2006年01月17日

アップル・ヴィーナス

Apple Venus Vol.1.jpgApple Venus Vol.12.jpg
XTC / Apple Venus Vol.1

その頃、私と妻は今よりずっと若く、娘達はずっと幼かった。そして我々は今よりずっとずっと貧しかった。
その日は遊園地に向かっていた。寒い冬の事だった。細かい霧雨まで降り続き、外は凍るほど冷たかった。
どうして、そんな日に遊園地なんかに行こうと思ったのだろう?
休みの都合もあっただろう。娘達の希望もあっただろう。でも主たる理由は、入園料の安い市営遊園地にしか連れて行く場所が見つからなかった事にありそうだ。
なにしろ当時の我家の通帳残高は、その日の気温に限りなく近かった。

そこは遊園地とはいえ、デパートのゲームコーナーに毛の生えた程度の僅かばかりのアトラクションしかなかった。でも幼い子供達にはちょうど良いスケールだったし、アトラクションの料金も安かった。土日でも混み合う事はなかったし、やたら広い芝生が各所に点在しているのも良かった。天気の良い日なんかに、芝生に寝転んでビールを飲んでると幸せな気分に浸れた。
小さな観覧車に乗り、少し高い場所から閑散とした園内を見渡すのも好きだった。
池の周りを走る短いゴーカートがあった。自分で走った方が速いくらいの速度で、のんびり池を一周するのも気分が良かった。
池には白鳥の形をしたボートがポツンポツンと浮かんでいて、模型の白鳥は「どうして俺は、ここにいるのだろう?」そんな言葉が聞こえそうな、虚ろな視線を投げていた。

しかし、その日は平日で、おまけに寒い雨の日だった。
駐車場に停まっている車は一台もなかった。入園ゲートから見える園内は死に伏したように静まりかえっていた。私と妻は不安になったが、娘達はかまわず園内に走って行ってしまった。
私は急いで入園料を払った。入園ゲートには60歳くらいの小太りの女性が一人座っていた。料金を払うと彼女は黙ってお辞儀した。

予想通り、園内には我々以外に誰の姿も見えなかった。客の姿どころか乗り物を動かす係員の姿もなかった。私は妻と肩を寄せ合って心細い気持ちなっていた。

我々がさした四つの傘に、少し遅れるように一つの傘が寄り添うように付いて来ていた。
私は時々その傘の方向に振り返った。傘の主は、先程の入園ゲートの女性だった。
彼女は、我々との距離を一定に保ちながら、我々の動向を監視しているようだった。
娘達が回転木馬に乗りたいと言い出した。私は係員の姿を探した。

一つの傘がスススと我々の前を横切って、回転木馬を操縦する小部屋に駆け込んだ。
入園ゲートの女性だった。
彼女は操作レバーを握って、我々が来るのを待っていた。
娘と妻は入園ゲートの女性に乗り物券を渡して、回転木馬に乗り込んだ。
私は、手にさした傘の中で妻と娘たちが廻る姿を眺めていた。
妻と娘達は楽しそうに笑った。やっぱり来て良かった。私は少しホッとした。

それから入園ゲートの女性は、我々の背後に影の様に寄り添って、行く先々で我々が望むアトラクションを操縦した。女性は、我々と常に一定の距離を保ち、決して話しかけるような事はなかった。

お昼過ぎになると、粗末な屋根のついたベンチに座って、我々は妻の作った弁当を広げた。
弁当を食べている間、入園ゲートの女性はベンチの端に座って、我々とは別な方向を眺めながら缶コーヒーをヒッソリと飲んでいた。
私は彼女が気の毒に思えてきた。ただ彼女に食べて貰うには、我家の弁当は貧弱過ぎた。

食事の後、遊園地の端にある池の辺まで我々は来ていた。
妻と娘達は虚ろな目をした白鳥のボートに乗った。霧雨の中をボートは、ゆっくりゆっくり進んで行った。
私は船着場に立って、白鳥型のボートを目で追っていた。入園ゲートの女性は船着場の少し離れた場所に立っていた。

白鳥の中に妻と娘達の姿が見えた。妻は若く綺麗だった。娘達は天使のように可愛かった。
私は彼女達が幸せになれるのなら、この身体なんて消えて無くなったって良いと思った。この身体を磨り潰す事で、彼女達を幸せに出来るのなら、私の人生になんらかの価値を見出せそうな気がした。
「良い景色だね」不意に誰かの声が聞こえた。私は驚いて声の方を向いた。
入園ゲートの女性が、私のすぐ横に立っていた。
「はい。綺麗な池ですね」私は返事をした。

「この歳になるとね。もう、先が短い事が分かるんだよ。そうだね。元気なのは後10年かそこらだろう。そうなっちまうと、なんだが惜しくなるんだね。生きてる時間がね。
それでね。汚い物や人は見たく無くなるんだよ。興味がないんだ。綺麗な人だけを見て、綺麗な景色だけを見ていたいんだよ。
だって散々暗い場面や汚い人間ばかり見てきたんだからね。もう良いだろう?
今日は良い物を見せて貰ったよ。大切にしなよ」
それだけ言うと彼女は私の返事を待たずに船着場の少し離れた場所に戻った。
私は白鳥の姿を追い続けた。
その時の私には、白鳥が今にも飛び立ちそうな予感がしていた。


帰りの車中で、妻に入園ゲートの女性の言葉を伝えた。娘達は後ろのシートで眠っていた。
話しを聞いた妻は、黙って窓の外を眺めていた。やがて道路沿いで営業している八百屋の前で車を停めてくれと私に頼んだ。

八百屋から戻ってきた妻の手の中には、青い林檎が握られていた。
妻は、何も言わず青林檎を車のダッシュボードの上に置いた。
それから自宅に戻るまで、私と妻は黙って青い林檎を眺め続けた。
林檎はダッシュボードの上でユラユラと揺れた。
我々は、ある共通の気持ちを込めて、その林檎を見つめていた。
それは「祈り」とも呼べる強い力を秘めていた。


さあ今日は何位でしょう?「んな事知るか!」とか思っている、そこの貴方!貴方は正しい。でも押して。人気blogランキング
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2005年12月07日

湖底の雫(後編)

love is here.jpg
Starsailor / Love Is Here

彼女は、湖底獣に手を振って湖畔を取り囲む森の中に消えていった。

湖底獣は、湖面に顔だけを浮かべて、彼女の姿を見送った。
彼女の無事を祈り、彼女を待つ事が出来る自分に幸福を感じていた。

湖底獣は、毎日毎日、何度も何度も湖底を離れ湖面から顔を出して彼女の帰りを待った。
雪の日が続き、湖面に薄っすらとした氷の膜が覆った。ある時には激しい風雪が襲った。
湖畔の周囲に広がる森林に鮮やかな雪化粧が施された。

やがて太陽は高い高い場所から、燦燦と湖畔を照らし、雪解けの時が訪れた。
彼女は戻らなかった。

湖底獣には彼女を疑う事が出来なかった。人の心が変わってしまう事など、彼には想像すら出来なかった。
湖底獣は彼女を愛していた。その想いは日増しに強くなって行くようだった。
あまりに強い想いから、湖底獣の身体は引き裂かれてしまいそうだった。

湖底獣は、彼女の身を案じた。彼女の苦痛に身を震わせた。そして陸の上に上がる事すら出来ない自身を攻め続けた。
それでも湖底獣は、彼女を待つ事が出来る、その尊さを痛感していた。
愛する人がいて、その人を待てる。それは何よりも湖底獣を強くした。その想いが湖底獣を奮い立たせた。

季節が夏に差しかかる頃、湖底獣は棲家の洞窟から、宝石「湖底の雫」が消え失せている事に気がついた。
多分、彼女が持ち出したのだろう。
湖底獣は、その事に何の疑いも持てなかった。それが何を意味するのかさえ、彼には推し量る事が出来なかったのだ。

夏が終わり、森の木々が色づく頃になっても、彼女は戻らなかった。
湖底獣は、いつものように湖畔に顔を浮かべて、彼女を待っていた。
その頃、彼の中では、彼女は凄く大きな物になっていた。崇高な存在になっていた。

彼女がいつか現れる。その事を信じ続けることには、今まで彼が犯した全ての罪(彼自身が罪だと感じている事柄)を帳消しにしてしまうような、強い強い力が備わっていると感じるようになっていた。
彼は彼女を信じ続ける事で、彼自身から自由になれるような気がしていた。彼女の存在が、彼を解き放つ事が出来る。そんな気持ちを感じていた。


季節は一回りし、厳しい冬が再度訪れようとしていた。
その日の朝、森の枝をかき分けて彼女は湖畔に戻ってきた。

細かい霧のような雨が、彼女の厚手のレインコートを濡らした。
彼女は、毛布に包まれた何かを大事そうに抱えていた。

「ごめんなさい。待たせたわね」彼女は水際まで降りてきて、湖底獣に声をかけた。
湖底獣の発した返事は、感激のあまり言葉にならなかった。

彼女は湖底獣に向かって、抱えていた毛布に包まれた物を差し出しだ。
青い顔をした赤ん坊だった。
「貴方の子供よ。一人で産んだのよ。大変だったんだから」彼女は笑って言った。

湖底獣は、我が子を抱きかかえて喜びに震えた。
「良かったわね。これで一人じゃなくなったわね」彼女は、そう言うと水際から後に離れていった。

彼女は、湖畔に立って言葉を続けた。
「もう貴方は孤独じゃないのよ。だから私は行くわ。
あの宝石は、信じられないくらい高値で売れた。そのお金で過去を清算したの。お金さえあれば、それ程の罪じゃなければ清算できるのよ。私は、お金で解き放たれたって訳ね。
これから楽しく暮らさせてもらうわ。使いきれないほど、お金が残っているの。
貴方はウソを付かない人だった。私も自分の欲望にウソをつかないわ。

いい。これはハッピーエンドよ。少なくとも地上では、そう呼ぶわ。じゃあ。」

彼女は、森の中に消えてしまった。

湖底獣は、自身の子供を抱きかかえて、湖面に佇んでいる。
サーカスのピエロのように今にも泣き出しそうな顔を、さらに歪めて。
実際、彼は泣いているのかもしれない。
ただ、湖畔には今、霧のような雨が降り続いている。
故に彼の顔から滴る雫が、涙なのかどうかを見分ける事は不可能だった。



☆長過ぎてポイントがズレました。読んで頂いた方には、感謝とお詫びの気持ちです。ありがとうございました。
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2005年12月06日

湖底の雫(前編)

Silence Is Easy.jpg
Starsailor / Silence Is Easy

 彼女は、厳冬の湖畔に立っていた。
水際にしゃがみ込み、痛いほど凍てついた湖水に手を伸ばす。

湖中から青白い指が浮かび上がり、彼女が差し出した指に触れる。
やがて、水上に湖底獣の蒼くヌラヌラと光る顔が現れる。

湖底獣は、サーカスのピエロのように今にも泣き出しそうな顔をしている。
実際、彼は泣いているのかもしれない。
ただ、湖底獣の身体はヌルヌルした粘膜によって覆われている。彼の身体は常時、濡れていたのだ。
故に彼の顔から滴る雫が、涙なのかどうかを見分ける事は不可能だった。

「寂しいんです。どうか一緒に湖底で暮らして頂けませんか?」
湖底獣は、水際の彼女に声をかける。

彼女は、疲れ切った顔を上げて、こう答える。
「いいわよ。私は、悪い男に騙されて犯罪に加担してしまった。ずっと警察から逃げ回っているわ。でも、もうお金も尽きたし、逃げる気力も無くなってしまった。
どうぞ、連れて行って下さいな」

湖底獣は、鬱蒼とした顔をパッと輝かせる「本当ですか!」

彼女は静かにうなずき、言葉を繋ぐ。
「二つだけ約束してくれるなら。
一つは、あなたの持ち物を全部、私にくれるって事。もちろん私も貴方に全てを捧げるわ。
もう一つ。私には年老いた父がいるの。長く入院している。1年に1度だけ、父に会う為に地上に返して欲しいのよ。そうすれば、貴方を決して一人にしないわ」

湖底獣は喜んで、うなずいた。

湖底獣の身体に触れていると、彼女の身体には膜が出来たみたいに、湖水の中でも楽に息が出来た。冷たさも感じなかった。水の抵抗さえなかった。
湖底獣と彼女は、水の隙間に潜り込む様に、湖底へと落ちていった。

湖底の岩場に洞窟があり、中に入ると広々とした空間があった。
不思議な事に、そこには空気が存在し、彼女は湖底獣の身体から離れても息をする事が出来た。洞窟の岩盤には、光を発する岩があり、ほのかな明かりを灯していた。

湖底の生活は、慈しみ溢れたものだった。

湖底獣は醜い姿と相反するように、純粋無垢な心を持っていた。
まるで産まれたばかりの赤ん坊のように彼の心には一点の曇りさえなかった。
世知辛い世の中で揉まれ続けて来た彼女には、湖底獣の心がオアシスに思えた。
ごく自然に彼女は、湖底獣を愛するようになっていた。

湖底獣は彼女の為に、琴のような楽器を奏でた。
その音は、今まで一度も耳にした事が無いような美しい音だった。深い深い哀しみと厳しく冷たい湖底の鼓動を封じ込めた、絹糸のように繊細な音だった。
彼女は、その調べを聴いて、心からの癒しを感じた。

湖底獣は、彼の母から譲り受けたと言う宝石を彼女に見せた。
それは、薄暗い洞窟の中でも眩しいほどの輝きを発する、考えられないほど大きくて青いサファイアだった。
「湖底の雫」。湖底獣の母は、そのサファイアを、そう呼んでいた。
彼女と湖底獣は、頬を寄せ合って、その輝きに見入っていた。
彼女は、無償の幸せを感じていた。どこの誰とも比べる必要のない幸福だった。

湖底では、静かに静かに時が流れていた。昨日であれ今日であれ、何の区分けも必要なかった。ただただ、穏やかで緩やかな一時だけが、訪れては去り、また訪れては去って行った。
彼女は時の流れを忘れていた。
でも湖底獣は彼女に、その事を告げた。湖底獣の心は純粋過ぎて、それを隠す事など出来なかったのだ。
「あれから1年が経ちます。あなたが地上のお父様に会われる時が来ました」
湖底獣の心は美し過ぎて、彼女を疑う事など出来なかった。

☆たいして面白くないけど長くなったので後編に続きます。
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2005年12月04日

遠巻きの父たち

A Rush Of Blood To The Head.jpg
Coldplay / A Rush of Blood to the Head

日曜日の仕事が終わって、歩いてレンタルCD店に向かう。
Coldplayのセカンドアルバムを借りる為。
数年前に流行った時は、類型的なメロディ。ズルズルしたキレの無い演奏。暗く艶のない声。と酷評したバンドだった。
でも、今頃になって「In My Place」のメロディが頭から離れない。
自身の批評眼が、いかに役に立たないかを痛感。
まぁ、だから音楽を聴くのは面白い訳だが。

Coldplayを手にとってJAZZのコーナーに回る。Art Blakey And The Jazz Messengersのアルバムを物色。Lee MorganとWayne Shorterが吹いてた時期が聴きたい。

隣に立って、CDを選んでいた男性から顔を覗きこまれる。
「○○ちゃんの、お父さんですよね?」
娘の同級生の父親だ。嫁さん同士が仲良しで、春の運動会で一緒に弁当を食べた。

「どうも、いつもお世話になっています」私と彼は、頭を下げ合う。
彼は、港で働いていると、うちの嫁さんから聞いていた。なるほど、ガッチリした体格。太い腕。厚い胸板。短く刈り込まれた髪。鍛え込まれた肌。
私は、こういう男性を見ると、無条件に尊敬してしまう。彼らに比べたら、我々の商売なんてママゴトだ。いつでも、そう思っている。

「JAZZ、お好きですか」彼は、屈託無く、私に尋ねる。

「あ、いや〜。好きって程でもないんですが〜」私は実生活で音楽の話は、まるで駄目で、いつものようにシドロモドロになる。
「JAZZは、お好きなんですか?」私は照れながら彼に聞く。

「好きです」彼は深く、うなずく。
実に男らしい。私は、いつものように自身を恥じる。

借りたCDを手に持って、レンタル店を出る。
「車ですか?」彼は、笑顔で私に尋ねる。
「いや。歩きです」

彼は、うなずいて「では、途中まで、ご一緒しましょう」。道を歩き始める。

寒波の到来は、風をもたらした。朝から強風が吹いている。
銀杏並木から黄色い落ち葉が舞い上がる。歩道は、黄色のペンキをぶちまけたように見える。

歩道に面した商店は、クリスマスのディスプレイで彩られている。
我々は、並んで歩きながら、ほぼ同時に、ある店舗の前で立ち止まる。
「街のスポーツ用品店」

彼と私は、同年代なのだろう。我々が子供の時代には、クリスマスが近づくと「街のスポーツ用品店」に日参したものだ。
ショーウインドウに飾られた、夢のようなバットやグローブを舐めるように見つめ。自宅に戻ると両親に、さりげなくアピールする。
「グローブは美津濃が良いよな〜」わざと聞こえるように、つぶやいたりする。

「おたくは、男の子は?」彼は私に尋ねる。
私は首を横に振って「二人とも女です」そう答える。
「そうですか。うちも女です」彼は、うなずく。

彼と私は、スポーツ用品店のショーウィンドウを、時間が止まったように見つめている。寒風の最中。

父親にとって娘達は、成長するに伴って少しずつ遠のいて行く。娘達は、母親と話す時のようには、父親と会話しない。
それは良い事だ。娘達は、女として成長しているのだ。と思う。でも、やはり寂しい。
寂しいけれど、父親は、遠巻きに娘達の成長を見守っている。
少し離れた場所から迷惑にならない程度の愛情を送っている。

グローブを見てると「男の子がいたらな〜」とか思う。
決して女の子に不満がある訳ではない。男の子がいたら、いたで、ちょっと大変だろうな〜とかも思う。
でもグローブやバットを見ると、そう思う。
我々にとって、それは(グローブやバット)は父の顔と重なるのだ。
男の子とは、そういうもので、父親とは、そういうものなのだ。

スポーツ用品店のショーウィンドウから、顔を離すと、彼と視線が合った。
彼は、少し寂しそうに微笑んだ。
多分、彼もまた「遠巻きの父」なのだろう。

そこから少し先にある交差点で、挨拶を交わし、彼と私は別々の方向に歩き出した。
彼は右に折れ、私は真っ直ぐに進んだ。
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2005年10月28日

流れ落ちる砂

Whatever's Cool With Me.jpg
Dinosaur Jr. / Whatever's Cool With Me

☆今回は、こちらの「文章力向上委員会」さんへの投稿用に書いてみました。こちらのサイトは非常に厳しいです。文章作法というのがあるのを40歳にして始めて知りました(多分、習ってたけど忘れてる)。原稿用紙3枚までの制限もあります。こちらのサイトの傾向を(大まかに)分析すると人間味溢れる作品が多いようです。
ちょっと私小説風に書いてみました。締め切りまで(11月4日)細部を手直しするか、新しく書き直すしかして投稿しようと思います。何かご意見(厳しいご意見でも結構です)がありましたら宜しくお願いします。
11月のテーマは「流」です



 私は道を間違えたようだ。しかし後戻りが出来る状態ではなかった。ただ闇雲に進むしか残された道はなかった。
 今から三年前、私は周囲の反対を押し切って飲食店を開いた。無理な借金を重ねた甘い見込みの計画だった。日を追うごとに遠のいて行く客足。不足し続ける資金。加盟契約した業務提携先は、早々に倒産し、多額の加盟金を持ち逃げされてしまう。給与の遅滞が続き次々と辞めていく従業員。
 私に残されたのは妻と二人の娘。そして多額の借金だけだった。
「大丈夫。何とかなるさ」
私と妻はお互いに、そう言って励まし合った。
でも何ともならなかった。事態はますます深刻になって行くばかりだった。
 我々には、レジに入れる金も。資材を仕入れる金も。保育園に持って行く金も。ストーブの灯油を買う金も残ってはいなかった。私は自身の不甲斐無さに腹を立てた。でも幾ら腹を立てたところで金は産まれては来なかった。
 その日は珍しく大口の注文が入った。私一人が徹夜しても翌朝の納品時間には間に合わない状況だった。深夜2時過ぎに妻が子供達を連れて店にやってきた。下の娘は妻が背中におぶった。上の娘はトイレ前の通路にダンボールを敷き、その上に寝かせた。
それから、妻は下の娘を背中におぶったまま仕事を手伝った。私は、その姿を見て終わりを悟った。
「今月一杯で店を閉めよう」私は妻に切り出した。
「今は、その話しはやめて……」妻は辛そうな声を出した。
 通路の方向で物音が聞こえた。妻は急いで通路に寝ている娘の元に駆け寄った。しばらくして妻は私を呼んだ。
「この子、何か握っているのよ」妻は眠ったままでいる娘の片手を持ち上げて言った。
私は近づいて娘の握りこぶしの中を覗き見た。
「砂だ」娘は砂を握り締めていた。
「どこで握って来たのかしら? それに、こんなに力を込めて握っているなんて……」妻は不思議そうに首を傾げた。
 もしや、この子は、私に伝えようとしているのだろうか? 咄嗟に私はそう思った。
一度、手に入れた物は、どんな事があっても手放してはいけない。この子は、そう伝えようとしているのだろうか?
 私は、娘の固くなった握りこぶしに、両方の手を重ね合わせた。
「大丈夫。何とかなるよ。お父さんが何とかするから」私は娘の寝顔に語りかけた。
 娘のこぶしがゆっくりと開いて行き、私の手の中に、暖かな砂が流れ落ちた。
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2005年06月09日

正しい人の死に方。あるいは遠い渚にて。

Tracey Thorn.jpg

おばあちゃん昇天間近?企画

<正しい人の死に方>を考える事は<正しい人の生き方>を考えるよりも胸踊る物がある。心安らぐ物がある。

男性だったら「タイプの違う3人のお姉ちゃんの胸をモミモミしながら死にたい」と言い出す人がいるかもしれない。女性だったら「KAT-TUNの赤西くんと亀梨くんの股間をモソモソ撫で回しながら死にたい」とか言い出す人もいるかもしれない。そう言うのは、何と言うか<未練>と言う意味で頂けない。

「オホーツク海の流氷の狭間で、ダイナマイト150トン抱え、トドと一緒に爆死したい」とか言う人もいるかもしれない。そう言うのは元気があって宜しいのですが、死ぬ時までスケールメリットを求めるのは頂けない。

また、ある人は「病院の一室、長年連れ添った妻に手を握られ、窓に映る木蓮の花を見ながら死にたい」なんて言うかもしれない。そう言うのは、とても綺麗なようだけど、ちょっと贅沢。何より苦労をかけた嫁さんに最期を見とってもらうのは心苦しい。

出来るなら一人で、誰にも気づかれないように死にたい。

それは、梅雨の最中シトシトと小雨降り続く、お昼前が宜しかろう。
時刻で言えば、午前11時から11時半までの間、それより早くても遅くても味わいは損なわれてしまう。

彼は庭に面した縁側に腰を下ろしている。
軒下には洗濯物が一面干されて、その隙間、隙間から雨に濡れた草花が覗くようなら好都合。
彼の目の前には、洗ったばかりの<枇杷の実>が籠に盛られている。

枇杷のタ.jpg

<枇杷の実>には粒状の水滴が大量に散りばめられキラキラと輝いている。
彼は丁寧に<枇杷の実>の皮をむき、それにかじりつく。ジュワとした甘酸っぱい果汁が口内に広がっていく。

横に置かれた古いラジカセからトレイシー・ソーンの「遠い渚」が歪んだ音で鳴り響く。

膝に抱いた猫の背中を撫でながら眠るように死んでしまう。

やがて彼の娘が、慌しくやって来る。
「お父さん!買い物に行って来るからね。もうゴロゴロしてないで、たまには散歩にでも行きなさいよ!
あれ?お父さん・・・。
あ〜、ちょっと目を離した隙に、もう死んじゃってる。
お父さん・・・お父さんの人生、アッと言う間に消えちゃいましたよ」

などと言われつつ死にたい。
posted by sand at 04:09| Comment(6) | TrackBack(0) | 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

かものはし村旅行記

かものはし.jpg

僕とバアチャンは、かものはし村に到着した。

かものはし村には、当然のごとく、大勢のかものはしが行き来していた。
バアチャンは目を細めて言った。
「おお。おお。勤勉な、かものはしさんじゃの〜。バアチャンが若い頃もな。そりゃもう朝から晩まで働いたものじゃよ」
「わかった。わかった」僕は言った。バアチャンは大正生まれで、もうすぐ90歳だ。それでもメチャクチャ元気で、しゃべり始めると止まらない。

かものはし村の村長が、向こうからやってきて、僕らのツアーの主催者と挨拶している。

僕はバアチャンに言った。
「バアチャン、あれがこの村の村長さんだよ」

「おお。村長さんですか。はじめまして・・」
バアチャンは、呼ばれてないのに村長に近づいていった。

僕はバアチャンの襟首を捕まえて言った。
「バアチャン、バアチャン。呼ばれてないって。あんた、呼ばれてないから」

次にセレモニーが始まり、村長は演台に立って挨拶をはじめた。

「本日は、我、かものはし村にご訪問頂きまして、誠に、ありがとうございます・・」

やっぱりバアチャンは、話しかけられていないのに大声で返事を言い出した。
「ああ。そんな。まぁ。あなた。福引で旅行券が当たっただけだもんで。まあ。ご丁寧に。へへ。そりゃもう。こちらこそ、ありがたい・・」

僕はバアチャンの口を抑えて言った。
「バアチャン、バアチャン。話しかけられてないって。あんた、話しかけられてないから」

セレモニーが終わって僕らはホテルに案内された。
どうした事か、バアチャンがついて来ていない。

振りかえると、バアチャンは、さっきの場所で、うずくまっている。
あら、死んじゃったのかな?
慌てて駆け寄ると、膝を抱いて眠っている。

「バアチャン!バアチャン!こんな所で、寝ちゃダメだよ」私が起こすと。

「なに!何を言うか!わしは寝とらせんよ!だれが、眠るか!」バアチャンは、すごい剣幕で逆ギレした。

これだからバアチャンと旅行に行くのはイヤなんだ。
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2005年03月15日

Dreamland

Dreamland.jpg
Robert Plant / Dreamland

夢の入口からは、暖かい風が、吹き出していた。
僕は、背を屈めて、その門をくぐった。

Dreamlandは、真夏を思わせる、メマイがするほどの暑さだった。
僕は、大都会の雑踏の中にいた。群がる蟻のように多くの人が、ひしめき合い、交差点では車が列をなし、クラクションが鳴り響いている。店舗からは、大音量の音楽が流れ、人の笑い声が木魂した。

僕は、それらの雑音が耐えられなかった。うだるような暑さが耐えられなかった。ギラギラと容赦無く照りつける太陽の光が耐えられなかった。

僕は、道行く人に、「暗闇は、どこですか?」と聞いた。
彼らは、みんな、どこかが欠けていた。
ある者は、目が無く、その場所を見つける事が出来ない。
ある者は、耳が無く、その質問を聞く事が出来ない。
ある者は、口が無く、その道順を教える事が出来ない。

僕は、質問を諦め、雑踏を歩きまわった。

顔を白く塗った少女が近づいてきて、こう言った。

「Dreamlandの掟は、一つだけ、決して暗闇に近づいては、ならない。」

大空をイヌワシが何羽も飛びまわっている。彼らがDreamlandの掟を監視しているのだ。

その時、通りの向こうを、赤いドレスの女が通り過ぎた。

あの女は、以前、夢の中で僕が殺した女。
僕は、彼女の命と引き換えに「言葉」を奪われた。

僕は、赤いドレスの女を追って、走り出した。

女は、蝶のように飛び跳ねながら、通りを逃げ回った。
僕は、必死で彼女の後を追いかけた。

女は、スターバックス・コーヒーの横にある、洞穴の中に逃げ込んだ。

僕も、その洞穴に駆け込もうとした。
その瞬間、白塗りの少女が、僕の前に立ちはだかって叫んだ。
「暗闇に入り込めば、お前は、二度と、夢から覚める事が出来ないぞ!」

僕は決然と叫んだ。
「夢から覚める事に、どれほどの価値がある!言うべき言葉を持たない現実に何の意味がある!」

僕は、少女を突き飛ばして、洞穴に飛び込んだ。

そこには、暗闇だけがあった。
僕は、暗闇の中で、女の湿った唇に触れた。
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2005年03月10日

Snowman

english settlement.jpg雪だるま.jpg

「ちょっと!あなた、玄関に変な雪だるまが来てるのよ」
ソファに横になっていた私を妻が呼びに来た。

夕食にワインを飲み過ぎて、ソファで寝入ってしまったのだ。

玄関に行くと、確かに、雪だるまが、文句をブツブツ言っている。
「ったく。いつまで、待たせるんだよ。ケッ!金のかかってねぇ家だな」

「はい。なんですか」私は言った。

「なんですかも、クソもねぇよ!はやく家に入れろよ!」雪だるまは、大声で怒鳴った。
続きを読む
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2005年02月26日

髭の贈り物

Whatevershebringswesing.jpg

彼女には髭が、はえている。もちろん彼女は女の子だ。
それでも、鼻の下にクルクルと優雅にカールを描いて口髭があった。
そうだな〜、オバケのQ太郎に出てくる小池さんの髪型に似ている。

風に吹かれてフワフワと揺れる口髭は、なんと言うか言葉に詰まるほど、取りも直さず素敵だった訳だ。

5月の晴れた午後に、彼女が散歩に誘いに来る。
僕らは、いつもの河川敷の方向に、ポテポテと歩き始める。

すれ違う人は、男も女も老いも若きも、一人残らず、彼女の髭に見とれてしまう。
まるで魔法にかかったように、ポカンと口を開けて立ち止まってしまう人もいる。
彼女がニッコリ微笑みかけると、彼らは顔を赤らめて足早に通り過ぎて行く。

途中、コンビニに寄って缶ビールを何本か買い込んで川まで歩き続ける。
河川敷の土手を駆け下りると、石のゴロゴロ転がった川辺に辿りつく。

僕は川の水にビールを浸し、大き目の石に腰を下ろす。
サラサラと流れる川音に耳を澄まし、1本目のビールを流し込む。

彼女は、腰を折り曲げて<石>を探している。それが彼女の趣味なんだ。

「どんな形の<石>を探すんだい?」一番最初、僕は、そう聞いてみた。

「ううん。形じゃないのよ。<良い目>をした<石>を探すのよ」それが彼女の返事だった。

以来、石の捜索には参加していない。
僕は、彼女が<石>を探す姿を眺めながらビールを飲み続ける。
それはそれで良いような気がしている。
それが<幸せ>だとか言うと、どうなのかと思うけど、そうなんだ。

やがて彼女は、ハンカチで包んだ<石>を大事そうに手にして僕の所に近づいてくる。
「見つかった?」僕が聞くと彼女は微笑みながら、うなずく。

部屋に戻ると僕はベランダのデッキチェアに腰を下ろして、ビールを飲み続ける。

彼女は、キッチンのテーブルに腰掛け、ハンカチの上の<石>にしきりと語りかけている。

「その<石>、何って言ってる?」僕は彼女に声をかける。

「うん?気に入ったみたいよ。この部屋が」彼女は笑いながら言う。

「ふ〜ん。それは良かった」僕は返事をして、ベランダから見える小高い山を眺める。
吹き出すような緑が光の中に横たわっている。

「この<石>、よく笑うのよ。ご機嫌みたいね」彼女は、僕にそう言う。

「どんな声で笑うのかな?<石>って」僕は彼女に聞く。

「コトン。コトン。って笑うのよ」

窓ガラス越しに、彼女の口髭が揺れているのが見える。それは、かなり大きいはずだ。
多分、僕の人生なんかの何倍も大きい。
posted by sand at 04:23| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月24日

人生の秘密(Secret O' Life)

JT.jpg 鉛筆.jpg

「アンちゃん、小学校、楽しいかい?」

私は、下の娘<アンぽんタン>に聞く。
彼女は、机に向かい、ノートの上で鉛筆を動かしている。
鉛筆は、右や左に動き、「紙の上の言葉」を描き出して行く。
私は、彼女の背中越しに、その動きを眺めている。

「うん。楽しいよ」彼女は首を縦に振る。

「お父さんは、生きて行くのが辛くてたまらないよ」
私は、そう思う。でも、言葉には出さない。


 人生の秘訣は時の移り変わりを楽しむ事にある
 どんな愚か者にもできる
 ほかには何もない
 丘の上に到達する方法なんて
 誰も知らないのさ
 どうせ堕ちて行くんなら
 旅を楽しんだ方がマシってもんだ
  <James Taylor / Secret O' Life>


「アンちゃんには、秘密があるの?」私は彼女に聞く。
すると、ピクンと鉛筆の動きが止まる。

「う〜〜ん」
彼女は、首をひねって、しばらく考え込む。
「・・少しは、あるよ」彼女は、恥かしそうに、そう言う。

「ふ〜ん」私は、微笑む。

やがて、鉛筆が思い出したように動き始める。
右に行ったり、左に行ったり、上に行ったり、下に行ったり。
私は、それを眺めている。


 ステキな旅じゃないか
 滑ったり
 転んだりする僕を見ておくれ
 必要以上にがんばることはない
 ステキな旅を楽しもうじゃないか
  <James Taylor / Secret O' Life>
posted by sand at 04:13| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

The Wind Cries Mary

jimi.jpg

12月1日は、「ダブルクリック祭り」の日だ。

街の年寄り達は、ここ最近の「ダブルクリック祭り」に苦言を呈す。
「祭りは、すっかり変わってしまった」とね。

でも僕らは、年配の方に、こう言うだろう。
「形は、変わってもダブルクリック様への想いは、ずっと変わらないと思うけど」

祭りの日は、それぞれ、お気に入りのマウスを抱いて、会場に集まる。
子供連れの親子。恋人達。ツッパリの兄ちゃん達。まだ化粧が馴染まないお姉ちゃん達。

夕方、陽が沈む頃、ヤグラから太鼓が鳴り響き、ダブルクリック音頭が街に流れ出す。

みんなは、ヤグラの廻りを輪になってダブルクリック音頭を歌い出す。

 「遠くの国から、近くの国。
  触れれば伝わる。心と心。
  泣いてる、あの子も、笑い出す。
  沈んでる、あの子も、騒ぎ出す。
  あなたと私の、合言葉。
  ダブルクリック音頭で、カチ。カチ。カチ。」

老若男女が、マウスをカチカチ、クリックしながら歌い踊る。

クライマックスは、盛大な花火大会。
色取り取りの美しい夜空の花々に、僕らは酔いしれる。
そして、ダブルクリック様への想いを確かめ合う。

祭りの終わりには、Jimi Hendrixの「風の中のマリー」を流すのが、決まり事。

ある者達は手に手を取って、ある者達は肩を抱いて、家路につく。

風のような、ジミの囁きを耳にしながら。
posted by sand at 02:24| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

She's Leaving Home

サージェントペッパー.jpg 椎.jpg

その日は、朝寝してしまい起きたのは、お昼近くになった。

顔を洗って髭を剃り、髪を整えて、新しいシャツに着替えると、ずいぶん良い気分になった。
窓から見える空は、雲一つなく晴れ渡っている。
私は妻に散歩に行って来るよ。と告げると、サンダルを履いて外に出た。
まだまだ寒い季節なのだが、今日は、陽射しが強いので、それほどでもない。
空を見上げて、大きく背伸びしながら深呼吸をした。

河川敷の土手沿いをポケットに手を突っ込んで、ブラブラ歩いた。
向こうから大きな身体をユサユサゆすって、木が歩いて来た。
椎の木だった。

「おはようござます」私は彼に声をかけた。
「おお、気が付きませんでした。おはようございます。」
椎の木は、頭を下げてニッコリ微笑んだ。

「良い天気ですね」私は椎の木を見上げて言った。
「いやはや、まったく、晴れ渡る青空!素晴らしい日になりましたね〜!」椎の木は、胸をそらして野太い声を上げた。

私と彼は、ここ何日か降り続いた雨の事や、椎の木が体調を壊した時期があった事などを話し合った。
「それは大変でしたね。でも、完治してなによりでした。くれぐれもお大事に。では、今日は、これで。」私は、そう言って立ち去ろうとした。

椎の木は、恐る恐る私を呼び止めた。
「あの〜。実は、お願いがあるんですが・・」
椎の木は言い難そうにしている。
「どうぞ、遠慮無く」私は彼に言った。

「あっはは。大変お恥かしいのですが、私の日記を読んでいただけ無いかと思いまして・・。いや、日記とは本来、自分の為につける物なのですが、何かそれだけでは、日記に書きつけられた文字に悪いような気がするのですよ。
なにか日陰の身って言うんですかね。文字を明るい場所に、本来、文字が持っている社交性って言うんでしょうか。それを発揮させてあげたい。そんな気になりましてね。」

「それなら喜んでお読みしますよ」私は椎の木に言った。
「あ、それは、ありがとうございます。では、早速、自宅から取ってまいります。しばらく、ここでお待ち下さい」
椎の木は慌てて家まで引き返して行った。


私は自宅に戻るとテーブルに座り、コーヒーを飲みながら、椎の木の日記に目を通した。
妻が後ろから、興味深そうに覗き込みに来た。

日記に書かれた<文字>は、踊りながら、椎の木の生活を歌い綴った。
posted by sand at 04:32| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

Father of Night/Bob Dylan

New Morning.jpg ボケの花.jpg

その日、その時が来て、親父は死んでしまった。

病院の先生から「終わりました。」と。
「そうですか」「お手数かけました」私は悲しくはなかった。
まわりで、みんなが泣いてたので、泣いてるふりをした。

それから「帰りましょう」と泣きながら、みんなは言う。
家まで遠かったので「自宅まで運びましょう」と病院の人。
「よろしく、お願いします」と我々。

「今、車が出払ってますので、3時間くらいお待ち下さい」と病院の人。

それで私と弟だけが死体安置室に残された。
係りの人から、私がここに残っていますから外の空気を吸って来なさい。と言われた。
それで我々は死体を残して外に出た。

1月の空は、青く晴れ渡っていて、どこまでも高かった。
我々は大きく背伸びをして、なんだか良い気分になった。
看病が長かったんだ。

「それではラーメンでも?」「いいですね」

私と弟は、ラーメンを腹いっぱい食って、CDを買いに行った。
私はボブ・ディランの「ニュー・モーニング」を買った。
死体置き場に戻ってそれを聴いた。
親父の死体は、白いシーツに包まれていた。

終曲の「ファーザー・オブ・ナイト」を迎えた時に、突然それがやって来た。
「切り裂く」ようなの喪失感。
失う事は、やっぱり辛いものなんだ。
ぼんやり思って、その後、訳が分からなくなった。

やがて、係りの人がやって来て何か話しかけた。
この人は、何を言ってるのだろう?サッパリ理解できない。

それでも、注意深く聞いていると、彼が、ある一定の方向性を示唆しているのが、わかってきた。

どうやら、我々は行かなければ、ならなかった。
posted by sand at 16:46| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

Waterfalls

mccartney_II.jpg 滝.jpg

妻を探して、滝のそばまで来ている。

妻は、滝壷の前に、うずくまっていた。
「こんな所に、いたのか。探したよ。さぁ、子供達が待ってる。もう帰ろう」私は妻に声をかけた。

妻は、滝壷を眺めたまま返事をしなかった。

その滝は、それほど高く無い場所から少量の水を落し続けている。
滝壷のそばは、ひんやりした空気が渦巻いている。

「あなたは、何を探しているの?道具でしょ?」妻は私に、そう言った。
「君は道具じゃないよ。ずっと一緒にやって来たじゃないか」私は、そう言う。

「あなたが探している人は、もうずっと前に、あなたが見失った人でしょ?」

妻の言葉に、胸を突かれた。そうかもしれない。いつから私は妻を見失ってしまったのか。
彼女は、いつも私の横にいた。横で笑い。横で眠り。横で泣いた。
いつも横にいる彼女の顔を思い出す事が出来なかった。
彼女は、どんな顔で笑い。眠り。泣いていたっけ?

「もうダメなのかな?もう一度、やり直させてくれないか?」私は、すがるように妻に言った。

「あなたは忘れてしまっているのよ。私が、どんな女で。どんな顔をして、どんな物が好きで、どんな苦しみを抱えていたのか。何もかも思い出せないでしょ?」妻は後を向いたまま、諦めたように、そう言った。

確かに思い出せない。彼女は誰だ?彼女を愛した事があったのだろうか?

「ここまで苦労してやって来て、残したと思っていた物は、全部死んでいたのか。
全部壊れてしまっていたのか」

私は天を仰いだ。
滝から飛び散った水しぶきが両目の中に入り込んだ。
posted by sand at 14:30| 超短編小説@ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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