2006年04月28日

6丁目の暗黒(再UP)(時計館のある街@)

☆拝啓ショコポチ先生 昨日は酔っ払ってレスを付けてしまい、不快な思いを与えてしまった事を深くお詫びいたします。誠に申し訳ございませんでした。
で、何が言いたいかと言うと『4行以上のコメント大歓迎』と今更のように呟いてみたりするのでした(反省してないよ。コイツ)

放っといたら、ろくな事書かないので、昔書いたヤツの再掲載です。どっちにしても、ろくでもない文章なのですが…。


柱時計.jpg

6丁目の街外れには暗黒があった。

僕は、時計館に勤めていた。
街中の古時計がここには集められている。
僕の仕事は古時計を調整し、その命を聞く。

シーンとした館内には時を刻む音だけが鳴り響いていた。
コチ、コチ、コチ。
古くてドッシリしたカウンターに独りで座り、1日の大部分を時計の音を聞きながら過す。
扉の外で降り続く、雨の音さえ聞こえない。ここは、そんな場所だ。

静かに扉が開き、瞳のない馬がやって来る。
彼女は年老いて歩く事さえ、おぼつかない。なにより彼女には瞳がない。
大きな純白の目玉だけが皺だらけの顔に浮かんでいた。

瞳のない馬はヨボヨボと受付のイスに腰を下ろすと「まだ、時間は残っているかね?」と聞く。

僕は彼女の古時計のそばまで歩み寄り、彼女の命の音を聞く。
「まだ、残っていますよ。でも、それほど長くはない」僕は答える。

「そうかい。それは良かった。まだ、やり残した事があってね。どうにも気がかりなんだよ」
瞳のない馬はうつむいて微笑みながら言う。

「命が尽きる前に、瞳を取り戻したいよ。あの暗黒で奪われた瞳だよ。わしはまだ若かった。何も知らずに、あの暗黒に近づいてしまった。」瞳のない馬は、独り言のようにそう言った。

しばらくの沈黙の後に彼女はこう言う。
「歯磨きサロンのトムの店に妹が帰って来た様だね。なんでも都会で勉強して見事なブラッシングを見せるようだね。名前は、たしか・・」

「ソニー。友達です。」僕は、その子の名前を言う。彼女は僕の恋人だ。

「そうかい。友達かい。それは良かった」瞳のない馬は嬉そうにうなずいている。
僕らは今夜、仕事が終わって夕食の約束をしている。

瞳のない馬が館を後にすると僕は帰り支度をはじめる。
一つ一つ時計を回って、その音を聞いて行く。
大丈夫。今日は誰もが元気でいる。

館の明かりを消して、夕暮の街を歩き出す。
歯磨きサロンをやってるトムの店に向かう。
この街で一番上手いと評判の店だ。店はいつ行っても人が並んでいる。
彼に磨いて貰った歯は、まるで宝石みたいに輝き出す。

「やあ。ソニーは<指切り婦人>の家に出張サービスに行ってるよ。待てるだろ?」トムは、店の扉を開けた僕に告げる。
でも、僕は嫌な予感が身体を駆け巡る。<指切り婦人>の家は、暗黒の近くだ。
「いえ。迎えに行って来ます。」
僕は、急いで扉を閉め、夜の街を走りだす。
石畳を息を切らして駆け抜ける。
「ソニー、暗黒に近づいちゃダメだ。暗黒に触れたら君は戻れなくなる。今の君には戻れなくなるんだ。」


 誰もが秘密を持っている
 直面出来ない何かを持っているんだ
 ある人たちは一生それを持ち続けようとし
 ある日それを断ち切るまでどこへ行くにも持って行くんだ
 断ち切れなければ それに引きづられて行くんだ

 誰も問い正したり
 顔をじっとのぞき込んだりしない
 町のはずれにある暗闇へ
  Darkness On The Edge Of Town / BRUCE SPRINGSTEEN
Darkness on the Edge of Town.jpg

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2006年02月24日

No More Blue Horizons

China Crisis.jpg
China Crisis / The Best Songs Of..

「親がね、会社やってるんだ。金持ちなんだよ」ミヨシ先輩は小さく微笑んだ。
僕らはミヨシ先輩の部屋へと向かうエレベータの中にいた。先輩の住んでるマンションは誰が見ても高級だと分かる豪華な造りだった。
2LDKはある広々とした部屋に先輩は一人で住んでいた。

先輩の部屋の中では、そこにある何もかもが床に直に置かれていた。
あらゆる品物が、部屋のあちこちでベッタリと横倒しにされている。
ちょうど田舎の陶器市で道なりを覆い尽くすように並べられた色取り取りの陶器のようだった。
キッチンにはコップや大皿小皿、鍋やポット、ビールやワインがホームセンターのバックヤードのように直に床に置かれていた。冷蔵庫も食器棚も椅子もテーブルもなかった。

リビングではテレビやオーディオ機器が。雑誌もCDも。メイク道具も宝石も。全てが広々としたフロア全体の床に転がっていた。ソファや収納ラックはなかった。

一つの部屋は、まるごと衣装部屋になっていた。フォーマルであれカジュアルであれ、どの衣装も床に直に寝かされている。フリーマーケットの古着屋のような感じだ。
もちろんタンスは見当たらなかった。

ミヨシ先輩は衣装部屋に入るとスルスルとスーツを脱いで全裸になった。脱いだスーツは空いた場所に丁寧に寝かされた。
全裸のミヨシ先輩は、ピョンピョンと衣装の海を飛び跳ねて、何枚かの衣装を拾い上げていった。

先輩は古いトレーニングウェアの上下を素肌の上に羽織った。そのウェアの背中には「3-2 ミヨシ」と書かれた白い布が縫い付けられていた。
「それは・・」僕はミヨシ先輩の背中を見つめて思わず言葉が漏れた。
ミヨシ先輩は魅力的に微笑んだ。
「そうそう。高校の時のトレパンとトレシャツ。これ着ないと落ちつかないんだよ」
ミヨシ先輩はその場に体育座りして僕を見上げた。


ミヨシ先輩と僕は、同じデパートの社員として働いていた。
ミヨシ先輩は衣料品の担当で、食品担当の僕とはフロアも違っていた。
先輩は僕より五つか六つ年上のようだった。

僕は、よく仕事場を抜け出して非常階段の下にある喫煙スペースでタバコ吸っていた。
そこでミヨシ先輩とよく一緒になった。
ミヨシ先輩は長身でキツイ目つきをしていた。同僚の誰もが感じの悪い女だと評したが、僕にはミヨシ先輩の何もかもが魅力的に感じられた。
ミヨシ先輩はジョン・ベルーシのファンだと言った。僕はダン・エイクロイドが大好きだった。それで僕らは友達になった。


「座りなよ」体操服姿のミヨシ先輩は突っ立っていた僕に声をかけた。
僕は散らばってる品物の隙間に腰を下ろした。
ミヨシ先輩は床に置いてあったグラスに手を伸ばし、別な場所に転がっていたバーボンを拾い上げて注いだ。
ミヨシ先輩は床を四つん這いになって歩き回り、必要な物を拾い集めた。

「ポッキー食べるかい?」先輩の手にはポッキーの箱が握られていた。
僕はうなずく。
先輩は封を開けてポッキーの中身を取り出すと一本一本床の上に並べて行く。
僕はバーボンを舐めながら、その作業を眺めている。

「ピッタリと貼り付いてなきゃ信じられないんだ」ミヨシ先輩は不意に話し始めた。
僕は黙って話しを聞く。

「人間ってさ。どれだけ膨らんでるかがステイタスなんだよ。いろんな物がイッパイ詰まってるだよって姿を見せびらかしたいんだね。どいつもこいつもブテブテに膨らんだ豚ばっかりなんだよ。」
先輩は床の上のポッキーを一本口にくわえた。

「あんまり膨らんじゃってるから、誰と接してもシックリ・ピッタリなんて無理なんだ。ほら、身動き取れなくなってるヤツ。よく見かけるよな?言ってる事わかる?」
先輩は僕に聞く。

「わかりますよ。でもね。誰とでも貼りつこうとは思いませんよ。僕はね」

「そりゃそうだよ。嫌なヤツとか触れたくもないね。私もさ。でもね。私はさ。やっぱり誰かとピッタリと貼りつきたいんだよ。もう全然動けませ〜んってくらいにね」先輩はハハハと笑う。

「誰も入ってこれないくらいピッタリ貼りつくんだ。隙間なんて許せないんだ。そんなの必要じゃないんだ」
ミヨシ先輩は、そう言って立ち上がりリビングの明かりを消す。それから、もう一度、体操服を脱ぎ捨て全裸になって床に横たわった。

「なあ。私をペチャンコに押し潰してくれないか?」先輩は床に寝たまま僕に言う。

僕は立ち上がり服を脱ぎ捨てる。素っ裸で先輩の上に覆い被さる。
僕らは2枚の下敷きのようにピッタリと重なり合う。先輩の柔らかい肌が、僕の身体を満たして行く。

「どうだい?どんな感じだい?」先輩は僕の耳元でささやく。

「先輩って水平ですよ。どこまでも水平ですよ」僕は答える。

ミヨシ先輩は嬉しそうにクククと笑う。「そうかい。そうかい。私しゃ水平線になったのかい」

僕は先輩の唇に舌をはわし、水平線をかき回す。
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2006年01月22日

Bloodflowers(吸血鬼の青春)中編

blo2.jpg
The Cure / Bloodflowers

僕の青春時代は、熟した女の媚態と無邪気な同級生達とのアンバランスな台座の上に乗っていた。
もちろん、同じ吸血鬼の同級生以外は、誰も僕の正体を知らない。
毎夜、僕の下半身に貪り付いてくる野獣のような大人の女達に比べれば、同級生達は、男であれ女であれ、ずいぶん幼稚に感じられた。
僕はそれら同級生よりずっと大人びていたし、落ち着いてもいた。老成していたと言えるかもしれない。僕は無邪気に夢を見る時代を経ずに枯渇へと向かっているようだった。

同級生の誰もが僕に一目置いていた。実際、僕は勉強でも運動でも常にトップクラスを進んだ。顔も悪くなかった。女の子は僕に憧れた。
でも、僕は同級生の女の子に何も感じる事が出来なかった。その心も身体も僕には硬過ぎたし脆過ぎた。

その頃、僕の性行為は次第にエスカレートしていった。僕は女たちを縄で縛り、鞭で打ち付けた。背後から肛門にペニスを突き立て、内股の肉を食いちぎった。逃げ回る女の髪を引き摺り回し、顔に精液を浴びせ掛けた。女達は苦痛とも喜びとも受け取れる悲鳴を上げた。
僕には快感と苦痛の境目が分からなくなっていた。SEXは僕を傷つけた。でも苦痛しか、僕を燃やす物はなかった。僕はより深い快楽を求め、女と自分を傷つけ続けた。

僕が毎晩SEXに明け暮れるようになっても、依然、父はソファに静かに座っていた。
たまに父と視線が合うと、僕は哀れみの目で父を見た。そんな時、父もまた哀れみの目で僕を見返すのだった。父は何を知っているのだろう?
僕は父のようには、なりたくはなかった(不思議と父を軽蔑する気持ちは沸いて来なかったが)。僕には夢があった。弁護士になる夢だ。
僕は短時間で自分でも驚くほど、知識を習得する事が出来た。僕には自信があった。
僕は望む物を手にする事が出来る。僕は自分の才能を疑わなかった。
僕は家を出る決心を固めた。その為には母と寝る必要がある。
僕は、その女を征服する必要があった。


意味なく長くなったので3回に分けました。だからと言う訳じゃないけど。早く良い物件が出ますように。人気blogランキング
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2006年01月19日

Bloodflowers(吸血鬼の青春)前編

Bloodflowers.jpg
The Cure / Bloodflowers

僕は吸血鬼として産まれた。人に種族があるように、僕は吸血鬼と言う種族として産まれたと言う訳だ。
僕らの日常は、人のそれとほとんど変わらない。普通に朝起きて、普通に学校に通い、普通に食事を取って眠る。
吸血鬼の種族は、近隣に寄り集まるように住んでいる。どの家庭も例外なく裕福だった。僕は付属の中高を経て比較的有名な私立大学に進学した。どの家庭の子供も似たようなコースを辿った。
ずっと不思議に感じている事は、僕らの家庭はどこから、そんな収入を得ているのかと言う事だ。
何故なら、僕の父は全く働いていなかったから。いつもリビングのソファに腰掛けて空ろな表情を浮かべていた。この世の全てに興味を失っているように見えた。
とは言え、それは僕の父に限った事ではなかった。何年か前に亡くなった祖父もそうだったし、近くに住む吸血鬼の父達は、皆一様に無気力だった。

弱い男達に比べて吸血鬼の女達はタフでパワフルだ。彼女達は男に代わって家庭内の全てを切り盛りし、株取引にも深い知識を持っていた。彼女達は時折集まって銘柄情報を交換し合った。
(後で知った事だが吸血鬼の女達は、その家系に伝わる膨大な資産を運用して、莫大な収益を上げていた)

時々死体が届いた。新鮮な死体だ(それを斡旋する業者がある)。近隣に住む吸血鬼家族が呼び集められ、その生肉にかじり付く。血をすすり。骨をしゃぶる。大人達は株取引の話題で盛り上がり、子供達は級友の悪口で盛り上がる。ちょっとしたホームパーティのようなものだ。
でも、そこには大人の男達の姿はない。男達は自宅のソファに座って、空ろな視線を壁に這わせていた。

吸血鬼の女達は性的にも奔放だ。
毎夜、どこからか男がやって来て僕の母を抱いた。複数の男が集まる場合もあった。
性交は、果てる事なく明け方まで続いた。母のヨガリ声は邸内に木霊し、僕は幼い頃からその声を聞きながら眠りに落ちた。
僕の父は、やはりソファに座って静かに目を閉じていた。

母のSEXは、僕らの日常に溶け込んでいたと言ってもいい。物心ついた頃からSEXの饗宴は、毎夜毎夜繰り返された。母の部屋に限らず、台所であれ、浴室であれ、トイレであれ、廊下であれ、母と見知らぬ男は交わった。
僕と父がテレビを見ているリビングで交わる事もあった。母は僕と父に淫らな姿を見せつけるように歓喜の声を上げた。
いつしか母のそんな姿は見なれてしまい、僕には何の感心も湧かないようになっていた。父もそうだろう。
どうして毎晩同じ事に熱中出来るのか、僕にはそっちの方が不思議だった。

小学校の高学年になると、僕は母の女友達に呼ばれた。
彼女達は僕を裸にし、まだ幼いペニスを奪い合うようにしゃぶった。
僕は意味の分からぬままに勃起した。女の一人が僕の上に乗り、僕のペニスを自身の陰部に沈めた。
その日、僕は女を知った。

それから、ほぼ毎夜、僕は見知らぬ女達に抱かれた。
SEXは、それほど僕の心を躍らせなかった。悪くは無いが、それほどの魅力はなかった。ただ僕には楽しみがあった。
僕とSEXをする女達は、絶頂を迎える瞬間になると決まって『血を吸ってくれ』と泣き叫んだ。
僕は女達の肩や胸に噛み付いて新鮮な血をすすった。女達の血は、それぞれ違った味がした。例えようもないほど甘美な味だった。僕は夢中で女の血を飲み干した。
血を吸われた女達は、まず間違いなく白目をむいて失神した。おびただしいほどの愛液を撒き散らしながら、涙を流して喜んだ。
僕は女達のそんな姿を見るのを好んだ。僕は彼女達に何かを与える事が出来る。その事が僕には誇らしく思えた。


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2006年01月13日

What's So Funny 'Bout

Surrender to the Rhythm.jpg
Brinsley Schwarz / Surrender to the Rhythm

「sand君よ〜。酒よ〜。酒に生きるよ〜。俺たちゃ酒に生きるんだよ〜〜ん」と、ゴローちゃんは俺に言った。
俺は長い間不倫を続けていた女の事が、女房にバレて一人っきりになっていた。

その事実に気がついた女房は、娘達を連れて実家に帰った。俺は慌てて女房の実家に駆けつけた。
女房の父親から顔が歪むほど殴られた。女房は二度と俺に会わないと告げられた。
一途な女だった。俺はそんな女房を心から愛していた。そしてまた不倫を続けた女にも心からの愛を捧げた。分け隔てなんてしなかった。
つまり俺は大馬鹿者だったって訳だ。

俺は店を処分しマンションを引き払い、日雇いの作業員になった。もちろん住み込みだ。給料の殆どを借金の返済と女房と娘達への仕送りに充てた。
俺は手を抜かず必死で働いた。擦り切れるほど働いて、俺の犯した罪までも磨り減ってしまう事を願った。

ゴローちゃんとは現場で出会った。ゴローちゃんは50歳は過ぎていると思われた。60近いのかもしれない。もっと若いのかもしれない。どってにしても小汚いオッサンに違いなかった。髪はボサボサでギトギトと脂が浮かんでいた。歯は大方抜け落ち、締まりのない口元からはヨダレが垂れていた。目は真っ赤に充血し目脂がこびり付いている。鼻水も垂れ放題。鼻穴の周りはゴワゴワだった。
つまり雑巾みたいな顔だったって訳だ。

ゴローちゃんの手や足は、酒で使い物にならない状態だった。
俺は見かねてゴローちゃんの仕事まで昼休みを潰して手伝った。満足に働けない者は、仕事なんて貰えない。
ゴローちゃんは喜んで俺を仲間に紹介し、俺はこの世界になんとか馴染む事が出来た。

仕事が終わると俺とゴローちゃんは馴染みの屋台で酒を飲んだ。酒を飲む時だけゴローちゃんは生き生きしていた。

「sand君よ〜。人生ってヤツはよ〜。難儀なんだよね〜〜。わかる〜〜?わかってるの〜〜?そこのところがね〜〜。ちょ〜とね。難しいわけよね〜」
ゴローちゃんは普段から訳が分からない事ばかり話してたけれど、飲むと益々訳が分からなくなった。もちろん俺も訳の分からない男だったって事だが。

屋台で飲んだ後、雪のちらつく港の景色を眺めていると、俺は女房や娘達の事を思い出した。
娘達が可哀想でならなかった。俺がそばにいてやれないって事より、俺みたいな男から産まれて来た事が。
「なんときゃしなきゃ。娘に一生恥ずかしい思いはさせられない。なんとか、ここから抜け出さなきゃ」俺は小声でつぶやいていた。

横を歩いていたゴローちゃんが俺の肩をポンと叩いて言った。
「sand君よ〜忘れる事だよ〜。お嬢ちゃん達の事を思えばね〜sand君が忘れちゃう事だよ〜。それが一番為になるんだよ〜。俺達はね〜生きてちゃいけない人間なんだよ〜。わかるかい〜?
sand君が捨てちゃわなければね〜お嬢ちゃん達は、どんどん不幸になるんだよ〜。わかるかい〜〜」

俺はゴローちゃんの話しを聞くと抑えていたものがド〜〜と込み上げてきた。
「ゴローちゃ〜〜ん!ヒ〜〜〜ン」俺はゴローちゃんのボサボサの脂だらけの頭に顔を突っ込んで大声を上げて泣き出した。目からドバドバ涙がこぼれた。止まらない。止まらない。

ゴローちゃんのベタベタした髪の毛は、あっという間にジットリ濡れてしまった。涙は頭から滴り落ち、ゴローちゃんの顔まで濡らしていった。

それでゴローちゃんの顔は、濡れ雑巾みたいになっちまったって訳だ。


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2005年12月28日

Shooting Star(便茶会)後編

Street Hassle.jpg
Lou Reed / Street Hassle

「どうしてトイレで、お茶会を?」僕は当初から感じていた当然の疑問を恐る恐る切り出した。

僕と袴田係長は狭いトイレの中に向かい合って座っていた。座ると言うより詰め込むと言う方が適切だろうか。僕と袴田係長の膝頭はピッタリとくっ付いていたし、相手の吐く息が肌に感じられるほど顔と顔の間隔も密接していた。

袴田係長は、僕の質問には答えずに便座に向かって静々とお茶を立てている。袴田係長の仕草は、丁寧かつ繊細だと言えるのかもしれない。お茶の作法など、まったく知らないのだが。

締め切ったトイレ内には、袴田係長がカサカサとお茶を掻き混ぜる音と換気扇が小さく唸る音だけが、ひっそりと鳴り響いている。
ここは磨き上げられた光り輝くトイレだった。
便器は眩いほどの光沢を放っている。僕が住んでるアパートの洗面台より間違いなく綺麗だった。
必要ならば便器で顔を洗う事も躊躇なく出来そうだ。

袴田係長は黒いTシャツにブラックジーンズという服装で、背広姿より随分若々しかった。それに肩や胸・腕はモリモリと盛り上がり、鍛え込まれた筋肉を垣間見れた。

「どうぞ」袴田係長が差し出した茶碗を受け取り、僕はそれを飲み干した。

「私は自宅での生活の大部分をトイレの中で行っています。つまりトイレが私の自室と言う事になります」
袴田係長は、飲み終えた茶碗を便座の上に、ゆっくりと戻すと厚レンズの眼鏡を外した。眼鏡を外した顔を見るのは始めてだ。
袴田係長の目は異様なほど大きかった。まるで顔から飛び出るように爛々と輝く眼を持っていた。
その眼は、鋭さよりも醒め切った静けさを感じさせた。そして滴り落ちるような狂気も。

「君はこう考えている」袴田係長の声は、それまでとは別人のように低かった。地の底から湧きあがるような声だ。
「何故、トイレなんかで生活する?とね。何を恐れているのか?とね。それはだね。
それは、ここが出口だからだ。人は入口や内側ばかりを飾り立てる。華やかに、そして豪勢にね。でも誰も出口には見向きもしない。出て行くものには、これっぽちも見向きもしないのだ。

だが俺は違う。
俺が興味があるのは出口だけだ。糞尿と汚物にまみれた出口だけだ。
俺の望みは一つだけ。俺はこの身体から飛び出したいんだ。この愚劣で醜悪な身体から汚物にまみれて抜け落ちるんだ。
俺は俺自身を引き裂き、切り刻み、爆破する。元の俺は跡形も無くなる。俺は昔の俺を葬り去る。
俺はそれを待っている。その瞬間を待っているんだ。一瞬たりとも目を離さない。
その一瞬を身を潜めて待っている。会社の窓際に、あるいは公園のベンチに、あるいは自宅のトイレに身を潜め、その瞬間だけを待っている。他には何も興味がない。

わかるか?何を待っているのか、わかるか?俺を完全に解き放つ。それが何だか分かるか?」袴田係長は異常に興奮していた。僕は背中に冷たい汗を感じた。

「流星だよ」
袴田係長はそう言うと便器の脇から何かを引き抜いた。
それは拳銃だった。黒く鈍い光を放っている。
僕は腰が抜けるほど驚愕した。恐怖で声も出なかった。

「これは銃とは違う。これは俺の身体だ!この引き金を引けば、俺は俺の身体から飛び出す事が出来る!閃光だ!燃え上がる閃光だ!そうだ。もう分かっただろう。そう俺は流星になるんだ。
流星となり燃え盛りながら空間を切り裂いて進むのだ。誰も俺を止められない。俺は俺自身から自由になり大空を引き裂くのだ!もちろん一瞬だけな。
その一瞬だけを待っている。俺の人生は、その一瞬だけだ。どうだ。素晴らしいだろう。美しいだろう」
袴田係長は銃を振りまわしながら捲くし立てた。冷たい狂気が渦を巻いている。

「見ろ!」袴田係長は不意に天井を見上げた。
「今、星が流れた。見えるか? 」袴田係長はトイレの壁面に仕込まれた隠し扉を開けレバーを押し上げた。
便器はズルズルと後ろに後退し、その跡から地下に繋がる階段が現れわれた。
階段は暗闇の中に消えている。
袴田係長は拳銃を持って立ち上がり、僕の顔面スレスレまで自分の顔を近づけた。
「君なら、どうする?ここで指をくわえて流星が消え去るのを見送るのか?
それとも!それとも君自身が流星となり、己の身体から弾け飛ぶのか!
もちろん俺は俺自身に火をつける!燃え盛る炎に包まれて、俺は俺を後にする。
どうだ?君なら、どうする?」
袴田係長は身を翻し不気味な笑い声を発しながら、地下へ繋がる階段を駆け下りていった。

僕は恐怖と衝撃で頭が真っ白になっていた。何も考えられない。
僕は袴田係長が恐ろしくて、たまらなかった。でも。
でも、身体は逆の行動を取っている。
僕の身体はガクガクと震えながら階段に足を踏み入れようとしているのだ。
それは僕自身にも止められなかった。
まるで僕の中から何か別の生き物が抜け出ようとしているかのようだった。
僕は震える足を踏み出して階段を降りようとしている。

僕には、そこに閃光が見える。



★え〜何がなんだかサッパリわからない物になってしまいました。申し訳ありません。
やっぱり一気に書かないと筋が通らないな。それに長過ぎる。
次回は「粉雪のダダ(予定)」。今度はコンパクトにまとめたいです。年内は無理か。
posted by sand at 05:23| Comment(6) | 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

Shooting Star(便茶会)前編

The Definitive Collection.jpg
Lou Reed / The Definitive Collection

袴田係長の声は、扉の奥から聞こえてきた。
いつもの甲高い声だ。
そこは袴田係長の自宅で、僕は招かれてここに来ていた。
僕は玄関で靴を脱ぐと声の方向へ廊下を進んだ。
袴田係長の自宅は豪邸だった。豪華な造りの玄関に磨きこまれた廊下。

僕は声のする扉の中を覗きこんだ。
そこはトイレだった。
1畳ほどの室内の真ん中には当然のように便器が置かれていた。
残る半畳のスペースに小さな座布団をひいて袴田係長は正座していた。
便座の上には茶道具が置かれている。

「ようこそ便茶会へ」袴田係長は甲高い声でそう告げた。

袴田係長は、社内での地位は無に等しかった。
係長の机は課内でもずっと奥の窓際。近寄る人もない場所にあった。
袴田係長がどういう仕事をしているのか、正直僕にも分からなかった。
ようするに最もリストラ対象に近い位置に袴田係長がいるのは間違いなかった。

袴田係長は日頃から上役・同僚・部下からも完全に無視された存在だった。
アルバイトの女の子からでさえ冷遇された扱いを受けていた。
課内はおろか廊下でさえ、袴田係長に挨拶をする人間はいなかった。

袴田係長の身なりは、それほど変わっているとは思えなかった。
長身でガッシリした体格。背広もシャツも清潔だった。
ただ、おばさんパーマのようなカールしたクセ毛。厚レンズの眼鏡。それに奇妙に甲高い声だけが異質と言えば異質だった。

さらに袴田係長の仕事ぶりが低能力だとは、とても思えなかった。むしろ驚くほどの冴えを随所に見せた。ただしその機会を与えられる事は稀だと言うことだ。誰も袴田係長に重要な仕事を与えなかったからだ。

袴田係長が人と変わっている点は、ただ一つ。誰にも近づこうとしない点だった。上役・同僚・部下。その誰とも親しく交わる事がなかった。退社時間になればサッサと一人で帰っていったし、忘新年会・歓迎会・懇親会等、全ての会合に出席する事はなかった。それどころか同僚の身内に不幸やお祝い事があっても一切無関心を貫いていた。
袴田係長が、あるべき社会人の姿とは程遠い人間だと言う事は間違いなかったのだが、本来職場が仕事を遂行する場所だと限定するのならば袴田係長の徹底した合理主義はあながち間違ってはいないのではないかと思えたりもした。

上役の袴田係長への評価は手厳しいものだった。
「あんな組織を乱す男は、社会人として何の価値もない!」彼らは口々に捲し立てた。
ただ、それを袴田係長に面と向かって指摘叱咤する上役も数少なかった。
袴田係長には不思議なほどの落ち着きがあった。まるで何もかもお見通しだと言わんばかりの態度を取った。誰もが袴田係長の前に立つと気後れしてしまう。そんなオーラを袴田係長は放っていた。
それに、どの上役よりも袴田係長は有能だと思わせる場面も数多く見受けられたのだ。

そんな袴田係長も社会レベルから見れば、完全な敗北者だった。出世には見放されていたし、社内でも居場所がなかった。低所得者で今にもリストラされそうな立場でもあった。それに中年に差し掛かっても家庭を持っているようではなかった。
社会の誰もが袴田係長に敬意を払うことはなかった。袴田係長は社会から見捨てられた存在だったのだ。

袴田係長は、近くの公園で決まって昼食を取った。コンビニで、オニギリとお茶を買い込みベンチに座ってそれを食べていた。雨の日も雪の日も猛暑の日も、それは変わらなかった。
タオルで汗を拭いながら、傘に雨を受けながら、寒風に身を震わしながら、毎日同じベンチに座って食事を取った。

その日は朝から曇り空で、今にも雪が降り出しそうな寒気の中にあった。
得意先周りから帰社中にベンチで昼食を食べている袴田係長を見かけた。
僕もまた無口で仲間から浮いた存在だったので袴田係長には興味があった。一体どんな事を考えているんだろう?でも、それを袴田係長に直接聞く機会はなかった。

僕はコンビニで肉まんを2個買って袴田係長が座っているベンチに並んで腰を下ろした。
肉まんを差出と袴田係長は、お礼を言ってそれを頬張った。
「どうして、いつもここで昼食を?」僕は袴田係長に聞いた。

「ん。流星が現れるのを待っているんだよ」袴田係長はそう答えた。
「え!今日は曇ってますよ」

袴田係長は笑いながら答えた。
「それは間違いだよ。それを待っているのなら、一時も目を離してはいけないんだ。昼だろうと夜だろうと晴れだろうと雨だろうと、まったく関係がないんだよ。
流星は一瞬のうちに流れ去ってしまう。ちょっとでも目を離せば、それを逃してしまうんだ」

僕には、その言葉は理解出来なかった。でも袴田係長が醸し出す雰囲気は心地よかった。
それが袴田係長にも伝わったのかもしれない。
肉まんを食べ終わると袴田係長は意外な事に、僕を自宅に招待してくれたのだ。

「うちの便茶会に来てみないかい?キタヤマダ君」袴田係長はニッコリ微笑んだ。
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2005年11月30日

バブル・キッス

Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me.jpg
The Cure / Kiss Me, Kiss Me, Kiss Me

彼女は、僕より20歳以上も年上だった。それに彼女の体重は、僕の倍はありそうで、恐らく100kgは軽く超えているように見えた。

彼女は3人の子持ちだった。旦那さんはいなかった。
彼女は幾つかのパートの仕事を掛け持ちして、女手一つで子供達を育て上げていた。
朝早くから夜遅くまで働いて、家事や子供達の世話を手抜きなく続けている。
彼女は見るからにタフで、快活さに溢れていた。

夜。子供たちを寝かせ付けてから、彼女は僕の住むアパートに自転車に乗ってやってくる(僕と彼女のアパートは近所にあった)

それから彼女は僕の為に洗濯をし食事の用意をした。
僕は、テーブルに頬杖をついて、彼女が料理をする姿を眺めるのが楽しみだった。
彼女の丸太のようなお尻を眺めていると幸せな気持ちに包まれた。
僕は、彼女の髪の先から、つま先に至るまで、彼女の全てを愛していた。

僕が料理を食べている間、彼女は僕の通う大学のテキストに目を通している。
彼女は驚くほど頭が良かった。語学にも堪能だった。恐ろしく難解な数式から、古今東西の芸術に至るまで彼女の見識は深く幅広かった。間違いなく一流の大学を出ている。

でも日頃の彼女は、その事を隠していた。まるで無学だという素振りをした。

僕は体育館のマットのように大きくて柔らかい、彼女の裸の身体を抱いて寝ていた。
「君の全てが知りたいんだ」
僕は彼女の耳元に、ささやいた。

「そんな物知ったって、なんの得にもなりゃしないわよ」彼女は笑って言った。

「いい。これだけは憶えておいて。私は貴方にとって風船なの。時期が来たら貴方の元から飛び去って行くのよ。もしくは、弾けちゃうか」
彼女は話しを続けた。

「若い頃の私は、すごく痩せてたの。風が吹いたら倒れちゃうくらいにね。そして勉強ばっかりしてる子だったわ。私は勉強が出来たわ。人がうらやむくらいにね。私は知識に包まれていたの。

でもね。ある時から、私は人から取り残されてるって事に気付いたの。
そう。私は知識をどう使って良いのかが分からなかったのよ。私の中身は何にもなかったの。
空洞だったのね。知識に包まれた風船だったのね。

私は自分を見失ったわ。どうして生きて行ったら良いのか分からなかった。

でね。私は太る事にしたのよ。知識に封をして食べる事に専念したの。苦しかったわよ。何度もお腹を壊したり、嘔吐したりしたわ。
でも頑張って太ったわ。脂肪が身体に貯まってくると私は自分の身体を手に入れているような気持ちになれた。人の書いたり見たりした知識じゃなくて、自分で産み出した物だったからね。

どんどん太って行くにつれて、私は強くなれたの。私に必要だったのは脂肪だったのよ。余分な物だったのよ。」

彼女は僕の胸に耳を押しつけながら話を続けた。

「貴方が好きよ。だって、貴方の心は、空っぽなんだから。
ねぇ。貴方にも気がついて欲しいのよ。人生に必要なのは、余分な物よ。
それが、なくっちゃ生きてるなんて言えないわ」

彼女は僕にキスをした。
それは風船みたいに柔らかくて、僕が、夢の出口を探している事に改めて気付かせてくれた。
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2005年10月26日

パンダ葬儀屋

パンダ.jpg

その日、俺は風邪をひいて鼻水が止まらなかったのだ。
よりにもよって、そんな日に限って爺さんが死にやがった。
まったくもって迷惑な話だった。一言相談があって良さそうなものを。
他人行儀も甚だしい。
散々、物をねだって喜ばせてあげたのに…。
鼻水が止まらない最悪の日に死んじまうなんて、なんという孫不幸。

俺はティッシュの箱を小脇に抱えて鼻水をかみながら爺さんの死体を見下ろしていた。

「おい。たけし!お前、爺さん見てろ!俺はお母さんとSEXして来るから」
「どああほ!自分の親父が死んだ日にSEXかよ!あまりにも不甲斐ないじゃないか!おじいちゃんコンドーム持って成仏できねぇぞ!こらこら!お袋も嬉しそうな顔するんじゃねぇ!お前ら変態夫婦だよ!」

「うるせい!お前、まるで看病してねぇだろ!ちっとは別れの挨拶でもしてろ!あ、それからな、たけし!聞いてるのか!葬儀屋が来るから話し聞いとけ!わかったな!」

「どういう親父だ。まったく」親父とお袋は、2階に上がっちまった。
俺は、爺さんの腐れた死体と残されてしまった。まったく不甲斐ない。
鼻水まみれのヤングボーイが腐れ死体と留守番かよ。せめてソープランドのアイコちゃんが一緒ならネチネチいじったりして遊ぶんだが…。

それにしても爺さんのヤツは良く死んでる。見事な死にっぷりだ。
俺は試しに、強烈な悪臭を放つ靴下を、爺さんの鼻の上に乗せてみた。
爺さんはストイックな表情で耐えている。いつから、そんなにタフになったんだい?
俺は鼻の上に靴下乗せて余裕かましている爺さんを羨んだ。
「も〜悔しいたらありゃしない。忌々しいほどタフな人!」俺は爺さんに嫉妬してしまった。
爺さんも、ようやく人間が出来てきたようだ。一人前の男ってヤツだ。

その時、玄関先に車が止まった。葬儀屋が来たのか?俺は窓を開けて外の様子を見た。

車から降りてきたのは、印刷屋のパンダ親父だ。「何故、パンダ親父が?」
しかも両方の鼻の穴にティッシュペーパーを詰め込んでいる。
俺は、ゾワゾワと背中に悪寒が走った。まさか!
助手席からノソノソ顔を出したのは、そのまさかの男。佐藤タクミのバカだった!

佐藤タクミのバカとは、佐藤タクミと言う名の30男なのだが、この男がまったく仕事が出来ない上に、髪がフケだらけで近所でも有名な不潔人間なのだ。
こいつの半径5m以内に近づくと強烈な異臭に鼻腔を襲撃される事になる。
ウンコと納豆と塩辛をグチャグチャに混ぜ合わせたような匂いだ。
橋の上で自転車に乗って佐藤タクミのバカとすれ違った豆腐屋の親父が、この匂いにやられて豆腐ごと川に転落して、頭蓋骨骨折の重症を負ったのは有名な話だ。

俺は慌てて両方の鼻の穴にティッシュペーパーを詰め込もうとしたが「ない!ない!」鼻水をかみ過ぎてティッシュペーパーが切れてしまっているのだ。
俺は、ヒラリと祭壇の上に飛び乗り、ロウソクの炎を吹き消し、そのロウソクをパキンと二つに割り、両方の鼻の穴に詰め込んで、外に飛び出した。

パンダ親父と佐藤タクミのバカの前に、立ちはだかって怒鳴りつけた!
「何しに来たんだ!帰れ!たった今!大至急!躊躇なくだ!」

「へいへい。お坊ちゃま。旦那様に呼ばれて来たんですよ。私どもサイドビジネスで葬儀屋もやってましてね」パンダ親父は揉み手しながら言った。

「バカ野郎!どうして、こんな男まで連れて来るんだよ!それに、お前、鼻栓してるじゃねぇか!」俺は佐藤タクミのバカとパンダ親父の鼻栓を厳しく指摘してやった。

「これは風邪ひいてるんですよ。それにタクミにはキムコ付けてますから」
なるほど。佐藤タクミのバカには、強力脱臭キムコが10個くらいぶら下げてある。
俺は危うく納得しそうになったが、激しく頭を振って思いなおした。
「違うでしょ!キムコじゃなくってよ!ベースの部分に相違ありよ!お風呂が先でしょ!湯船でブクブクして、シャンプー&リンスでキューティクルもケアして、ソフラン仕上げでフカフカにしなきゃ!…」
と言いかけた所で、俺は先日の一件を思い出した。

「あ、そうそう。佐藤タクミのバカとパンダママが抱き合ってる現場見たよ」俺がパンダ親父に、そう告げるや否や、佐藤タクミのバカが「うぎゃ〜〜〜!」と叫んで俺に迫ってきた。
「違うんですって!違うんですって!」
佐藤タクミのバカは我を忘れている。

俺も慌てふためいて自宅の中にに逃げ込んだ。
「ばか!ばか!慌てちゃダメ!慌てず冷静に!死んじゃうでしょ!暴れると、おじいちゃん死んじゃうから!」

佐藤タクミのバカは爺さんが寝ている枕元で、髪を振り乱して泣き始めた。

モウモウとしたフケが舞い、爺さんの顔に白い粉が降り積もって行く。
ちょうど死化粧のように爺さんの顔が白く染まって行った。

俺は鼻の穴に差し込んだロウソクにライターで火を点した。
「いい仕事だ。佐藤タクミよ。その弔い、憶えておくぜ」

俺は、鼻から明かりを灯しながら、夜が降りてくるのを待っていた。
posted by sand at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

パンダ印刷所

panda.jpg

親父の使いでパンダ印刷所に向かっていた。
今時、下町の印刷所なんかよりネットで発注した方が、ずっと安いのだが、ウチの頑固親父は「ウチは代々パンダ印刷所に頼んでるんだよ!」と譲らない。
まったく、そんな石頭じゃ、このハイテク時代を、生き残っていけないぜ!
俺はブツブツ文句を言いながら自転車で下町を訪れた。

町工場を通りすぎて、駄菓子屋の角を曲がり、柳並木の河川を走り、
小さな橋を渡った所にパンダ印刷所は汚らしく建っていた。
まったく、営業してるのか潰れているのか、さっぱり分からない。
パンダ印刷所の看板は薄汚れて斜めに傾いていた。

パンダ印刷所はパンダパパとパンダママの夫婦が経営していた。
パンダパパとパンダママと言うのは、もちろん愛称なのだが、本名を知ってるものは少ない。
ここいらでは、パンダパパとパンダママで話は通じる。
だいたいパンダの名前が似通っていて憶え難いし、この辺りで商売をやっているパンダは数少ない。
印刷所を経営してるなんて、世界でも稀なのかもしれない。
でも下町で汚い印刷所を経営しているパンダなんて誰も興味が無いのだ。

パンダは、他の動物やもちろん人間に比べて、税制待遇や福利厚生待遇で優遇されている。
所得税や固定資産税、贈与税や相続税まで非課税扱いと、もっぱらの噂だ。
厚生年金や国民年金も特別措置がとられていると聞く。

基本的にパンダの野郎は金持ちが多い。たいした仕事もせずにブクブク太りやがって、良い車に乗ってやがる。飲み屋でホステスを引き連れてブイブイ言わせている。
ネズミなんて同じ動物なのに低賃金で汚い仕事ばかりやらされて可哀想なものだ。
俺は、声を大にして「こんなんじゃ基本的動物権もへったくれも無いだろ!パンダもネズミも平等に扱え!」と怒鳴りたい所だが、何しろパンダの野郎のバックには某超大国が控えてて、うかつに物も言えないありさまだ。

しかし、このパンダ印刷所は貧乏だ。俺はパンダ印刷所の前で、しげしげと建物を眺めていた。
まるで金の匂いがしない。
これだけの優遇措置が取られて、何故に貧乏なのか?
それはパンダ親父が、まるで仕事を取って来ないで酒ばっかり飲んでいるからだ。
酒を飲んでいなければ、スロットを回しているか。そのどちらかだ。

こんな仕事の少ない印刷所なのだが、従業員を一人雇っている。
佐藤タクミと言う名の30男なのだが、この男がまったく仕事が出来ない上に、髪がフケだらけで近所でも有名な不潔人間なのだ。
こいつの半径5m以内に近づくと強烈な異臭に鼻腔を襲撃される事になる。
ウンコと納豆と塩辛をグチャグチャに混ぜ合わせたような匂いだ。
集金に来たクリーニング屋の色っぽい奥さんが、この匂いにやられて救急車で運ばれたのは有名な話だ。

俺は佐藤タクミのバカが、事務所にいない事を願ってドアを勢いよく開いた。
「まいど!」

すると事務所内で意外な光景を目にする事になった。

パンダママと佐藤タクミのバカがソファの上で抱き合っているのだ。
俺は佐藤タクミのバカとの距離が5m以上開いているのを確認した上、念の為、鼻をつまんで大声で指摘してやった。
「ああ!お前らデキてる!絶対、デキてる!」

その声を聞いた佐藤タクミのバカは、赤い顔をしてパンダママを払い除け、慌てふためいて、こっちに駆け寄ってきた。
「違うんですって!違うんですって!」
佐藤タクミのバカは我を忘れている。

俺も慌てふためいて建物の外に逃げ出した。
「ばか!ばか!慌てちゃダメ!慌てず冷静に!」俺は佐藤タクミのバカとの距離(5m)を懸命に維持し続けた。

佐藤タクミのバカは、事務所の戸口に立ってハンカチを噛んでシクシク泣きだした。
首を左右に振って泣くもんだから、髪からフケがモウモウと立ち上っている。
まるでノロシだ。
俺は身震いをして、ソファに座っていたパンダママに視線を移した。

パンダママは、首をゴキゴキと2〜3回鳴らした後、取り組み前の<高見盛>のように顔を数回バシバシと叩き、無念そうに仕度部屋?に消えて行った。

「大変な所に来てしまった。早く用事を済ませて帰りたい」
俺はパンダ親父を探しに酒屋とパチンコ屋を見て回った。
posted by sand at 17:16| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月08日

太陽が、ひざまずく時

Veedon Fleece.jpg

夜明け前。
彼女は、男から<ト・コ・ロ・テ・ン>を受け取る。

夏。日曜日の朝焼け。生ゴミの匂い。カラスの群れ。
彼女はバス・ターミナルにあるコーヒーショップにいる。
彼女は、コーヒーには口をつけず、タバコを吸う。

いつから寝てない?
憶えてない。思い出せない。知りたくない。

朝の表通りは、急に老け込んだように弱々しい。
路上に捨てられたチラシ広告が、居たたまれない様子で舞い上がる。
今朝は風がある。

「聞いてない事を言うな」
彼女は無意識に、そう声に出してつぶやく。
その声は、彼女自身を驚かせる。
彼女は手の震えを止められない。心臓がハンマーが打ち込まれるように高鳴る。
大丈夫。大丈夫。私は私を捕まえている。

肩で深く呼吸し気分を落ち着かせる。
大丈夫。大丈夫。

彼女は、郊外行きのバスに乗り込む。
バスは意外に空いている。

バスの窓から景色を眺める。
肩にカラスをとまらせた男が生ゴミを漁っているのが見える。
あの男は、どこかで見た。
どこだろう?思い出せない。何から何まで忘れてしまう。

彼女は市民プールの更衣室にいる。
更衣室のトイレの中で<ト・コ・ロ・テ・ン>を身体に流し込む。
<ト・コ・ロ・テ・ン>は彼女の血管を通り、肉の奥深くまで潜り込む。
彼女は目を閉じる。ヨダレがアゴを伝って滴り落ちる。

彼女は際どい水着をつけてプールサイドを歩いている。
日の光を浴びて、白い水着が眩しく輝く。
男達の熱い視線を感じる。

彼女は長い時間、水の中にいる。
ずっと息をしていない。
でも、特に苦しくはない。

彼女は、目を閉じてその声が聞こえるのを待っている。

「来た」彼女は水中で呟いて目を開ける。

彼女は見渡す限りの緑の芝生の上にいる。
大きな茶色の犬が二匹。彼女を待っている。

彼女は微笑みながら、犬達に手を差し伸べる。

二匹の犬は、息をする度にシャボン玉みたいな、大きな泡を吐き出している。
泡はプカプカと辺りを漂い、やがて青い空に向かって昇って行く。

彼女は、空を見上げる。
そこにある太陽は、ボンヤリしてユラユラ揺れているようだ。
ずいぶん頼りない太陽。彼女はそう思う。

太陽が彼女の前に、ひざまずいた。
posted by sand at 04:35| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月05日

Razor Sharp・キレル奴

RAZOR SHARP.jpg

キレが悪い。
昔から、まったくキレがない。キレとは無縁の人生を過ごしてきた。

まずもって言葉がキレない。モゴモゴしている。何言ってるのか自分でも分からない。
次に頭がキレない。炭団のように、まるで動こうとしない。脳みそに元気がない。日曜日の午後のようにグッタリ疲れ果ててている。
さらには、札束がキレない。ジクジク意気地がない。1000円札1枚でさえ思い切りがつかない。
3000円も払おうものなら1日塞ぎ込んでしまう。旅立った3000円を哀しみ、残された数千円を想う。

歳と友にキレのなさに拍車がかかっているようだ。
坂道を転がり落ちるように日々是キレなくなって行く。

便器を見たまえ!マイ・ブラザー。
なかなか小便がキレないではないか!
ああ。若き日のピッと出してジョボッと排水してピチャと切ってボヨンと仕舞う。
あのリズムは、何処に行ったの?

母さん、あのリズムですよ。
アン・ドゥ・トロワ♪アン・ドゥ・トロワ♪
母さん、僕のオチンチンを引っ張りだして教えてくれましたね。
アン・ドゥ・トロワ♪アン・ドゥ・トロワ♪

ああ、あのリズムですよ。全ては、緑に包まれた山間で、人知れず流れ落ちる滝の調べのように静寂と流暢さの中にありましたね。
なにもかもが、つつがなかった。
有るべきものが有るべき場所にあるように、何の不安も感じなかった。

おお!それが、どうだ。マイ・ブラザー。
歳月と言う不遜な戯れは、我々に何を植え付けた。

それは<不確かなメロディ>と<歪なリズム>。臆面もない執着。退けられた合理性。
我々の小便は、いつから我々の手を離れてしまったのでしょう?
いつが始まりで、いつが終わりなのかが、さっぱり分からなくなっているではありませんか!

いつの間にかジョロジョロ。いつまでもジョロジョロ。
まるでキレがない。
そこには終わりがない。始まりさえない。

いつの頃からか我々の小便は、廃屋の壊れた蛇口のように、ダラダラと垂れ流され続けているのです。

耳を澄まして下さい。マイ・ブラッド・ブラザース。
聞こえるでしょ?あなたのオチンチンからオシッコがジワジワ染み出している音が。

さあ。今こそ我々のスローガンを高く高く掲げましょう。
「病院行こうか。マイ・ブラザー」
posted by sand at 18:20| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月04日

落日の粘着人(時計館のある街B)

The Stranglers.jpg

僕は暗黒に向かう途中、泥濘に足を取られて転んでしまった。

泥濘にはまった片足は、どんなに力を込めても引き抜く事が出来ない。
ドロドロした泥濘が、片足をきつく締め付けて離そうとはしない。

やがて黒光りする真っ黒い泥は、モコモコと盛り上がり、人の顔を形作った。
「<ワックスびと>か。厄介な事になった」僕は心の中で呪いの言葉を吐いた。

「どこへ行く?」<ワックスびと>は嬉そうに、そう尋ねた。
「人を探しています」

「こんな女か?」<ワックスびと>の顔は一度どろどろに溶解し、新たにソニーの顔に変わった。
「やっぱりソニーは、この道を通ったんですね」

「そう。あの女も暗黒の持つ力に魅せられたんだ。誰でも、そうなる。
誰でも力を欲しがっている。俺もお前も」
「僕には理解出来ない。どうしてソニーが暗黒に近づこうとしているのか」

<ワックスびと>はクックッと押し殺したように笑った。
「力さ。どんな代償を払っても、それは手にする価値がある。弱い生き物なら誰しも、そう思う。
暗黒は全てを分け与え、同時に、全てを奪い去る。

俺も昔は病弱で弱い人間だった。小さい頃から馬鹿にされ続けて来たよ。
ああ。今でも思い出すんだ。あの頃の屈辱をな。

俺は強い心を手に入れたかった。どんな物を引き換えにしても良いと思った。弱い男として生きるのは地獄だよ。失う事など、ちっとも恐れ無かった。

俺は意を決して暗黒に近づいたよ。暗黒は、とろけるほど優しく、凍りつくほど冷たかった。

俺は強い心を手に入れたんだ。俺が心から望んだ物だ。同時に俺は身体を失っちまった。
こんなドロドロの液体になっちまったんだ。

でもな。俺はちっとも後悔なんかしてないんだぜ。俺の心は誰よりも強いんだ。まるで鋼のようにな。
こうやって、お前を苦しめる事も出来る」<ワックスびと>は皮肉混じりに笑った。

「お前は、確か時計館の男だったな?」<ワックスびと>は僕に尋ねた。

「そうです。あなたの時計は今でも動き続けていますよ。ずいぶん遅れてはいますけど、しっかり時を刻んでいます」
僕の言葉を聞くと、<ワックスびと>は驚いたように押し黙ってしまった。

しばらくすると僕の片足を締め付けていた力が弱まり、スッポリと足が抜け出た。

<ワックスびと>は、その場を離れようとする僕に声をかけた。
「もう行け。俺の事を憶えている人間がいたとは驚いたよ。俺の時計を見ていてくれないか。
見ていてくれるだけで良いんだ。」
posted by sand at 04:11| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

指切りの代償(時計館のある街A)

You Had It Coming.jpg

<指切り婦人>は、ユックリと玄関に姿を現した。

<指切り婦人>の家は、この街で一番の豪邸だ。玄関だけでも充分生活出きるほどの広さがある。
磨き抜かれた骨董品が所狭しと並べられ、この家の財力を誇示しているようだった。
並べられた品々は、皆、奇妙な形をしていて、グロテスクな化け物が黙って耳を澄ましているようにも感じられた。

玄関に現れた<指切り婦人>は、家政婦の差し出した椅子に腰を下ろした。

<指切り婦人>の頭は、人の手の形をしていてフワフワと揺れているようだった。
手の平にある顔には、どぎついメイクが施されていた。
肌には、ベットリと真っ白いファンデーションが塗り込められ、チークルージュは夕陽を想わせるほど赤かった。
膨れ上がった両目には、つけマツゲが重そうに垂れ下がっている。
鼻はモッコリした団子状で、飴玉ほどの鼻の穴からは激しく風が吹き出している。
唇は赤い煉瓦のように高く突き出し、口を開け閉めするとパフパフと大きな音がした。

「私の時計の調子は、どうだ?」<指切り婦人>は僕に尋ねた。
「順調です。問題はありません」
<指切り婦人>は満足そうに、うなずいた。

「ソニーを探してると聞いた。ソニーなら随分前に帰ったよ。
あの娘は、素晴らしい腕をしているよ。私はこんなに満足したのは初めてだ。
どれどれ、私の美しい歯を見ておくれ」
<指切り婦人>は、僕に向かって歯を剥き出した。
上下の歯は全て、透明なガラス状に透けていた。ソニーは歯の色を抜く事が出きるんだ。
僕はガラスの歯を眺めながら、ソニーの歯磨きへの熱意を感じていた。

「美しい歯ですね」僕はお世辞を返した。
<指切り婦人>は嬉そうに微笑んだ。

「どうもありがとうございます。では、私はこれで」僕はソニーの事が気になって早々に辞去の言葉を伝えた。

「待て」<指切り婦人>は鋭い言葉で僕を引き止めた。

「お前の代償は何だ?私への代償は何だ?
私は、お前に時間をくれてやった。お前は私に何が出きる?
私が望む、何が出きるのだ?」

「明日、あなたの時計を磨き上げましょう。埃一つ残らないように」僕の返答はそれだった。
<指切り婦人>は、うなずいて手の形をした頭を僕の方に差し出した。

僕は、<指切り婦人>の小指の形をした頭と<指きりげんまん>をさせられた。

<指切り婦人>の家を飛び出すと、僕は暗黒のある場所に駆け出した。
posted by sand at 04:21| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6丁目の暗黒(時計館のある街@)

柱時計.jpg

6丁目の街外れには暗黒があった。

僕は、時計館に勤めていた。
街中の古時計がここには集められている。
僕の仕事は古時計を調整し、その命を聞く。

シーンとした館内には時を刻む音だけが鳴り響いていた。
コチ、コチ、コチ。
古くてドッシリしたカウンターに独りで座り、1日の大部分を時計の音を聞きながら過す。
扉の外で降り続く、雨の音さえ聞こえない。ここは、そんな場所だ。

静かに扉が開き、瞳のない馬がやって来る。
彼女は年老いて歩く事さえ、おぼつかない。なにより彼女には瞳がない。
大きな純白の目玉だけが皺だらけの顔に浮かんでいた。

瞳のない馬はヨボヨボと受付のイスに腰を下ろすと「まだ、時間は残っているかね?」と聞く。

僕は彼女の古時計のそばまで歩み寄り、彼女の命の音を聞く。
「まだ、残っていますよ。でも、それほど長くはない」僕は答える。

「そうかい。それは良かった。まだ、やり残した事があってね。どうにも気がかりなんだよ」
瞳のない馬はうつむいて微笑みながら言う。

「命が尽きる前に、瞳を取り戻したいよ。あの暗黒で奪われた瞳だよ。わしはまだ若かった。何も知らずに、あの暗黒に近づいてしまった。」瞳のない馬は、独り言のようにそう言った。

しばらくの沈黙の後に彼女はこう言う。
「歯磨きサロンのトムの店に妹が帰って来た様だね。なんでも都会で勉強して見事なブラッシングを見せるようだね。名前は、たしか・・」

「ソニー。友達です。」僕は、その子の名前を言う。彼女は僕の恋人だ。

「そうかい。友達かい。それは良かった」瞳のない馬は嬉そうにうなずいている。
僕らは今夜、仕事が終わって夕食の約束をしている。

瞳のない馬が館を後にすると僕は帰り支度をはじめる。
一つ一つ時計を回って、その音を聞いて行く。
大丈夫。今日は誰もが元気でいる。

館の明かりを消して、夕暮の街を歩き出す。
歯磨きサロンをやってるトムの店に向かう。
この街で一番上手いと評判の店だ。店はいつ行っても人が並んでいる。
彼に磨いて貰った歯は、まるで宝石みたいに輝き出す。

「やあ。ソニーは<指切り婦人>の家に出張サービスに行ってるよ。待てるだろ?」トムは、店の扉を開けた僕に告げる。
でも、僕は嫌な予感が身体を駆け巡る。<指切り婦人>の家は、暗黒の近くだ。
「いえ。迎えに行って来ます。」
僕は、急いで扉を閉め、夜の街を走りだす。
石畳を息を切らして駆け抜ける。
「ソニー、暗黒に近づいちゃダメだ。暗黒に触れたら君は戻れなくなる。今の君には戻れなくなるんだ。」


 誰もが秘密を持っている
 直面出来ない何かを持っているんだ
 ある人たちは一生それを持ち続けようとし
 ある日それを断ち切るまでどこへ行くにも持って行くんだ
 断ち切れなければ それに引きづられて行くんだ

 誰も問い正したり
 顔をじっとのぞき込んだりしない
 町のはずれにある暗闇へ
  Darkness On The Edge Of Town / BRUCE SPRINGSTEEN
Darkness on the Edge of Town.jpg
posted by sand at 00:00| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月31日

オレンジのある部屋

Orange Album.jpg

窓から明るい陽射しが差し込んできて、カーテンが少しだけ風で揺れている。
日溜りの中にある、白いテーブルの上には、オレンジが一つだけ置かれている。

それは、私の記憶の中にだけある場所。

ずっと、その記憶と一緒に育って来た。でも、その記憶の場所は、私が育った実家とは違う。
実家は、平凡な一戸建てで、家と家とに挟まれた日当たりの悪い家だった。
例え、その家に白いテーブルを置いたとしても、とても、あの記憶のようには、なりえない。

その記憶は、どこから来たのだろう?
遊びに行った親戚か友達の家?映画やTVの中の光景?漫画や小説で夢見た場所?

結局、その記憶の出所は分からない。でも、私の記憶には確かに存在する。
私は、その記憶の場所に安らぎを感じている。
昔から困った事が起きると、いつでも、その記憶の場所に逃げ込んできた。
そこには私を傷つけたり困らせたり悲しませる者は誰もいない。
ただオレンジだけが、そこにはある。

いつしか私の中では、その場所は<幸せ>を視覚化した場所なんだと思うようになって来た。
その記憶の場所を具現化する事が、すなわち<幸せ>になれる事のように感じた。

私は短大を卒業すると、実家から離れた都市に就職を決めた。
一人娘の私に独り暮しをさせる事に両親は強く反対したが、私は自分の意志を通した。

私は、オレンジのある部屋を探す必要があった。
いくつもの不動産屋を回り、いくつもの物件を見た。実際、良さそうな部屋に何度か住んでみた。
でも、それは決して、あの記憶の部屋とは違っていた。
何かが足りないのだ。
私は失望し、その事が、より一層、記憶の部屋を愛する事に繋がっていった。

ある日、私はいつものように記憶の部屋を訪ねていた。
ア!私は思わず声を上げた。驚くべき事が起こっていたのだ。
記憶が動いた!

誰もいないはずの記憶の部屋に一人の女性が座っているのだ。
いつもと同じ窓、いつもと同じカーテン、いつもの同じテーブル、いつのと同じオレンジ。
でも誰も座っていなかった椅子には、年老いた女性が座っている。

その女性に見覚えはなかった。母とも知人とも違っていた。どことなく異国の血を感じた。

私は疲れているのだと頭を振った。違う記憶が偶然混じったのだと思い込んだ。

でも、それから、あの記憶の中には、その女性が住みつく様になっていた。
あの記憶の場所を訪ねると、必ず年老いた女性が座っていた。
彼女の顔はシワが這い、青白い顔色をして身動き一つしなかった。

それから数日が経ち、私はまた、記憶の場所を訪れていた。
私は、もう一度、声を上げて驚かずにはいられなかった。
また、記憶が動いた!

椅子に腰掛けた女性が、こちらを向いている。
私は、女の目を一目見て、女が人間では無い事を直感した。
女は息をする度に、黄色い粉末を吐き出している。
記憶の女は、ゆっくりと動き出した。
私の方に近づいて来ている。
女の真っ赤な口が開き、私に何か語りかけようとしている。

私は、目をカッと見開いて、その場にしゃがみ込んだ。
「誰か止めて!私の記憶を止めて!」
posted by sand at 03:56| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月28日

ホテル・サンショウウオ<イメージバトン>

魚.jpg

そのオオサンショウウオは、最初から濡れていた。

私のベッドにスルスルと入り込んで来たオオサンショウウオは、ベタつく肌を私の身体に絡めた。私の太ももに触れたその者の股間がグッショリと濡れているのを感じた。

オオサンショウウオは、褐色の肌から真っ赤な舌を伸ばし、私の口内に押し入ってきた。
その者と舌を絡めながら、私は甘い体臭を嗅いでいた。
オオサンショウウオの吐く息は荒く、激しく興奮しているのが分かった。

やがてオオサンショウウオの舌は、私の股間に下りて行きソレを含んだ。
ネットリとした舌使いで私のソレを弄び、獣のような視線を私に注いだ。

私の勃起したソレが今にも射精しそうになった瞬間、オオサンショウウオはソレを口から外し、股を開いて私の上に馬乗りになり、ソレをアレの中に挿入した。

オオサンショウウオは、豊かな胸を揉み、激しく腰を振った。
その者は低く太い声で悶えた。まるでウシガエルの鳴き声のようだった。

私は快楽の中でオオサンショウウオのベタつく肌に両手を這わせた。
私は射精する直前、その者の右耳だけに小さなピアスが付けられているのに気付いた。

私は、オオサンショウウオの中に射精しながら、そのピアスに、しがみ付いていた。
私は、もう一段、深い谷底に落ちて行くような気がしてピアスから手を離す事が出来なかった。

オオサンショウウオは、バスタブに溜められた水の中で眠りについた。
私は、そのホテルの窓外に広がる深い闇を眺めていた。

ィ.jpg

という事で、完全に履き違えてる気がしますが月末なので許してください。

次ぎのお題はピアスで、Sweet Lady Genevieveことマッドなキンクス・ファンのタルーラさんにお願いします↓
http://yaplog.jp/sweets-panda/
posted by sand at 04:04| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

蜃気郎がいた夏@

Sister Lovers.jpg

その夏、蜃気郎は不意に浴室の扉を開けて現れた。
彼は、素っ裸でびっしょりと水に濡れていた。
僕はバスタオルを放り投げ、彼に身体を拭くように命じた。

彼は、どこから浴室に入り込んだのだろう?
玄関のドアはロックされ、昨夜から人が侵入した形跡はなかった。

彼は、自分は蜃気郎であると名乗っただけで、どうしてここにいるのかは、わからないと言った。

蜃気郎は、背が高く(多分180cm以上)驚くほど痩せて細い身体をしていた。
長く伸ばしたボサボサの髪の下からのぞく顔は、女性のような丹精で優しい顔をしていた。
高くスッと伸びた鼻が印象に残った。

僕は彼に自分のジーンズとTシャツを貸し与えテレビの前に座らせた。
僕は蜃気郎から、それ以上の事は聞かなかった。何故なら彼は現れた時と同じように不意にいなくなるような気がしたからだ。
実際、蜃気郎はその夏の終わりに僕の前から姿を消してしまう。

それは、まるで盛夏の夕立のように突然の出来事だった。

蜃気郎は、ほとんど言葉を発せず、一日の大部分をテレビの前で過ごした。
彼は青白い不健康な顔で、ぼんやりとテレビの画面を見続け、朝日が昇る頃に眠るようだった。
僕が会社に出かける時刻には、彼は部屋の隅で膝を抱えて寝息を立てていた。
夜遅く会社から戻ると、彼は昨日と同じようにテレビの前に座っていた。

僕は彼の存在を不快には思わなかった。なにしろ僕は彼と同じくらい無口な男だったからだ。
僕には友達と呼べるような人間がいなかった。会社でも、人と言葉を交わす事はなかった。
黙々と調理の仕事をし、短い説明や指示だけしか僕が発する言葉はなかった。
人は変わり者だと僕を揶揄したが、僕にはしたくても会話をする技術がなかった。
毎朝、暗澹たる気持ちで出勤し、それ以上の暗い気持ちになって帰路についた。

蜃気郎のほとんど無に等しい存在は、ほとんど無に等しい僕の人生を映し出しようで、僕はその事に自虐的な安らぎを見出していた。
posted by sand at 02:55| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

影日和

Two Against Nature.jpg

梅雨明けの晴れ渡った空から強い陽射しが照り付け、その日は絶好の影日和になった。

その日、僕に着いた影は「山下」と名のるベテランの影だった。
あれこれ話しかけてくる無神経な影とは違って、その影は謙虚で落ち着いていた。
山下さんは黙々と影の仕事をこなした。その心配りに僕は和ませられ、心地良い影日和になった。

お昼過ぎに予定の買い物を消化した後、公園のベンチに座ってテイクアイトのサンドイッチを食べた。
山下さんも僕と同じようにサンドイッチを食べている。地面に映る影として。

「歩き回って疲れたでしょ?」僕は山下さんに話しかけた。
「いえ。元気な若者に比べたら楽な物です」山下さんは照れくさそうに返事をした。

「もう長いんですか?影の仕事は」
「ええ。もう10年以上になります」

「<人抜け>して影になるって、かなり難しいみたいですね?」
「そうですね。影として、やって行けるのは、ほんの一握りです。
私は、お蔭様で、この仕事に向いていたようです。女房、子供も喜んでくれています」

「そうですね。あなたは、とても良い仕事をされます。今日一日、あなたに着いてもらえて大変気分が良かったです」
「どうもありがとうございます。その一言が頂けるのが影として何よりの喜びです」

「あなたも影の仕事に興味がおありですか?」山下さんは僕に尋ねた。
「あ、いや〜〜。僕はもう少し、ここで、やりたい事がありまして・・」僕は答え難そうに返事をした。

「いや。いや。気にしていませんよ。
私は影の仕事を大切にしています。<人抜け>して影の世界に入った事も後悔していません。
でもですね。
でも、後悔があるとしたら、私は人でいた間に何も残せなかった事です。
私は人であっても影であっても、どちらでも、大して変わらないんです。
その事が、今の私を酷く傷つけます。
結局、それは私の心も影になってしまったからかもしれません。人であった頃の私の心の影です。」
山下さんの言葉は、照り付ける陽射しの中に、ぼんやりと浮かんで見えた。

僕は、顔を上げて表通り眺めた。忙しく歩き回る人々にピッタリと寄り添う影達が見えた。
人の数だけ影がいる。僕を知っている影もいるのかもしれない。

僕は決心して山下さんに彼女の事を聞いてみた。
のぶえって女性を知りませんか?魚方のぶえです。僕と同じくらいの年齢です」
山下さんの影は首を左右に振った。

僕は、ある事でのぶえを傷つけてしまう。彼女は、その後<人抜け>して影となり、僕の前から姿を消してしまう。

時間が経って僕は気付いた。
僕はのぶえの心や身体を、それほど必要としていなかった。
僕に必要だったのはのぶえの影だった。彼女の影だけを必要としていた。
posted by sand at 04:46| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月11日

エリオット式トンボ捕獲術(前編)

Strawbs Dragonfly.jpg

「山下君。どうやら僕達は、エリオット式トンボ捕獲術を試みる必要がありそうだよ」
教授は、研究室の黒板の前をウロウロ歩き回りながら話し続けた。

「エリオット式トンボ捕獲術。夢にまで見た捕獲術だ。おお。何と言う伝統。何と言う品格。
麗しい。流暢なる鐘の音が聞こえるようだよ。
僕は長年この捕獲術を研究してきたんだ。その起源は18世紀のウェールズ地方まで遡る事になる。
エリオット・グルードマン。
彼によって、この捕獲術は、この世に生を受ける。その格式ある捕獲術は瞬く間に英国全土に広まったと伝えられる。
しかし、その優雅な捕獲術が後世まで伝えられる事はなかった。
その時代だけに咲き誇った、儚い「あだ花」だったんだね。

なんという浪漫だろうね〜。
僕は文献を漁って、その捕獲術を調べまくったね。そして遂にその全貌が明らかになったんだよ。

いいかい?良く聞いてくれよ。
我、光沢のある猫を用いて、その者を手の内にす。
黄金の陽翳る時、その者の背に乗りし光沢のある猫。
きらめく空を舞う宿命を背負いし、その者。
やがて大地はその者を抱き、柔らかな休息を与えるなり。


「う〜〜ん難解ですね〜。光沢のある猫と言うのが、どういう猫なのでしょう。
<その者の背に乗る>という事は、トンボの背中に乗るような猫がいますかね?」私は教授に疑問を投げかけた。

「そこなんだよ。僕が長年、理解出来なかった点はね。
それがね。つい先日、別な文献から、こんな記述を発見したんだ。ここ。ここ。読んでみて」
教授は慌しく文献を開いて私の前に指し示した。

「ああ。光沢のある猫の説明が書いてありますね。
読んでみます。
光沢のある猫は、川辺に生息する小動物なり。緑の身体はヌルヌルとし、人の手の平に乗るほどの大きさが、よく見られる。
ケロケロと鳴き。大勢で鳴くと非常にうるさい。後ろ足でピョンコ、ピョンコと跳ねるなり。

・・教授。これは、もしかしてカエルじゃないでしょうか?」

「おおおお!君もそう思ったかね!それだよ!絶対!カエルに違いない!
おお。僕は歴史のトリックに絡め取られていたようだよ。青カエルならトンボの背中に乗れそうじゃないかい。そうだんだよ〜。ちくしょう!長い間騙されてしまったよ。」

「教授。では早速」
私達は研究室を飛び出し、歴史の中に飛び込もうとしていた。
posted by sand at 03:32| 超短編小説A | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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