2007年06月01日

あの頃の僕らを包んでいたのは、まだ温もりの残る"カレーうどん"だった

J.bmp

 カレーうどんがテーブルに届いた。以下、内容を書き記してみよう。

1.大ぶりのどんぶり(直径約45cmで深さも充分ある)にうどん麺が横たわり、上から大きめ野菜と角切り肉をコトコトと煮込んだカレールーがかけられている。この時点では、まだスープは入っていない。通常のカレーライスのご飯がうどんに変わった状態。

2.白ご飯がお茶碗(小)に一杯。

3.熱いうどんスープ入りのヤカン。

4.タクワン2切れとキムチ適量が盛られた小皿。

5.青ネギが鉢に山盛り(自由に入れて良い)

6.紙ナプキンとレンゲ

以上。これでお値段510円はリーズナブルと言えるのかもしれません。

 この店ではカレーうどんをオーダーするとこのセットが出てくる。従って余計なご飯類のオーダーはタブー。麺は堅めを指定。すこし場所をとるのでお昼時の混み合った時間帯には不向き。午後1時45分が最適な入店時間だと思われる。これ以上、早いと混んでて食べにくい。これ以上遅いとお昼時の活気が損なわれて少々寒々しく味気ない。

 紙ナプキンを焼肉店のように胸にかける事も出来るが、私は推奨しない。なにか大袈裟な気がする。カレーうどんに余計な装飾は必要ない。

 では、まず初期段階のカレーうどんを頂こう。
この時点でのうどんは、堅く硬直して、なかなか動こうとしない。上から熱くドロドロと粘着質なカレールーが乗せられているのだから、なおさら意固地に動く事を拒み続ける。
 辛抱強く、うどん麺を解きほぐす。まず1〜2本のうどんを要領良く抜き取り、充分にカレールーを絡め、スパゲッティミートソースの要領で口内に押し込む。
 堅く弾力のあるうどん麺に濃い目のカレールーがネットリと纏わりつき弾むようなハーモーニーを産み出している。一般的なカレーうどんと呼ばれる味よりも、さらに濃厚で歯応えに勝っている。カレールーとうどん麺のガチンコ対決と言えそうだ。ドッシリとした味わいを堪能する。美味い。

 続いて第2段階に入る。所謂、一般的なカレーうどんの状態にうどんスープを注ぐ事で徐々に近づけて行く。一度に大量のスープ投入は厳禁。あくまで麺とカレールーの状態を見極めながら、少量に分けて、うどんスープを注ぐ。
 スープの投入は、どんぶり内のカレーうどんに柔和をもたらす。堅く拒み合っていた両雄が次第に心を開き、肌を寄せ合う様は、まさに圧巻。うどんスープは、カレーうどんの緊張緩和に一役買ったようだ。麺とカレールーが十分に浸された状態でスープをストップ。さらに上から青ネギを大量に投下。実に瑞々しいスタンダードタイプのカレーうどんが完成。

 ここで麺とカレールーとうどんスープをグチャグチャと掻き混ぜる行為は遠慮したい。麺は麺。カレールーはカレールー。うどんスープはうどんスープと、それぞれの尊厳を保つことが肝要と考えられる。我々はこれを『基本的食権の遵守』と呼ぶ。
 3者はお箸の先で微妙に混ざり合い。それぞれの個性を発揮する。先ほどの生の状態より格段にクリーミーであり、まろやかでもある。カレールーとうどんスープ。この一見不釣合いな両者が産み出す味のコントラストは、まさに絶品。深遠なる陰影の世界。言わば1958年あたりのマイルス・グループ。マイルスとコルトレーンの光と影を思わせる極めてシリアスな絡み合いを髣髴させると言っていいだろう。濃厚にして清涼。辛みと甘み。弾力性と柔軟性。
 これまた美味い。

 さて作業は最終局面を迎える事になる。
これに備えて、麺だけを綺麗に食べ尽くし、カレールーとうどんスープと青ネギの混ざり合った液状勢の摂取は必要最小限に抑えておく。麺を食べ終わった段階で、まだ充分な液状勢が残されている事を確認してから後、どんぶりの中にお茶碗から白ご飯を投入。さらに追加のうどんスープを適量注ぎ。さらに青ネギの再投入。とどめにタクワンとキムチを投入して、今回は良く混ぜ合わせ、レンゲを用いて食す。
 カレーうどんは最終的にカレーおじやに姿を変える。これが事の外、美味い。なにしろカレールーとうどんスープの混入物がベースなのだから、まさに多重的な味わいに満ち溢れている。幾十にも折り重なる味のタペストリー。ここではキャロル・キング&ジェームス・テイラー的な新鮮さと懐かしさを味わうことが出来る。『この道は〜♪いつか来たみ〜ち〜♪』そんな唱歌が口をついて漏れ出す、実にノスタルジックにして甘く切ない。これ以上望むべきものがない味わいを表出する。

 感触後、満ち足りた溜息と共に口元を紙ナプキンで拭い、全工程の終了となる。 

 終わり。
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2006年12月21日

コロッケの処世術

コロッケ.jpg

 コロッケの性別を男性。血液型をO型と断定して話を進めてみよう。
(人生は、そのような任意の断定によって驚くほど円滑に事態の進展がみられる場合が往々にしてある)
 さてコロッケは、ピンとして見ると、それなりの仕事はこなすが、きらめくようなカリスマ性には乏しい。食場をグイグイと引っ張って行く華やかな存在感が決定的に不足している。
 ただ、彼は誰とでも組める極めて非凡な社交術を身に付けている。
ある時は、ご飯なんかの大御所とガッチリ組んだかと思うと、ある時には対抗勢力のパン勢とも事も無げに組んだり出来る力量を持っている。
 新興勢力のカレーや分派して独自の道を行く『うどん』などの麺類にも気安く乗っかって行ける柔軟性を兼ね備えている。
 彼(コロッケ)の評価は一様に高い。
それが彼(コロッケ)の大らかな人柄に起因する事は衆目の一致する所だ。人懐っこい童顔で「よろしく」と丁寧に頭を下げる姿は、誠に謙虚。
上に乗っても決して、反り返る事なく下の物達への気遣いも忘れない。

 その点が、トンカツとは大きく異なる。彼(トンカツ)は、ピンでも充分過ぎるほどの華やかな存在なのだが、呼ばれてもないのに、他の者達の頭の上に踏ん反り返ったりもしている。
 いまいましい。生意気。ちょっと人気があると思って良い気になっている。他の物を立てない。わがまま。

 彼(トンカツ)の風当たりは強い。
お茶っ葉なんかの古株から露骨に渋い顔をされている。梅干なんかの長老からスッパイ顔もされている。
 
 食場のバイプレイヤーとして名高いパセリ氏にインタビューを試みてみよう。
私「今日は、コロッケさんついてお伺いしたいんですが?」
パセリ氏「彼との仕事はOKだよ。彼の仕事ぶりには満足してる」
私「どんな方です?コロッケさんって?」
パセリ氏「時々飲みに行くけど良いヤツさ。俺は彼との仕事は断らない。彼の成功を願っているよ」

私「なるほど。ではトンカツさんについても一言。」
パセリ氏「あいつは、何にもわかっていない。事務所の関係で仕方なく仕事を受ける事があるが最悪だ。少なくとも俺らは叩き上げで、ここまで来たんだ。あいつとは違う。世間が許しても俺らは許さない。食場とは、そういうもんだ。わかるだろ?」

 あわわ。やはり食場は戦場。我々はコロッケの処世術に学ぶ事が多そうだ。


☆ぬぼ〜〜とした方向に転換したい。これは昔書いたヤツ。
posted by sand at 18:38| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月06日

竹輪学

??????.jpg

 もうすぐ小宮の命日がやってくる。

 オイラは酒を飲んでいる。酒瓶の横には小皿に盛られた竹輪。
オイラは今夜も竹輪を学ぶ。そして小宮を思い出す。

 小宮と出会ったのは、オイラが学生だった頃。オイラはバイトに明け暮れていた。そして小宮は、そこにやってきた。その職場にやってきたんだ。

 小宮は長身だった。そうだな185cmはあっただろう。ガッチリした体格でシャープな顔立ちをしていた。良い男だった訳だ。男が羨むほどにね。

 小宮は無口だったが切れ者なのは、すぐに見て取れた。ヤツは手際が良かった。最初のその日の内に大方の仕事は覚えちまった。
 オイラはヤツが気に入らなかった。ああ。ヤツは抜け目無い男だ。ヤツの目の奥に潜む青白い光を見てみろよ。ヤツは何かやれる男だ。誰にでも、それが分かった。
 それがオイラには気に入らなかった。オイラには、そんな物は何もありゃしねぇ。

 すぐにヤツは頭角を現した。男も女もヤツの虜になった。当然だ。ヤツは頭が切れて、要領良く話を纏めた。勤勉で愚痴もない、喧嘩も強い。そして、誰よりもタフだった。
 でもな。オイラには関係がない。オイラはオイラのペースでやるさ。

 オイラが小宮を受け入れたのは、職場の飲み会の夜の事だった。

 オイラは小宮の向かいに座った。偶然だった。偶然、オイラは小宮の竹輪学を目にしちまった。そして、その夜から、オイラはそいつの虜になった。

 オイラは小宮の一挙一動から目を離さなかった。オイラと小宮を隔ててる物は何だ?オイラは、そいつが知りたかった。

 小宮はビールを飲んだ。オイラもビールを飲む。
小宮の隣に座った男が小宮に皿を回した。皿の上には唐揚が盛られている。
小宮は手をかざし、「いや。俺は良いよ」唐揚を断った。小宮は唐揚が嫌いなのか?
 だが真相は違った。

 小宮は上着のポケットから竹輪を取り出した。オイラはそれを見て唖然とした。
どうして竹輪を持っている?隣の男もそれに気がついたようだ。隣の男は驚いた様子で小宮に尋ねた。
「お前、竹輪なんか持って来たのか?」

 小宮は答えたね。ああ。今でも覚えているよ。最高にイカしていた。
「俺は、竹輪で酒を飲む。俺が決めた事だ。いいか。男はな。酒の飲み方を自分で決める必要がある。決して例外などない」

 オイラは震えたね。その瞬間、オイラは小宮に惚れた。小宮がオイラの生きる指針になった。

 小宮はその夜、竹輪以外の物を一切口にせずに飲み屋を後にした。
オイラは、そんな小宮の背中に男を見た。本物の男に巡り合ったんだ。

 その日から、オイラの小宮への態度は豹変した。オイラは小宮に接近し、ヤツの懐に飛び込んだ。小宮は歓迎してくれたね。ヤツはケチな男じゃなかった。

 オイラは親しくなった小宮を自室に招待したね。ヤツに教えを請うために。
オイラは小宮の前にビールを並べ、冷蔵庫に買い置きしていた竹輪を置いた。
ヤツは、すぐに気がついたね。勘の良い男だ。

「お前、竹輪を学ぶつもりか?」小宮は、すかさず聞いた。ストレートな男だ。

「ああ。オイラ、あんたみたいに成りたいんだ」オイラは率直に答えた。

小宮は何度か、うなずいた。多分、ヤツにはそれが分かっていたんだ。

「お前、レコード一杯持ってるな。何か厳しいヤツかけてくれよ」小宮は意外な事を口にした。
「厳しいヤツ…」オイラは迷った末にWaterboysの『Savage Earth Heart』に針を落とした。

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The Waterboys / Waterboys

 小宮は目を閉じて少しの間、耳を澄ませた後、こう言った。
「良いだろう。合格だ。お前に竹輪学を授けよう」

 その日から、竹輪学の習得の日々が始まった。オイラは、竹輪で酒を飲みながら小宮の話しを聞き続けた。オイラは少しずつ男になって行くのが実感出来た。
竹輪学とは真の男の姿を説く学問だ。
 ただ、それ以上にオイラを幸福にしたのは、小宮と酒を飲める楽しみだ。
オイラは心から小宮を慕っていた。



 小宮の死はあっけなかった。
そうやってオイラが竹輪を学び始めて、半年も経たない、ある日。
小宮はユンボとトラックに身体を挟まれて死んじまった。

 オイラの頭ん中は、真っ白になっちまった。
あんな男が死ぬなんて。オイラはこの世の全てを呪った。

 だが、オイラには、受継ぐべき物が残されていた。
オイラは、そいつに気がついた。小宮が残したものをオイラが受継がねばならない。

 オイラはまた、竹輪を学び始めた。かって小宮が一人で学んだように。

 オイラは今夜も酒を飲んでいる。そして竹輪に語りかける。
「厳しいヤツをオイラに聴かせてくれないか?」
部屋の隅に置かれたラジカセからMike Scottの引き攣った声が聞こえてくる。

「なあ小宮。オイラは今夜も竹輪と一緒にいるよ。そして厳しい厳しい世界に生きているよ。聞こえるかい?」
 
 オイラの声は小宮に届くかな? 
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2006年09月13日

ホッケ風が吹く頃に

ホッテピ.jpg

 さてホッケだ。
秋となり『さてホッケ』と言うのは、まず間違いない。どこに出しても可笑しくはない。

 ではでは、どの秋だ?
君は僕に問いかける。「あ、そんな、つまんない事聞きませんよ」とか君は一歩前に出て異議を唱えるかもしれない。
「あ、そこ入らないで。僕の領域だから」などと僕は問題提起を丸ごと却下したりする。

 ではではでは、どの秋だ?
それは風の秋だ。快晴の秋では、まだ「浅い」。薄曇りの秋では「深すぎる」。
それで君は風の秋を待つ。緩やかに庭木が波打つ程なら好都合。
僕らは、それを便宜的に「ホッケ風」と呼ぶ。便宜的だが仕方ない。
 そうそう、物事を噛み砕いて理解しようにも、僕らの奥歯はガタガタなのだ。

 時刻を、どうするね?
君は頬を染めて聞くかもしれない。「あ、そうじゃなくて、高血圧で顔が赤いんです」とか君は内科の診断書を提示しながら異議を唱えるかもしれない。
「僕だって寒い時は、耳が赤くなりますよ!」などど僕は持ち前の負けん気で問題を摩り替えたりする。

 ではでは、時刻を、どうするね?
それはヒッソリと夕日が忍び寄る夕暮れ時だ。
朝は、いかにも無粋な気がする。昼は、これすなわち野暮と言える。では深夜ともなると、いささか物悲しい。

 それでは『ホッケ風』が吹き抜ける『風の秋』。ヒッソリと夕日が忍び寄る夕暮れ時。君は縁側に七輪を持ち出そう。

 脂のタップリのったホッケを網焼にする。練炭がツンとした煙を上げる。ケホケホと君は咳き込みながらウチワで火をおこす。
ジュージューと脂が弾ける。ホッケの表面にジワジワと旨みの気泡が沸き上がる。
 ちょっと箸でつついてみたら?
君は恐る恐る箸をホッケに差し伸べる。ブニニ!のおお〜〜思いがけぬ程の手応え。君は震える声で感想を漏らす「詰まっている!手応えを感じます!僕は核心へと核心へと徒党を組んで行進しているようです!構え右!小隊長殿に敬礼!心の中にズンドコと鳴り響く果敢なるマーチのリズム!」

 ま、それは良いとして飯は炊けたかね?

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ぬおおお〜盛り上がっています。どんぶり茶碗にコンモリと盛りあがる大粒の飯。まるで粒、粒、粒(意味不明)

 で、ジャガイモとキャベツの味噌汁の首尾はどうじゃ?

じゃがみそ.jpg
ぬおおおおお〜。ホコホコととろけ出しそうなジャガイモにシャキシャキしたキャベツの歯応えが溜まらん!むしゃぶり付きそうです!(やめろ)

 さて、それからだ。酒・小鉢・場合によってはオカズをもう一品。君はだ!君は、そんなフラチな事を考えているのか!「いや、何も言ってませんよ。じゃ、ないだろ!」「あなたが勝手に言ってるだけじゃないですか。じゃ、ないんだよ!」
「こんな物!こんな物!捨ててしまえ!こうして放り投げちゃう!こうしてやる!こうしてやる!」
「あ、何するんですか。勿体無いでしょ。じゃ、ないんだよ!!……大丈夫、後で拾うから」

 この3品だけで充分なのだ。今に君にも分かるよ。きっと分かる時が来るよ。
ま、僕も厳しすぎたかな。少し反省しているよ。「なんて心の広い方なんでしょう」とか君は思っているね。「思ってませんよ。じゃ。ないよ。思えよ〜〜うひひ」

 寛大な僕が君にちょっとしたアイディアを授けよう。
『ホッケ+ご飯+ジャガイモ味噌汁』この黄金の三兄弟をシッカリと纏め上げる逸材は?
 それはね。麦茶なんだよ。それも熱々の麦茶。

ちゃ.jpg

 どうだね。美味しいだろう?感激しているね。おやおや。泣いちゃった。ま〜ま〜純だね〜。うんうん。分かる分かる。思いっきり泣きなさい。
 何?何か言いたいの?あ、オチでしょ?オチ言うんでしょ?もう、そんな場面だしね。どうぞ。どうぞ。言ってみて。

「なになに?この魚、美味しすぎて、また皮被っちゃいました?……それ包茎だから!ホッケじゃなくて包茎だから!!!」

 このオチじゃなにだ。許しては貰えないよ。じゃ、さっさと帰ろうかね。
posted by sand at 17:02| Comment(4) | TrackBack(0) | コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

『塩かりんとう』を力なく追う

『東京もののけ姫』こと志穂美さんから『塩かりんとう』を熱く語られましたので、追ってみる事にしました(ただし脱力)


え〜、志穂美さんが注文したのは、この逸品会『ポップル』半筒入りと言うヤツでしょう。

プル.gif

「パスタを揚げ、最後に塩だけで味付けをした素朴なお菓子です」と書いてあるから多分そうなんでしょう。
パスタでも「かりんとう」なのかよ。という疑問が湧いて来ました。ただし、ちょっとだけ。
ダルいけど『かりんとう』を辞書で引くと「小麦粉に卵などを加えて練ったものを細長く切り、油で揚げて黒砂糖や白砂糖をまぶした菓子」と書いてあります。
な〜んだ。全然わかんねぇ。

でね。『芋けんぴ』ってありますよね。↓みたいなの。あれも『かりんとう』と呼べるのならばですね。

いはも.jpg

呼べるのならですね。このUHA味覚糖『おさつドキっ』ってのは、『塩かりんとう』と呼んでも良いのでしょうかね?
なんでも良いから勝手に呼んどけよ。って気もするけど。

ドキ.jpg

これなら食った事ありますよ。美味しかったです。最後に残った塩を舐めるのが特に美味しい(貧乏臭!)甘辛〜い味がして塩だけでも良かったくらい。って・・・。

ま、そんな所で答えはどっちでも良いんだけど。ダルいし…。

モーニングショー見ながらゴロゴロしている志穂美さん、ありがとう。

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追記

『わてら黄昏かりん党〜♪』

おかりん.jpg
TWANG君の好きな「おから・かりんとう」ですな。私はあんまり好きやないね。
おから嫌いだし。

うず.jpg
私はやはり、この渦巻き状の『かりんとう』を含んだアソートなヤツですね。
婆菓子マニアにはマストアイテムです!
posted by sand at 02:59| Comment(6) | コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月30日

人生の終焉でベビーラーメンへの愛を叫ぶ

ベボー.jpg

 最初の夢を覚えているかい?
遥か昔、まだ子供の頃に最初に意識した夢だ。

 その子の最初の夢は、広々とした日本庭園に始まる。
その子は、もう大人になっている。中年と呼んで良いだろう。
鼻髭を蓄え、絣の着物をはおり、雪駄をはいて庭園を眺めている。
腕組みをし、思慮深い眼差しをなげている。

 彼は、ゆっくりとした足取りで庭園の奥へと歩を進める。

彼の進む方向に、巨大な給水塔のような貯蔵庫が姿を現す。

バクダッド.jpg

 彼は巨大な貯蔵庫の下で立ち止まり、眩しそうに塔を見上げる。
塔の下部には排水管が見とめられる。排水管には頑丈なコックが取り付けられ、それを捻ると貯蔵物が下に流れ落ちる仕組みになっている。排水口の下の地面には、銀色のカナダライが無造作に置かれている。

 彼は慣れた動作でコックを捻る。中から黄色い物質が、カナダライへと降り注がれて行く。まるで夏の日の夕立のように忙しない物音を発しながら。

 カナダライに注がれた黄色い物質は、ベビーラーメンだ。
その貯蔵塔には、一生かけても食べ尽くせぬほどのベビーラーメンが詰まっている。

 彼はカナダライに顔を深く突っ込み。狂ったようにベビーラーメンを頬張り続ける。彼は、日に何度もその塔を訪れベビーラーメンを貪り食う。

しかし、その塔は、あまりにも巨大なのだ。限りなく黄色い物質は流れ落ちた。
そこには、途方も無い程ベビーラーメンが詰まっているのだ。

 それが、その子の描いた最初の夢だった。


 どんな子供も大人に変わる。その子も例外では無い。
彼もまた醜い大人の男へと変わり果ててしまった。

 でも変わらず残される物もある。彼自身は変わってしまっても、彼のそばには常にベビーラーメンがあった。
彼は執拗にベビーラーメンを食べ続けた。
ベビーラーメンの呼称がベビースターラーメンへと変わってもそれは同じだった。

 進学・恋愛・就職・結婚・独立・出産・父の死…。
どんな局面であろうと、彼の人生はベビースターラーメンと共にあった。

 喜びの夜にも、哀しみの朝にも、別離の夕暮にも、ベビースターラーメンがあった。手を伸ばせば、すぐに、それに触れる事が出来た。


 40歳を過ぎた彼は、妻と二人の娘、そして小さな店を抱えていた。
ある時から、彼は妻にも娘達にも店の従業員にも知られぬ、ある秘密を持つ事になる。

 深夜、家族が寝静まった時分に、彼は自宅を出る。彼の店は早朝から仕事が始まるからだった。
しかし、彼は店を素通りし、そこから脇道にそれて路地裏に姿を消す。
彼は、一棟の古いアパートの階段を登る。そこにある一室のドアを静かに開ける。

 彼が誰にも内緒で借りている部屋だ。
部屋は六畳一間のワンルームだった。部屋の中には人の気配が無く。家具・電化製品等は一切なかった。カーテンもテーブルもなかった。

 唯一、そこにある物は、一箱のダンボールだけだった。

 彼は、箱に手を差し入れる。
中から姿を現したのは、赤いパッケージのベビースターラーメンだった。

 彼は裸電球の下で、それを頬張る。
彼は手に入れたのだ。子供の頃に見た夢を。

裸電球と窓ガラスは、ベビースターラーメンを頬張る彼の姿を映し出す。

Replicas.jpg
Tubeway Army / Replicas


 彼は、ベビースターラーメンを強く握り締め、ガラスに投影された、もう一人の自分に語りかける。

「俺をここに繋ぎとめてくれないか?俺をここで生かし続けてくれないか?」


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志穂美さん、両方のレスは明日。

塩.jpg
このサツマイモの『かりんとう』なら食った事がある!確かに塩味だった。
美味かったよ。しかし、何かブランドがあったような気がする。
何かが引っかかる。それは多分、金にはならんだろう(^O^)
posted by sand at 05:34| Comment(6) | コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月20日

桜餅開花

さこば.jpg

 春ともなると桜餅となる。
40過ぎのナイスミドルともなると桜餅を男らしく食したい。
不惑フェロモン、ブハブハ発散しながら粋に味わいたい。
ではでは、一つ、まいりましょうか。

 春の夕暮れ。
ポテポテと街中を散策しよう。
春の街は、雨上がりでもないのに雨上がりの匂いと開放感が漂っている。
背を丸めて、うたた寝するように話し込む老人達。
嬌声を上げながら足早に行き過ぎる女子高生。
忙しそうに暇を潰す時間待ちの営業マン。
求人誌を眺めてはいるが、その実、何も探してはいない、うつろな目の失業者。
それぞれに入り口を閉ざしてはいない。
 どんな歪な形であれ、そこにある扉は開け放たれている。
それが春の街だ。

 行きつけの和菓子屋のノレンをくぐる。
行きつけの和菓子屋は、行きつけの美容室や行きつけの飲み屋と共に大切にする必要がある『行きつけの店』だ。

 その行きつけの和菓子屋で買い慣れた桜餅を二つ買おう。
時間があるのなら『うぐいす餅』を一つだけ買い、店のテーブルに腰掛けて食べても良かろう。
熱いお茶のサービスが付く。これが美味い。

うるいる.jpg

 和菓子屋のテーブルに座り、熱いお茶を飲みながら春の街並みを眺める。これは人生の贅沢ベスト20にランクインする由緒正しい贅沢と言える。


そして深夜がやって来る。

 家族は全員寝静まっている。台所の明かりをポツリと灯し、机の引出しに隠していた桜餅を取り出す。
John Coltraneの「Theme For Ernie」を音を小さく絞って鳴らそうか。

 ウイスキーのロックを作り、喉を潤す。
桜餅を口に含み、噛み締めるように味わう。
「さ〜〜これからだ」独り言もなんだか鮮やかな感じがする。

 男は、ひと春、ひと春、生まれ変わる。
「この春は、どんな男になれるだろう?」男の宴は終わらない。
男の桜餅は、真新しい色を付け咲き誇る。

Soultrane.jpg
John Coltrane / Soultrane

という事でまったく意味がない文のようですが、実は眠たいんです。すいませんね。

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posted by sand at 20:50| Comment(6) | コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

しらすおろしご飯が求める朝

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Cat Stevens / Teaser and The Firecat

それは寒い冬の朝だ。君は目を覚ます。やがて、その事に気が付く、寒い冬の朝なんだって事に。

君は布団に頭から包まる。そして眠りが再び君をさらう瞬間を待つ。
チュンチュン鳥が鳴いてるのが聞こえる。カーテンごしに穏やかな日の光が射し込むのが分かる。でも君は布団の外の世界に魅力を感じない。
が、しかし、君は布団の中で、その匂いを嗅ぐ。クンクン。
ん!んんん!「今日が、その日だったのか!」君は布団から跳ね起きる。そして枕元の時計に飛び付く。
午前9時20分。
まだ間に合う。午前11時までならギリギリ容認範囲であろう。

君は台所に駆け付け、お米をとぐ。朝の水道水は飛び上がるほど冷たい。しかし君の覚悟は決まっている。この日を逃してなるものか。
炊飯ジャーのスイッチを入れると、急いで顔を洗い、服を着替える。
慌ててアパートから飛び出ると自転車に乗って近くのスーパーに向かう。

スーパーの買い物カゴを引っ掴むと、君は鮮魚コーナーに突進する。目指すは「しらす」だ。
釜揚げのプヨプヨした「しらす」を捕獲すると、次ぎは野菜売場へ直行する。
まずは大根1/2、そして小松菜・里芋を手中にする。さらに踵を返すように豆腐売場へ。油揚げを見事に奪取。勇んでレジで会計を。ポイントカードとか悠長な事は言ってられない。

自転車を飛ばして部屋に戻ると、炊飯ジャーは湯気を上げている。うむむ。良い感じに事態は進展している。
君は満足げに鍋に水を貯め、火にかける。野菜を洗い、皮を剥く。さらにバッサバッサと切り刻む。
沸騰した鍋に里芋を入れ、火を通す。大根を摩り下ろす。手が冷たくて痛いけど、ちょっとだけ我慢して、その作業を続ける。里芋が柔らかくなったら小松菜・油揚げを投入し味噌汁を作る。
炊き上がったご飯に大根おろしをドッサリ乗せて、上から「しらす」を振り掛け、お醤油をたらす。
味噌汁をお椀に注ぎ、箸を揃える。準備完了。君は時計を見る。
10時40分。速い!君は自身の無駄のない仕事ぶりを称える。

「しらすおろしご飯」が求める朝がある。「しらすおろしご飯」は意外と融通が効かない。
厳しく吟味され限定された朝を提示する。それが、この日の朝だった。
君は「しらすおろしご飯」の課した試練に耐え抜いたのだ。

さて、いただこう。
あ、BGMでも流そうか。キャット・スティーブンス「雨にぬれた朝」が最適。

「いただきます」君は手を合わせる。
<プユプユしらす>と<サクサク大根おろし>と<ホコホコ炊き立てご飯>が口内で入り乱れる。
時にプユプユ。時にサクサク。時にホコホコ。なんとも美味い。
時折、小松菜と里芋と油揚げの味噌汁を流し込む。アツアツでプリプリ・シャキシャキした感触が堪えられない。

君は「しらすおろしご飯」のもたらした幸福に感謝する。そう。
それは、この朝にこそ相応しい。
「しらすおろしご飯」は、誰よりもそれを知っている。
誰よりも、その朝に敬意を払っているのだ。


だんだん飽きて来たけど、もう少しやるよ。だから先っちょだけでも押してよ。プニ。人気blogランキングへ

そうそう、このシステム?は大ファンの「ラッシャイトゥナイ」さんをリスペクト(パクった)したものです。たいへん面白いです。このブログ。
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2005年10月07日

秋のコロッケ

コロッケ.jpg

季節は秋。
君は、その事に、もう気付いている。
秋には秋の装いがあるように<秋のコロッケ>もまた存在する。

さて、<秋のコロッケ>とは、どんな物だ?

1.捜索

<秋のコロッケ>の捜索には、夕暮れ時を要求される。
空が赤く染まるようなら好都合。
君は、忘れ去られようとしている商店街に自転車を走らせる。
「昭和」の匂いのする商店街だ。
細い路地に数件の商店が軒を連ね、中の2〜3件は寂しくシャッターが下りている。
薄暗い電灯に照らされた、老夫婦の営む、小ぢんまりした総菜屋。
軒先を小さな子供達が三輪車に乗って走り回る。庶民的な精肉店。

君は、そこでコロッケを購入する。

2.選択

<秋のコロッケ>の選択は、基本的に無条件だ。
肉じゃがコロッケだろうと、かぼちゃコロッケだろうと、クリームコロッケだろうと。
まったくの無関係。
全ては<秋のコロッケ>たりうる。
<秋のコロッケ>は寛容なのだ。何もかもを、分け隔てなく包み込む。

3.放置

<秋のコロッケ>の最大の特徴とは放置を言う。
<秋のコロッケ>にとって、熱こそが大敵なのだ。

君は、コロッケを購入する。包みはホカホカと暖かい。
今、かじり付けば、サクサク、ホコホコして堪えられないはずだ。
君はゴクリとツバを飲みこむ。

さぁ我慢だ。今、食べれば、それは<秋のコロッケ>では無くなるのだ。

君は<秋のコロッケ>を自転車の買い物カゴに投げ入れ、自宅まで車を走らせる。
部屋に戻ると食器棚(冷蔵庫はダメだ)に、それを仕舞い。
<秋のコロッケ>の存在を忘れ去る。そう、忘れ去る必要がある。

4.時刻

<秋のコロッケ>の時刻は、午後10時頃到来する。

君は、大ぶりのグラスに焼酎を七分目まで注ぎ入れる。
焼酎は、麦または蕎麦が好ましい。

次に、急須に熱いお湯を注ぎ入れよう。ほうじ茶を立てるのだ。
熱々のほうじ茶を先ほどの焼酎グラスに注ぎ入れる。

<秋のコロッケ>には、焼酎のほうじ茶割り。それだけが、あれば良い。

焼酎.jpg

5.<秋のコロッケ>

君は、<秋のコロッケ>の包みと焼酎のほうじ茶割りをお盆にのせ、窓ガラスを開けて、ベランダに出る。
外は、ひんやりとした空気が支配している。遠くから虫の鳴き声が聞こえるようなら好都合。

君はベランダに腰を下ろす。
包みを開け<秋のコロッケ>を取り出す。すっかり冷めて少しばかりネチョとした感触だ。

今こそ<秋のコロッケ>を、味わう瞬間だ。
熱のないコロッケは、まるで物分りの良い子犬のように従順だ。君の恰好にヒッソリと寄り添う。
甘いと言えば甘いく。辛いと思えば辛い。柔らかいと思えば柔らかく。歯ごたえがあると思えば歯ごたえがある。
<秋のコロッケ>は、君の思うように装いを変え続ける。
それこそが<秋のコロッケ>なのだ。

君は、暖かな焼酎のほうじ茶割りと共に<秋のコロッケ>を味わい楽しむ。

それは至福の一時。
君は秋そのものを味わい。秋そのものを楽しむ事になる。
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2005年09月27日

納豆への長い道のり

納豆.jpg

吉野家で朝飯を食う。

男に課せられた重要な任務だ。背負わされた宿命と言っても良いだろう。
烈火のごとき情熱が「吉野家で朝飯を食わせろ!」と叫んでいるのだ。
まさに自己のアイデンティティを掛けた壮絶な闘いが、吉野家のオレンジの看板の下で繰り広げられているのです。

さぁ。その戦場に私がご案内いたしましょう。

さて最初の関門だ。
オーダーをチョイスする必要があるのです。早速、男の真価を問われる場面だ。
吉野家も、この男がどの程度の男なのか値踏みしているわけですね。

吉野家の朝食メニューは「焼魚定食」「納豆定食」「特朝定食」の三種。

まず「特朝定食」は、納豆も焼魚も入ってる一見贅沢なセットだが、これを選択するようでは、男として、おしまいだ!
「八方美人」「日和見」「意志薄弱」「優柔不断」「良い所取り」と口汚く罵られても致し方あるまい。自業自得。身から出た錆び。(決して、金がなくて羨ましいからではない)

さて残るは「焼魚定食」「納豆定食」の二品。
「焼魚定食」を選択した、あなた。
あなたは、サワヤカでエレガントな好青年のはずです。コンビニで買い物した時、お釣りの1円玉を義捐金に寄付出来るような決断力のある人です。
飲み終わったコーヒー缶を、そのままポイとゴミ箱に投げ入れる事が出来る清潔感溢れる人です。決してズーズー最後の一滴まで啜り取ってから捨てるような事はしません。
実に羨ましい。

その点、私は「納豆定食」派なのです。残念な事に。
ネチャネチャ、昔の事を引き摺ってるタイプでして。何事もネバネバ切れが悪くてハッキリしないタイプでして。グチャグチャ問題に首を突っ込んで掻き回すタイプでして。

焼魚派のオーダーは切れが良い。
「おう!兄ちゃん。焼魚!並盛り!お茶、熱いヤツ頼むわ!」と実にサワヤカ。瑞々しい。まるで春風のよう。

納豆派のオーダーは、まるで切れが無い。
「あ〜の〜、よろしければ〜納豆定食いただけませんでしょうか〜。いやいや。無理しないで。ほんと。ほんと。無かったら帰りますから。ほんとに〜良かったら、お願いしたいな〜なんて・・」
と実にジメジメ。胸糞悪い。まるで梅雨の長雨のよう。

さぁ〜これから食べます。納豆派の貴方も巻き返しのチャンスです。
吉野家の朝飯の闘いとはスピードだ。速い者が勝つ。速さが美徳。

さぁ品物が来る前に、箸を割れ!お茶を左端に移動しろ!鼻息を上げろ!唾液全開!胃袋を鳴らせ!
指定の品物が到着して各者一斉にスタート!

焼魚前に出た。焼魚順調に伸ばした。納豆遅い。納豆出遅れた。

そうです。納豆定食は手続きが多い。
まず、納豆のパックを覆ってるシートを剥がす必要がある。これが、なかなか剥がれない。
その後、納豆パックに入っている醤油の包みと辛子の包みを取り出し、納豆を直接覆っている中敷きのシートを取り出す。
そして、刻みネギを納豆に投入して醤油をかけて、辛子を垂らす。ここから掻き混ぜる作業へ移行する。この作業を疎かにするとネバリが決定的に不足して納豆ダイナニズムが損なわれる危険性がある。慎重の上にも慎重をきしたい。

さぁ、ご飯の上にドバッと載せる。ホカホカ湯気を上げるご飯にプリプリした納豆が圧し掛かる。実に美味そう。
それから、またしても掻き混ぜる作業が必要となる。生卵だ。醤油を垂らしてグリグリ掻き混ぜよう。慌ててはいけない。慌てると卵がはねてシャツに、かかってシミになるぞ。

よく掻き混ぜた生卵を、納豆ご飯に上からドワ〜と注ぎ込もう。ん〜納豆がツヤツヤ輝き始めた。
まだ作業が残っている。味付け海苔のパックを破って小皿の上に海苔を並べ、上から醤油を注ぐ。

これが納豆定食・準備作業の全工程だ。長い。長過ぎる。

焼魚定食は、とっくに食い終わって爪楊枝で歯をシーシー言わせている。

納豆定食の完敗だ。勝者を羨みながら納豆をズルズル掻き込むしかない。

朝の吉野家では、かくのごとく闘いが繰り広げられているって言うか、納豆の全戦全敗。
(この文章も長過ぎて完敗)

関係ないけどPortisheadの「Dummy」。
納豆みたいにネバネバしてて美味しいです。
Dummy.jpg
Portishead / Dummy
posted by sand at 16:05| Comment(2) | コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月26日

<つけあみ>の時刻

ami.jpg

<つけあみ>の周りは、いつもヒッソリしている。

それが、置かれた冷蔵庫の棚は、他の棚に比べて、明かに静かな佇まいを見せる。
それが<つけあみ>にとって幸福なのか不幸なのかは、つかみかけの、おでんの卵のように、スルリと手の内を、すり抜けて行く。

<つけあみ>の時刻とは、どの時刻なのだろう?
我々は、その疑念に頭を悩ませる。

朝の<つけあみ>には、キビキビとした躍動感があり、ビシリとしたキレがある。
しかし、それは、あまりにも辛い。朝の空気には、辛過ぎる。
歯磨きした後に食べるのには、辛過ぎるのだ。

昼の<つけあみ>には、ぼんやりした寂しさがある。
世界や時間から置いて行かれたような、心もとない寂しさがある。
「笑っていいとも」を観ながら食べる<つけあみ>は、テレビと座っているテーブルとの距離を、ずっと、ずっと遠ざける、閉塞感がある。

夜の<つけあみ>には、情念がある。
我々は、酒を飲みながら、その情念に触れる。
それは燃えるような激しさと、ズルズルと引きずる重みがある。
焦げるような熱さを感じながら、酒を進める。
しかしながら、その行為は、あまりにもヘビーだ。我々は<つけあみ>と共に、深い深い奈落の淵を、さ迷う事になるからだ。

<つけあみ>の時刻は、いつまで経っても訪れない。
我々は冷蔵庫の扉を開け、<つけあみ>の存在を確認し、それに手を伸ばそうとして、フッと手を止める。
それが<つけあみ>の時刻なのか、確信が持てないのだ。

かくして<つけあみ>は、静けさに包まれたまま、その生涯を終える。
それでも、我々は、<つけあみ>の時刻を待っている。
その静けさを、愛している。
posted by sand at 19:30| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

コロッケの処世術

コロッケ.jpg

コロッケの性別を男性。血液型をO型と断定して話を進めてみよう。
(人生は、そのような任意の断定によって驚くほど円滑に事体の進展がみられる場合が往々にしてある)

コロッケは、ピンとして見ると、それなりの仕事はこなすが、きらめくようなカリスマ性には乏しい。食場をグイグイと引っ張って行く華やかな存在感が決定的に不足している。

ただ、彼は誰とでも組める極めて非凡な社交術を身に付けている。
ある時は、ご飯なんかの大御所とガッチリ組んだかと思うと、ある時には、対抗勢力のパンと事もなげに組んだり出来る力量を持っている。

新興勢力のカレーや分派して独自の道を行く<うどん>などの麺類にも気安く乗っかって行ける柔軟性を兼ね備えている。
彼(コロッケ)の評価は一様に高い。
それが彼(コロッケ)の大らかな人柄に起因する事は衆目の一致する所だ。人懐っこい童顔で「よろしく」と丁寧に頭を下げる姿は、誠に謙虚。
上に乗っても決して、反り返る事なく下の物達への気遣いも忘れない。

その点が、トンカツとは大きく異なる。彼(トンカツ)は、ピンでも充分過ぎるほどの華やかな存在なのだが、呼ばれてもないのに、他の者達の頭の上に踏ん反り返ったりもしている。
いまいましい。生意気。ちょっと人気があると思って良い気になっている。他の物を立てない。
わがまま。

彼(トンカツ)の風当たりは強い。
お茶っ葉なんかの古株から露骨に渋い顔をされている。梅干なんかの長老からスッパイ顔もされている。

食場のバイプレイヤーとして名高いパセリ氏にインタビューを試みてみよう。

私「今日は、コロッケさんついてお伺いしたいんですが?」
パセリ氏「彼との仕事はOKだよ。彼の仕事ぶりには満足してる」

私「どんな方です?コロッケさんって?」
パセリ氏「時々飲みに行くけど良いヤツさ。俺は彼との仕事は断らない。彼の成功を願っているよ」

私「なるほど。ではトンカツさんについても一言。」
パセリ氏「あいつは、何もわかっていない。事務所の関係で仕方なく仕事を受ける事があるが、最悪だ。少なくとも俺らは叩き上げで、ここまで来たんだ。あいつとは違う。
世間が許しても俺らは許さない。食場とは、そういうもんだ。わかるだろ?」

やはり食場は戦場。我々は、コロッケの処世術に学ぶ事が多そうだ。
posted by sand at 04:34| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

押し出しの強い、ゆで卵

ゆで卵.jpg

「<ゆで卵>に、根性や勇気を求めるのは、どうかと思いますよ。」と、君は言うかもしれない。
言わないかもしれない。どっちでも良いと思ってるのかもしれない。
実際、どっちでも良いけどね。

根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>に出会うと、人は「ク〜〜」と一声唸り、額に滲み始めた汗を拭うであろう。大きく背伸びして、今日の運勢を思い返したりするだろう。長く辛い闘いに想いをはせ、暗く長い廊下に立ち尽すしているような暗澹たる気持ちを持つだろう。

その人に与えられた<ゆで卵>が、はたして、いかなる性格の持ち主なのかを推し量るのには、かなりの年月と力量を求められる。

ある者の<ゆで卵>は、人当たりが良く、朗らかで、サッパリした態度で、協力的だ。
すべては、陽だまりの中を、サラサラと流れ行く、小川のせせらぎのように、つつがない。
それは至福の一時。コール&レスポンスの大宇宙。あなたが触れば、私は脱ぐの。
少しぐらい抵抗したって構わないよ。の素晴らしさ。

そして、根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>に出会った者は、己の不遇を嘆き、運命の悪戯を呪う事になる。
この手の、<ゆで卵>には、まるで協調性がない。悪意だけが白身の周りを渦巻いている。
嫌らしいほどの粘着力で白身はカラに、しがみ付いている。
「お前ら、どういう関係なんだよ!」と嫉妬深く、背景を疑ってみたりする。
剥けば剥くほど、黄身だけに痩せ細ってしまうのが、ムカつく。
「これだけ、努力して、これっぽちの成果かよ!」と労働分配率に疑念を挟んだりする。

そんな訳で、根性や勇気を兼ね備えた<ゆで卵>は、確実に存在し、我々の生活を脅かしている。
のだ、そうです。
posted by sand at 04:29| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身から出た、バームクーヘン

バームクーヘン.jpg

携帯電話が身に余る。
高機能が恥かしい。
人のいる場所で携帯に電話がかかってくると、大変、困る。
「いえ、いえ、私は本当にゲスな人間なんです。クズなんです。ええ、携帯を持つなんて、そんな人間ではありません。わかってます。わかってるけど仕事で仕方無く・・」
などと訳のわから無い事が、頭を渦巻いて、慌てふためいてしまう。

家族と一緒に歩くのも身に余る。
「違うんです。幸せそうに見えるけど、いつかダメになってしまうのは分かっています。ええ。勘違いなんてしてません。」などと、考えなくても良い事を考えてしまう。

そこでバームクーヘン。
バームクーヘンも、また身に余る。
シンプルでありながら、品が良い感じがするのが、身に余る。
結婚式の引き出物で貰ってきて、いきなり鷲づかみで丸かじりって気にはならない。
貰い物でも、丁寧に切り分けてしまう。花柄の小皿に綺麗に乗せてしまう。ちゃんとした小さなフォークを添えてしまう。それでは、コーヒーか紅茶でも、とか言って、入れる予定のない飲み物まで付けてしまう。
そこの所が身に余る。

食べると、素朴で質素な食感で、やっぱり身に余る。
香りが、押しつけがましくない、控え目な香りで、どうしても身に余る。

食べ終わった後、美味しかったのか、不味かったのか、そこの所がハッキリしないまま、コーヒーでもすすって満足してしまうのが、身に余る。

posted by sand at 02:35| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

レタスの抱える、とりとめなさ。

レタス.jpg

レタスは、SEXした後の女の子を思わせる。

SEXした後の女の子は、とりとめない。急に抱きついたり、急に眠ったり、急に浴室に駆け込んだり、急に笑ったり、急に怒ったり、急に泣いたり。

関係ないけど、SEXした後の男には<一刻も早く>が、つきまとう。一刻も早く、この場を離れたい。一刻も早く、無かった事にしたい。一刻も早く、洗って寝たい。
場合によっては、一刻も早く、元を取ったか計算したいとか・・。

そんな訳でレタスは、とりとめがない。
元気が良いと思っていると、急にシュンとなっているし。
瑞々しくて青々してると思っていると、急に無愛想にカサカサしてる。
落ちついて、まとまっていると思って、皮を剥ぐと、急に奔放になって、テーブルの下に転げ落ちってしまったり。
見た目は控え目に引き立て役に徹しているが、いざ、食べようと思って手に取ると、急に自己主張始めて、暴れ出して食べ難い。
食べるとサクッと歯ごたえはあるけど、味わう前に粉々になって、とっとと、胃の中に逃げ込んじゃう。食った後、嫌がらせのように歯の隙間に残っているのも気になる。

好きなのか嫌いなのか、サッパリ分からないけど、やっぱり、いないと困る。

そんな、とりとめなさが、何より必要な訳なもんで。
posted by sand at 05:01| コラム・食い物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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