2005年12月23日

2000 Miles O(It Must Be Christmas Time)

Greatest Hits.jpgうえり.jpg
The Pretenders / Greatest Hits

 街の雑踏が、僕を揺り起こした。駐車場の金網にもたれて寝てしまったようだ。
足元に空になったワンカップが転がっていた。手足が凍えて冷たくなっている。背筋にゾクゾクと悪寒が走った。

横にはアキコが頭を振っている。アキコも眠っていたのだろうか。
「眠ってた?」僕はアキコに聞いた。
「うん。そうみたい」アキコは苦しそうな声で言った。

頭の芯にズキズキと痛みが走る。風邪をひいたのかもしれない。
繁華街の方向からは、相変わらずの喧騒が続いている。まだ夜は浅い。

「どうして、こんな場所で寝ちゃったのかな?」僕はそれを不思議に思った。
「私、夢を見ていたわ。」アキコは放心したように呟いた。
「夢?うん。僕も夢を見ていた」
僕は頭痛と悪寒が耐えられなくなり、その場に立ち上がった。
「どんな夢だか憶えている?」アキコは座ったまま、前を向いて尋ねた。

僕は夢の情景を思い浮かべようとする。でも、それは酷い頭痛に遮られてしまう。
「どんな夢かは憶えていない。夢を見た事は確かだけど」

「そろそろ帰ろうか。風邪をひいたみたいなんだ」僕はジーンズの埃を払い落しながら言う。
アキコは黙って散らかったゴミをコンビニの袋に集め始めた。
「君は覚えているの?どんな夢をみたのか?」僕は下を向いたアキコに尋ねる。

アキコは暫く動きを止めてから僕を見上げた。
「忘れたわ。私も」アキコは笑顔でそう答えた。

繁華街の通りは、さらに賑やかさを増したようだった。まるで、いつまでもいつまでもクリスマスの夜が続くような賑やかさだ。
一眠りした僕には心境の変化があった。それまで感じていた、この喧騒への嫌悪感が綺麗になくなっていたのだ。むしろこの喧騒が、ずっと奥深い場所にある心の嘆きを伴っているように感じられた。
それは物事が終わる時に感じる無力感に似ていた。

並んで歩いていたアキコが、不意に足を止めた。
パッと顔を輝かせて僕にこう聞いた。「聞こえるでしょ?口笛の音が?」
僕は暫く目を閉じて耳を澄ませた。「ごめん。うるさくて聞こえないよ」僕は答えた。

地下鉄の降り口に着くと僕はアキコに別れの挨拶をした。
「今日は変なクリスマスになったね」
「ん?いいよ。楽しかったよ」アキコは、あまり元気がなかった。
「風邪でも、ひいたかな?」
「ううん。大丈夫。疲れたのかな」アキコは笑った。
「じゃあ、今日はこれで。サヨナラ」
「うん。サヨナラ」

僕は地下鉄の階段を降りかけ、ある事を思い出し振り返った。
それを見て、アキコは大袈裟に驚いた。
「なに?どうしたの?」アキコは慌てていた。
「メリークリスマス」僕は言った。
「ああ。メリークリスマス」アキコは手を振った。
僕は階段を降りた。

階段の利用者は僕だけだった。僕は一人で地下に繋がる階段を降りていた。
その時、耳元に誰かの声がハッキリと聞こえた。
『あなたの、順番ですよ』
僕は階段の途中で立ち止まった。そして何かが蘇ってきた。
何か重要な『言葉』があった。僕はその『言葉』を、どこかに置いて来た。
夢だ。夢の中だ。僕は夢の中で『言葉』を失った。

僕は慌てて後を振り返った。誰もいない。
僕は星空の下で見たアキコの瞳を思い出した。その瞳はどこかに繋がっていた。
でもどこかは思い出せない。

僕は何度も頭を振った。
それは夢なんだ。夢にどれほどの力がある?
夢に人を支配するほどの力があるのか?
僕は階段を駆け下りた。

ホームには大勢の乗客が散らばっていた。今日はクリスマスの夜なのだ。
僕はホームの支柱にもたれて地上を見上げた。

すると、今まで味わった事のない孤独が襲って来た。
それは息苦しいほど強烈な欠落感だった。
まるで心から何かが引き剥がされるような痛みを感じた。身体の芯にポッカリ穴が空いて、冷たい水が満ちてくるようだった。鋭く尖った棘が、無数に突き刺さるような苦痛を伴った。
やがて暗闇が僕を支配していく。

僕は支柱に、しがみ付くようにして地上を見上げ続けた。
今、アキコは地上の、どこを歩いているのだろう?
僕とアキコは、どのくらい離れているのだろう?

僕は、深い地の底から、その距離を想っていた。


 凍てつくような寒い静かな夜
 ときどき あなたの夢をみるの
 
 2000マイルの彼方
 この雪のずっと向こう
 あなたがどこに行こうと
 いつも想っているわ
  「The Pretenders/2000 Miles」


☆終わりです〜(長過ぎ〜)
最後まで読んで頂いた方がいらっしゃたら、心からお礼を言わせてください。
ありがとうございました。

出来はともかく、とても楽しく書く事が出来ました。

では。メリークリスマスクリスマス
posted by sand at 05:22| Comment(2) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

2000 Miles N(It Must Be Christmas Time)

You Know Who Your Friends Are.jpgうるめ.jpg
The Pretenders / You Know Who Your Friends Are

僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた。
そこにもアキコはいたんだ。そこに存在を殺して潜んでいた。

アキコは僕の過去の至る場所に影のように寄り添っていた。それは学校の校庭であり、洗面台の鏡の中であり、会社の窓ガラスへの投影であった。
アキコは僕の不安を共有し、またそれを自ら引き受けてくれた。
僕はそんなアキコを愛し、同時にアキコが住みついた僕の過去そのものを、丸ごと愛する気持ちに変わっていった。

過去となって残された、あらゆる出来事は、何もかも必然だったんだ。一つとして欠かす事の出来ないものだったんだ。僕の過去は僕そのものだったんだ。
僕は自らの過去を許し、自らの過去を受け入れる。そう決めた。

不意に洞穴の方向で爆音が響いた。洞穴を抜けて爆風が襲ってきた。吹き飛ばされるほどの衝撃風だ。僕は慌てて水中に潜り、身を隠した。水上を暴風が駆け抜けて行く。
同時に心の川全体がユサユサと揺れ始めた。ひどい揺れだ。僕は水中でバランスを失った。息継ぎに水上に顔を上げると爆風は収まっていたが、川全体の揺れはさらに激しさを増していた。川岸に突き立てられた象牙を思わせる白い柱がミシミシと音を立てて揺れ始めた。その軋みは次第に激しさを増し、まるで象の鳴き声のような甲高い唸りに変わっていった。川岸に何頭もの象が集り、一斉に鳴き叫んでいるようだった。
さらに地鳴りのような音を伴って洞穴から大量の土砂が崩れ落ちて来た。
次ぎの瞬間、目も眩むような光の矢が暗闇めがけて飛び込んできた。瞬時に光は闇を切り裂いた。破壊された闇の残骸は、粉々になって心の川に落下していった。
僕を映した過去の残像も色取り取りのステンドガラスの破片に姿を変えた。それらは川面に、花を咲かしたように浮かび上がり下流へと押し流されていった。
揺れに耐えかねた白い柱は、大きく傾いだ後、水面に叩きつけられるように崩壊した。高い高い水柱が上がり、轟音が木霊した。川岸に立ち並んでいた白い柱は、次々に崩落し水柱と爆音を上げ続けた。
僕は心の川に突然襲い掛かったカタストロフィを息を呑んで眺めていた。

川岸の白い柱が全て倒れ尽くすと、少しづつ揺れは収まっていった。
いつしか心の川は豊かな光に包まれていた。赤かった川の水も澄んだ透明な水に変り、水の温度も温かで緩やかな流れになっていた。何かが終わったのだろう。
僕は暗闇が支配していた川の上流を仰ぎ見た。

海だ。広大な海が広がっている。心の海は限りなく広く、そして美しかった。
僕は過去を許し、過去を受け入れる事で、過去を捨て去る事が出来たのかもしれない。

心の海には、銀色をした生き物が泳ぎ回っている。
眩しいほどの光を浴びて、キラキラと身体を輝かせている。
僕は、その美しい姿に安らぎを覚えながら、ゆっくりと目を開いていった。


目を開けると横にアキコの姿が見えた。アキコは僕を見つめている。
僕は、ゆっくりと右手を動かし、その指をアキコの髪に触れさせた。
指は、じわじわとアキコの頬に移動した。それから指はアキコの目に触れ、アキコの鼻に触れ、ゆっくりゆっくり下に移動していった。
僕はアキコの濡れた唇に触れた。
アキコは僕の指を優しく含んだ。
ほどなく僕はアキコの唇から、指を引き抜いていった。指に付着したアキコの唾液が、指と唇との間に細い糸状の橋を渡した。

「君は僕の中に潜んでいた」僕は言った。
アキコは舌で上唇をトロリと舐めた後こう言った。
「そう。あなたもまた私の中に含まれていた」

「僕は君を愛する為だけに産まれてきた。他には何も必要なかった。
必要なのは、それだけだった。
そして愛だけが人を支配出来る。どんな力も人を支配する事は出来ない。
愛だけが、それを可能にする。それが答えだ」


パチン! 壁にもたれた埼玉ネコは指を鳴らし、こう告げた。
「この夢は終わりだ」

僕とアキコは、埼玉ネコと出会った駐車場に立っていた。クリスマスの夜だ。
イルミネーションの瞬きが目に飛び込んできた。
駐車場の柵にもたれて僕とアキコは並んで眠いっている。夢の中の僕とアキコは、それをぼんやりと眺めていた。
暗闇から埼玉ネコが現れて、僕らの方に近づいてきた。
「お別れだな」

僕は埼玉ネコに手を差し出し、こう言った。
「叱ってくれて、ありがとう」
「フム、標準サービスだ」埼玉ネコはニヤリと笑って僕の手を握り締めた。

次ぎに埼玉ネコは、アキコの前に立った。
「君は、強くて賢い子だ。こんな男には勿体無い」埼玉ネコは笑いながら手を差し出した。
「今なら、お安くしておきますよ」アキコは、そう言って埼玉ネコの手を握り締めた。

「じゃ行くよ」そう言いながらも埼玉ネコは身体の動きを止めた。
夜空を見上げて「なんだか名残惜しくなった。少しだけな」と言った。

「僕らも同じ事を考えていますよ。ほんの少しだけ」僕は言った。
「フム」埼玉ネコは鼻にかかった声を残して駐車場の闇に姿を消した。

埼玉ネコが姿を消すと僕は次第に意識が薄れていくのを感じ始めた。夢から覚めようとしているのだ。
僕はアキコを抱きしめた。
抱かれたアキコは下を向いて暗い表情をしている。「どうした?」僕は聞く。
アキコは首を横に振りながら、こう答える。
「予感が外れる事を願っているの」
「予感って?」僕は、その答えを聞く前に意識が朦朧としてきた。

消え行く意識の中に、アキコの言葉だけが滑り込む。「私は忘れない」
posted by sand at 17:37| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

2000 Miles M(It Must Be Christmas Time)

Packed.jpgふるふる.jpg
The Pretenders / Packed

「甘ったれるな!お前は、また逃げ出すつもりか!」埼玉ネコの怒鳴り声が聞こえた。
「いいか!彼女は、もうそれを見つけたんだ。どうして、お前に見つけられない!過去から目を逸らすな!お前の過去なんだ。お前の物なんだ。それは忌まわしい物などでは決して無いぞ!」

「キタヤマダ君。聞こえる?」アキコの声だ。
「ああ。聞こえるよ。君は見つけたんだね。良かった。本当に。
でも僕はダメなんだ。僕には何も見えてこないんだ」

「うん。もういいよ。もういいのよ」アキコの声が聞こえてきた。
「いつでも目を開けて戻って来ても良いわよ。私はそれを見つけて、ちょっと救われたからそれで良いのよ。ここに来て良かったわ。だからね」

僕は川岸につかまって、頭の混乱が落ち着くのを待っていた。

「少しだけ話をするわ。あなたには始めて話す事よ」アキコの声が再び聞こえてきた。
「私ね。小さい頃から親が凄く仲が悪くてね。家に居場所が無かったんだ。毎晩、毎晩、夫婦喧嘩だったり、父が家に帰らなくて母が荒れたりね。ずっと部屋の角で震えていたんだ。
いつか誰かが助けてくれるって願ってたんだ。きっと誰かが現れて、私を救い出して穏やかな場所に導いてくれるってね。でもそんな人は現れなかった。ずっと待ってたのにね。
今では家族もいなくなって、本当に一人っきりになっちゃった。

でも。でもね。今日。そういうのが全然間違ってた事に気付いたのよ。全然違ってたの。私ね。ずっと一人じゃなかったの。小さい頃からね。ずっと誰かが一緒にいたの。
私以外の違う視線が私の中にあったの。私がこれまで生きてきた、どの場面にも影としてそこにあったの」

…『違う視線』…『影としてそこにあった』…
僕はアキコの言葉を聞いて、ある考えが閃いた。そうだ。ディテールだ。主要素だけに目を奪われて、記憶のディテールを見逃していた。記憶の片隅にあるディテールに光を当てれば、影が浮かび上がるはずだ。

僕は力を込めて立ち上がりアキコに向かって叫んだ。
「待っててくれ。もう一度やってみるよ! 」
僕は、川を遡り、暗闇の懐にもう一度飛び込んでいった。

その記憶の中の僕は車に乗っている。
後部座席には髪を振り乱して絶叫する半裸の女が乗っている。母だ。
母は狂っていた。
僕は助手席から身を乗り出して、母の顔に向かって拳を何度も叩き込む。僕は返り血を浴びた。母はもう感覚が麻痺して痛みを感じなくなっていた。母は醜く腫れあがた血だらけの顔に満面の笑みを湛えて高らかに笑い続けた。
僕は母の鉛のように光のない瞳が恐ろしかった。その瞳を消してしまわねば、僕の瞳にも狂気が宿る。そんな切迫した気持ちに苛まれていた。
僕は母の首に手をかけ締め上げた。母の顔色はドス黒く変わり、口からヨダレが滴り落ちた。
運転席の男が、僕の頭を殴り付けた。『母親を殺す気か! 』男は怒鳴った。

ほどなく車は精神病院に着いた。
僕と運転手の男は、母を羽交い締めにして病院のロビーに連れ込んで行く。
患者や病院のスタッフが僕らの周りを取り囲んでる。

僕は記憶のディテールを追った。
ピンクのスリッパを履いた足が散乱する白いフロア。干からびた緑を纏った観葉植物の植木。受付に病院事務の女が二人。奥には売店。その前に長椅子がニ客。立っている男が一人(憶えがない)。座ってる二人の女(憶えがない)。母に手を添える病院スタッフ。その後に立った剥げた男(憶えがない)その男に語りかける年老いた女(憶えがない)それから…。
待て! 剥げた男と年老いた女の間に女の影が見える。
女は僕を見ている。僕だけを見ている。
女の顔には見覚えがあった。それはアキコだった。

アキコは僕のそばにいたんだ。アキコはずっと僕を見ていてくれたんだ。
アキコが実際そこにいても、いなくても記憶の中の影として僕の過去にひっそりと潜んでいたんだ。

僕は次ぎの記憶に飛び移った。
その記憶の僕は車で高速道路のパーキング・エリアに向かっていた。その日そこで父は車に乗ったまま死亡しているのが発見されたのだ。
父が死んだパーキング・エリアに着くと、待っていた警官が事情聴取を始めた。
でも僕には、その質問は聞こえない。僕は警官の肩越しに見える記憶のディテールを追う。僕は視界に登場する女を一人残らず確認していく。
長い髪を風になびかせている女(違う)母親に手を振る少女(違う)腕を組んで歩くアベック・片方の女(違う)饅頭を頬張る太った女(違う)それから…
いた! 赤い車と緑の車の間。アキコは膝を抱いて、しゃがみ込んで僕を見ている。

アキコは僕の過去に住みついて、僕に視線を注ぎ続けていたんだ。僕は孤独であった事など一度も無かったんだ。

僕は最も古い記憶に飛び移った。
大好きだった祖父が首を吊って自殺した夜だ。その夜、父とその兄弟が殴り合いのケンカになった。「お前が殺したんだ!」父や叔父達は罵り合った。
まだ小学校の低学年だった僕は、祖父が寝ていた窓の無い納戸でおびえている。身体の震えが止まらない。納戸の電気は消され、僕は真っ暗な闇の中に一人取り残されている。
そこには明かりがない。だから影は見えない。アキコの姿もまた見出せない。
子供の僕は、孤独に耐えかねて暗闇に手を伸ばす。僕の手は暗闇をさ迷う。
手は、上に行き、下に行き、右に行き、左に行き、また、上に戻る……
触れた!その時、僕は触れたんだ。
僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた。
posted by sand at 18:35| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2000 Miles L(It Must Be Christmas Time)

Viva el Amor2.jpgはらそ.jpg
The Pretenders / Viva el Amor

白い扉の向こうには、同じような白い部屋があった。
その部屋には四方に扉がついている。僕は未開の扉を順に開いていった。
しかし、どの扉を開けても同じ作りの白い部屋に出た。同じように四方を扉で囲まれている。どこに進めばいい?僕は焦った。

「慌てるな」埼玉ネコの声が遠くから聞こえて来た。
「心に流れる響きを聞け。時間を追うな。響きだけを追え」

僕は目を閉じて耳を澄ました。
聞こえる。かすかだが口笛の音が聞こえる。
猫町で聞いた口笛だ。猫町は、人の心の中に存在したんだ。
僕は扉を開いて口笛がより大きく聞こえる方向に進んで行った。

いくつもの扉を開け、いくつのも部屋を通り過ぎた。
やがて口笛の音は大きさを増し、すぐ近くから聞こえて来るのを感じた。

最後の扉を開けた瞬間、もの凄い量の光が、視界になだれ込んできた。
僕は光りの海の中に投げ出された。そこには、赤や黄色、緑、青、様々な光りが重なり合い、交差し、まるで万華鏡のように幻想的な光景を織り成していた。
強い光を前方から浴びて、僕の目は幻惑されてしまった。強烈な光りの渦の先に何があるのか見る事が出来ない。

「そこは君の瞳の中だ」埼玉ネコの声が木霊した。
「恐れず進め。瞳の奥には心の川に繋がる洞穴がある」

僕は目を閉じて手探りで光の海を進んで行った。しばらく進むと光の量が弱まり、冷たい風の流れを感じ始めた。目を薄く開けると人が一人やっと通れるほどの洞穴が見えていた。洞穴の中には薔薇の花が穴を塞ぐように覆い茂っていた。

僕は薔薇をかき分けて洞穴に入り込んだ。薔薇の棘が容赦なく僕の身体を引き裂いた。
僕は苦痛に身をよじりながら川に向かって洞穴を降りて行った。

穴の中で、いくつかの声を聞いた。
それは僕の正面からやってきて身体を貫いた。声の波紋は外に逃げる事なく僕の身体の中に消えた。

…『おまえは、心の川に降り、そこに刺さった<棘>を抜く必要がある』…
…『僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた』…
…『あなたに必要な事は、過去を捨てる事よ』…
…『俺が手にした物は、何一つ必要な物じゃなかったんだ。俺が生涯欲しがっていた物は、何の価値も無い物だったんだ』…
…『知らなくても生きて行ける。でも知ってしまった者は同じ場所には帰れない』…
…『帰れないと分かると帰ってみたくなるのよね〜あの頃に。帰っても、なんにも無いのにね』…
…『何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ』…
…『あなたの、順番ですよ』…

僕は血だらけになりながら洞穴を通り抜けた。降り立った場所には川が流れていた。
心の川だ。
洞穴から漏れ出す僅かな明かりで周囲の川岸こそ見渡せたが、上流に目をやると全くの暗闇だけが川を支配していた。
川岸には高さが2mにも及ぶ象牙のような白い柱が、何本も突き刺さっている。白い柱が刺さった場所からは、川に向かって赤い液体が流れ落ちていた。
僕は川を覗き込んだ。そこには赤い水が流れている。僕は躊躇なく川に飛び込んで上流を目指して進んだ。水深はそれほど深くはなく太ももに触れるほどだった。しかし、川の水は凍るほど冷たく、上流からは氷のカケラが途切れる事なく流れ落ちている。それはまるでガラス破片のように僕の太ももに突き刺さった。

川を遡ると流れは次第に急になり水嵩も増して来た。それまで川を照らしていた、ほのかな光は姿を消し、暗闇が辺りを覆い尽くした。

暗闇には僕の過して来た過去がフラッシュバックするように途切れ途切れに映し出された。それは目を覆いたくなるような惨めな過去だった。
何の誇りも何の救いも、そこには見出せなかった。ただ暗く陰惨な姿を情けなく晒すだけだった。
僕は気分が悪くなり何度も嘔吐を繰り返した。しかし暗闇は容赦なく僕を苦しめ続けた。そこには何の光もなかった。光のない場所に影など存在しないのだ。
僕の過去には何もなかったんだ。探す価値のある物など、どこにもありはしないのだ。
惨めで弱々しく醜悪な自身の姿を見せつけられ、僕の意志は次第に挫けていった。
僕は空虚さに再び支配され、力を失って下流へと流されていった。洞穴のある場所に流れ着くと川岸につかまり、僕は弱音を吐いた。

「ダメです。僕はダメな人間なんです。僕の過去には何もありません。まったくの無価値です。僕には何も出来ません。何も生み出す事が出来ません。僕の中には何も無いんです」
posted by sand at 00:57| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

2000 Miles K(It Must Be Christmas Time)

Losing.jpg白い部屋.jpg
The Pretenders / Losing

僕らが着いた場所は、白い部屋の中だった。
四方を真っ白な壁に覆われた小さな部屋だ。
その部屋にはドアがなかった。ただ一方の壁面にだけ小さな飾り窓があった。
20cm四方くらいの窓枠にガラスがはめられている。とても人が通り抜け出来るような大きさではなかった。つまり入り口も出口も無い部屋に僕らは立っていた。
部屋には、白い椅子が2客置いてある以外は、何も置かれてはいなかった。

僕らは落ち着かない表情で室内を見回した。
埼玉ネコは、白壁に寄りかかりながら話始めた。
「ここは君達が住む1984年から20年後の世界だ。フム。2005年。そんな所だろう。
ただ、20年後の世界全部を君達に見せる訳にはいかない。それが掟。夢の国の掟だ。」埼玉ネコは肩をすくめた。

「その窓から、外を見るがいい。20年後の世界が見えるだろう」
僕らは恐る恐る、窓を覗き込んだ。
そこはどこかの駐車場だった。車が何台か並んで停まっていた。それ以外に変わった物は見つからなかった。

「真ん中の白いワゴン。二人の男女が見えるはずだ」埼玉ネコは僕らの背中に話しかけた。
僕は目を凝らして白い車を見つめた。フロントガラスの中に人が見えた。一人の男は僕なのか。確かに、そんな気がする。僕は背中に冷や汗が流れた。
横の女性は誰だろう?アキコだろうか?似ている気がする。

埼玉ネコは、壁から身体を離し腕組みして僕らの後ろを歩きながら話しつづけた。
「フム。その二人は、20年後の君達だ」
僕とアキコは驚いて見つめあった。

埼玉ネコは指をパチンと鳴らした。
「違う。それが答えではない。その車の中にいる君達二人は夫婦でも恋人でもない。君達には、それぞれ別の家庭がある。
それぞれ別々の人と結婚し、それぞれに子供に恵まれる。それぞれの夫婦仲も悪くは無い。それぞれが幸せな家庭を持っている。そこには何の問題もない。

しかし君達は、ある時再会し、また二人で時間を共にするようになる。
それは何故だ?車の中の20年後の君達にも分からない。何故、自分達がここにいるのか?何故、幸せな家庭を犠牲にする必要がある?
20年後の君達は葛藤を抱き、自身への疑念を抱く。何が自分達をそうさせる?君達は自分を責める。疑う。嫌悪する。

それでも尚、君達は遭い続ける。何故だ?何がそこにある?
ノスタルジーか?性欲か?スリルか?
それとも、そこに何かが存在するのか?見落とされてしまった大きな何かが?」

埼玉ネコは一度、言葉を切り、改めて話しを続けた。
「今夜、君達にはその鍵を探すチャンスが与えられた。それはある意味、奇跡と呼べるのかもしれない。今夜、あらゆる未来を変える事が出来るかもしれない。
今夜、君達が抱えた謎を解き明かし、その答えを手に入れる事が出来るかもしれない。
ただ、それは容易ではない。誰にでも見つけられる物ではない。

鍵を探す者よ。その者の心に流れる川を探し当て記憶の濁流を遡るべし。
その者の暗闇に光を当てよ。光は影を産み落とし、影は鍵を指し示す。


君達は自身の心の扉を開け、その洞穴に身を投げ出す。そして心の中を流れる川を探し当て、記憶を押し流す急流を遡る。そこには暗闇が待っている。君達はその暗闇に今一度光を当て、そこに身を潜める影を捜し当てるのだ。影こそが鍵となる。
どうだ?やれるか?」
埼玉ネコは聞いた。僕とアキコは同時に首を縦に振った。

埼玉ネコは僕らを白い椅子に座らせると、声を荒げた。
「さぁ目を閉じろ!心の扉を開け放て!」
僕は目を閉じた。

僕は白い部屋に一人で立っている。目の前に白い扉がある。
僕は、その扉を勢いよく開き、自身の心の川を目指して全力で駆け出した。
posted by sand at 00:58| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

2000 Miles J(It Must Be Christmas Time)

Extended Play.jpgurusa.jpg
The Pretenders / Extended Play

僕とアキコは、アライグマ男のコートを借りてログハウスの近辺を散策していた。
雪はかなりの高さまで降り積もっていた。僕らはヨロヨロと足を取られながら歩いた。
アキコが大声をあげて雪上に尻餅を突いた。僕は呆れながらアキコを抱き起こした。
アキコは雪を払い落してケラケラ笑っている。僕はアキコが、尻餅を突いた場所を覗き込んだ。
「ずいぶんデカイ穴が掘れたな」
「気合の入ったお尻でしょ」アキコはお尻を振って笑った。

小高い丘の上から限りなく広がる雪景色を眺めた。雪の光で目が痛くなるほどだった。
「すごい景色よね」アキコは感嘆の声を上げた。僕も景色に見とれながら、うなずいた。

「雪景色を眺めていると<耳うさぎ>の話を思い出すわ」
「<耳うさぎ>って?」僕はアキコに聞いた。
「<耳うさぎ>はね。寒い・の夜に現れるのよ。・の星座の光を浴びると耳が族色く光り始めるの。
<耳うさぎ>を抱いた者は一つだけ奇跡を起こす事が出きるって言われているのね」
寒風が吹いて、僕らは肩を寄せ合った。

アキコは話しを続けた。
「誰もが、奇跡を求めて<耳うさぎ>を捕らえようとしたわ。でも<耳うさぎ>は、とても利口で、どんなに大勢の人間から追われても、どんな罠を仕掛けられても、決して捕まらなかった。
 
ある夜、年老いて身体の村った男が雪山にうずくまっていたのね。<耳うさぎ>は彼を助けようと彼の胸の中に飛び込んだのよ。
『あなたは奇跡を起こす事が出来ます。あなたが心から求める物事を思い浮かべるのです』そう<耳うさぎ>は年老いた男の心に語りかけたのね。

男は『私は全てを失って、もう疲れ果ててしまった。私の願いは消えるように死んでしまいたい。それだけです』そう願ったの。
奇跡が起きて、男は眠るように穏やかに死んでしまった。

<耳うさぎ>は愕然としたのね。彼の願いは叶えたけれど、結果的に<耳うさぎ>は男を殺してしまったからよ。
<耳うさぎ>は死んだ男のそばを離れる事が出来なかった。<耳うさぎ>は男と一緒に雪に埋もれて、死造事を選んだの」アキコの話は、そこで終わった。

「救いのない話だね。何かの本で読んだ?」僕はアキコに聞いた。
「ううん。今、私が思いついたの」アキコはニッコリと笑った。

次第に穏やかな太陽の光は、雪雲に遮られて行った。ハラハラと辺りに雪が落ち始めた。
それでも僕らは雪の舞い降りる雪原をボンヤリと眺めていた。

「ねぇ。今、私達がこうやって立っているこの世界は、ただの夢だと思う?それとも奇跡なんだと思う?」アキコは聞いた。
「どうかな。そのどちらでもあるような気がするよ」
「うん。私もそう思っているわ。きっと私達の周りには奇跡が沢山起こっているのよ。確かな奇跡がね。でも私達は、いつでもそれを見族ごしてしまう」アキコは僕の目を真っ直ぐに見つめた。

僕はアキコの肩に手を廻した。アキコの肩は小さくて、僕にはアキコの存在そのものが奇跡のように思われた。

ログハウスに戻ると、埼玉ネコは揺り椅子から腰を上げ、次ぎの場所に向かう事を告げた。僕らはアライグマ男に食事のお礼と別れの挨拶をした。
アライグマ男は、寂しそうに、うなだれてしまった。
僕とアキコはアライグマ男の大きな胸に抱きついた。アライグマ男は、赤い目をして耳をピクピク震わせた。

アライグマ男は、僕らを戸口まで見送った。
自転車に乗った僕らは、手を大きく振って別れを惜しんだ。自転車は雪道をスイスイと走り出し、哀しそうな顔をしたアライグマ男の姿は、直ぐに見えなくなってしまった。

埼玉ネコは、これから向かう場所を前カゴの中から告げた。
「未来へ行こう。未来の君達に会う為に。そして、これが最後の行き先だ」
posted by sand at 00:47| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月18日

2000 Miles I(It Must Be Christmas Time)

I'll Stand by You.jpgはぶん.jpg
The Pretenders / I'll Stand by You

夢の入口からは、暖かい風が吹き出していた。
僕は、背を屈めてその門をくぐった。

夢の国は、真夏を思わせるメマイがするほどの暑さだった。
僕は、大都会の雑踏の中にいた。群がる蟻のように多くの人が、ひしめき合い、交差点では車が列をなし、クラクションが鳴り響いている。店舗からは大音量の音楽が流れ、人の笑い声が木霊した。
僕は、それらの雑音が耐えられなかった。うだるような暑さが耐えられなかった。ギラギラと容赦無く照りつける太陽の光が耐えられなかった。

僕は道行く人に「暗闇は、どこですか?」と尋ねた。
彼らは皆どこかが欠けていた。
ある者は目が無くその場所を見つける事が出来ない。
ある者は耳が無くその質問を聞く事が出来ない。
ある者は口が無くその道順を教える事が出来ない。
僕は質問を諦め、雑踏を歩きまわった。

顔を白く塗った少女が近づいてきて、こう言った。
「夢の国の掟は一つだけ、決して暗闇に近づいてはならない。」
大空をイヌワシが何羽も飛びまわっている。彼らが夢の国の掟を監視しているのだ。

その時、通りの向こう側に白いコートの女が現れた。
女は真っ赤なルージュをひき、黒いサングラスをかけている。
若々しい引き締まった体型とは対照的に顔中を無数の皺が這っている。

僕は、その女に見覚えがあった。
昔、夢の中で「言葉」を奪われた。
白いコートの女は突然、狂ったように笑い、走り出した。
僕は女の後を追った。

女は、蝶のように飛び跳ねながら通りを逃げ回った。
僕は必死で彼女の後を追いかけた。

女はスターバックス・コーヒーの横にある洞穴の中に逃げ込んだ。
僕も、その洞穴に駆け込もうとした。
その瞬間、白塗りの少女が僕の前に立ちはだかって叫んだ。
「暗闇に入り込めば、お前は二度と、夢から覚める事が出来ないぞ!」

僕は決然と叫んだ。
「夢から覚める事に、どれほどの価値がある!言うべき言葉を持たない現実に何の意味がある!」

僕は、少女を突き飛ばして洞穴に飛び込んだ。
そこには暗闇だけがあった。
僕は、暗闇の中で女の湿った唇に触れた。


僕はそこで飛び起きた。夢だ。夢を見ていた。
どこまでが夢なんだ?
一匹の猫が僕のそばに歩み寄った。
「どんな気がする?夢の中で見る夢は?」埼玉ネコはニタリと笑った。

僕らは昨夜遅くまでダンスを楽しんだ後、ソファの上で寝てしまったんだ。
キッチンにはアライグマ男とアキコが並んで朝食の仕度をしていた。

僕はソファから身体を起こし、窓に近寄って外を見渡した。
一面の銀世界だ。昨日までの秋の景色が一晩で雪景色に変わっていた。
降り積もった真新しい雪が朝の光を反射してキラキラと輝いていた。
僕は振り返って埼玉ネコに尋ねた。「もうクリスマスの夜は終わったんですか?」
埼玉ネコは眠そうな目を向けて答えた。
「夢の国に終わりはない。もちろん、始まりさえも」

埼玉ネコは、レコード棚からRandy VanWarmerを選んでプレイヤーに乗せた。
「アメリカン・モーニング」が静かに流れた。
僕らはテーブルについて朝食を食べた。トースト。ベーコンエッグ。レタスとトマトとピクルスのサラダ。熱いコーヒー。
清々しい朝の空気が食欲を旺盛にした。僕らは詰め込むように、それらを食べ尽くした。

食事の後、アライグマ男は『人生ゲーム』をテーブルに持ち出した。
アライグマ男は、僕とアキコを誘って『人生ゲーム』を始めた。
埼玉ネコは、揺り椅子に座って古い本を読んでいた。

窓からは暖かな陽射しが差し込んでいた。
ツララの雫が、降り積もった雪の上に滴り落ちている。キラキラと揺らめく光を放ちながら。
部屋の中では、ダルマ型のストーブが低い音を発して燃え盛り、その上に乗せられた大きなヤカンからシュウシュウと水蒸気が立ち上っている。

アライグマ男は、大きな指でルーレットをチョコンと摘まんで廻した。
ルーレットはクルクル廻って、我々の人生を決めていった。
Randy VanWarmerは、何度も何度も「Just When I Needed You Most」と歌った。
僕らには何が必要なのだろう?

アライグマ男は、眠たそうな目をニッコリ微笑まして、こう言った。
「あなたの、順番ですよ」
posted by sand at 02:30| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

2000 Miles H(It Must Be Christmas Time)

Get Close.jpg森.jpg
The Pretenders / Get Close

午後の陽射しが穏やかに照りつける森の中に着いた。
周囲の木々は色づいて落ち葉が辺りを覆い尽くしていた。季節は秋なのだろう。陽射しはホカホカと暖かだったが吹きぬける風は冷たかった。

アライグマ男の家は、森の隆起した部分に建っていた。
ログハウス風の作りで小さいが、どっしりした落ち着きを感じさせた。

埼玉ネコはドアをノックした。「どうぞ」中から声がした。埼玉ネコは扉を開いて声をかけた。「お客様の到着だ」
アライグマ男は、アライグマそのものだったがベージュのセーターとコットンのパンツを身に着けて、お洒落に見えた。デニム地のエプロンには「LED ZEPPELIN U」のジャケットがプリントされていた。

僕とアキコは、アライグマ男に挨拶した。彼は丁寧に挨拶を返した後、恥ずかしそうに下を向いて耳をピクピク震わせた。

部屋の中は、大きなダルマ型ストーブが勢い良く燃え盛っていて暑いほどだった。
大きなクリスマスツリーが中央に据えられ、色とりどりのリボンが部屋中に張り巡らされていた。
ガッシリした木目のテーブルには既に数種の料理が盛り付けられていた。
ビーフカツレツ。シザーズサラダ。焼き立てのピザとスライスしたパン。
そして大きなチョコレートケーキが乗せられていた。

アライグマ男は、まずアキコをテーブルに案内し椅子を引いて座らせた後、ナプキンを手渡した。
僕と埼玉ネコがテーブルに揃うと、アライグマ男はグラスにワインを注いだ。
大きなワイングラスに赤ワインが、たっぷり注がれた。

次ぎにレコードプレイヤーをスタートさせ、Nat King Coleの「Christmas With Nat King Cole」が鳴り響いた。
アライグマ男は、自分のグラスに野菜ジュースを注ぎテーブルについた。

「メリー・クリスマス!」埼玉ネコは高々とグラスを上げた。
「メリー・クリスマス!」皆も後に続いてグラスを上げた。
ビーフカツレツは、カリッと焼き上げられていて、とても美味しかった。僕らは、ほとんど無言で、それを食べた。それでもテーブルの周りには緩やかな親密さが満ち溢れていて、心地よい一時が流れていった。
Nat King Coleの美しい歌声の狭間に、ナイフとフォークが触れ合う小さな金属音が気持ち良く鳴り響いた。

アライグマ男は、切り分けたチョコレートケーキをテーブルに回した。程よく苦味が効いた美味しいケーキだった。
食事が終わると、僕らはソファに移動して、アライグマ男とアキコが運んできたコーヒーを飲んだ。

やがて、アライグマ男はツカツカとアキコの前にやってきて、丁寧に一礼し右手を差し出し「失礼ですが、踊って頂けませんか?」と聞いた。

アキコは、ちょっとビックリした表情をしていたが「ハイ」と言って立ち上がった。
僕はアキコに手を振った。アキコは恥かしそうに笑った。

アライグマ男は、とても上手に踊った。アキコも次第に優雅に踊り始めた。
古風なログハウスの薄暗い電球の下で、緩やかに踊るアキコはとても美しかった。僕は、うっとりとそれに見とれていた。

「良い娘じゃないか」埼玉ネコは僕に囁いた。
「はい。そう思います。」僕はそう返事をした。

アライグマ男は、踊りを止め僕の前にやって来て「彼女がお待ちです」と告げた。
僕は、ソファを離れてアキコの前に立った。
「王子様の到着ね」アキコは言った。
「乾いた国から来ました」僕は笑った。

「上手く踊れるかな?」僕はアキコに聞いた。
「あなたに必要な事は、過去を捨てる事よ」
僕は、アキコを真似ながら踊ろうとした。少しづつだが踊れるようになってきた。

アライグマ男は、嫌がる埼玉ネコをパートナーにして踊り始めた。大きなアライグマ男は、小さな埼玉ネコと振り回すように踊っていた。埼玉ネコはヒーヒー悲鳴を上げながら踊った。僕らは、それを見て声を上げて笑った。

「楽しいね。キタヤマダ君」アキコは愉快そうに言った。
「楽しいね。・・アキコ」
「え?何て言ったの」
「楽しいね。アキコ」僕は、もう一度言った。
「ようやく名前を呼べたわね」アキコは笑った。

僕はアキコに言うべき言葉を思い出した。
「アキコ」
「ん?」
「綺麗だよ」僕は言った。
「それって口説いてるわけ?」アキコは笑った。

「まあ。60点ってところね」アキコは、そう言いながら僕の肩に顔をうずめた。
posted by sand at 02:54| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

2000 Miles G(It Must Be Christmas Time)

Pretenders II.jpgすぷ〜ん.jpg
The Pretenders / Pretenders II

猫町の景色は、人の町の景色とそれほど変わる事はなかった。
ただその町にある、すべての形のある物が、人の町のそれより一回り小さかった事を除けば。

建物は、どれも一回り小さかった。
道幅も一回り狭まかったし、街路樹の高さも一回り低かった。
公園には一回り小さな噴水があり、一回り小ぶりの水柱を噴き上げている。
そこには一回り小さなブランコがあり、幼い小猫がボンヤリとした表情で揺れている。
通りには一回り小さな看板を掲げた、一回り小さな商店が建ち並んでいる。
一回り小さな雑貨屋。一回り小さな豆腐屋。一回り小さな毛糸屋。

猫達は、二本足で歩いたり、四足で歩いたり、特に統一感はなかった。
ただ、忙しそうにしている猫は一匹も見る事はなかった。皆、一様に退屈そうに通りを歩いたり、寝転がったリ、道端で話し込んだり、路上で歌ったりしている。

僕らは、猫町でも大きい部類に入るビルの前で自転車を降りた。
埼玉ネコは、この町では実力者のように見えた。ホテルのロビーで出会う、どの猫も彼に丁寧に挨拶をし敬愛の眼差しを注いでいた。

埼玉ネコはビルの中にあるラウンジ・バーに僕らを案内した。
比較的広々としたフロアに通され、僕とアキコはボックス席に並んで腰を下ろした。

やがて、中央に設置されたステージに一匹の猫が静かに姿を現した。
彼の登場に、ざわめいていた店内はシーンと水をうったように静まり返った。
「この街一番の<口笛吹き>だ」埼玉ネコは、僕らにささやいた。

<口笛吹き>はゆっくりと深呼吸した後、口笛を奏で始めた。
物凄い音圧だった。口笛でこれほどの迫力を出せるとは。
澄みきった空を駆け抜けるような高音。
低く地を這って腹部に食い込むような低音。
<口笛吹き>は自在に音を操り。聴衆の心の奥底に潜む、ある感情を見事に引き出して行った。
メロディは、トラディショナルの「Amazing Grace」に似た情感を漂わせていた。
何人もの女猫がハンカチで涙を拭っていた。僕とアキコは、時に力強く、時に物悲しい口笛の響きに、心を締め付けられながら聞き入っていた。

<口笛吹き>は、素晴らしい演奏を終えると休息に奥に引っ込だ。これほどの演奏をするには、相当な体力が必要なのだろう。この町では、口笛こそが最も伝統ある演奏形態のようだった。<口笛吹き>は別格の扱いを受けていた。

埼玉ネコは僕らに『ロロ』と言う名の飲み物をすすめてくれた。
『ロロ』は紫色をして炭酸が入っているのかブクブクと気泡を上げていた。
少し嫌な匂いがしたが、味は不味くはなかった。酸味の効いたグレープフルーツ・ジュースに似た味がした。
「この町で人気の飲み物だ」埼玉ネコは喉を鳴らして『ロロ』を飲み干した。

「疲れたかい?」埼玉ネコは僕らに尋ねた
僕もアキコも首を横に振った。
「フム。旅を楽しむといい。私もあなた方の瞳を見ていると、忘れていた物が蘇って来るような気になる」埼玉ネコは微笑みながら言った。

アキコは店内をキョロキョロと見渡しながら「今は何時くらいですか?時計は、どこにあるのかな?」と埼玉ネコに聞いた。

「悪いが、この町には時間がないんだ」埼玉ネコは身体を椅子に埋めるようにして話始めた。
「いや。有るのは有る。でも、それほど重要とは考えてはいない。フム。
時間は答えではない。時間は単なるヒントに過ぎない。この町では、ずっとそうだ。

ある者は産まれながらにして老人であり、ある者は死ぬ瞬間まで子供でありうる。
ある者は一瞬にうちに歳を取り、ある者は一瞬の出来事で若返る。フム。
時間は結論ではない。時間は参考に過ぎない。どう使うかは、その者次第と言う事だ」

埼玉ネコは瓶詰めの『ロロ』をグラスに注ぎ入れながら、この話しをこう締めくくった。
「この町には時間が流れてはいない。流れているのは口笛の響きだけだ」

<口笛吹き>が、もう一度ステージに登場して口笛を奏で始めた。
フロアに響き渡る口笛は若々しく。僕らの瞳に光を与えた。

「そろそろ食事を取ろうか。私の友人を紹介しよう。彼の名はアライグマ男と言う」
posted by sand at 00:35| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月15日

2000 Miles F(It Must Be Christmas Time)

Don't Get Me Wrong.jpg亀.jpg
The Pretenders / Don't Get Me Wrong

一瞬の意識喪失。
再び意識が戻ると僕らを乗せた自転車は浜辺を走っていた。
見渡す限りの白い砂浜が、大きな曲線を描いて海を取り囲んでいる。
空は、今にも雨が降り出しそうな厚い雲に覆い尽くされていた。
海もまた、暗い予感をはらんだ様に重苦しい波を浜辺に打ち上げている。強い海風が、僕らの頬を打ち、辺りの砂を勢い良く舞い上げていた。

埼玉ネコは浜辺を見つめている。その視線の先には海亀が寝そべって海を眺めていた。
僕らは自転車を降りて、ゆっくりと海亀に近づいて行った。

海亀は、首を長く伸ばし眠そうな目を僕らに向けて聞いた。
「海の声が聞こえるか?」
僕とアキコは首を振った。

「わしには聞こえる。海の声が聞こえる」
僕は海亀に尋ねた。
「海は、どんな声をしているんですか?」
「海は、様々な声を持っている。穏やかな声。怒りの声。安らぎの声。悲しみの声。」
「海は、どんな事を伝えようとしてるんですか?」横からアキコが聞いた。
「わしには海が何を考えているかは分からんよ。わしは、ただ、その声を聞くだけなんじゃ」
強い風が砂を舞い上げた。僕らは顔にかかった砂を手ではらった。

「何故、海の声を聞くんですか?あなたは海の声を聞く事で何を得ているのでしょう?」僕は、もう一度海亀に尋ねた。
「何故?わしは、この砂浜で、この空と、この海とが溶け合う場所を見ているだけじゃ。そして、そこに海の声がある。
わしは耳を澄まし、その声を聞く。
それが、わしじゃ。そして、わしが、それなんじゃ。」

「でもそれが、あなたに何をもたらすのでしょう?何の為にあなたは、そうするのでしょうか?」僕は尚も食い下がった。
海亀は首を振りながら、こう繰り返すばかりだった。
「何も、もたらさない。何も必要ない。わしがそれで。それがわしなんじゃ。」

やがて海亀は、のそのそと身体を動かし海に帰って行った。
海亀が去った後も、僕とアキコは海を眺め続けた。

埼玉ネコは、僕らに向かってこう言った。
「フム。全ての行為に意味を求めるのは間違いですよ。
行き先のない想いもある。何も求めない生き方もある」

黒々とした雲は、僕らを押し潰すように垂れ込めていた。風は一段と激しさを増し、押し殺した呻き声に似た音を立てた。

埼玉ネコは、僕らから少し離れた場所まで歩き、腕組みをして周囲の景色を眺めている。
僕とアキコは、空と海とが溶け合う場所に向かって耳を澄ましていた。

「まだ父が生きていた頃ね」僕は海を眺めながら、つぶやくように話し始めた。
「あ、あなたのお父さんは亡くなったんだったよね」アキコは言葉を挟んだ。

「うん。若い頃の父は、事業を起こして強引に金を儲けていたんだ。羽振りの良い時期が何年か続いた。父は自信に溢れていた。頼れる存在だった。もちろん尊敬もした。
でも僕は、当時の父は無理をしてるように感じていたんだ。無理をして自分を飾ってるようにね。
数年後、父は破産同然で事業を手放す事になった。景気が悪くなったんだね。設備投資も過大だった。その何年か後に、父は失意の中で死んだ。

死ぬ間際の父は、いつも泣いていたんだ。僕は父の泣き言を何度も聞かされた。
その時、父はこう言ってたんだ。
『俺が手にした物は、何一つ必要な物じゃなかったんだ。俺が生涯欲しがっていた物は、何の価値も無い物だったんだ』ってね」

「そう。そうだったのね」アキコは浜辺の砂を片手に握り締め、高い位置からサラサラと地面に落とし始めた。
「何が必要なのかしら?私達に残るものは一体何かしら?」アキコが握った砂は、残らず全部地面に落ち切ってしまった。
アキコは空の手のひらを僕に見せて言った。「これで終わり」

「いや。まだ終わらない。まだ次ぎがある」僕らの後ろに立った埼玉ネコが声をかけた。
「次ぎの目的地は、猫町です」
posted by sand at 01:10| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

2000 Miles E(It Must Be Christmas Time)

Last of the Independents.jpg湖畔.jpg
The Pretenders / Last of the Independents

「心のトゲを抜く仕事です。象の心です。」埼玉ネコがそう言うと僕は一瞬、気が遠のいて行った。

再び気がつくと、朝の気配の中にいた。爽やかな風が吹き抜けてはいるが、明かに強い陽射しが感じられた。季節は夏なのだろう。
僕らがいる場所は、林の中だった。

埼玉ネコは、自転車から飛び降りると「ついて来て」と言い残し、林の奥へと駆け出して行った。

僕とアキコも自転車から飛び降りて、彼の後を追って林の奥へと走り出した。僕はアキコに手を差し出した。アキコはニッコリ微笑んで僕の手を握った。
冷たい風が頬を打ちはじめた。水辺が近い。

林は不意に途切れ一瞬のうちに視界が開けた。そこは、かって見た事のない雄大な景色が広がっていた。僕は、驚きのあまり立ち止まらずにいられなかった。

広大な湖だ。見渡す限りに透き通った水を芳醇に湛えた蒼く美しい湖が広がっている。朝日に照らされ、眩く光る湖面。それは穏やかな風に揺らめきながらキラキラと輝いていた。

そして湖畔には、象の群れがいる。何千、何万…それは広大な湖畔を埋め尽くすがごとく、膨大な数の象の群れが佇んでいる。
真に宗教的とも言える光景だった。クリスマスの賛美歌が聞こえてくるような、そんな高騰感が沸き起こった。アキコも同じように感極まった表情をしている。

驚いた事に、それらの象の群れは、まったく動く気配を見せず、まるで静止画像のように停止したままなのだ。
象達は、まるで魂を抜かれたように、その場に呆然と立ち尽くしている。鳴く事も、走る事も、寝そべる事も無かった。ただ、象達は何かを待ち受けるように、その場に立ち尽くしているだけだった。

埼玉ネコは、1頭の象の鼻先に歩み寄り。その鼻先に自分の頬を寄せた。象は嬉しそうに埼玉ネコを鼻先に乗せて高々と持ち上げた。

象の頭部にボッカリと穴が開き、埼玉ネコは、その穴の中にスルスルと降りて行った。

象の瞳から沢山の涙が流れ落ちた。
やがて象は、ゆっくりと足を折りたたみ地面に横倒しになった。


しばらくして先ほどの穴から埼玉ネコが姿を現した。
口に何か、くわえている。白く光る大きな骨のような物だ。
おそらく、それは象の心から抜かれたトゲなのであろう。

トゲを抜かれた象は静かに目を閉じ、もう二度と動く事はなかった。

埼玉ネコが象の身体から身を離すと、そのトゲは銀色の魚に姿を変えた。
埼玉ネコは、その魚を大切そうに湖に放った。
銀の魚は、眩いほどの輝きを残して湖中に消えていった。

埼玉ネコは、その作業を何頭も何頭も繰り返した。

象の心から抜き取られたトゲは、数多くの銀の魚となって湖中に消え去った。

僕とアキコは、手を繋いだまま、その作業を言葉もなく眺めていた。

やがて埼玉ネコは、僕らのそばに歩み寄ると声をかけた。

「この世の怒りや哀しみを、象達は引き受けて心にトゲを残すのです。」埼玉ネコは、そう言って首を何度か横に振った。

「あなた方は、まだ若く、象達の運命を理解する事は難しいのかもしれません。
ただ、誰もが何かを引き受けているのです。この世の全ての生き物は、この世の全ての生き物の為に、何かを引き受けなければなりません。フム。それは当然の事なのです。
あなた方が、心から愛する人に巡り会った時、あるいは美しい子供達を授かった時、その事を知るでしょう。」
埼玉ネコは、そう言い残すと足早にそこを後にした。

僕は、もう一度、湖を振り返り、その光景を瞳に焼き付ける事が出きるならと願った。

「次は、海を見に行きましょう。そこには海亀がいます」
posted by sand at 00:55| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

2000 Miles D(It Must Be Christmas Time)

Pretenders.jpgChristmas3.jpg
The Pretenders

「はじめまして。埼玉ネコと申します。」
その猫は、うやうやしく、お辞儀した。

顔を上げた猫は、胸を大きくそらし両手を後ろで組んで、ゆったとした口調で話し始めた。
「フム。驚かれるのも無理はない。まず最初にお断りしておかなければなりません。これは夢なのです。そう、あなた方、お二人は同じ夢を見ておられる。
もちろん、何も心配する必要はございません。夢は、いつか醒めるのです。それが、どんな幸せな夢であろうとも…」埼玉ネコは、言葉を切って肩をすくめた。

彼の話は続いた。
「が、しかし。ある人は、こう言うのかもしれません。これは夢ではない。これは奇跡だ。
クリスマスの奇跡だと。フム」埼玉ネコはニタリと笑った。

確かに埼玉ネコが現れてから、耳の奥に「キーーン」と耳鳴りがしていた。急に気圧が下がったような感じだ。それに、さっきまで鳴り響いていた騒音は、まるで聞こえなくなっていた。
音のない世界に僕とアキコは佇んでいた。

「さて、私は、先程お二人の会話を拝聴させていただいておりました。<たった一つの大切な物>それをお二人は探しておられるようで。フム。実に興味深い。

何故なら、私は、あなた方にお見せ出来る<ある物>を存じ上げておるのです。
つまり私には、それを探すお手伝いが出来る。そういう事になりそうなのです。

もちろん、無理強いはいたしません。
お二人に、その気持ちがあるのでしたならば、我々が暮らす夢の国にご案内いたしましょう。
しかしながら、そこで<たった一つの大切な物>が見つかるかどうかの保証は致しかねます。
また、例えそこで、それを見つけたとしても夢から醒めた後、それを憶えていると言う保証も致しかねます。

ただ、そこには、その<鍵>が存在する。その事に間違いはございません。保証いたします。

後は、お二人の気持ち次第です。
私と一緒に夢の国を旅する気持ちがございますでしょうか?
その<鍵>を目の当たりにする覚悟がございますでしょうか?
如何ですかな? 」
埼玉ネコは、薄笑いを浮かべながら僕らに聞いた。

僕はアキコの顔を見た。アキコは首を縦に振った。僕の心も決まっていた。
「連れて行って下さい」僕は、埼玉ネコに返事をした。

「フム」埼玉ネコはニタリと笑って指をパチンと鳴らした。
古く錆び付いた自転車が、カラカラと音をたてながら、こちらに向かってきた。
その自転車には誰も乗ってはいなかった。
自転車は意志を持ったように、自力で動いているのだった。

埼玉ネコは、ヒョイと自転車の前カゴに飛び乗ってうずくまった。
「どうぞ」埼玉ネコは僕らに声をかけた。
僕は前方のサドルに乗ってハンドルを握った。アキコは後ろの荷台に乗って手を僕の腰に回した。

自転車は、ゆっくりと走り始めた。静々と脇道を抜け、繁華街へと進み出ていった。
驚いた事に、先ほどまで大勢の人々で賑わいを見せていた繁華街には、一人の人間の姿も見えなかった。
ただ、クリスマス・イルミネーションだけが無人の街に空虚な光りを放ち続けた。それは、ある意味<憎悪>とも受け取れる光景だった。不機嫌な光りの海を、僕らは心細い気持ちを抱いて通り過ぎて行った。

「クリスマスの夜は長い。まず、あなた方に私の仕事をお見せしましょう。
それを知る事も<鍵>の一つだと思って頂きたい。フム」前カゴから埼玉ネコは、僕らに声をかけた。

「心のトゲを抜く仕事です。象の心です。」
posted by sand at 00:44| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

2000 Miles C(It Must Be Christmas Time)

Saving Grace.jpg星空.jpg
The Pretenders / Saving Grace

星明りに照らされた駐車場には、うずくまるように数台の自動車が停められていた。
弱い光を浴びたそれらの車は、無機質の冷たさと重厚さを漂わせながら、そこに存在した。
それは、まるで何十年も何百年もの永きに渡って、ここで見捨てられ、次第に朽ち果てていく墓標のように感じられた。
僕とアキコのいる場所は、墓場なのかもしれない。
ここに目を向ける者など誰もいない。ここには最初から死人しかいないのだ。

でも、この場所は僕に相応しかった。
僕は、この場所が持つ疎外された気配と自身の抱える隠蔽された憂鬱を重ね合わせて、ゆるい絶望に身を浸していた。

「ねぇ。あなたは、自分がどこから来て、どこに行くのか考えた事がある?自分が何の為に生きているのか分かる?」アキコは星空から目を逸らさずに、そう聞いた。

僕はアキコの横顔を見つめながら答えた。
「それは、あるけど。答えなんて分からないよ」

アキコは、ワンカップを手の中でクルクル廻しながら話を続けた。
「私はね。生きてるのって、たった一つの大切な物を見つける為にあるんだと思うのよね。
それが見つかる人もいれば、見つからない人もいるのね。見つかった人だけが幸福とは限らないわ。
だって、それは、本当にたった一つしか無いんだから、もう、それ以上見つける事が出来ないでしょ。
それは、ある意味、終わってしまうって事かしら。

それを探し続ける生き方もあるのかもしれない。ずっと探し求めながら死んで行くのね。
安らぎも無ければ、終わりも無い。
あなたなら、どっちを選ぶ?」

「絶対、見つけたいよ。どうしても見つけたいんだ。そこに答えがあるのなら、どうしても手に入れたいんだ」僕は躊躇なく答えた。

「私も見つけたい。
でも、それが見つかってしまったら、今度は、それを失う事に不安に感じながら生きて行くのかもしれないね。
それが手からすり抜けて行くのを、ただ力なく眺めたりするのかも」
アキコは僕を見て言った。

「どうだろう。でも見つけたいよ。どこかに辿りつきたい。心から安らげる場所にね。」
僕はアキコの瞳を見つめながら、そう言った。

アキコの瞳は、冬の夜空を思わせる深遠さを湛えていた。僕は、その深遠さに、どこかで触れたような気がした。でも、どこだったかは思い出せない。
ただ、アキコの瞳の奥にある深い深い井戸が、どこかに繋がっているような気がしていた。それは多分、僕に関わりのある場所だ。

その時、辺りに大きな物音が響いた。僕らはハッと身を震わせた。
駐車場脇の茂みから妖しい二つの光が放たれているのが見えた。
目だ。
何物かの目が僕らを見つめている。

やがて、怪しい目は素早く動いて、僕らの方向に勢いよく飛び出して来た。
猫だった。
一匹の猫が、駐車場に現れたのだ。猫の姿を見とめると、僕の肩から力が抜けていった。

その猫は、薄汚れた茶色をして見るからに野良猫の風体をしている。
猫は、少しの間、僕らの様子をうかがっていたが、やがて、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
なんだかニタニタ笑ってるような不適な面構えをしていて、僕は嫌な気持ちになった。

猫は、僕らの少し手前で立ち止まると、不意に前足を胸の前に上げ、上体を起こした。
そのまま二本足で立ちあがったのだ。
声も出ないほど驚いている僕らに向かって、猫は胸を張り腕を振って悠然と歩いてくるのだった。

猫は、僕らの前で立ち止まりハッキリした口調で言葉を発した。
「はじめまして。埼玉ネコと申します。」
posted by sand at 03:42| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

2000 Miles B(It Must Be Christmas Time)

Loose Screw.jpgChristmas33.jpg
The Pretenders / Loose Screw

僕らは結局、マクドナルドでビックマックを頬張っていた。
「侘しいディナーになったね」僕はアキコに言った。
アキコは、ホットコーヒーにミルクを垂らしていた。
「良いのよ。私とキタヤマダ君には、乾いた場所がお似合いなのよ」
「乾いた場所か。確かに居酒屋みたいな親密な空間は、居心地が悪いな」

アキコは、コーヒーを飲みながら言った。
「ねぇ。こんど映画行かない?」
「良いけど。退屈じゃない」
「かなり。退屈ね」アキコは真面目な顔で言った。

アキコはポテトを摘まんで眺めながら続けた。
「あなたは、何も分かっていないし、分かろうともしていないわ。でも、分かったふりをしている人間より僅かだけど居心地が良いの」
「微妙な差なんだ」
「そう、かなり微妙ね。例えば・・」
「ラーメン屋とか?」

「え!ラーメン屋なの?」アキコはポテトを頬張りながら言った。
「ラーメン屋じゃ無いんだ」
「ラーメン屋は気付かなかったな〜。いつか、あなたも気付いてくれるかしら?」アキコは、そう言ってコーヒーを飲みほした。

クリスマスにしては、暖かい夜だった。子供の頃から、クリスマスには、寒くて殺伐としたイメージを抱えていた。でも、その夜は、少しだけ違って暖かかった。
それが気候によるものか、アキコによるものかを知るには、僅かな魔法が必要とされた。


食事を終えて地下鉄の降り口に着いた。僕はアキコにサヨナラを言おうとした。
アキコは、その言葉を逸らすように「今日は星が綺麗ね」と夜空を見上げて言った。

僕も夜空を見上げた。クリスマスの雑踏の中でも、夜空には控えめな星の輝きが、ひっそりと貼りついていた。
上を向いたアキコの横顔を覗き見していると、このまま別れるのが惜しくなった。
アキコも別れの言葉を切り出さない。

「お酒でも飲んで帰る?」僕は試しに聞いてみた。
アキコは「良いわね」と言って微笑んだ。

1984年は、誰もが甘い夢に浸るように、ビールやワインの酔いに包まれて去っていこうといていた。
でも、僕には夢を抱く事も、酔っ払う事も、ずっと遠い世界の出来事のように思えた。
大声で歓声を上げる同年代のグループから目を背けるように、僕らは人垣に埋め尽くされた通りをすり抜けて行った。
僕はただ、ここから逃げようとしているだけなのか?
ここで笑って楽しむ事に、どれほどの価値があるのだろうか?
僕とアキコは、人の波に背を向けて静かな場所へと押し流されていくようだった。

僕らは、賑やかな通りから脇道に入り込んで、人気の無い駐車場に辿り着いていた。
手にはコンビニで買ったワンカップとイカの燻製が入った手提げ袋があった。

無人の駐車場では、澄んだ星空が良く見えた。
クリスマスの喧騒は、大きな湖を隔てた場所で催されるパーティのように、ずっと遠くから聞こえてきた。

二人で駐車場の柵にもたれてワンカップを飲んだ。
「さらに乾いた場所に来たね」僕は言った。
「乾き切ったって感じね」アキコは笑った。

「ねぇ、キタヤマダ君。なかなか楽しかったよ」
「え。何もしてないけどね」僕は笑って言った。
「そうね。あなたは何もしない人なのよ」アキコは星を眺めながら言った。

静かな場所から眺める冬の星空は、眩いほどの輝きを放っていた。
それは雄大な天空の物語を感じさせ、僕らのくすんだ魂までも浄化されてしまう。そんな気持ちが沸き起こるほどの美しさだった。
見つめていると夜空に吸い込まれてしまうような、まるで空をさ迷っているような不思議な心持になっていた。

星明りに照らされたアキコは綺麗だった。
僕は、アキコの横顔を眺めていると、心の奥底に潜む不安が、ゆっくりと薄らいで行くのを感じた。
posted by sand at 02:59| Comment(0) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月10日

2000 Miles A(It Must Be Christmas Time)

Isle of View.jpgChristmas2.jpg
The Pretenders / Isle of View

レコードを受けとって店の外に出ると、陽は沈み夜の闇が辺りを覆っていた。
クリスマス・イルミネーションは最後の力を振り絞るように、行く当てのない虚構の光りを撒き散らしている。

歩きながら、ふと気がつくとアキコは僕の横にいなかった。
慌てて振り返ると、表通りから路地の方向を眺めて立ち止まっている。

「どうした?」
路地を覗くと、アルバイトでサンタの仮装をした若い男が煙草を吸っている。多分、休憩時間なんだろう。
「知り合い?」僕は聞いた。
「ううん。知らない人よ。私、疲れたサンタクロースって見たかったのよ。」
「確かに疲れているね。時給が気になるわけ?」
「バカね。サンタクロースだって疲れてるって場面を見たかったのよ。」
「サンタが疲れてたら、変かな?」
「サンタって爺さんのくせにタフそうに振舞ってるでしょ?それがね。気に入らなかったのよ」
アキコは、憎々そうな表情をした。
「なるほどね。で、疲れたサンタを見て満足なんだ」僕は言った。
「してやったり。って気分ね。思い上がるのも、これまで。って事よ。」
「思い上がってるのは、どう考えても君の方だよ」僕は言った。
アキコは顔を歪めて、僕の脇腹を肘で突ついてから歩き出した。

アキコは白いコートを羽織っていた。それは、眩しく光輝いて通りを歩く他の女の子とは違って見えた。
白いコートにはイルミネーションの電飾が、赤や青の色彩をステンドグラスのように反射させていた。この場面を、どこかで見たことがある。ハリソン・フォード主演の映画「ブレード・ランナー」。その繁華街の雑踏の場面だ。
あの映画に登場するアンドロイド達のように、僕は「いつわりの心」を抱えているように思えた。
本物の心は、どこにある?それが必要なのかどうかも、分からなかったけれど。

「さて、キタヤマダさん。何か食べる?」アキコは、通りを歩きながら僕に向かって聞いた。
「どこでも良いよ。どうせ、君が決めるんだろ?」僕は返事をした。
「何それ。私がワガママだって聞こえるんだけど」
「そうでしょ?」
「まあね。自己は主張する為にあるものよ」
「主張する場面が多いだろ?」
「手当たり次第って感じかしら」アキコはニッコリ微笑んだ。

「じゃ、いつものモツ鍋屋に行こうか」アキコは、僕に向かって言った。
「良いね。クリスマスの夜なら、どんな主張でも歓迎するよ」僕らは並んで歩き始めた。

あいにく、モツ鍋屋は満席だった。

「ついてないね」僕はアキコに言った。
「クリスマスの予定調和には、魔法が必要なのよ」アキコは、そう言って再び歩き始めた。

僕らは夜の雑踏の中で、行く先を探し続けた。1984年の僕らは、ちょうど、そんな場所にいた。
イルミネーションの光が眩し過ぎて、目が眩んでしまったように、僕らは自分の居場所を見失っていたんだ。
posted by sand at 03:48| Comment(4) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月09日

2000 Miles @(It Must Be Christmas Time)

Learning to Crawl.jpgChristmas1.jpg
The Pretenders / Learning to Crawl

その日の日付を正確に思い出す事が出来る。
12月25日。1984年のクリスマスの事だ。

「昨日は、キウチと一緒だったんだろ?」僕は、アキコに聞いた。
アキコは、大袈裟に眉を上げただけで何も言わなかった。

僕はアキコとレコードショップに来ていた。
キウチは、サークルの飲み会だとアキコは僕に言った。

レコードショップには、イヴの夜は過ぎたとは言え、クリスマスソングが途切れる事なく流れ続けていた。
そのどれもが、僕には退屈に思えたが、前年の冬にリリースされたThe Pretendersの「2000 Miles」だけは足を止めて聴きいってしまう何かがあった。
その何かは、いつものように説明出来なかったのだが。

「あなたは、昨日は何やってたのよ」アキコは僕に聞いた。
「K君達と一緒に麻雀やって酒飲んでたよ」僕は答えた。
「モテない組織ね。それにしてもK君って素晴らしいよネ」
「僕もK君だけは訳が分からないよ」

K君とは、僕らの仲間内の名物男でブッ飛んだ言動で恐れられ呆れられていた。
でも僕らは彼のファンだった。

「あの人の脳は、どこか別の場所に繋がってるわよ」アキコはレコードの棚を眺めながら言った。
「どこかに繋がってるんだな?」
「そうそう。意外な場所。例えば・・」
「ラーメン屋?」僕はレコードをめくりながら聞いた。
「う〜〜ん。もっと上かな」
「じゃあ、ラーメン屋の2階とか?」
「そうね。もう少し狭い場所をイメージしてみて」アキコは腕組みして、そう言った。
「ラーメン屋の2階の流し台の扉を開けた排水管のソバでは?」
アキコは、うなずきながら、こう言った。
「まあ。良いでしょう。若干の誤差は考慮しましょう」
「若干なら申し分ないね。」僕は笑った。

1984年は、Princeの年だったのかもしれない。
僕は、彼が大嫌いだった。「Purple Rain」も下品な演歌もどきにしか聞えなかった。(その後、彼の大ファンになる)
しかし僕にはBruce Springsteenがいた。「Born in the USA」は、期待を遥かに上回る力作だった。しかし、BruceがMTVにちょこちょこ登場するのには抵抗があった。
それまでの圧倒的にストイックなイメージとは違う物を感じつつあった。

僕は1枚のレコードを抜き出した。U2の「焔」。リリースされたばかりの新譜だった。
「見るからに寒そうね。そのジャケット」アキコは僕に聞いた。
「う〜〜ん。音も、かなりの寒さだよ。」僕は答えた。
「ふうん。寒い音ってあるんだね」
僕はU2のアルバムを脇に抱えながら、こう言った。
「寒いけど燃えるよ〜」
「あなたに燃えるって言葉似合わないな」
「見るからに?」
「そう。見るからに」アキコは笑って言った。

アキコは、キウチの恋人だった。
キウチと僕とは中学以来の親しい友人で、僕は彼の事を信頼してたし誇りにも思っていた。

でも、いつからか僕とアキコは、キウチに内緒で会って話しをするようになった。

僕のアキコへの感情は、自分でも推し量る事が出来ない物だった。
僕とキウチは随分長い付き合いだったが、アキコとは、そうではなかった。
僕にとってはキウチはずっと近い距離にいた。アキコは、ずっと遠い場所にいる。

それでも僕はアキコと一緒にいると心が安らいだ。まるで古い古い友人と一緒にいるような気がしていた。

☆このお話しは、「Time After Time」と言うお話しの続きになります。
posted by sand at 03:42| Comment(2) | 連作小説・アキコ物(2000 Miles) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。