2006年05月18日

今宵、兎座にて(She Belongs to Me)

Bringing It All Back Home.jpg
Bob Dylan / Bringing It All Back Home

 夜が淵に差し掛かる時刻。我々は『兎座』に着いた。

 私と埼玉ネコは『兎座』と呼ばれる会員制のクラブに来ていた。
薄暗い店内には、比較的ゆったりとしたシートがボックス型に並んでいた。低い天井には淀んだ空気を掻き回すように大きなファンが回っている。壁際に据え付けられた豪華なバーカウンターの中では、バーテンがシェーカーを振っていた。
 店内を歩き回っているのはグラマラスなドレスを身に着けた兎の女達だった。

 私の隣に座った兎の女は『ユミ』と名乗った。
私の向かいに座った埼玉ネコの横にも女兎が寄り添っている。

 ユミは赤く潤んだ瞳を持った魅力的な女だった。
赤いドレスが、はち切れるほどの豊満な肉体を持っていた。
豊かな胸、ムッチリとした太もも。私は彼女に身を寄せられると顔が赤く火照って行くのが分かった。

 ユミは私の膝に手を置いて、グラスに『ロロ』(猫町の酒)を注いだ。

「人は初めてかい? 」私はユミに尋ねる。
ユミは私の耳元まで唇を近づけ、熱い吐息と共に答えた。
「私のビジネスは忘れる事にあるわ。あなたも明日には忘れてしまう」

 フロア中央のステージに、老けて汚らしい兎が恐る恐る上がってきた。オドオドと落ち着かない視線で周囲を見回している。
やがて、その後からタキシードに身を包んだ長身の兎がステージに上がってきた。
長い二本のサーベルを両手に握っている。
「何が始まる? 」私はユミに尋ねる。

 「目玉を、えぐり出すの。あの貧しい兎の目玉よ。二本のサーベルを使うの。見事なものよ」
 私の背筋は凍りついた。彼女は冗談を言ってるのか?しかし『兎座』は不気味な緊迫感に包まれていた。

 タキシードの兎は、サーベルを天井に向かって突き上げ、身をくねらせて踊り始めた。貧しい兎は、顔を赤らめて汗を噴出している。
タキシード兎の踊りがピタリと止まると、二本のサーベルは貧しい兎の右の眼球に襲い掛かった。一本目のサーベルが眼球を串刺しにし、同時にもう一本のサーベルは隙間を通って裏に回り、瞬時に眼球をえぐり取った。目にも止まらぬ速さだった。
タキシード兎は勝ち誇ったように、串刺しにされた赤い目玉を高々と掲げた。

 『兎座』は歓喜の渦に包まれた。誰もが立ち上がって歓声と拍手を贈っている。
「何を喜んでいるんだ? 」私は戸惑いながらユミに尋ねた。
「貧しい兎を見てご覧なさい。彼は痛みを感じていない。」
確かに貧しい兎は苦痛に顔をしかめる事もなくニコニコと歓声に応え、お辞儀までしていた。えぐられた右目からは一筋の血さえ流れてはいない。

 えぐり取られた赤い目玉は、細長いグラスに放りこまれ、上から酒が注がれた。フロアの男猫達は、勇んでステージまで駆け寄ると、奪い合って、その酒を口にしている。
「この町一番の強壮酒。あなたも飲んでみれば?朝まで大変な事になるわ」
ユミは悪戯っぽく微笑んだ。

 目玉をえぐられた貧しい兎は、ステージの横で支配人らしき人物から金を渡され、ペコペコとお辞儀を繰り返している。

「気分が悪くなる催しだ。この町は狂っている」私は吐き捨てるように言った。

 ユミは鼻で笑うような素振りを見せ、こう言った。
「ふん。猫町では兎は少数派なのよ。いわば産まれながらに負けてるって訳。
それでも私達は生きて行かなきゃならないの。いい?生き残って行かなきゃならないのよ。
 それはたった二つの生き方。生き残って行く兎は、二種類しかいないのよ。
一つは、苦痛を与える事を苦痛に思わない兎。もう一つは、苦痛を受ける事を苦痛に思わない兎。」

 私はグラスに残った酒を一気に飲み干した。
「なあ。君はどっちの兎だ?傷つける兎なのか?傷つけられる兎なのか?」
私はユミの赤く潤んだ美しい瞳に語りかけた。

「私は、どんなに傷つけられても平気なの。何故なら、あなたをタップリと傷つける事が出来るから」

 ユミの右手が私の股間に伸びてくる。彼女の赤く湿った舌が、私の唇を這い回る。

 私は、なんの苦痛もなく彼女にソレを奪われる。


 彼女は欲しい物はなんでも手に入れる
 彼女は芸術家だ。昔を振り返らない
 彼女は欲しい物はなんでも手に入れる
 彼女は芸術家だ。昔を振り返らない
 暗闇の中から闇を取り出し
 昼間を黒く塗り潰せる
   Bob Dylan / She Belongs to Me
posted by sand at 18:38| Comment(3) | 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月16日

My Back Pages

Another Side of Bob Dylan.jpg
Bob Dylan / Another Side of Bob Dylan

フロアにあるステージに<口笛吹き>が現れた。
彼の登場に、ざわめいていた店内はシーンと水をうったように静まり返った。

<口笛吹き>は一呼吸おいて、口笛を奏で始めた。
物凄い音圧だった。口笛でこれほどの迫力を出せるとは。澄みきった空を駆け抜けるような高音。
低く地を這って腹部に食い込むような低音。
<口笛吹き>は自在に音を操り。聴衆の心の奥底に潜む、ある感情を見事に引き出して行った。
メロディは、トラディショナルの「Amazing Grace」に似た情感を漂わせていた。
何人もの女猫は、ハンカチで涙を拭っていた。我々は、哀しい口笛の響きに心を奪われていた。

私と埼玉ネコは、猫町にあるラウンジ・バーに来ていた。

猫町にある繁華街は、無数の小さな飲食店がひしめいていた。
ネオンライトは色取り取りの光を放ち、酔客が通りを埋め尽くしていた。
でも、その光は人の町のそれに比べて暗かった。20ワットほどの華やぎを感じさせた。

埼玉ネコが案内したラウンジ・バーは、高級な部類に入るのだろう。
狭い猫町の建物にしては、広々としたフロアに通され、ボックス席に腰を下ろした。

埼玉ネコは、この町では実力者のように見受けられた。
誰もが彼に丁寧に挨拶をし、敬愛の眼差しを注いでいた。

「偉い人なんだな」私はテーブルに腰を下ろして埼玉ネコに言った。
「小さな町さ。なにもかもね。分かるだろ?」埼玉ネコはチャーミングな微笑みを浮かべた。

猫町のアルコールは1種類しか無いようだった。鮮やかな青色をした飲み物だった。
ブルーハワイを、もっと濃くしたような色合いだった。

彼らは、その酒を「ローリング・ストーン」と呼んでいた。

少し嫌な匂いがしたが、味は不味くはなかった。酸味の効いたジンフィズに似た味がした。
アルコール度数が高いのだろう。口当たりは優しいが、後から胃袋の中で燃え上がってきた。

私は疲れもあってか、すぐに酔ってしまった。

「疲れたかい?」埼玉ネコも「ローリング・ストーン」を口にしながら言った。

「いや。そうでもない。旅を楽しんでいるよ」私は微笑を浮かべた。

<口笛吹き>は、素晴らしい演奏を終えると休息に奥に引っ込だ。
これほどの演奏をするには、相当な体力が必要なのだろう。

この町では、口笛こそが最も伝統ある演奏形態のようだった。
<口笛吹き>は別格の扱いを受けた。

「さて、今は何時くらいかな?」私は、席に座り直して埼玉ネコに尋ねた。
かなり酔ってしまったのだ。

「悪いが、この町には、時間がないんだ。」埼玉ネコは身体を椅子に埋めるようにして話始めた。
「いや。有るのは有る。でも、それほど重要とは考えてはいない。
時間は答えではない。時間は、単なるヒントに過ぎない。この町では、ずっとそうだ。

ある者は、産まれながらにして老人であり、ある者は、死ぬ瞬間まで子供でありうる。
ある者は、一瞬にうちに歳を取り、ある者は、一瞬の出来事で若返る。

時間は結論ではない。時間は参考に過ぎない。どう使うかは、その者次第と言う事だ。」

埼玉ネコは、手に持った「ローリング・ストーン」を飲み干して、こう言った。

「この町には時間が流れてはいない。流れているのは口笛の響きだけだ」

<口笛吹き>が、もう一度、フロアに登場して口笛を奏で始めた。
フロアに響き渡る口笛は若く。私の瞳を若くした。


 ああ、あのとき、わたしは今よりふけている
 今は、あのときより、ずっとわかい
  「Bob Dylan / My Back Pages」
posted by sand at 04:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月09日

猫成り(Death Is Not the End)

Down in the Groove.jpg
Bob Dylan / Down in the Groove

私と埼玉ネコは、猫町を歩いていた。

猫町の景色は、人の町の景色と、それほど変わる事はなかった。
ただ、その町にある、すべての形のある物が、人の町のそれより一回り小さかった事を除けば。

建物は、どれも一回り小さくて、私は急に背が伸びたような錯覚に陥った。
道幅が一回り狭まかったり、街路樹の高さも一回り低かったりした。
公園には一回り小さな噴水があり、一回り小ぶりの水柱を噴き上げている。
そこには一回り小さなブランコがあり、幼い小猫がボンヤリとした表情で揺れている。

通りには、一回り小さな看板を掲げた、一回り小さな商店が建ち並んでいる。
一回り小さな雑貨屋。一回り小さな豆腐屋。一回り小さな毛糸屋。

私は時々首を傾げて、それらの店内を覗き込んだ。
どの店の店主猫も、物憂げな表情でレジカウンターに座っていた。彼らは私の姿を認めても、一切表情を変える事はなかった。

猫達は、二本足で歩いたり、四足で歩いたり、特に統一感はなかった。
ただ、忙しそうにしている猫は一匹も見る事はなかった。皆、一様に退屈そうに通りを歩いたり、寝転がったリ、道端で話し込んだり、路上で歌ったりしている。

「ずいぶん、のどかだね?」私は埼玉ネコに聞いた。
「ここは田舎だからね。都会なら少しは活気があるよ」

一人の男猫が近づいて来て、埼玉ネコに声をかけた。
「やあ。久しぶり。彼も<猫成り>に来たのかい?」
男猫は、私を事を聞いているようだ。

「いや。彼は違う」埼玉ネコは、その男猫に返事をした。


「<猫成り>って?」
男猫が行ってしまった後に、私は埼玉ネコに聞いた。

「猫に成る為に、この町に来る人間がいるんだよ。実際、この町には、かって人間だった猫が大勢住んでいる」

「猫に成る事は、難しいんだろ?」
「いや簡単な事さ。この町で喉を掻っ切って死んじまえば良い。そうすれば猫に生まれ変わる」
埼玉ネコは、ニヤニヤ笑いながら、そう返事をした。

埼玉ネコは、私に向かって話を続けた。
「君には、猫に成る勇気はない。
いや、それが勇気だとは思っていない。そんな馬鹿げた事を、君は選択しないだろう。

君は、自分が賢くて利口だと思っているから。自分が大人だと思っているから。

でもね。それは君が自分で檻を作ってるだけなんだ。自分で作った檻に逃げ込んでるだけなんだ。
違うかい?

君は、そこから足を踏み出す事が出来ないだけなんだ。
君は今、自分が持ってる全ての持ち物を捨ててでも、何かを手にする事が出来るかい?
何かを手にする為に、全ての持ち物を捨て去る事が出来るかい?

私の言葉を信じる事が出来るかい?
<死が終わりではない>と信じる事が出来るかい?」

埼玉ネコの言葉を、私は自分の胸の内で繰り返した。

路上に座ってギターを弾いていた年老いた猫が、埼玉ネコに声をかけた。
「どうだい?一曲弾いてくれないか?」

埼玉ネコは、無言でギターを受け取ると、その場に座って弾き語りはじめた。
彼の声は、苦渋の味がした。私は、その理由を探し続けた。



 思いだせ
 死が終わりではないことを
   <Bob Dylan / Death Is Not the End>
posted by sand at 04:47| Comment(0) | 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月16日

Every Grain of Sand

shot of love.jpg
Bob Dylan / Shot of Love

その砂浜に座って、私と埼玉ネコは海を眺めていた。

見渡す限りの白い砂浜が、大きな曲線を描いて海を取り囲んでいる。
空は、今にも雨が降り出しそうな、厚い雲に覆い尽くされていた。
海もまた、暗い予感をはらんだ様に重苦しい波を浜辺に打ち上げさせている。
強い海風が、我々の頬を打ち、辺りの砂を勢い良く舞い上げていた。

私と埼玉ネコの間には、年老いた海亀が寝そべって海を眺めていた。

亀.jpg

海亀は、首を長く伸ばし眠そうな目を我々に向けて言った。
「海の声が聞こえるか?」

私と埼玉ネコは、首を振った。

「わしには聞こえる。海の声が聞こえる」

私は、海亀に尋ねた。
「海は、どんな声をしているんですか?」

「海は、様々な声を持っている。穏やかな声。怒りの声。安らぎの声。悲しみの声。」

「海は、どんな事を伝えようとしているんですか?」私は聞いた。

「わしには海が何を考えているかは分からんよ。わしは、ただ、その声を聞くだけなんじゃ」

強い風が、砂を舞い上げた。我々は、顔にかかった砂を手ではらった。

「何故、海の声を聞くんですか?あなたは、海の声を聞く事で何を得ているのでしょう?」もう一度、海亀に尋ねた。

「何故?わしは、この砂浜で、この空と、この海とが溶け合う場所を見ているだけじゃ。そして、そこに海の声がある。
わしは耳を澄まし、その声を聞く。
それが、わしじゃ。そして、わしが、それなんじゃ。」

「でも、それが、あなたに何をもたらすのでしょう?何の為にあなたは、そうするのでしょうか?」私は尚も食い下がった。

海亀は、首を振りながら、こう繰り返すばかりだった。
「何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ。」

海亀が去った後も、私と埼玉ネコは、海を眺め続けた。

埼玉ネコは、私にこう言った。
「全ての出来事に意味を求めるのは間違いだよ。
行き先のない想いもある。何も求めない生き方もある」

雨粒が頬を打ち始めた。
私は、空と海の溶け合う場所に向かって耳を澄ました。


 夜の悲しみの中でわたしはボロから富へかわった
 夏の夢にふりまわされ 冬の光に凍てついて
 忘れた顔の純真をうつす鏡がこわれるとき
 わたしには海のうねりのような古への足音がきこえる
 ふりかえると ときにはだれかいる 
          ときにはひとりきりだ
 人間という現実にやっとぶらさがっていきているわたし
 すべてのスズメが落ちるように すべての砂粒のように
   「Bob Dylan/Every Grain of Sand」
posted by sand at 05:12| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月08日

Everything Is Broken

白サギ.jpg

見事な白サギだった。
細い足に雪のように白い羽毛を身にまとい。
黄金に光り輝く長いくちばし。小さく弱々しい目。
そして白く長い蛇のように、しなる首。
私は、その白い首の美しさに魅せられてしまった。
それは、長襦袢を着た妙齢の美女のように官能的でさえあった。

私と埼玉ネコは、田園地帯の沼地に来ていた。
見渡す限りの緑を湛えた水田の中に、その沼はポツンと存在した。
沼には1羽の白サギが、長い首を折りたたむように佇んでいた。

白サギを見つめたまま、放心したような私に向かって埼玉ネコは声をかけた。
「あなたも男だ。あの白サギの首を締めたいのですね。良いですよ。
殺しなさい。あなたの気が済むように」
埼玉ネコは、ニヤニヤと笑った。

私は夢を見るように沼の中に入り込み、白サギの前に立っていた。
白サギは、怯えた目で私を見た。
私は、その目を見ていると身体の中から熱い熱い物がこみ上げてくるのが分かった。
私は、我を忘れて白サギに絡み付いた。白サギは、奇妙に甲高い声を上げた。
その声は、ますます私を狂わせた。私は、痛いほど勃起していた。
私は、白サギの首に手をかけた。首は、熱く脈打っていた。
私は、こみ上げる感情を抑えられないまま、白サギの首を締め上げた。
白サギは、苦痛の声を上げた。
私は、興奮で気が遠くなりながら、白サギの首を締め上げ、ねじり上げた。
白サギの断末魔の声を聞きながら、私は白サギの首を引きちぎった。
白サギの首からは、おびただしい血が噴出した。私は引きちぎった勢い余って、沼地に尻餅をついた。

手には白サギの頭が握られていた。私は、ようやく我にかえる事が出来た。


突然、引きちぎられた白サギの頭は不気味に笑いはじめた。そして押し殺した声で言った。
「どんな塩梅だい?私を壊した気分は?」

私は急いで、その首を投げ捨てた。
慌てて立ち上がろうとした私は、下腹部に大量に射精している事を知った。
それは異常なほどの異臭を放った。
私は、たまらず胃の中の物を嘔吐した。
吐き気は、次から次に襲って来た。私は、何度も何度も嘔吐を続けた。
それでも吐き気は、収まる気配を見せなかった。私は黄色い胃液を吐き出した。
こらえがたい苦痛に泥の中を転げまわった。
吐いても吐いても吐き気は収まらなかった。黄色い胃液に血の色が混じった。
私は、すがるように埼玉ネコに助けを求めた。

埼玉ネコは、ニヤニヤ笑いながら言った。
「真実の姿とは、時として滑稽であるものです。打ち砕かれ形を失った魂も、また然り」


 折れたカッター、折れたのこぎり
 壊れたバックル、犯された犯罪
 くずれた肉体、砕かれた骨
 壊れた電話から、つまった声
 深呼吸してごらん
 息がつまりそうだろ
 何もかもが壊れているから
   「Bob Dylan/Everything Is Broken」
oh mercy.jpg
posted by sand at 03:10| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月28日

If Dogs Run Free

New Morning.jpg

サドルにうずくまった埼玉ネコは、身動きひとつしなかった。
それでも自転車は、風を切って進んでいった。
最初から約束されたように車輪は回り、ハンドルは左右に首を振った。

私は、後ろの荷台に乗っていた。埼玉ネコの背中は丸く風に吹かれて毛並みが揺れた。

夜の街には、誰の姿も見えなかった。
ただ、月明かりと建物の影だけが、この世を支配しているように移り過ぎていった。
暗闇には何の気配もしなかった。車輪の回る鈍い音だけが夜の街に木霊した。

私は、いったい、いつから、埼玉ネコの後ろに乗っているんだろう?
そういえば、ずっと、この自転車に揺られて街を走ってたような気がする。
いつからなのか思い出せない。

「ずいぶん遠くまで来たんじゃないかな?」私は聞いた。

「いや。まだ、ほんの、わずかしか走っていませんよ。」
「あなたは、急いでいるんですよ。」埼玉ネコは続けて言った。

「急ぐって、何を急いでいるんだい?」私は、聞いた。

埼玉ネコは、うずくまった首を左右に振りながら言った。
「あなたは、ちっとも自由じゃない。」
「何故なら、あなたは自由である事を恐れている。自由である事を否定しながら、自由である事をを求めている。」


言われる通り、私は、ちっとも自由じゃない。
どこで自由を無くしてしまったのか思い出せない。
ずっと以前の事なのだ。ずっと、ずっと前の事。

もう一度、埼玉ネコに聞いてみた。
「どこに行けば自由を取り戻せるのだろう?」

埼玉ネコは、首を長く伸ばし目を閉じて答えた。
「あなたの後ろ。あなたが追い抜いてしまったから。」


 犬が自由にはしるなら、なぜぼくらができない
 ひろがる大平原をこえて
 ぼくの耳は交響楽をきく
 二匹のラバ、汽車、雨
 最善のものはつねにこれからくるのだ
 ということが彼らがぼくに説明したことだ
 やりたいことをすれば きみは王様になる
 もし犬が自由にはしるなら
   「Bob Dylan/If Dogs Run Free」
posted by sand at 04:41| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

あわれな移民

I Pity the Poor Immigrant.jpg 猫.jpg

「今日は、冷えるね」埼玉ネコは、私に言った。

彼は、いつものようにゴミ置き場の壁にもたれて星を見ながら話した。
私は、爪を切りながら、その話しをボンヤリ聞いていた。
星の光を浴びて、爪切りがキラキラ輝いた。

彼の話しは、だいたい猫町の生活の事だった。
猫町の生活は、面白味に欠け、ただ怠惰に流れているように感じられた。
彼らは、だいたい、寝っ転がって、他の猫の悪口を言い合い、気の向いた時にだけ仕事をするようだ。

「あ、今、星が流れたよ。」埼玉ネコは言った。
「え、どこどこ」私は、顔を上げて言った。
「あっちから、こっち。」埼玉ネコは、夜空を指し示した。

「ねぇ、君は、自分が、どこから来て、どこに行くのか、分かるかい?」埼玉ネコは、指を左右に振りながら私に聞いた。

「ふうむ。」私は考えてみたが、まるで思い当たる事がなかった。
「ゴメン。分からないよ。君には、分かるのかい?」私は、埼玉ネコに聞いてみた。

「分かる訳ないよ。ボクらは、君らより、ずっと低脳なんだぜ。ボクらは、最初に心に浮かんだ事を信じるだけさ。」埼玉ネコは、そう言ってアクビをした。


・・「最初に心に浮かんだ事を信じるだけ。」
私は、その事について考えてみた。多分、埼玉ネコは、何も分かってない。でも彼には、知ってる事がある。

埼玉ネコは、低い声で鼻歌を歌い始めた。

 あわれな移民はかわいそうだ
 泥の中をよろめき歩き
 わらいで口をみたし
 自身の血で町をたて
 彼の希望はついには
 ガラスのようにこわれる
 そんな移民がかわいそうだ
 彼のよろこびがすぎさるときに。
 「Bob Dylan/I Pity the Poor Immigrant」


分かる事と知る事は違うんだ。
彼は、私が、知らない事を知っている。
私は、埼玉ネコに聞いてみた。
「君は、私が、どこに行けば良いのか、知ってるのかい?」

埼玉ネコは、キョトンとした表情で私に、こう告げた。
「もちろん、猫町さ。」
posted by sand at 16:24| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Simple Twist of Fate

dylan1975.jpg ゥ転ヤ.jpg

埼玉ネコは、時々ウチの店の近所に出没する野良猫だ。
どうして、そのネコが埼玉ネコと呼ばれるようになったかは、以前聞いたのだが忘れてしまった。

先日、夜中にゴミを外に出していたら、偶然、角を曲がって来た埼玉ネコに出くわしてしまった。埼玉ネコは、立ち上がって2本足で歩いていた。
彼は、「シマッタ」と言う表情をしたが、そのうち、どうでも良いと言う顔をして、腕を組んで壁に寄りかかった。

「儲かりますか?」埼玉ネコは、私に聞いた。
顔は、こちらに向けずに通りの向こうを眺めている。

「いや〜。なかなか厳しいですよ。」私は答えた。

「ずいぶんゴミの量が多いみたいだけど」埼玉ネコが言った。

「はは。出るのはゴミばかりで、利益の方は、お恥ずかしい。」私は言った。

「以前、自転車乗りをやってましてね。」埼玉ネコは、唐突に切り出した。
「猫町って、ご存知ですか?私は、そこで自転車乗りの仕事をしてましてね。人間界で言う乗合バスのようなものです。自転車にリヤカーを取り付けて猫を乗せて運ぶ仕事です。
自転車に乗れる猫は、数少ないので、ずいぶん、儲かりましたね。
ウチの家は、代々、その仕事を受け継いできたのです。」埼玉ネコは、誇らしげに言った。

今日は、急ぎの仕事が入ってて時間の余裕は無かった。
「そうですか。それは、うらやましい。それでは、私は、これで。」

私は、そう言って急いで店の中に入った。
埼玉ネコは、また、ここに来るだろう。
私には、分かっているのだ。すでに「運命の、ひとひねり」が加えられた事が。

 彼はかまうことはないと自分にいいきかせ
 窓を大きくあけて
 空虚を中に感じた
 それは彼がかかわることのできない
 運命のほんのひとひねり
  「Bob Dylan/Simple Twist of Fate」
posted by sand at 16:17| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

Tears of Rage

地下コ.jpg mizuumi.jpg

自転車から飛び降りた埼玉ネコは、手招きしながら、こう言った。
「心に刺さったトゲを抜きに行きます。象の心です。」

そこは道沿いに続く、林の中だった。林には小道が通じていて、埼玉ネコは林の奥へと分け入って行った。
後を追って、林の奥へと進むと冷たい風が頬を打った。水辺が近い。
林は不意に途切れ、一瞬のうちに視界が開けた。そこには、かって見た事のない雄大な景色が広がっていた。私は、驚きのあまり立ち止まらずにいられなかった。

広大な湖だ。見渡す限りに豊かな水を芳醇に湛えた蒼く美しい湖が広がっている。朝日に照らされて眩く光る湖面。それは穏やかな風に揺らめきながらキラキラと輝いていた。

そして湖畔には、象の群れがいる。何千、何万、何十万、それは、広大な湖畔を埋め尽くすがごとく、膨大な数の象の群れが佇んでいる。
それは真に宗教的とも言える光景だった。

驚いた事に、それらの象の群れは、まったく動く気配を見せず、まるで静止画像のように停止したままなのだ。
象達は、まるで魂を抜かれたように、その場に呆然と立ち尽くしている。鳴く事も、走る事も、寝そべる事も無かった。ただ、象達は何かを待ち受けるように、その場に立ち尽くしているだけだった。

埼玉ネコは、1頭の象の鼻先に歩み寄り。その鼻先に自分の頬を寄せた。象は、嬉しそうに、埼玉ネコを鼻先に乗せて高々と持ち上げた。

象の頭部に、ボッカリと穴が開き、埼玉ネコは、その穴の中にスルスルと降りて行った。

象の瞳から、沢山の涙が流れ落ちた。
やがて象は、ゆっくりと足を折りたたみ地面に横倒しになった。


しばらくして先ほどの穴から埼玉ネコが姿を現した。
口に、何か、くわえている。白く光る大きな骨のような物だ。
おそらく、それは象の心から抜かれたトゲなのであろう。

埼玉ネコが象の身体から身を離すと、そのトゲは、銀色の魚に姿を変えた。
埼玉ネコは、その魚を大切そうに、湖に放った。
銀の魚は、眩いほどの輝きを残して湖中に消えていった。


埼玉ネコは、その作業を何頭も何頭も繰り返した。

象の心から抜き取られたトゲは、数多くの銀の魚となって、湖中に消え去った。

私は時間の感覚を忘れ、ずっと、その光景に見とれていた。
トゲを抜かれた象は、静かに目を閉じ、もう二度と動かなくなった。

どれ位の時間が過ぎただろう。
何頭の象のトゲが抜かれ、どれだけの銀の魚が輝く湖面に放たれただろう。
埼玉ネコは、私のそばに歩み寄ると、声をかけた。
「疲れました。もう行きましょう。」


私は前を歩く埼玉ネコに、たまらず声をかけた。
「どうして象の心にトゲが刺さるんだい?」

埼玉ネコは、後ろを振り向かずに、こう言った。
「この世の怒りや哀しみを、象達は引き受けて、心にトゲを残すのです。」

「どうして象なんだい?どうして象だけが引き受けるのか分からない。」私は言った。

埼玉ネコは、今度は立ち止まり振り返って、こう言った。
「誰もが何かを引き受けているのです。この世の全ての生き物は、この世の全ての生き物の為に傷ついているんです。血を流しているんです。それは当然の事なのです。」

私は、もう一度、湖を振り返った。
象の流す涙を思い。湖中に住む、銀色の魚を思った。

 いかりの涙、かなしみの涙
 なぜわたしがいつも盗人にならなくてはならないのか?
 さあ おいで、わかってるだろう
 われわれはすごくさびしくて
 いのちはみじかいのだ
   「Bob Dylan・Richard Manuel/Tears of Rage」
posted by sand at 11:55| 超短編小説・埼玉ネコシリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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