2006年12月25日

桑江知子ゆかりの地

桑江知子.jpg

 今日、みんなに集まってもらったのは、他でもないんだ。
僕達の過して来た青春って。ほら、センチメンタル・エデュケーションって呼べる物じゃないかなって。
こう無垢な物に体当たりするって言うか。紫色のパッションって言うかさ。
こんな事言うと山本なんて「また、武藤のおセンチ癖が始まった。手に負えないよ」なんて言うかもしれない。
ねね。山本。ねねね。

 でもさ。考えてみてくれよ。いろんな事があったよね。そして、そこには、いつも君達がいた。僕は君達と過せた事を誇りに思っている。
友達って湖に沈んだ錆び付いた鎖を思わせないかい?
滝を登って行く、炎に包まれた鯉をイメージさせないかい?

 聞いてくれ! みんな! 僕らは、僕らの残した物を刻み付けなければならない。しっかりと焼きつけるんだ。
 そして、明日に向かって傷ついた翼を広げ続けよう

 さあ。みんな。涙を拭いてくれ。みんな、わかってくれたんだね。嬉しいよ。
最後に僕から君達生涯のマブダチに、この言葉を送ろう。
 
 僕らの残した足跡は桑江知子ゆかりの地の礎となる。



☆さよなら〜JB〜
posted by sand at 20:26| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

定食屋都市(テキサス帰りの沢田雅美)

さboら.jpg
     『マーシー』

この世に生を受けて40数年。私は定食屋都市に生きてきた。
世の中は定食屋の周りをグルグル廻っているに過ぎない。少なくとも定食屋都市に生きる者にとっては・・。

定食屋都市における”法”とは?
あなたは私に聞くかもしれない。聞かないかもしれない。
どっちにしても答えは一つだ。いいかい。
定食屋都市における”法”とは・・『マーシー』(沢田雅美)をおいて他にはない。

『マーシー』は、テキサスからやって来た。
あれは厳しい冬が終わりを告げ、春の気配が感じられる頃だった。

『マーシー』はスーツケースを一つ下げて駅のターミナルに降り立った。
彼女は足早に駅を後にする。彼女は自分が何者で、どこに行く必要があるのかが最初から分かっていた。
『マーシー』は定食屋都市に向かったのだ。そう、そこが彼女の生きる場所だった。

『マーシー』はタック(角野卓造)の店の扉を叩いた。タックの店は定食屋都市でも評判の店だった。
タックは準備中の札が下げられた扉を開けた。
「悪いね。準備中なんだ」タックは扉の隙間から『マーシー』に告げた。

『マーシー』は扉の隙間に顔を突っ込んで叫んだ。
「はーい!あなたに必要な物を私は持ってるわ。考える必要なんて何もないのよ。私はあなたをラッキーでハッピー(幸楽)に出来るのよ。いい?分かるわよね」

突然の事にタックは戸惑った。そして首を振りながら笑った。
「確かに、あんたには運がある。それは間違いなさそうだ。昨日勤めていた女の子が辞めたんだ」

『マーシー』はケラケラ笑いながら扉の奥にスーツケースを放り投げた。
タックはスーツケースを抱えながら聞いた。「名前を教えてくれないか?あんたの名前だ」

「私はマーシー。死ぬまで忘れさせないわ」彼女は胸を張って答えた。

その日から『マーシー』は定食屋都市の住人になった。もちろん異議のある者など誰もいない。
なにしろ『マーシー』は飛び切りの良い女だったからだ。
我々は『マーシー』の大きくてキラキラ輝く瞳に夢中だった。
朝も昼も夜も、我々はタックの店で食事を取った。

『マーシー』は、いつも堂々とした態度で我々に接した。時には激しく怒鳴りつける事もあった。
それでもタックの店に客足が途絶える事はなかった。怒った『マーシー』もまた素敵だったからだ。

店に二人組みの若い男が訪れた事がある。どう見ても、この都市の住人ではない。
若い男達は扉を足で開け、ゲラゲラ笑いながら店に入ってきた。
足をテーブルに放り出し、吸いかけのタバコを床に放り投げた。

『マーシー』は火のついたタバコを拾い上げると若い男達の前に、ゆっくりと立ちはだかった。
ニタリと笑った後、手に持った銀色のトレーで、一人の男の頭を、思いっきり引っ叩いた。男は椅子から転げ落ちて床の上をゴロゴロと転がった。
『マーシー』は、もう一人の男の胸倉を掴むと床から拾い上げた火のついたタバコを、男の鼻の穴に突き刺した。男は悲鳴を上げながら飛び上がった。

『マーシー』は、二人の男達の尻を蹴り上げながら怒鳴りつけた。
「ふぁっきん、あ〜すほ〜る!げら〜う、ひや〜〜!!な〜〜う!!」
男達は、ヒ〜ヒ〜泣き喚きながら逃げて行った。

我々は、その光景を惚れ惚れしながら見守って、肩をすくめあった。

『マーシー』は、どんな男よりもタフだった。どんな男にも怯む事がなかった。
そんな『マーシー』が一度だけ涙を見せた夜があった。

その日、私は閉店間際まで飲んでいた。タックと私と『マーシー』。3人だけが残った。
タックは一通の手紙を『マーシー』に手渡した。お昼に届いていたが渡し忘れていたと言った。

『マーシー』は手紙を途中まで読むと、テーブルに突っ伏して泣き始めた。
タックと私は驚いて『マーシー』のそばに駆けつけた。
『マーシー』は何も話さず泣くばかりだった。タックは『マーシー』の手から手紙を引き抜き、走り読みした。
「彼女のママ(野村昭子)が死んだんだ」タックは首を振りながら告げた。

私とタックは、朝が来るまで『マーシー』のそばにいた。彼女の涙が枯れるのを待ち続けた。

『マーシー』は今でも、この定食屋都市にいる。
彼女が、この都市を決めて行く。彼女が”法”なんだ。血の通った”法”なんだ。

タック.jpg
 『タック』

ママ.jpg
 『ママ』

Nighthawks At The Diner.jpg
推奨BGM : Tom Waits / Nighthawks at the Diner
posted by sand at 18:29| Comment(2) | コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

ベッキーさんへの溢れる想い

ベッキー.jpg

ベッキーさんが好きだ。もはや、愛している。

ベッキーさんの出現(私にとって)は、キワ物扱いだった。
マギー・ミネンコ路線もしくは木の葉のこ路線を思わせた(どちらも安易に金曜10時うわさのチャンネル系)

しかし、よくよく見てるとベッキーさんは頭が良い。
そつがない。偏差値の高い、木の葉のこ路線にグレード・アップしていった。

このラインはかって森口博子が張っていた線ではなかろうか。
森口博子は、そんなに好きではなかった。
しかし、ベッキーさんに対してはグングンと自分でも驚くほど好きになってしまったのだ。
ベッキーさんへの想いが、お湯を溜め過ぎたお風呂に浸かるがごとく、ドワ〜〜と溢れて来るのだった。

私はベッキーさんの、どこが好きなのだろう?

近くにベッキーさんのような女の子がいたら、絶対引いてしまうタイプだ。
ベッキーさんとドライブに出かけたり、ベッキーさんと抱き合ったりなどと言うセクシャルな関係を望んでもいないようだ。
想像出来ないし、想像したくない。(ベッキーさんと縁側で冷たい素麺は食べてみたい)

私はベッキーさんが売れっ子である事を望んでいるようだ。
ベッキーさんの評判を気にしている。
会う人、会う人に、ベッキーって人気あるよね?とか聞いてしまう。
テレビに詳しい娘達に「ベッキーは、どうだい?まだまだ、いけそうかい?」とか真剣に尋ねてしまう。
ベッキーさんが、大物タレントに上手にイジられるの観るのが大変楽しい。
東山に上手に遊んでもらっているいるのを観るのが楽しみだ。

私のベッキーさんへの想いは、父から娘への想いなのか?
兄から妹への想いなのか?隣に住んでるお嬢ちゃんに対する想いなのか?
近所のオジサンとしての想いなのだろうか?

どうも違う。シックリこない。もっともっと切迫した想いなのだ。

よくよく考えると、私はベッキーさんを夜空に打ち上げられる<花火>のように見ている事に気がついた。
<花火>は美しく、そして、その終わりは、いつも哀しい。
私は、<ベッキーさんの終わり>を見ていたのだ。

ベッキーさんの立ち位置は、非常に不安定なように見受けられる。
彼女が飛んだり跳ねたりして笑っている場所は、切り立った断崖の上なのだ。
彼女は、今にも足を踏み外しそうにしながら、元気に笑って、その場所に立っている。

私は、ベッキーさんの天真爛漫な魅力に混在する、儚いうつろいをハラハラした面持ちで見守っている。

それでも彼女は、もっとずっとタフなような気もする。そうであって欲しいね。
posted by sand at 04:02| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月28日

島かおりのいる場所(冷たい空から500マイル)

島かおり.jpg

昼メロが好きだ。
いい歳こいた大の男が、昼メロにメロメロって訳だ。
それはそれとして、昼メロ好きは今に始まった事ではなくて、ずっと昔。
昭和40年代くらいまで遡る事になる。

小学生の夏休み。お昼ご飯を食べに外から家に帰ると、ばあちゃんが冷麦を用意してくれてた。
蝿除けの日傘みたいなパラソルがちゃぶ台にかけられてて、あれは何故か避暑地の情事を思わせたりした(そんな小学生いないって!)。
扇風機の風を受けながら、冷麦をズルズルすすっていると、だいたいテレビには昼メロが映ってた。
今なら「笑っていいとも」なんかが映ってるんだろうけど、当時は、ベルトクイズQ&Qが終わると「金銀パール、プレゼント」な花王の昼メロを見る必要があった。

昼メロには、ドロドロ路線とか下町人情路線とか数種のパターンが用意されてた(今の私は下町人情路線ファン)。中でも最もインパクトがあったのは「可哀想路線」だった(小学生なので、これが一番理解しやすかった)。
その「可哀想路線」で一際、可哀想だった女優が<島かおり>さんだった(あと、堀越陽子さんもファンだった)。

島さんの目は、いつでも怯えたようだった。なんだか世界の不幸を一手に集めたような目をしていた。ずっと、ずっと深い所で絶望しているような目だった。
遠い、遠い、寒くて冷たい凍えきった国で、長くて厳しい暮らしを続けて来たような目をしていた。

「あなたの事は全部丸ごと見えるわよ。でも、私は何も言わないわ。ただ私は知ってるだけ。知り続けるだけ」島さんの目からは、そんな言葉が伝わって来るような気がした。

つい先日まで放送されていた「キッズ・ウォー」シリーズには、おばあちゃん役を演じる<島かおり>さんが登場していた。
随分、歳を取られただろうに、今でも充分お綺麗だ。ちょっと不気味と言っていいほど美しい。

おばあちゃんになられた島さんの目は、昔と同じように冷たく沈んでいる。

暗い海底の奥深く、海に飲み込まれた沈没船のように、彼女の瞳は冷たい世界に閉じ込められたままだ。

あるいは、冷たい空から500マイル。そこには永遠に時刻が訪れない。
posted by sand at 15:31| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月07日

中谷美紀<泡立ちの悪い石鹸説>

中谷美紀.jpg

中谷美紀を見ていると「う〜〜ん」と唸っている自分を発見する。

テーブルに腰掛けてテレビを眺めている。そこに中谷美紀が映し出される。
その後の数秒間、なにやら得たいのしれない靄が頭の中を覆い尽くす。

「う〜〜〜ん」と唸りながら腕組みしてしまう。目の前のお茶を、むんずと掴んで一気飲みしてしまう。羊羹でも置いてあるならば、たちどころにムシャムシャ頬張って食べ尽くしてしまう。
嫁さんのお尻が横にあったなら所構わずモミモミしてしまう。

そんな性急な戸惑いを中谷美紀は、我々に与える。
だいたい美人なのか、そうでもないのかが。未だに、わからない。
↑の写真など見ると「結構なお手前で・・」とか言って正座し直したり、襟元を正したり、自分の息をハーハー匂って口臭チェックしてしまうほどの、大変な超ど級の美人に間違い無い。
「ぎゃ〜〜〜!」とか、わめいてしまう程のいい女。

しかしながら、ドラマのワンシーンなどを眺めていると、脆くも、その確信は崩落してしまう事がある。
「生理前かな?」とか「私生活が上手く行ってないのかな?」とかセクハラ含みの疑問がポンポンとポンポン菓子のように湧いて出てくる。

でも次ぎのシーンでは、ムチャクチャ綺麗だったりして、戸惑いは加速的に増幅されて行く。

だからと言って、それが魅力を損ねる事には繋がらない。彼女の場合は。
我々は、いつもでも中谷美紀を捕まえる事が出来ない。
我々は、彼女を追い続け、はぐらかされ、呼び込まれ、見をかわされ、また追い続ける。

中谷美紀の本質は、流動性を帯びているのか?
中谷美紀は液体なのか?
中谷美紀は液体が凝固した物なのか?
彼女の顔が液状に変貌していく様を思い浮かべる。
彼女の鼻がドロドロと溶け出す様を思い浮かべる。彼女の瞳が涙の中に沈み込んで行く様を思い浮かべる。彼女の手が胸が足が、形を失い、また新たな中谷美紀を形作る様を思い浮かべる。

中谷美紀は石鹸なのか。それも恐ろしく泡立ちの悪い。
posted by sand at 04:23| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月18日

誰も真似出来ない、船越英一郎のダンディズム

船越英一郎.jpg

船越英一郎さんは、人気がある。
ギックリ腰が、ワイドショーネタになる、2時間ドラマのトップスターだ。
かくいう私も彼のファンだ。カッコ良い。どうしたら、あんなにカッコ良く、いられるのだろう?

船越さんは、ダンディな人なのだ。
正統派の伊達男なのだ。
フイリップ・マーロウやリュー・アーチャーの世界。つまり、ハンフリー・ボガードやポール・ニューマンの系列なのだ。

さらに、船越さんには、もう一つの決定的な武器がある。
<脇の甘さ>だ。
甘過ぎて、向こうの景色がハッキリと見える。
ピューピュー風が吹き込んでくる。

脇の甘いダンディズムと言うと、滑稽に感じられるし、狙ってるとも受け取られる。
しかし、船越さんのカッコ良さは、先天的な<ストイックな風通しの良さ>を感じる。

ストイックであっても、勝手に風が抜けて行っちゃう。これは持って産まれた非凡な才能なのだ。
どんなに気取ってても、まったく嫌味にならない。
どんなに重くても、重過ぎない。
どんなに砕けても、品がある。

お父さんの船越英二も、脇の甘いダンディズムだったかもしれないけど、あの人は、鼻が詰まっていたから抜けは悪かったような。

我々モテない男たちは、船越さんの活躍を指をくわえて見守っている事しか出来ない。
誰も彼のようには、生きられない。
誰も彼のような、色男にはなれないのだ。
posted by sand at 04:30| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

小雪さんを好きな男が嫌われる理由

小雪.jpg

小雪さんを好きだと、女の人に言うと、「やれやれ」と言う顔をされる。
「やっぱりね」と言う顔をされる。
「ほらみたことか」と言う顔をされる。
露骨に「スケベ」と言われたりする。

「やれやれ」で「やっぱりね」で「ほらみたことか」な「スケベ」な人間なので、それ事体は至極当然なのだけど、小雪さんを好きと言う事から、その結論が導き出されるのが、今一つ、わからない。

彼女達にインタビューを試みよう。
まずは、酒浸りのレッド・ツェッペリン・ファンの女性。

私「あ〜、あなたは小雪さんが、あまり好きではないと?」
某嬢「いえいえ。そんな事はありませんよ」
私「すると小雪さんには否がないと?」
某嬢「うちどころも無いんじゃないの」

続いて高学歴パンクス出身の女性。

私「小雪さんを好きな男が、とにかく許せないと?」
パンクス女「血が言わせる。みたいな」
私「どんな血?」
パンクス女「赤い血」

そんな訳で、小雪さんを好きな男性は、虐げられて生きる覚悟が必要なようです。

しかしながら、多くの男性ファンは、<覚悟大バーゲン>の有様です。
美しい小雪さんの為なら、<覚悟>くらい、ハズレ馬券のように惜しげも無く、大空に投げ捨てる事でしょう。
posted by sand at 03:09| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

桑江知子ゆかりの地

桑江知子.jpg

今日、みんなに集まってもらったのは、他でもないんだ。
僕達の過して来た青春って。ほら、センチメンタル・エデュケーションって呼べる物じゃないかなって。
こう無垢な物に体当たりするって言うか。紫色のパッションって言うかさ。
こんな事言うと山本なんて「また、武藤のおセンチ癖が始まった。手に負えないよ」なんて言うかもしれない。
ねね。山本。ねねね。

でもさ。考えてみてくれよ。いろんな事があったよね。そして、そこには、いつも君達がいた。
僕は君達と過せた事を誇りに思っている。
友達って湖に沈んだ錆び付いた鎖を思わせないかい?
滝を登って行く、炎に包まれた鯉をイメージさせないかい?

聞いてくれ!みんな!僕らは、僕らの残した物を刻み付けなければならない。
しっかりと焼きつけるんだ。
そして、明日に向かって傷ついた翼を広げ続けよう

さあ。みんな。涙を拭いてくれ。
みんな、わかってくれたんだね。
嬉しいよ。

最後に僕から君達生涯のマブダチに、この言葉を送ろう。

僕らの残した足跡は桑江知子ゆかりの地の礎となる。
posted by sand at 04:34| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月11日

鷲尾いさ子ミステリー

鷲尾いさ子.jpg

鷲尾いさ子は、美しい。
限りなく美しい。
私が、もし布施明だったら「君はバラより美しい〜〜!!」と眼の血管をブックリ膨らませて熱唱してしまいたい!ツバを飛ばして叫びたい!朗々と、はちきれんほどの声量で歌い上げたい!
ただし、マイクは胸の位置。

そんなファンであるならば、女検事霞夕子シリーズは、まったくもって見逃す事が出来ません。
共演の斉藤洋介も村田雄浩も味のある演技で定評があります。

しか〜〜し、このミステリーの主役は、やはり鷲尾いさ子。と言うより鷲尾いさ子自身がミステリーだ。

ロボコップ級のエレクトリックな演技と評したい。ジョン・フォックスのメタル・ビートを思わせるサイバーテクノな演技とも評したい。
台詞が全て、テクノデリックなラップ調なのが、事件に生きる女のクールなロンリネスを引き出している。
一度、交通事故に会って記憶を全て無くし、長い闘病生活と身内の献身的な看護の末、奇跡的に職場復帰して失った記憶を少しづつ取り戻しながら法廷で熱弁を振るっている。と言った複雑な過去を背負った女検事を演じているように深読み出来る所が良い。

ちょっと鼻にかかった蓄膿症気味のボイスも何ともセクシーだ。

そして、あの富士額。おお、あの富士額は、どんなお手入れをしているのでしょう?
そんな素朴な疑問さえ湧いてくる見事な額です。
「富士額」と言う名の機関誌が発行されているのなら絶対表紙になっているでしょう。

そんな訳で何をやってもムチャクチャ好きなのです。仲村トオル御主人もカッコ良いから許そう。
いいな〜美男美女の夫婦って。この夫婦だけは別れないで欲しいですね。
posted by sand at 14:25| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月09日

朝比奈順子の呪い

女教師のめざめ.jpg

朝比奈順子と言われると、ある年代の男性は、「う〜〜〜む」とか言ってブロンソンのようにアゴをなでる事になる。
「身に覚えあり」「まんざらでもない」「他人事とは思えない」「君も兄弟だったのか」とか親愛の情が湧いてくる。

朝比奈順子と過した時間は、恋人や女房と過した時間より、はるかに長い。
我々は、放蕩息子のように定期的に彼女の元に舞い戻り、彼女に甘やかされ、いい気になったりする。10代・20代・30代・そして40代になった今でさえ、彼女の元に帰りたくてたまらない。

朝比奈順子の呪いは、かくのごとく強く激しい力で我々を縛り続けている。しかしながら、それは決して苦痛ではない。出来れば、もう少し、きつく縛ってもらっても・・って!

朝比奈順子との出会いは、1981年公開の<女教師のめざめ>という事になる。
(このタイトルよりも、映画公開の時期を検索して調べてる行為の方が恥かしい。)
当時は高校生だったのか。当時の多くの男性がそうであったように、当然のごとく大ファンになってしまった。
とにかく、彼女の作品を観た後は、チンチンが、こっちゃう。あまりにも長い時間固くなった状態をキープし続けると、肩こりと同じように、<チンこり>の症状が現れるのです。
映画観終った後、立ち上がれ無かったね。これは<チンこり>に由来するのですが、立とうとすると激痛が走りましたね。「あたたたた〜」とか、まるで60代の腰痛持ちのオバハンのような状態ですね。
もっともチンチンに言わせれば、「おらおら!俺が立ってるんだから、お前は、もう少し座ってろ!」って気持ちだったのかもしれません。
そんな訳で、朝比奈順子の作品を観た後の劇場には、脂汗を流して身動きとれなくなってる情けない男性が続出したのです。凄いね。

この辺りから日活がこの路線辞めちゃうまで、かなりの作品を観た事になりますね。
後期日活ファンと公言しても良いでしょう。大手を振って歩いても良いでしょう。

エロ本は買えなくても、日活映画は、簡単に観れるのでした。
さりげなくロマンポ○ノを観る方法は、いずれまた。
posted by sand at 04:28| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

さらば赤塚真人の光

赤塚真人.jpg

私と妻は、途方に暮れていた。
家賃の滞納でアパートを追われ、それぞれの実家は、多額の借金の連帯保証人になっており、今となっては寄りつく事など出来なかった。

我々は12月の寒空の下。市内の公園で肩を寄せ合って震えていた。
二人のお金を合わせても1000円にも届かなかった。
我々には、もう赤塚真人しか無かったのだ。

私は、胸ポケットから赤塚真人を1個取りだし、震える手でマッチをすり赤塚真人に火を付けた。

赤塚真人は、パチパチと勢い良く燃え上がった。
我々は、赤塚真人の光りに手をかざし、暖を取った。
赤塚真人を見ていると心が安らいだ。決して派手な光では無かったが、穏やかで、暖かい光を赤塚真人は放った。
我々は、頬を寄せ合って、その光に包まれた。
やがて赤塚真人は、その光を弱め、次第に姿を闇に消し去った。

急に過酷な寒さが襲って来た。
我々は、この世界に行き場所を無くした事をまじまじと思い知り、絶望感の中に引き戻された。もう先が無いのだ。

私は、最後の赤塚真人に火を灯した。
posted by sand at 11:23| コラム・有名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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