しかけた。
彼の寝息で鼻髭が揺れている。
posted by sand at 04:27| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

Naturally

Naturally.jpg 夕陽.jpg

ドアを開けるとアライグマ男が立っていた。

「どうも・・」彼は、恥かしそうに下を向いて言った。

「あ、どうも」私も下を向いて挨拶した。

アライグマ男は、ソファに腰を下ろすと窓の外を眺めた。
私も向かいに座って、外を眺めた。

木の葉は、すっかり色づいてホワホワした暖かさを放っていた。空には小鳥が、のんびりと弧を描いた。
耳を澄ますと川のせせらぎが聞こえてくるような苺のショートケーキを思わせる午後だった。

アライグマ男は、何度かためらった後、私に声をかけた。

「あの〜」
「はい。」私は答えた。

アライグマ男は、首を振って黙り込んでしまった。

私は、立ちあがってキッチンまで行くとコーヒーをカップに注いだ。
カップからは湯気が立ち登り、ほのかな香りに包まれた。

私は、ミルクと砂糖を添えてアライグマ男の前に置いた。

アライグマ男は、礼を言ってからカップを持ち上げた。
私とアライグマ男は、無言でコーヒーをすすった。

アライグマ男は、コーヒーカップをテーブルに置くと、意を決っしたように、こう告げた。

「失礼ですが、踊っていただけませんか?」
私は、一瞬、ビックリしてしまったが、下を向いて「いいですよ」と返事をした。

古いレコード棚からJ.J. CaleのNaturallyを抜き出してプレイヤーに乗せた。

私は、アライグマ男の腰を抱いて、ゆっくりとステップを踏んだ。
アライグマ男は下を向いたまま微笑んだ。鼻の髭がプルプル揺れた。

窓から射し込むホカホカした午後の陽射しに包まれていた。
通りを駆け回る子供達の声が遠くに聞こえる。

私とアライグマ男は、陽が傾く頃まで、ゆったりと踊りつづけた。

空が夕陽で赤く染まる頃、アライグマ男は丁寧に礼を言って、帰って行った。

私は、夕陽の中を、背中を丸めてトボトボと歩く、アライグマ男の背中を見送った。
posted by sand at 04:43| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

Sentimental Journey

45of6.jpg カツレツ.jpg

会社から帰宅するとドアの前でアライグマ男が待っていた。
彼は大きな風呂敷包みを両手に下げていた。
私が詫びを言うと、彼は「先日の昼食のお返しに料理を用意してきた」と告げた。
私は、喜んで彼を部屋に招いた。実際、お腹がペコペコだったのだ。

私はお茶を入れて彼の前に置き「何か聴きたい物があれば、遠慮なく、どうぞ」そう言ってレコード棚を指差した。アライグマ男は、お茶を一口すするとレコード棚まで移動して、レコードの背文字を読み始めた。手を後ろに組み、目を大きく見開いて、1枚づつ時間をかけて背文字を読んでいった。レコードの枚数は、かなりあった。アライグマ男は長い時間その作業に没頭していた。

私は、包みをほどいて中の料理を取り出し盛り付けて行った。メインは、ビーフカツレツだった。カリッと綺麗に焼かれている。それをレンジで温め直し、タッパに用意されていたデミグラスソースを鍋に移して火を通した。
大き目の皿にカツを乗せ、ソースを垂らし、クレソンを添えた。

付け合わせは、シザースサラダだった。レタスとサラダ菜にアンチョヴィーとポーチドエッグが混ぜ合わされていて、上からクルトンが散りばめられてあった。それを小皿に移し換えた。

ガーリックとバターを混ぜ合わせ、スライスしたフランスパンに塗り込んでトースターに入れた。

後は、冷えた赤ワインを用意して準備は整った。

アライグマ男は、一通り目を通した後、Jackie McLeanの「4, 5 and 6」を抜き出してターンテーブルに乗せた。

艶のある音色で「Sentimental Journey」が奏でられた。
良いセレクトだな。私は、感心した。

テーブルに付いてワインを差し出すと、彼は「ダメなんです」と断った。お酒は飲めないようだ。私は、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して彼のグラスに注いだ。

ビーフカツレツは、カリッと芳ばしく焼き上げられた表面とジンワリ柔らかい中の牛肉のコントラストが見事だった。緩やかな弾力とカリカリした食感が口の中で弾けるように溶け合った。デミグラスソースも、酸味を抑えた上品な味付けで、私は思わず「美味い」と唸った。

シザースサラダは、オリーヴオイルと白ワインヴィネガーのドレッシングが振りかけられていてサックリした味わいが食欲をそそった。

私とアライグマ男は、終始無言で料理を楽しんだ。
アライグマ男は、何度も口元をハンカチで拭いながら、上品にそれを食べた。時折、ウンウンと細かく頷いていた。その度にテーブルがカタカタ揺れた。

私は、とても美味しかったと彼に告げ、コーヒーを差し出した。アライグマ男は、恥かしそうに、うつむいて大きな耳をピクピク震わした。

コーヒーを飲みながら、Jackie McLeanのスゥイングに耳を傾けた。ほど良い、酔い心地が、心底リラックスした気分を提供した。

アライグマ男は、コーヒーを飲みながら、上着のポケットから板チョコを取り出して、ポリポリと噛り付いた。
歯の隙間からポロポロとチョコが零れ落ちた。

私の視線に気付いたアライグマ男は、
「いかがですか?」と板チョコを差し出してくれた。

私は、一欠片の板チョコを貰うと、口の中に放り込んで目を閉じた。

口の中で板チョコが溶けていった。甘いような。苦いような。
それは遠い昔の辛い記憶のように身体の中に染み渡って行った。

Jackie McLeanのサックスに混じって、アライグマ男が板チョコをかじる音が聞こえ続けている。
「ポリ、ポリ」
posted by sand at 02:25| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

アメリカン・モーニング

morninng.jpgアライグマ男がドアをノックしたのは、お昼、ちょっと前だった。
私はまだ、ベットの上でゴロゴロしていた。

慌てて身支度してドアを開けると「・・ども。」とアライグマ男は下を向いて恥かしそうに言った。
彼の小脇に抱えてる物で用件は、直に分かった。
「あ、人生ゲームですね。いいですよ。どうぞ。」

彼を部屋に招き入れると、お昼ご飯は済ませたのですか?と彼に聞いた。アライグマ男は、「いや、まだです。」と答えた。

じゃあトーストで良かったら食べますか?と彼に聞くと、やっぱり恥かしそうに微笑みながら頷いた。

私はキッチンに立って食事の用意を始めた。
アライグマ男は、人生ゲームの蓋を開けると、ゲーム用のお札を小分けしてキチンとホルダーに並べ始めた。

レコード棚からRandy VanWarmerを選んでプレイヤーに乗せた。「アメリカン・モーニング」が静かに流れた。
窓からは、雨上がりの陽射しが差し込んでいた。
雨の雫が、庭の草木から流れ落ちていた。キラキラした光を放ちながら。

私は、食パンに丁寧にバターを塗ってトースターに入れた。フライパンを充分熱してから、ベーコンを入れた。ベーコンは、バチバチと勢い良く音を立てた。ベーコンをカリカリになるまで炒めると卵を2つ割って上から垂らした。ジューッと小気味良い音が響いた。
ブラックペッパーとレモン汁をかけてベーコンエッグを大皿に移した。

冷蔵庫に残っていたレタスとキュウリとトマトで簡単なサラダを作った。瓶詰めのピクルスを刻んで上から降りかけた。さっきのベーコンから出た油を熱して、サラダの上からかけた。ピリッとしたドレシングになって結構美味い。

それらをテーブルに並べると冷蔵庫からグレープフルーツのジュースを取り出してグラスに注いだ。もちろん食後の為にコーヒーメーカーのスイッチも入れた。
それだけ済ませるとアライグマ男に視線を向けた。

アライグマ男は、ゲームの駒として使う自動車をハンカチで、ふいていた。自動車の駒はピカピカ光って新車みたいだった。自動車に乗せる人型のピンも男女と子供を分けて綺麗に並べられていた。

私は、彼に声をかけると食事を始めた。
彼は丁重に礼を述べると、ゆっくりと食べ物を口にした。
まるで時間が止まったかのような、ゆったりした食事だった。彼は何も話さずに黙々と食べた。時々顔を覗き込むとトロンと目が笑っていた。

窓の外で小鳥がさえずっている。私は目を閉じて、その声を聞きながら食後のコーヒーを飲んだ。

ゲームは、2回やって、1勝1敗だった。
アライグマ男は、大きな指で、ルーレットをチョコンと摘まんで廻した。
ルーレットはクルクル廻って、我々の人生を決めていった。

Randy VanWarmerは、何度も何度も「Just When I Needed You Most」と歌った。
私には何が必要なのだろう?

アライグマ男は、眠たそうな目をニッコリ微笑まして、こう言った。
「あなたの、順番ですよ」
posted by sand at 04:46| 福岡 ☔| 超短編小説・アライグマ男シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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