2005年03月11日

Time After Time@

sting.jpg
If You Love Somebody Set Them Free

いつものように、キウチは、スカイライン(ジャパン)に乗って派手に登場した。
横には、ガールフレンドのアキコが乗っていた。

キウチと僕とは、小学校からの友達だった。
僕はいつでも部屋でレコードを聴いて本を読んでる根暗な男だったけど、
キウチは明るくて優しくて楽しい男だった。当然、キウチは女の子に人気があった。

「おう!キタヤマダ。元気か。また部屋にこもってたのかよ。たまにはパーッと外で遊べよ。」
キタヤマダとは、僕の名前だ。
「こんにちは。久しぶり。お邪魔しますね」アキコが挨拶した。
アキコは、ショートカットで笑顔が、とてもチャーミングな女の子だった。

僕は、彼らを自分の部屋に案内すると、三人は兄弟のように笑って話をした。
僕とキウチは、性格は全然違っていたが、何故か昔から気が合った。
ほとんどの会話はキウチが中心だった。キウチは、僕に気を使って、時々、答えやすい話を振ってくれた。アキコは、タイミング良い突っ込みと天然ボケで笑いを引き出した。
僕は、彼らと話してるとリラックス出来た。でも、やっぱり羨ましかった。

「3限目は授業あるか?」キウチは僕に聞いた。僕らは同じ大学に通っていたが、学部が違ってた。アキコは、高校を出てアルバイトで生活していた。
「いや。3限目は授業はないよ。」僕は答えた。
「じゃ俺、3限目テストだから今日は出席するわ。アキコ、部屋に戻るなら送るよ。」キウチはアキコに聞いた。
「あ、授業終わるまで、ここで待ってるわ。キタヤマダ君、良いかな?」アキコは僕に聞いた。
「あ、良いですよ。じゃ僕はパチンコでも行ってるよ。」僕は答えた。
「何言ってんだよ。お前もココにいろよ。お前なら何も出来ないのは分かるって。」キウチは笑って言った。
「そうよ。食べたりしないから」アキコも笑った。

「じゃな、アキコ。キタヤマダをいじめるなよ。俺の親友なんだから」キウチは、そう言って部屋を出ていった。
僕とアキコは、二人きりで部屋に残された。

ねぇキタヤマダ君。レコード沢山持ってるね〜。アキコは僕に言った。

「うん、何か聴くかい?」僕は聞いた。
「そうね〜。洋楽詳しくないんだけど、ポリスある?「見つめていたい」って好きなのよね。」アキコは答えた。
「あ、それなら最近出たスティングのソロが良いよ。「セット・ゼム・フリー」ならヒットしてるから聞いたことあると思うよ。」僕は、スティングの「ブルータートルの夢」をプレイヤーに乗せた。
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2005年03月10日

Time After TimeA

Somebody.jpg
Somebody

私はその時、40歳の誕生日を目前に控えていた。
その日は、新しい勤務地の赴任挨拶をする日だった。
大学を出て、地場のスーパーに入社し、今ではフロアを任されていた。給料は安かったが、仕事は好きだった。
上の子供は、来年中学に進む。二人の男の子の父として、また夫として私は出きる限りの事をしてきた。
また、これからも、そう、しなければならない。

でも、私には、何か、やり残した事があるような。
そんな気がいつもしている。
それは、ほんとに小さくて、そして重い感情だった。

赴任挨拶は、形通り終わった。事務所に戻ろうとする私に、後ろで話しを聞いていたパート社員が駆け寄ってきた。

「キタヤマダ君。憶えている?」
アキコだった。




僕とアキコは、二人きりで部屋に残された。

「ねぇキタヤマダ君。レコード沢山持ってるね〜。」アキコは僕に言った。

「うん、何か聴くかい?」僕は聞いた。
「そうね〜。洋楽詳しくないんだけど、ポリスある?「見つめていたい」って好きなのよね。」アキコは答えた。
「あ、それなら最近出たスティングのソロが良いよ。「セット・ゼム・フリー」ならヒットしてるから聞いたことあると思うよ。」僕は、スティングの「ブルータートルの夢」をプレイヤーに乗せた。

「ああ!知ってる。知ってる。MTVで観たよ。そうか、キタヤマダ君は<俊敏な耳>をしてる訳ね」
ボソッとした話しぶりが可笑しくて笑ってしまった。アキコも楽しそうに笑った。
それからMTVのセーラとマイケルは、仲が悪そうだよね。と話をした。
女の子と話すのは苦手だったのにアキコとは自然に話が出来た。

アキコは、他にブライアン・アダムスの「サムバディ」が好きだと言った。僕はレコードを持ってたので、後でかけようと約束した。

「ねぇキタヤマダ君。どうして恋人作らないの?」アキコが、不意に聞いてきた。
「いや。作らない訳じゃなくて、もてないから出来ないだけだよ」
「そう?そんなに、もてないようには見えないけどね。・・ごめん。やっぱり見える」
僕は、がっくりうつむいた。

「あはは。冗談よ。男は顔だけじゃないって」アキコは笑いながら言った。
「あのですね。どんどん傷ついて行くんですが・・」

「ははは。キタヤマダ君はね。タイム感が今風じゃないのよ。全然ナウくないのよ。」
「なるほど。タイム感ですか」
「だから、普通、なるほど、とか使わないの」

「キタヤマダ君のタイム感はね。後期8時だよ全員集合と俺達ひようきん族の中間地点にあるわ。」アキコは続けて言った。
「なんだい。それは。全然違うよ。」僕が突っ込むと、アキコはケラケラ笑っていた。

「キタヤマダ君は、進路決めたの?」アキコは、急に真面目な顔で言った。
「うん。流通関係に行こうと思ってるよ」
「ふ〜〜ん。真面目なんだな〜。やりたい事が決まってるって良いな〜。私は、何をやれば良いのか分からないんだよ。何が出来るんだろうね〜。私って」アキコは、こう言って背伸びした。

それは80年代の事だった。僕らは80年代の中ほどに、がっちり足を、からめとられていた。僕らは、この、ソワソワとした時代に、置いてきぼりを食ったような気がしていた。
それはブライアン・アダムスが「サムバディ」を歌った時代だった。
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2005年03月09日

Time After TimeB

Tonight.jpg
Tonight

アキコは、時々、僕の部屋に一人で来るようになった。
最初は、ビックリしたが、ただレコードを聴いて帰るだけだと分かると、僕は音楽友達が出来たみたいで嬉しかった。

僕らは、いろんな音楽を聴いた。
ポリス、グレン・フライ、U2、キュアー・・・。
アキコは、デビット・ボウィが気に入ったようだった。
僕は、「ジギー・スターダスト」「ダイヤモンド・ドッグス」なんかをテープに落として聴かせたが、結局、アキコが一番好きなのは「トゥナイト」だった。

「キタヤマダ君、そんなにレコードばっかり聴いてて楽しい?」ある日、アキコが聞いてきた。
「うん。楽しいよ。音楽の事は、よく分からないんだけど、音楽にくるまれてると落ち着くね。」僕は答えた。
「ふ〜〜ん。くるまれるね・・。ちょっと厳しい事言うよ。それって、だた逃避してるだけなんじゃない?」
「うん。間違いなく、そうだよ。でも、人生には歩く時期と走る時期があるんじゃないかと思うんだ。どっかで読んだ。それで、今は、焦らず歩けば良いのじゃないのかと思うようにしたんだ。」僕は言った。
「なんだか騙されてる気がするな。前向きな逃避って事よね。それ。」アキコは納得いかない顔をした。
「意味合いは違うけど、内容は似ているかもね。」
「キタヤマダ氏は、<意味合いは違うけど、内容は似ているかもね>と言う訳ね。どっちでも良いけど、あなた、間違いなく変人よ!」アキコは笑いながら言った。



アキコは、先に来て待っていた。
我々は、どちらの家庭からも遠い場所にある百貨店の駐車場で待ち合わせした。
アキコにも家庭があった。
子供は高校と中学の二人だと言った。
「ずいぶん、はやく結婚したんだな。」私はアキコに言った。
我々は、私の車の中で話しをした。
「意外でしょ?」アキコは笑った。
「キタヤマダ君は、理想通り、流通関係の仕事を続けているのね。」アキコは続けて言った。

「いや。理想とかじゃなくて、働かないと食っていけないからね。ただ惰性みたいなものかな。」
「結局、私は、何も見つからなかったわ。どうしても、長続きしなかった。でも、だから結婚したって訳じゃないのよ。本当に好きな人が出来たから。それは間違っていなかったわ。結婚して子供が出来て、凄く充実してたわ。今でも、それは変わらない。」アキコは、そう言った。

「良かったじゃないか。ウチも楽しくやってるよ。」私は言った。

「でもね。最近、思うの。私は、どっちにしても、こんな人生を送ってたんだろうな〜ってね。どこかで、曲がり角を間違えても、結局、同じ場所に着いてしまうんだろうな〜ってね。ゴメン。なに言ってるか分からないでしょ。」
「いや。分かるよ。同じようなものさ。同じように不思議な感じがするんだ。」私は言った。

「ねぇ。今でも音楽聴いてるの?」アキコは聞いた。
「ああ。聴いてるよ。でも新しいのは、ついて行けないよ。昔と同じだね。」
「昔と同じか・・。懐かしいよね。」

昔と同じ。たいして変わらない。でも変わってる事があった。アキコは、昔より、ずっと綺麗だった。
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2005年03月08日

Time After TimeC

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Hungry Heart

我々は、時々、会って話しをするようになった。
カーオーディオで80年代の音楽を聴き、少しだけ話をして帰るだけだった。
ちょうど、昔、アキコが私の部屋に来て過した時間と少しも変わりは、なかった。

「何が、足りないの?」アキコは、私に聞いた。

私と私の妻は、常にトラブルを抱えた家庭に育った。子供には、あの思いをさせたくなかった。
それは我々夫婦の共通の認識だった。我々は、これまでケンカらしいケンカもしないで、ここまで来た。特に無理をした訳ではない。
私は、ごく普通に、妻を愛し、尊敬もしている。
仕事は、希望の職種につく事が出来た。概ね満足している。足りないものなど、ありえなかった。
私は、その事をアキコに伝えた。

アキコは自分の事を話した。
「家庭を築くのは、重労働よ。でも当たり前の事なの。誰からも誉められないわ。それが当然の事だから。
時々、その事に押しつぶされそうになるわ。それが、あまりに普通の事過ぎて。
私は、精一杯やってきたのよ。誰にも認めてもらえなくても、それは、そうなの。だから、足りないものがある、なんて認めたく無いのよ。認める訳にはいかないの。
でもね。
認めたく無いって思う事は、認めてるって事なのかな?
そうでなければ、あなたに会う理由も見つからないわ。」

ブルース・スプリングスティーンは「ハングリー・ハート」を歌った。

 誰もが満たされない心を持っている
 誰もが満たされない心を持っている
 金を貯め 自分の役を演じても
 誰もが満たされない心を持っている。
  「Hungry Heart/Bruce Springsteen」

私には自分が分からなかった。何を考え、どこに行こうとしているのか。

私は、いったい、ここで何をしているのだろう?

車内には、欠けた心が、2つ転がっていた。ただ、転がっているだけで、動く事など決して無かった。
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2005年03月07日

Time After TimeD

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Hold Me Now

アキコが「お腹がすいた」と言うので、僕は、モスバーガーを買いにバイクを走らせていた。
誰もいない、闇に包まれた通りを、バイクは風を切って進んだ。

部屋に戻ると、アキコは、トンプソン・ツインズの「ホールド・ミー・ナウ」を聴きながら、台所で洗い物をしていた。
小さなテーブルは、綺麗に拭き上げられて、真ん中に赤いハンカチが乗せられていた。

僕はアキコに礼を言った。
アキコは、唇の片端だけを持ち上げて、レイ・ディビスのように笑った。

僕らは、テレビを見ながらハンバーガーに、かじりついた。
アキコは、ハンバーガーを食べながら、僕に、その話しを始めた。

「ポール・クレイマーの娘の話しって知ってる?」
「いや、知らない。」僕は答えた。

「ポール・クレイマーは、古い時代の貴族で大金持ちだったのね。彼には、美しい娘がいたわ。
でも、とても痩せてたのね。別に彼女が小食だった訳ではないのよ。
むしろ、大変な食いしん坊だったわけ。

なにしろ大変な大金持ちだったから、食べる物は、山のようにあったわけね。
彼女は、それをペロリと一口で飲み込んじゃうのね。
どんな大きな果物でも肉でも。ケーキでさえ、一口で飲み込んじゃうのよ。ペロリってね。」

僕は、ハンバーガーやポテトを頬張りながら、ボンヤリ、その話を聞いていた。

「実際には、彼女の、お腹の中には大きな回虫が住んでたのね。
とても大きな回虫だったから、どんな食べ物でもペロリと食べちゃうのよ。
でも古い時代だから、誰もその事に気付かないのよ。
家の人達は、彼女に沢山の食べものを与えたわ。
でも彼女は太るどころか、だんだん痩せて弱って来たのね。
家の人達は、心配で彼女のお腹が、どこか別の場所に繋がっているんじゃないかと疑ったのね。

それで、1つのプランを立てたのね。
小鳩を一羽、生きたままパイに詰めて、彼女に食べさせるの、もし、彼女のお腹が、別の場所に繋がってたら、小鳩は、そこから飛んで戻って来るだろうってね。

ある日、生きた小鳩をパイの中に入れて彼女の前に持って行くと、彼女は、いつものようにペロリと一口で飲み込んだのよ。」

アキコは、一呼吸おいて僕に質問した。
「それで、どうなったと思う?」

「回虫が小鳩を食べちゃったんだろ。」僕は答えた。
「バカね。お腹の中でパイから出てきた小鳩は、回虫を摘まんで食べちゃったのよ。」
「それで?」
「それで、彼女は、元気を取り戻して、幸せに暮らしたのよ。」アキコは、笑いながら言った。

「小鳩は、どうなったの?」僕は、聞いた。

「小鳩は、彼女のお腹の中で、彼女が死ぬまで、彼女を守ったのよ。
そういう種類の小鳩だったのね。
小鳩が、ずっと彼女のお腹に、いてくれたから、彼女のお腹は二度と傷つく事は無かったわ。
彼女を、傷つける者は、誰もいなくなったの。」
アキコの話しは、それで消えてしまった。

しばらくして、「何を言ってるのか、わかるわよね?」とアキコは聞いた。

僕は、アキコが抱えている物が見えるような気がした。
でも僕は、首を横に振った。

テレビ画面には、異常にテンションの高いコメディアンが映し出されている。
誰もが抱える苦痛や不安は、ずっと引き出しの奥深くに仕舞い込まれていた。
それが80年代だった。良し悪しとは、無関係な時代の空気だった。

僕は、そのメインストリームから、ずっと離れた場所にいた。
もしかすると、アキコも、そうなのかもしれない。
でも、それは僕の考える事じゃない。
アキコの小鳩は僕には見えない。
posted by sand at 04:42| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

Time After TimeE

Say Say Say.jpg
Say Say Say

ポール・マッカートニー&マイケル・ジャクソンの「セイ・セイ・セイ」が車内に流れた。

「ああ〜、聴いたね〜。憶えてるよ。」アキコは言った。
「懐かしいよね。」私は言った。

アキコは、確かに、歳を取っていた。若い頃のアキコとは違う。でも別の種類の魅力を彼女は身に付けていた。
それを彼女が知ってるのか。私は気になった。

「キタヤマダ君。人生には歩く時期と走る時期があるって、あなたが言ったの憶えてる?」アキコは聞いた。
「あ〜、そんな事言ったかな?でも、当時、そんな事を考えてたのは憶えているよ。」私は答えた。

「最近、それって本当だよな〜って思うんだよね。」アキコは遠くを見るように言った。
「うん。就職してからは、ずっと走りっぱなしだもんな〜。」
「私も、そうなの。ずっと走ってきて疲れたわ〜。
あの頃、どっちに行って良いのか分からなくて、ウロウロ歩きまわってた時期が懐かしいし、あの頃の私が凄く羨ましいのね。
・・でも、まだ歩く訳には、いかないよね。」
「ああ。今は無理だね。もう少し走らなくちゃね」
私は、そう言った。

「帰れないと分かると帰ってみたくなるのよね〜あの頃に。帰っても、なんにも無いのにね。」アキコは溜息混じりに、そう言った。
「そうだね。なんにも無かった。なんにも無かったのにね。」私は、返事をした。

あの頃には、なんにも無かった。全てがフワフワと宙に浮いてるようだった。
その中で我々は途方に暮れているだけだった。
言葉を換えると我々には失うものが、なにも無かったんだ。

今、なんの感情の整理も出来ないままに、ある気持ちだけが強く胸を打った。
アキコを二度と失いたく無い。
posted by sand at 02:46| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月05日

Time After TimeF

Ocean Rain.jpg
The Killing Moon

その日。バイトで遅くなって部屋に戻ると、アキコが、部屋の前で待っていた。
僕は詫びを言って、アキコを部屋に入れた。
アキコは元気がなかった。僕は、コーヒーを入れてアキコに飲ませた。
アキコは、コーヒーを飲むと落ちついてきて、少しづつ話し始めた。
バイト先のトラブルで、仕事を辞めて来たと言った。

「私は、人と長く一緒にいる事が出来ないのよ。いつも、どっかでパンクしてしまう。どうしてだろうね。」アキコは嘆いた。

「私は、何もかも、わからないのよ。自分が誰で、何の為に産まれてきて、何を求めているのか。
どこに行けば、何が見つかるのか。誰に会えば、どこに行けるのか。
わからない。誰も教えてくれないし、自分では何も思いつかないの。」

僕は何度か、うなずいた。でも言うべき言葉が見つからなかった。

「あなたは未来を描くペンを持ってる。でも、私は何も持ってない。誰からも与えられなかったし、誰からも奪えなかった。私は、待ってるだけなのかな」

アキコは、下を向いて黙った。

しばらくして、アキコは小声で、つぶやいた。
「私は忘れていないわ」

アキコは、僕の目を見つめた。

その時、僕は不安定な気持ちになった。
その気持ちは、僕を根こそぎ、さらって行くように感じられた。
過去と未来を貫いて、僕は、そこから放り出されるような恐れがした。
僕は、何も知りたくない。僕は、そこに踏み出したくない。

僕は、瞳を閉じ、意識を集中して、必死で、ある事を思い続けた。

 僕は、この扉を開かない。僕の中には誰も入れない。
 僕は、誰も信じない。僕を傷つける者はいない。
 僕は、誰も愛さない。僕が救える者はいない。
 僕は、僕を許さない。許される者は、僕ではない。

やがて、不安定な気持ちは、海辺の潮が引くように消えて行った。

視線を戻すと、アキコは下を向いて、テーブルに置いてあったレコードジャケットを眺めていた。



それ以来、アキコは僕の部屋に現れなくなった。
僕は、寂しい気持ちとホッとした気持ちが交錯していた。

僕は、就職活動で忙しくなっていた。

就職が決まって、キウチに会うと、別な女の子を連れていた。
アキコの事は、何も聞かなかった。



アキコが、最後に、僕の部屋を去ったテーブルには、アキコが眺めていた、レコードジャケットが置かれていた。
エコー&ザ・バニーメンの「オーシャン・レイン」。

僕は、「キリング・ムーン」を聴きながら、ぼんやりとした朝を迎えた。
posted by sand at 13:55| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月04日

Time After TimeG

She's So Unusual.jpg
Time After Time

アキコは、小さなトラブルをいくつも抱えていた。
もちろん、私も。
我々は、それらの話しをした。と言っても、特に何らかの解決方法がある訳ではなかった。
それを承知で、ただ話しをしたかっただけだった。
私は、アキコが、ご主人と円満である事を願った。
アキコの子供たちが真っ直ぐに成長してくれる事を願った。
アキコの親族が、いつまでも健康である事を願った。
アキコが幸せでいてくれる事を願ってやまなかった。
そうであるはずなのに、それでもなお、私はアキコに会いたかった。

「どうしてだろう。君とは、ずっと離れていたのに、ずっと君と一緒だった気がするんだ。
ずっと、どこかに君がいた気がする。ちっとも憶えてなんか、いなかったのに。」私はアキコに言った。
アキコは急に笑い出した。可笑しくて、たまらない。と言った感じだ。

「なんだよ。受け過ぎだよ」私は苦笑いしながら言った。
それでも、アキコは両手で顔を覆って笑っている。

「あ、そうそう。君は昔、小鳩の話しをしてたよね。金持ちの娘が腹の中に飼ってる小鳩。憶えてるかい?」私は聞いた。
アキコは、顔を覆ったまま、首を縦に振った。

「君の小鳩は見つかったんだろ?」
アキコは笑うのを止め、両手を顔から下ろして、もう一度、首を縦に振った。

それからアキコは、こう言った。
「あなたよ」

「え?」私は、もう一度聞き返した。

「あなたの順番よ。」アキコは、そう言うと私の目を覗き込んだ。
その瞬間、私は、意識がフッと消えて行った。

気がつくと、私は光りの海の中にいる。赤や黄色、緑、青、様々な光りが重なり合い、交差し、まるで万華鏡のように幻想的な光景を織り成している。
強い光が前方から発せられ、私の目を眩ませる。そこに誰かいる。強烈な光りの渦の中に誰かが潜んでいる。

私は、その影に向かって叫ぶ。
「お前は、何を知っている?」

影は、もぞもぞと動き。やがて、「パチン!」と指を鳴らす音が聞こえる。
それから、私に向かって鋭い調子で言葉を発する。

「君は、そこから逃げられない!」

私の意識は、もう一度、遠のく。

意識が戻り、目を開けると私は、ハンドルにもたれていた。

隣で、アキコが微笑んでいた。
「どうしたんだろう?」私はアキコに尋ねた。

「大丈夫よ。私には、わかっていたわ」アキコは、そう返事をした。


私は、振り子のような感覚に身を任せていただけなのかもしれない。
あの時代は、キウチが支点になって私とアキコは揺れ動いていた。今は、多分、両方の家庭が支点なのかもしれない。
私は、ユラユラ揺れる不安定な感覚に心を奪われていただけなのかもしれない。

80年代は、ソリッドな時代ではなかった。少なくても我々にとっては。
あの時代は、余分な物に包まれていた。ありとあらゆる余分な物が、我々を包み隠していた。

今、ソリッドな荒野に立ち、厳しい旅を続ける我々には、80年代の余分が心地よかった。あの余分に埋もれたかった。あの余分を、もう一度、夢に見たかった。

カー・オーディオからは、シンディ・ローパーの曲が流れ始めた。

「じゃ、帰るわ」アキコは、車の扉を開けた。
外は、雨が降っていた。
アキコは、青い傘を開いた。アキコは、外に下り立つと扉を閉める前に、私に向かって声をかけた。
「小鳩は<夢>。あなたの<夢>の中にも小鳩は住んでいる」

アキコは、車のドアを締めた。
青い傘が車の前を通り過ぎて行く。
その傘は、クルクルと廻っている。私は、それを目で追う。

傘は不意に動きを止め、アキコがこちらを振り返った。
アキコは、私に向かって手を振った。

私はアキコに手を振り返す。

雨は、青い傘を叩き続ける。それでも、アキコは手を振り続ける。
何度も。何度も。


If you're lost you can look - and you will find me
Time after time
If you fall I will catch you - I'll be waiting
Time after time
 「Time After Time/Cyndi Lauper」
posted by sand at 16:14| 連作小説・アキコ物(Time After Time) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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