2006年03月07日

These Days(その4)

These Days.jpg
Bon Jovi / These Days

<前回までのあらすじ>
巡り巡る性癖告白会は、星空の瞳を持つ男”バボ”に、精白なる恋人の存在を確認するに至った。そして、遂にメランコリックに興じるトドの登場と相成った。
果たして数々の疑惑に包まれたトドの口から、真実の告白を聞けるのか否か。さらには盟友ケロちゃんの運命は・・。
物語はクライマックスに向けて息切れしながら転がり続けるのでありました。


 卒業式の当日。トド松の行動を追って行くと、ある時点から、その足取りが掴めなくなってしまう。彼は、ある時点を堺に、我々の視界から忽然と姿を消すのだ。
再び我々の前に姿を現したトドの学生服からは、第一ボタンと第二ボタンが消失していた。
「いや〜。途中で後輩の女の子に、ねだられちゃってね」トド松は得意そうに胸を張って見せるのだった。
腑に落ちない点は、トド松が過去、後輩らしき女性と接触している事実を確認出来ない事。また、卒業式当日にトド松の周囲に後輩の女の子らしき姿を見た者は皆無なのだ。
全てはトドが姿を消した数分のうちに行われた事になる。
 我々は、その後の捜査の結果、ある重大の証言を入手するに至った。
それは、我が高に用務担当として勤務する山下守さん(52歳)の口から発覚する事になる。
「あれは確か〜〜。そうそう。卒業式の日でした。ええ。トド松君です。間違いありません。ずいぶん慌てていたから憶えているんです。人目を気にしていました。どこに行ったかって?
体育館のトイレです。彼は間違いなく体育館のトイレに駆け込んでいたんです」

山下さんの目撃時刻は、トド松が姿を消した時刻と奇妙な符合を見せた。
我々の推理が正しければ、トド松の学生服の第一ボタンと第二ボタンは、体育館の汲み取り式トイレの糞尿の中にある!
恐らく間違いない。しかしその決め手がないのだ。その立証には、体育館の汲み取り式トイレの糞尿の中からトド松の学生服の第一ボタンと第二ボタンを発見する必要があった。それは、あまりに困難で臭い捜索になる事が予想された。

酔って眠くなったので、つづく。
絶対この話し終わらないよ。

今日は小学生の娘の誕生会でした。人気blogランキング
posted by sand at 20:26| Comment(2) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月06日

These Days(その3)

Chelsea Girl.jpg
Nico / Chelsea Girl

<前回までのあらすじ>
18歳を過ぎても未だに童貞である事を潔くカミングアウトしたsand氏であったが、そのあまりの恥ずかしさのあまり座ったまま失神してしまう。目は白目を剥き、口からは大量のヨダレ。鼻から鼻水。目からは大粒の涙を流しながらの失神状態にあったが、あいにく誰からも気がついて貰えないのだった。普段から、そんなボ〜とした男であった訳だ。


 その時、私は『羞恥の森』にいた。
その森の広場では、『ペペ浜崎』と言う男が穴を掘っていた。ちょび髭が良く似合っている。
「ペペと呼んでください」ペペ浜崎氏は彼の腰が沈むほどに掘り返された穴の中から、私に言った。
「じゃあペペさん、どうして穴を?」
「ふうむ。辺り障りのない質問ですね」ペペは、スコップの手を止めて身体を起こした。
「じゃあ、穴を掘らない理由は、どこにありますか?」ペペは微笑みながら私に聞くのだった。

「その必要がなければ、そうしません」私は答えた。
「その必要があっても、君は、そうはしないんでしょ?そう出来ないんでしょ?」ペペの声は鋭さを増してきた。
「必要なんて何の意味もありません。何の力も無いんです。それが欲しければ穴の中に飛び込むしか無いんですよ。君が、どんなに逃げ回っても、穴は君を捕らえるはずです」ペペは右目をウィンクしながら微笑んだ。

 それを合図に私が今まで立っていた場所がスッポリと抜け落ち、私は大きな穴の中心に浮かんでいるのだった。
でもそれは、ほんの一瞬だった。次の瞬間、私は真っ逆さまに穴の底に向かって落ちて行った。

地上から叫び声が聞こえてくる。ペペの声だ。彼はこう叫んでいる。
「君の必要なんて犬にでも食わしちゃえ!生きる人の声を聞け!君に何が出来る?君に何が出来るんだ?」


 私が我に返った時には、二人の良い男の告白が終わった所のようだった。
勝ち誇ったように傲慢な笑顔(女の子が見るとサワヤカに見えるのが悔しい)を見せる良い男組とボコボコに打ち込まれてフラフラ状態の負け男組の状況を見ると、いかに、おぞましい体験談を彼らが語ったのかが窺い知れた。失神してて良かった。んなクソ男に傷つけられて、たまるか。

 次は「黒い瞳のバボ」の順番のようだった。私は身を乗り出した。さ〜さ〜白状するんだバボよ!カモ〜〜ン童貞エリア。
バボは恥ずかしがってる。黒い瞳をパチクリしてる。さ〜さ〜バボよ。バボちゃん。吐いちゃいなよ。楽になるが良い〜。カモ〜〜ン、バボ。ヒヒヒ〜。私の童貞フレンドへの期待は最高潮に高まっていた。
 その時だ。意外な人物が口を開いた。証言を終えた良い男Aだった。
「バボ。俺、知ってるよ」良い男Aはニッコリと微笑んで言うのだった。
なんだ。なんだ。この大人の空気は?この大人の間合いを何とかしてくれ!耐えられないよ!大人空気濃厚過ぎる〜。私は歯を食いしばって良い男Aの言葉を待った。

「バボとエッちゃんが一緒に帰ってるの見たんだ」良い男Aは核心に言及した。
誰だ!エッちゃんとは誰だ?悦子か?私は自身の脳内にインストールされた「女の子データベース」に検索をかけるのだった。悦子・・悦子・・。

「平川悦子?」私は検索結果を、すぐさまバボに問うた。
バボは黒い瞳をウルウルと震わして、小さく、うなずいた。
バボが落ちた。しかも、まったく予期せぬ結果だ。私は驚きのあまり大きく息を呑むのだった。
平川悦子・・それはクラスでも最も地味な女の子の一人だった。確かに鼻が上に向いて美人エリアには遠く及ばない。しかし性格が良かった。地味だけど、とっても優しい女の子。
私は、なんだか「お父さん」のような気持ちになっていた。
バボとエッちゃん。お似合いじゃないか。実に地味で目立たないカップル。人畜無害で無公害。まるでパセリとクレソンのような二人。二人の幸せを心から願うよ。いやいや。私がキューピットを引き受けても良い。仲人になって新郎新婦の経歴紹介しても良い。

 私はバボの肩をポンポンと叩き、こう告げた。「何も言うなバボ。俺がこの恋、預かった。何も心配するな」
バボは『おなえなんかに預けたくねぇよ』と言う顔をして私を見返すのだった。

さ〜〜次は天敵トド松との対決だ!


疲れたので今日はここまで。今日はテンション低かったな〜、こんなもんか、ニコだし。続きはまた、いつか。

テンダーな大人のお付き合い・人気blogランキング47位くらいまで上昇しました。ありがとうございました。
posted by sand at 18:20| Comment(3) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月05日

These Days(その2)

Laid Back.jpg
Gregg Allman / Laid Back

 進路が決まり卒業ともなるとロマンチックなそよ風が吹き始める。「ああ、あの方と離れ離れになる前に、一夜限りに契りをば・・(そんな女はいないけど)」などという良い雰囲気が漂ってくる。
そこかしこに愛のツボミがポツンポツンと芽吹き始める。

 私とケロちゃんもまたロマンチック始めました。ロマンチック武装する訳だ。ロマンチック・ワッショイワッショイで練り歩いたりする。
ムキムキのロマンチック・マッチョに変身したりすると、女の子は気味悪がって近づきもしなかった。

 結局、男友達の部屋に入り浸り、タバコ吸いながらエロ本読んで、大学入学までの期間をやり過ごしていた。だいたいアンニュイな雰囲気が漂う。それじゃ酒でも。なんて事で昼間っから酒飲んだりしていた。
で、だいたい女の話になる。「いや。実は俺、あの先生とやったんだよ〜」とか言い出すヤツが出る。「え〜〜。マジ〜、マジ〜。どこでヤッタの?どんなシチュエーション?体位は?体位?」とか興奮しながら根掘り葉掘り聞き出したりする。

 その日も、そんな感じで男衆6人と酒を飲んでいた。
それほど親しくも無かったけど卒業が決まると妙に名残惜しい気持ちになる顔ぶれだった。
まず良い男が二人。何も言う事はございません。公然の彼女と公然と付き合ったりしてる公然男だ。「お前ら、もう良いよ。勝手にしてくれ。銀河の彼方まで飛んで行ってくれ!」って気持ちにさせられる実に不愉快の男達だ。どうして、そんなクソ男と酒を飲んでたのか憶えてないけど、公然と付き合ってる女の子を呼び捨てにするのが何より許せなかった。
「ほらほら、ユキがさ〜」とかサラッと言うんだ。これが許せない!
「ユキさんって呼べよ〜!よしんば呼ぶんなら重厚に呼んでくれよ〜〜!サラッとじゃ、あんまりだよ〜」なんて事を心の中で叫んだりしていた。

 それで私とケロちゃん。残りの二人が問題だ。モテるのかモテないのか、今一つ把握してしない。
モテない男がいたら大ハッピー。手に手を取り合って仲良くしましょう。とにかくモテない男が、そばにいて欲しかった。少しでも勇気付けて欲しかったのだ。
一人は「バボ」と呼ばれていた小柄な男だ。ザッと見た所「Cランクの上」と言った所か、充分、期待を抱かせる素材だった。
顔がとにかく、まん丸だった。頭はクリクリ坊主で言う事がなかった。これだけなら何も心配する必要などなかった。
しかしだ。私を不安にさせる要素を「バボ」は有していた。産まれながらに見に付けていたのだ。
それはだ・・

「バボの瞳が星空のように輝いている」事だった。
まん丸顔にポッカリと黒くて深遠な瞳が浮かんでいるのだ。「バボ」の瞳を見ていると男の私でさえ心を奪われてしまう。深遠な瞳の奥へと吸いこまれてしまうのだ。
 ん〜〜かなり際どい線だが、バランスが悪いのは間違いない。瞳を、どう評価するかが焦点になる。ま〜来ても安い線だろうと。私はたかをくくった。

 最後は「トド松」。こいつは不細工も不細工。文部省推薦つきのターボ装備した不細工だ。
顔は間違い無くトドだ。アゴが何重にもなっている。鼻の穴が広がってる。目が米粒大しかない。
楽勝だ。8回コールドでも勝てそうだ。
しかし、しかしだ。不安要素が一つだけある。
「トド松」がメランコリーだと言う事だ。
トド顔して青い便箋にメルヘンを書き殴っている。これが不気味だ。
休み時間、何だ、かんだ言われて強引に読まされた。メルヘンをだ。
青い便箋に小さな丸文字でメルヘンが書きこまれている。
タイトルは、こうだった。

「出逢いpartU」

「出逢い」だけなら許してやっても「partU」は許したくなかった。
って言うかトドなんかに出逢いたくねえ〜んだよ〜〜!!でした。

 まあ、そんなこんだで飲んでると、どうしても女の話になる訳だ。
その日は、間の悪い事に「SEX遍歴を披露」とか言い出した。「順番に言おうよね。言おうよね」とかトド松のヤツが仕切っている。
「トドのくせに仕切るんじゃねぇ〜〜よ!バカが〜〜!」とか心の中で叫びながら、ニコニコ笑っていた。

 さ〜大変。議題は「SEX遍歴を披露」に決まってしまった。
順番が問題。最後だと、最後だと。廻ってくる前に死んじゃう。だって恥ずかしいんだも〜〜ん。

私は誰よりも先に勇ましく挙手して、こう宣告するのでした。

「はい!ではワタクシから行きます!ワタクシ未だ童貞であります!チンカス拭いて眠る毎日です!」
それだけ告げて失神してしまった。遥か彼方から「クスクス」と乾いた笑い声が聞こえてくるけど、もうどうでも良い。もう、どうでも良いの・・。


まだ続くのか。トド松の箇所が書きたいんだ。続きは明日にでも。


再度よろしゅう。人気blogランキング
posted by sand at 17:28| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

These Days(その1)

For Everyman.jpg
Jackson Browne / For Everyman

 その頃の私は、一年の大部分の時間をケロちゃんと過していた事になる。
ケロちゃんとは高校1年の頃からの付き合いで唯一親友と呼べる間柄だった。私とケロちゃんを強烈に引き寄せた共通の境遇とは、我々二人には『彼女が出来ない』と言う事に他ならなかった。

 その頃の男の子の頭の中は(基本的には今現在でも同じですが)女の子とSEXの事だけが詰まっていたと言って良い。我々二人は強烈に女の子と親しくしたかったし、SEXを渇望していた。
考える事と言えば、偶然知り合った女の子と、偶然SEXに至ると言う設定だった。偶然好みの女の子である場合が多い。
このような偶然思考が頭の中をカラカラ、カラカラと廻っていた。壊れたメリーゴーランドみたいに朝起きて、授業受けて、部活して、飯食って寝るまでの間、ずっとずっと廻り続けていたのだ。

 ケロちゃんの顔は不細工だった。それについては幾分の躊躇もない。不細工でないケロちゃんなど存在しないのだ。存在してはならない。当時に私の心の拠り所は「ケロちゃんの顔が不細工である」とうい事実の元にあったのだ。「ケロちゃんの顔が不細工である」と言う事が当時の私のアイデンティティを確立していた訳だ。
私はケロちゃんの真に不細工な顔をシゲシゲと眺め、ニタニタと勝ち誇った微笑を浮かべるのだった。
しかしながら思い返してみると、当時のケロちゃんは私の顔を不細工だと思っていたのではないかと考えられるふしもある。
それは当時の我々がお互いの顔を眺めながらニタニタ微笑み合っていたという事実に由来する訳だが。

 ケロちゃんは賢そうな顔をしていながら実の所はバカだった。私の場合は、バカそうな顔をしたバカだったので、その点においてケロちゃんより優位に立っていたと言って良い。
「賢顔バカ」は実に使えない。煮ても焼いても食えない。賢そうな顔して言う事全部バカ丸だしのケロちゃんは、バカ指数二乗にしか目にうつらなかった。ウルトラ・スーパー・バカだった訳だ。
クラスの女の子もケロちゃんに対して「嫌い」とか「邪魔臭い」とか「頭悪い」とか「恰好悪い」などの標準的な感情を抱く女の子は皆無だった。もはや「諦め」られていた訳だ。「こりゃダメだ」とサジを投げられていた訳だ。
このような当時のケロちゃんの境遇は、私にとって非常に好ましい材料だった。
ウハウハだった訳だ。

 このような記述は当時のケロちゃんが虐めの対象になっていたと思わせるのかもしれない。でも、それはちょっと違っていて、ケロちゃんは男の子からも女の子からも好かれていて人気者だった。
ただ、そのような『不遇キャラ』を割り当てられていた訳だ。
『不遇キャラ』は不遇であればこそ人気が出た。不遇キャラ自身も、その事を充分認識している。出来るだけ不遇に近づくように努めていた。不遇サイドを歩いていた訳だ。
どうして、そんな事が分かるのかって?
私も長い間『不遇キャラ』を演じてきたからだ。(恐らく今も)


 我々二人の高校時代は、一人の女の子と付き合う事もなく終わってしまった。
それらしい噂さえなかった。甘い言葉の一つさえなかった。バレンタインのチョコも1個も貰えなかった。卒業式の帰り、学生服のボタンが全部残っていたのは、私とケロちゃんだけだった。

 前記したように女の子に興味がなかった訳では決してない。
有り余っていた。余り過ぎて顔から噴出したりしていた。怒涛のようなエネルギーを秘めていた。勇猛なインド象のお鼻のようにウネウネ、ウネウネのた打ち回っていた訳だ。
SEXがしたかった訳だ。地鳴のような意欲に溢れていた。SEXが全てだった。他に重要な事なんか一つも見付けらなかった。盲目的にSEXを渇望していた。SEXが答えだった。SEXだけが私を救う事が出来たのだ。

 何故にそれほどまでの意欲がありながら実行に移れなかったかと言うと、これがモテなかったんだね〜。
こればっかりは、自分でもどうしようもない。好いてくれないんだから・・。
地団駄踏んで悔しがっても無駄。全てはモテない事には始まらない。

エロ本などを駆使してSEXに対する技術的な知識は充分過ぎる程あった訳だが、導入箇所で躓いてしまった訳だ。

続きは後ほど。長くなったね。

人気blogランキング。こちらもヨロシク
posted by sand at 05:36| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

そろり、そろり(Safeway Cart)

Sleeps With Angels.jpg
Neil Young & Crazy Horse / Sleeps With Angels

深夜。僕と彼女は、郊外にある大型ショッピング・センターに車を停めた。
僕も彼女も財布なんか持ってはいない。
つまり強盗って訳だ。もちろん、誰も、とがめたりはしない。
何故なら、ここいらの生き物は、おおかた死んでしまったからだ。

ショッピング・センターには、深夜とはいえ明々と照明が灯されている。
建物の入り口付近には、人垣が出来ている。ただし、生きてる者など一人もいない。

僕と彼女は、ショッピング・センターの入り口に重なり合って死んでいる死体の山に、足を踏み入れた。
僕らは、子供の顔を踏みつけ、老人の腰骨をへし折り、女の子の豊満な胸に手をかけて、建物の入り口まで連なる死体の山を越えて行く。
僕は死体を踏みつけながら彼(彼女)らに声をかける。
「悪いね。でも、いづれ僕らも君達のいる場所に向かうから。そろり、そろりと向かうから」

死体の山を越え、入り口に達した。広い店内を見渡すとガランとした無人の空間だけがあった。
アレが起きた時、誰もが出口に殺到したのだ。

僕と彼女は、それぞれショッピング・カートを持ち出すと、売り場を駆け回って欲しい物をカートに放りこんでいった。
食べ物、飲み物、着る物、電化製品、インテリア、雑貨、時計、宝石……。

それから、僕はスポーツコーナーから金属バットを拝借して、窓ガラスを叩き割り続けた。
派手な音を立ててガラスが砕け散った。深夜の空気の中にキラキラ残像を残しながら飛び散って行った。

次ぎにマネキン人形を叩き壊した。レジを壊して中の金を、ばら撒いた。
彼女は化粧品コーナーで、ありったけの高価な化粧品を顔に塗りたくり、爪を七色に染めた。

僕らは笑いながら中央のカウンターに腰を下ろし、ワイン売り場から持ってきた最高級の赤ワインをグラスに注いだ。

「この世の、全ての生き物に!」ワイングラスをカチンと触れ合わせた。

それから赤ワインを一気に飲み干した。彼女は、むせたみたいで咳き込みながら、赤ワインをフロアに吐き出した。僕は、それを見て笑った。

彼女の咳は止まらなかった。口から滴り落ちる赤ワインが、みるみる鮮血に変わっていった。
いくぶん黒味がかった、おびただしい血液を彼女は何度も何度も吐き出した。
真っ白なフロアが血の海に変わって行く。

彼女もソレに犯されているのだ。もちろん僕も。

僕は、苦痛にもがく彼女の背中をさすりながら、彼女が楽に死ねる事だけを願っていた。
「ねぇ。僕が殺してあげようか?」

彼女は、顔を歪めながら首を横に振った。

しばらくすると彼女は少し落ち着いたようだ。
僕は、寝具売り場に駆けて行き布団と枕を取って戻ってきた。それから彼女を布団に寝かせた。

布団の中で彼女は荒い息をしている。
僕は、このフロアに広がる血の海を、なんとかする必要があった。
清掃道具売り場から、大型のモップを何本か抱えて戻ってきた。

僕は一心不乱にフロアの血を拭き始めた。「この血を消さなきゃ。この血を消してしまわなきゃ」僕は何度も何度も、そう、つぶやいていた。

「全然、ダメじゃない。そんなんじゃ消えないよ」布団の中から彼女は重い目蓋を、なんとか押し開けるようにして笑った。
「マジックリンよ。マジックリンがあるじゃない」彼女は、ひらめいたように言った。

「そうだ。マジックリンだ。どうして気がつかなかったんだろう」僕は、慌てて洗剤売り場に駆け出そうとした。
「ねぇ」細い声で彼女が僕を呼び止めた。

「ありがとう。待ってるわよ」彼女は、持ち上がらなくなった重い目蓋を閉じて微笑みながら僕に言った。

マジックリンを持って、元の場所に戻っても、彼女の目蓋は二度と開かなかった。

僕は、そのままマジックリンを床に撒き散らし、モップで血を拭き続けた。
夜が明け、空が白み始めても、僕はその作業に没頭していた。

それから誰かが僕の背中にそろり、そろりと貼り付いた。
posted by sand at 15:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月23日

白い点(Take a Bow)B

Take a Bow.jpg
Madonna / Take a Bow

「それから暫くして、彼から連絡があって会う事になったのね。子供の為に今後を話し合おうって事ね。私は気持ちが切れていたから、彼に会っても腹も立たなかった。
私は特に何も望まなかったから話はすんなり終わったわ。
その頃には、私にも男がいたのよ。

でも別れ際に、彼は、こう言ったのよ。
<俺達は、見える必要の無い物まで見えたのかもしれない。抱える必要の無い物まで抱えてしまったのかもしれない>ってね。
私は、その場で声を上げて笑ったわ。だって、そんな事、最初から分かってた事じゃない。分かってて愛し合ったんじゃない。勝手よ。勝手な男だったのよ」

女は、うつむいた後に髪をかき上げた。甘い香水の香りが漂ってきた。
私は女の瞳を覗きこんだ。

女は、潤んだ瞳で私を見つめた。
「それから後に、付き合った男には、この<白い点>は見えなかった。
それは、ある面、気が楽ではあった。
でも最近、最初の亭主と過ごした若かった日々が懐かしく思い出されるの。

私達は何かを共有していたの。それが、結局は無意味な物だったとしても。
あの頃の私達は幸福だった。その事に変わりは無いわ。
私達は特別な空間に生きて、特別な夢を見ていたの。例え、それが本当に夢だったとしても、その頃の私達には揺るぎ無い現実だった」

私は<白い点>の向こう側にある彼女の瞳を見つめていると子供のような心境になっていた。心の奥から沸き上がって来る、ある気持ちを抑え切れなかった。

彼女と視線を合わせていると、<白い点>は私の視界から消えた。
多分、それは彼女の顔を離れ、私の中を泳ぎ回ってる。
彼女の<白い点>が、私の血管を貫き、肉を這い回り、臓器に身を隠し、骨を砕いて行くのが、分かった。
私は狂おしいような情熱に支配されていた。私は<白い点>の中心に吸い込まれようとしていた。

不意に、講習の開始を告げるアナウンスが館内に響き渡った。
私と女は、ほぼ同時に視線を外した。

女は、番号札を確認すると無言で立ち上がった。
小さくお辞儀すると、そのまま講習会場に消えて行った。彼女の<白い点>も一緒に。

私は、魂を吸い取られたような気持ちで、そのまま暫く、その椅子に腰を下ろしていた。

彼女は、自分では気付かぬうちに特殊な能力を身に付けているのかもしれない。
私は、漠然と、そう思った。
ただ、その能力が彼女に「幸福」をもたらす物なのか、どうかは、私には分からなかった。


窓の外に目をやると、空から無数の雨粒が降り注いでいる様子が見えた。
雨粒は、光り輝く球体に姿を変えていた。
それらは激しく地面に叩き付けられ、粉々に弾け飛んで行った。



☆終わりです
posted by sand at 16:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白い点(Take a Bow)A

GHV2.jpg
Madonna / GHV2

「ごめんなさい。余計な話まで、しちゃったわね」女は照れ臭そうに下を向いた。
「いえ。良かったら聞かせてもらえませんか」私は自分の椅子を立って、女の近くに座り直した。女とは空席一つの距離になった。
近くで見ても女は綺麗だった。女の一つ一つの仕草に、私は魅せられて行くようだった。

「彼と出会って、私は満ち足りたわ。誰にも理解して貰えなかった事実を共有出来る人が現れたんだから。私は彼を愛したわ。焦げるほどね。
私達は逃亡者のように二人の世界に逃げ込んだわ。そこは私達だけが知りうる世界だった。
誰にも理解する事なんて出来なかった。
<白い点>は、私達だけの物だった。それは、ちょっとした奇跡に思えたのよね。
私達は、ひどく興奮しながら、その事実を確認していたのよ」
女は話ながら、ソッと<白い点>に触れた。女の手は、<白い点>をスッと通り抜けて行った。私は奇妙な興奮を覚えた。
「どう?」女は私を促した。

私は女の前に浮かぶ<白い点>に手を伸ばし、それに触れた。これと言った感触もないまま、<白い点>は、私の掌の中に消えた。今、<白い点>は私の中にある。
もう少し手を動かすと<白い点>は手の甲から姿を現した。
奇妙な感覚だった。
「どう、ちょっとした体験でしょ?」女は魅力的に微笑んで言った。

「私達は結婚したわ。愛に満ちた結婚だった。それに私達には、何かの予感めいた物があったのよ。私達は他の人とは違う。そんな気持ちが私達を駆り立てていたのね。
私達は、すぐに子供を授かった。それは最初の奇跡に思えたわ。

で、実際、生活を始めると、それが次第に失望に変わっていったのね。何も起こらなかったのよ。いつもと同じ毎日。平均的で、どこにでも有る生活。
それは見方を変えれば「幸せ」と呼べたのかもしれない。でも私達には物足りなかった。
いつか<白い点>が奇跡を起こしてくれると信じていたのね。

20年近く一緒に暮らして、私達は、ようやく、その事実を受け入れる気持ちになったのよ。
<白い点>は、ただの点だったって事よ。それだけの事」

女は言葉を切って、タバコを取り出しライターで火をつけた。
私は、コーヒーの残りを飲み干した。

「すこしづつ亭主が変わって行くのが、分かったわ。
彼は<白い点>が、そこには無いように振舞うようになったのよ。
その事に話が及ぶのを嫌うようになった。
<白い点>なんて最初から無かったんだ。って思い込もうとしているようだった。

その事が私を傷つけたわ。だって、それは確かに、そこに見えているし。彼にも見えているはずなのよ。それを今更、見えないなんて…。
私には、自分の存在を否定されたように思えたのよ。

ほどなく亭主は、女を作って家を出たわ。子供は、私が引き取った。それで終わり」

女が吸っているタバコの灰が、風に舞うように床に落ちて行った。
posted by sand at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

白い点(Take a Bow)@

Something to Remember.jpg
Madonna / Something to Remember

運転免許の更新で試験場に来ていた。
私は、少し早目に着いて手続きを済ませた後、講習が始まるまで多少時間を余していた。

階下の売店でパンとホットコーヒーを買い、講習会場前の待合室で、それを食べた。
待合室の椅子は、建物を覆うガラス張りの壁に面していて、広々とした外の景色が見渡せた。
今朝から外は、霧のような細かい雨が振り続き、重い雨雲が天幕のように垂れ下がっていた。

私の椅子から3客ほど隔てた椅子に、50歳を少し回ったくらいの女が腰を下ろしていた。
私と女の間には、誰も座っていない。

女は、やはり講習を待っているのだろう。うつむいてファンデーションを塗っている。
私は、コーヒーを飲みながら、女の顔をチラッと覗いて、前に視線を戻した。

その時、何かが残った。私はもう一度、女の顔を覗き見た。
女がファンデーションを塗っている顔の前に、白っぽい半透明の球体が浮かんでいた。
球体は、直径1pほどの大きさで、点と呼んでもいい感じがした。

球体は、女が顔を左右上下に動かす度に、同じ方向に動いた。明かに女の顔に球体が張り付いている。
しかし、女と球体の間には、棒らしき物は見えなかった。

女は、私の視線に気付いたのかパチンと音をたてて、ファンデーションを閉じた。
私は、反射的に前に向き直った。

少しの沈黙の後に、女は私に話かけた。

「あなたにも<白い点>が見えるのね?」
女の声は落ち付いていて優しさを感じさせるものだった。

「ええ」私は女の前にある<白い点>を見つめながら、うなづいた。

「そう。凄く数は少ないけど見える人がいるのよ。でも、勘違いしないで。
特にコレが見えたからって特別な能力や才能があるって訳ではないのよ。
何の能力でも才能でもないわ。あなたも私も。ただ見えるってだけ」
女は寂しそうな笑顔見せた。

よく見ると、女は綺麗と呼んで差し支えない顔立ちをしていた。

「20歳くらいだったかしら、この点が現れたのは。そりゃあ当時は凄く悩んだわよ。
誰にも見えないんだから。相談のしようがないじゃない。
でも慣れちゃったのね。今では、ほとんど気にならない。不便な訳でもないしね。
人って何でも慣れちゃうのよ。って言うより、諦めちゃうのね。

誰にも見えないと思ってたんだけど、ごく稀に見える人がいたのね。
嬉しかったわ。救われた気がした。
私達には他の人とは違う力が宿っているんだ、と思い込んだわ。何か、とても大きな事に思えたのよ。

でも今となっては、ただの点だった。なんの力もなかった。ごく普通の人だったのね。
私も見える人も」

私は女の話に引き付けられた。いや。彼女そのものに引き付けられていたのかもしれない。

「私は、その中の一人の男と恋に落ちたわ。<白い点>が私達を結び付けたの」
posted by sand at 04:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

True

True.jpg
Spandau Ballet / True

村田宏昌(46歳)は、自宅アパートの扉を開けた。

玄関には、サンダル1足と革靴が2足転がっている。どれも、ひどく痛んで汚れている。
今、履いていた革靴も痛みが酷い。彼は、それらの靴を眼にする度に心を重くした。

玄関の横は、3畳ほどの台所になっている。
テーブルには汚れたままの大皿や箸、吸殻の詰まった灰皿、大衆紙のヌードグラビアが開かれたまま、置かれている。
流し台には、汚れた鍋やコップがギッシリと詰まっている。

彼は、ため息をつきながら、居間兼寝室兼書斎の6畳間の引き戸を開く。
彼のアパートには、この部屋と台所とトイレと浴室しかない。もちろん、住んでいるのは彼一人だ。

6畳間には、乱雑に衣類が、うずたかく積み上げられ、汚れたシーツを纏った万年床の上には、AVビデオが散乱している。
彼は背広を脱ぎ、汚れた衣類の上にソッと置く。カッターシャツを脱ぐと匂いを嗅ぐ。まだ大丈夫そうだ。靴下を脱ぐと、これまた匂いを嗅ぐ。強烈な悪臭に嘔吐しそうになる。これは無理。
彼はパンツも脱いで、素っ裸になる。洗う必要有りの衣類を抱えて洗面所に向かう。

洗濯機に衣類を放り投げ、洗剤を入れ、タイマーを回す。古い洗濯機が、掻きむしるような音を上げて動き出す。

浴室のドアを開けて、シャワーを浴びる。もう浴槽には何年も入っていない。浴槽は赤黒いカビが一面に這っている。


彼は40歳になるまで平凡な人生を送っていた。ごく普通の企業に勤め、ごく普通の女性と結婚し、ごく普通の娘を二人授かった。
数年前にローンで中古住宅を手に入れた。妻との関係も特に悪くは無かった。彼は妻を必要としていたし、妻もそうだろう。娘達の勉強の出来も良かった。会社では真面目だけが取り柄の男だった。
特に優秀でもなかったが、頼りにはなった。会社も彼を必要としていた。

彼は、その頃から、自分の芯がグラグラと揺れるのを感じていた。彼には終わりが見えたのだ。
それが彼を不安にさせた。彼を怯えさせた。

しばらくして飲み屋で知り合った「怜子」と言う女と良い関係になっていた。
彼は、その女を愛している訳ではなかった。ただ、自分をダメにしてしまいたかった。

彼は、多少まとまった金を持って「怜子」のアパートに転がり込んだ。
それきり家には戻らなかった。職場にも出勤しなかった。
やがて、有り金が尽きると「怜子」は彼をアパートから叩き出した。

それから後始末が始まった。彼は粛々とそれを、こなした。
離婚、解雇、不動産の処分、調停。彼は、それらを淡々と受け入れ処理し続けた。
妻と娘達は、彼に会おうとはしなかった。彼もそれが当然だと自分に言い聞かせた。

彼は今、訪問販売の会社に勤め、安アパートでの一人暮らし。そして、元の妻子に仕送りを続けている。

彼は浴室から出ると汚れたタオルで身体を拭う。寝巻きに着替えると、冷蔵庫から発泡酒を取り出し、台所のテーブルに腰を下ろす。

発泡酒を飲みながらFMラジオのスイッチを入れる。昔、好きだったROCKのCDは、全部処分してしまった。

FMラジオのDJは曲名を告げた所だった。Spandau Balletの「True」。
イントロが流れ始めると、彼の中で何かが動き出した。
若い頃、踊った曲だった。

彼はイスから立ち上がると腰をくねらせて踊り始めた。左手を握り、腰に手を回す。
彼一人のチークタイムだ。
彼は微笑みながら身体を揺する。大きくターンして腰をグッと抱き寄せる。
薄くなった髪を振り乱してステップを踏む。

ダンスは熱を帯び、彼はその行為に夢中になる。
額に汗が浮かぶ。彼は晴れやかな気持ちで、狭い台所を踊り歩く。

やがて、誰もいない耳元に彼はささやく。
「どうだい?俺って最高だろ?」
posted by sand at 17:35| Comment(8) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

見えない光

Air Cook Sky.jpg
矢井田瞳 / Air/Cook/Sky

激しく降る雨の中、車を走らせていた。
まだ時刻は午後3時だというのに周辺は、ほの暗い夕闇を思わせた。

道路脇に人が立って右手を上げて振っている。人の気配もない山道の途中だった。

「車のトラブルかな?」私は一瞬走り去ろうと考えたが、首を振って車を路側帯に止めた。

手を振っていた人影が、小走りに私の車に近づいて来る。私は、左のウィンドウを降ろす。

「すいません。連れと、はぐれてしまって。近くの街中まで乗せて頂けませんか?」
若い女だった。言葉遣いも丁寧だ。
私はロックを外して、女を横の座席に招き入れた。

女は、グッショリと雨に濡れている。ダッシュボードからタオルを取り出して彼女に渡した。

私は車をスタートさせ、タオルで髪を拭いている女の顔を覗き見た。
女はモデルのように整った顔立ちをしていた。あまりにも美し過ぎて、怖いほどの冷たさがあった。

「ありがとう。怜子と言います」
女は綺麗にタイルを折りたたみながら、そう言った。

街中までは、もう少し距離があった。私も女も黙って車に乗っていた。
私にも彼女にも共通の話題など存在しなかったし、私は彼女の美しさを意識し過ぎていた。

先に口を開いたのは女だった。
「ラフな服装ですね?お休みですか?」
「いや。仕事中です」

「自由業?」
「まあ。そんなものです」

「結婚されてますよね?車内を見れば分かります」
「ええ。子供もいます」

女は、少しの時間、言葉を切ってから、こう切り出した。

「あなたは、一人では逃げられない人ですよね?私が一緒に逃げてあげても良いわよ」

私は返事を失ってしまった。この女は、何を言っているんだろう?

「逃げる?」私は女に問いかけた。

「そう。一緒に逃げるの。あなたと私で。雨中に出会った見ず知らずの二人の男女が、行き先も決めずに逃げて行くのよ」

「わからない。何から逃げるんだ?」私は、もう一度女に聞いた。

「<見えない光>からよ。その交差点を右に曲がって。高速に上がる道に出るわ」

私は階段を踏み外すように、ウインカーを右に倒した。
私は、ずっと前から壊れていたのだろうか?私の築き上げて来た物は、一瞬のうちに消え去る物だったのだろうか?

<見えない光>が私を追い駆けてくる。私は身をかわす様に車を右に曲げた。
posted by sand at 05:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月02日

Laughing Stock

Laughing Stock.jpg
Talk Talk / Laughing Stock

「心の川には、記憶や感情や思考や感覚や、あらゆる物が、流れ続けている。その川は、心を通って身体の隅々まで溢れるような想いを押し流していく。
しかし、誰の心にも決して流れ去らぬ物が残される。忌まわしき記憶。忘れ得ぬ痛み。終ることの無い哀しみ。それらは、心の川に<棘>となって突き刺さり、その傷口から流れ出た血は、川を赤く染め続ける。」

女は窓の外に蛇行する大きな川を眺めながら、言葉を継いだ。

「苦痛に優劣など無い。哀しみに上下は無い。人が受けた傷に、適当・不適当など無いのだ。どんなに、ささやかな傷でも、傷は傷だ。どんな傷であっても、そこから血が流れ出す事に違いはない。誰の心にも傷がある。誰の心にも<棘>が突き刺さっている。
誰の心からも血が流れ続けている。」
女の吐いた熱い息が、窓ガラスを白く濡らした。

「心の川に降りて行く事は容易ではない。そして、<棘>を抜く行為には苦痛を伴う。二度と触れたく無い過去と、もう一度、向かい合わねばならないからだ。しかしだ。」
女は、言葉を切って、息を吸い込んだ。

今度は、サングラス越しに僕をシッカリ見つめながら話した。
「しかし、<棘>そのものは忌まわしき物ではないのだ。<棘>は、その人そのもの。
おまえが残した<棘>は、おまえ、そのものだ。
おまえは、心の川に降り、抜き去った<棘>を<銀色の魚>に変えねばならない。
そして、その<銀色の魚>を、心の川に放つのだ。
放たれた、かつての<棘>は、美しい想いとなって心の川を泳ぎ続ける。
それが<許し>だ。」

女は、話しを止めて、僕を見つめ続けた。
僕は、胸の奥深くに沈みかけている、ある情景を思い起こそうといていた。

女は、右手を自分の顔の横まで持ち上げ「パチン!」と指を鳴らした。
「お別れだ」
女はコートを手にして立ち上がった。この地方で最も大きい駅に到着したのだ。
女は、決して振り返る事無く、ホームの人ごみの中に、瞬く間に消えてしまった。
posted by sand at 04:11| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Spirit of Eden

Spirit of Eden.jpg
Talk Talk / Spirit of Eden

キーーンと耳鳴りがして僕は目を覚ました。
目を開けると、僕の目の前に黒いサングラスをした女が座っていた。
女は、見るからに上質の毛皮のコートを脇に置いて、白いセーターを着ている。髪は短くシャープに揃えられていた。細くしなやかな長い足。スッと伸びた背筋、指には節度のある貴金属が輝き、どこから見ても女は、高級感を漂わせていた。ただ・・。

ただ、女の顔には無数の深く切り裂くような皺が這っていた。赤いルージュを引かれた唇に、まとわり着く、その皺は、ゾッとするほどの痛々しささえ漂わせていた。
この女は、一体、何歳なのだろう?

僕は、不信に思って辺りを見回すと、誰も座っていない座席が目立った。何故、この女は、僕の前にわざわざ座ったのだろう?
女は、前を向いているが、どこに視線があるのか、サングラス越しには、つかめなかった。
やがて、女の口が動いた。僕に何かを話しかけているのか?

僕は、イヤホンを外して耳を自由にした。
女の声が、もう一度、聞こえて来た。
「何が見える?」
女は、そう言って、窓の外に向かって顔を振った。

僕は、窓の外に、しばらく目をやって、こう返事をした。
「川が見えます。」

女は、皺だらけの顔をクシャクシャにして、ニッタリと微笑んだ。

女の言葉は、それ以上続かなかった。女は無言で窓の外を眺めている。
列車の発する規則正しい音が、カタン、カタンとリズムを刻む。僕は、窓の外に広がる、大きく曲がりくねった川に視線を戻す。冷たく澄んだ空気の中で、日の光を浴びた水面がキラキラ輝やいている。
白い鳥が、数羽、羽ばたいた。

「おまえは、心の川に降りて、そこに刺さった<棘>を抜く必要がある」
女は、窓の外を見つめたまま、唐突に、そう切り出した。

「心の川?」僕は、小声でつぶやきながら女の顔を見つめた。
女は、ズカズカと僕の中に上がりこんできた。でも不思議と不快な気持ちには、ならなかった。
僕は、この女と、どこかで会った事があるのだろうか?
女は、僕の事を、良く知っているような気がした。
おそらく僕自身よりも。

「人の心には、川が流れている。とても深い川だ。わかるか?」
女の言葉に、僕は首を振った。
posted by sand at 04:01| 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月30日

綿菓子みたいな女の子

Stone Roses.jpg
The Stone Roses / The Stone Roses

彼女の部屋の窓からは、何本もの煙突が立ち並んでいるのが向かい側に見える。
どの煙突からも真っ黒な黒煙が、灰色の空に向かって、高く高く立ち上っている。

通りを見下ろすと車は一台も通ってはいない。ただ、タキシードに蝶ネクタイの紳士が、砂袋を抱えて交差点を渡っているのが見えた。
彼は重そうに何度も砂袋を持ち替えている。砂袋の、どこかが破れているようで、彼の通った後には、細い砂の線が引かれている。

私は窓ガラスに顔をくっつけて、その砂の線を目で追って行く。

「砂売りね」いつの間にか、彼女は私の横に立っていた。

「あなた、最近、砂を買った?」彼女は窓の外を眺めながら私に聞く。
「いや。買っていない」

「そう。私は先週買ったわ。とても上質だったわ。どう?試してみる?」
「ああ。そうだな」私は彼女の誘いを受ける。

彼女は、私の手のひらに一握りの砂を注ぎ入れる。

砂は手のひらを通って身体の奥深くに沈み込んで行く。身体の奥をサラサラと音を立てて流れ落ちる。やがて内臓のあちこちに降り積もって行くのが分かる。
「良い砂だ」
私は、久しぶりの砂の感触を味わう。

それから私は彼女を抱いた。
彼女は何度となく絶頂に達し、喜びの声を上げた。

射精した後、私は、いつしか眠りに落ちていた。

目を覚ますと、私は彼女と並んでベットの上にいた。彼女は、横でタバコを吸っている。
強いメンソールの香りが、ツンと鼻を刺激する。

彼女の胸の上に乗せられたガラスの灰皿が、照明の光を反射してキラキラと輝いている。

外は、もう、日が暮れてしまったようだ。窓ガラスには、ベットに寝そべった私と彼女の姿が映し出されている。

私は彼女の左耳に気を取られる。
それは、まるで綿菓子のようにフワフワと頼りなく淡い存在に見えた。

私は、そばに置いてあったライターで彼女の左耳に火をつける。
耳は、青い炎に包まれて燃え上がった。

彼女は、ちょっとだけ驚いた顔をしたが、その後、フンと鼻で笑ってタバコを吸っている。

私は燃え落ちる彼女の左耳を眺めていた。青い炎は、美しく、胸が痛くなるほど切なかった。

やがて炎は力を弱め、萎むように消えてしまう。
彼女は左耳の燃え滓を、ちょんと摘むとガラスの灰皿に投げ入れた。

「おしまい」彼女は笑って言った。

私はベットから立ち上がると「どこにある?」と彼女に聞く。
「白いタンスの上から2段目」

私はタンスの引出しを開け、中から左耳を取りだし、彼女に差し出す。
彼女は、私の手から左耳を摘み上げて、元の位置にソッと差し込む。

「どんな感じ?」私は新しい左耳を眺めながら聞く。

「うん。良く聞こえるわ。良い感じよ」彼女は満足そうに、うなずいている。

何もかも腐ってしまったんだ。世の中も。人の身体も。心も。

私は、彼女の新しい左耳に舌を這わせる。
posted by sand at 15:26| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

光りの通る道

Agaetis Byrjun.jpg
Sigur Ros / Agaetis Byrjun

ボクは、その年の夏に彼女を腹ましてしまった。

その日は、朝から雨だった。
ボクらは、傘をさして、その街を歩いた。由布院と言う街だった。

その処理方法を決意したのは彼女だった。
ボクは、すぐにでも結婚したいと言った。けれども、彼女は、もう強く決意していた。
それ以上、何も言う事は出来なかった。

それが行われる日は、来ないでくれ、と言われた。彼女の友人が立ち合った。

終わった夜に電話をいれた。
とても痛かったと言った。

彼女は、やがて泣き始めた。すすり泣きは、ずっと続いた。
ボクは、その間、言うべき言葉を探し続けた。
でも、何一つ見つける事が出来なかった。

金鱗湖へ続く道を、右の折れて由布院民芸村に向った。
林を抜けた所に、古い民家を改装した古風な建物があった。
民芸村の高い天井を見上げると、古い古い空気が、息をひそめて、へばりついているように感じられた。

そこには、和紙やガラス工芸、古風な小物、洒落た陶器が並んでいた。彼女は、それらを一つ一つ手に取って眺めた。
ボクは、彼女のマツゲを、ずっと見ていた。彼女のマツゲは、フワフワと上下に揺れた。

彼女は、青いガラスコップを2つ買って、1つをボクにくれた。

美術館に向う途中、彼女は話し始めた。

「ポール・クレイマーの娘の話しって知ってる?」
「いや、知らない。」ボクは答えた。

「ポール・クレイマーは、古い時代の貴族で大金持ちだったのね。彼には、美しい娘がいたわ。でも、とても痩せてたのね。別に彼女が小食だった訳ではないのよ。むしろ、大変な食いしん坊だったわけ。
なにしろ大変な大金持ちだったから、食べる物は、山のようにあったわけね。彼女は、それをペロリと一口で飲み込んじゃうのね。
どんな大きな果物でも肉でも。ケーキでさえ、一口で飲み込んじゃうのよ。ペロリってね。」

雨は、小降りになって、まるで霧のようだった。
彼女の髪は、小さな水滴で、キラキラ輝いた。

彼女は、話し続けた。
「実際には、彼女の、お腹の中には大きな回虫が住んでたのね。とても大きな回虫だったから、どんな食べ物でもペロリと食べちゃうのよ。
でも古い時代だから、誰もその事に気付かないのよ。家の人達は、彼女に沢山の食べものを与えたわ。でも彼女は太るどころか、だんだん痩せて弱って来たのね。
家の人達は、心配で彼女のお腹が、どこか別の場所に繋がっているんじゃないかと疑ったのね。」

道は、大きなスローブを描いて美術館まで続いていた。雨に濡れた草木は、金持ちの胸元みたいに光りに包まれていた。

彼女の話しは続いた。
「それで、1つのプランを立てたのね。小鳩を一羽、生きたままパイに詰めて、彼女に食べさせるの、もし、彼女のお腹が、別の場所に繋がってたら、小鳩は、そこから飛んで戻って来るだろうってね。
ある日、生きた小鳩をパイの中に入れて彼女の前に持って行くと、彼女は、いつものようにペロリと一口で飲み込んだのよ。」

彼女は、一呼吸おいてボクに質問した。
「それで、どうなったと思う?」

「回虫が小鳩を食べちゃったんだろ。」ボクは答えた。

「バカね。お腹の中でパイから出てきた小鳩は、回虫を摘まんで食べちゃったのよ。」彼女は言った。

「それで?」

「それで、彼女は、元気を取り戻して、幸せに暮らしたのよ。」彼女は、笑いながら言った。

「小鳩は、どうなったの?」

彼女は、笑うのを止めて答えた。
「小鳩は、彼女のお腹の中で、彼女が死ぬまで、彼女を守ったのよ。そういう種類の小鳩だったのね。
小鳩が、ずっと彼女のお腹を守ってくれたから、彼女のお腹は二度と傷つく事は無かったわ。
彼女の、お腹を傷つける者は、誰もいなくなったの。」


雨は、ボクの顔も濡らした。

ボクは、彼女の痛みを感じる事は出来た。それは肉を切り裂く痛みだ。
でも、ボクには彼女の抱えた、もう一つの痛みを感じ取る事が出来なかった。

彼女が何を失ったのか、ボクには何一つ理解出来なかった。

彼女の身体の中にある、光の通る道を、ボクは素通りしてしまったのだ。
posted by sand at 03:34| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

朱肉を聞く男B

Loveless.jpg
My Bloody Valentine / Loveless

僕は食べていた弁当を脇に押しやって、目の前の朱肉に口をつけた。
朱肉の原料は、油(ヒマシ油、白蝋、松油等)や顔料(色素)などが使われている。
なるほど、マッタリした油の味がした。
僕は、手元に置いてあった数種の朱肉を味わって行った。品質が良くなるほどに味が濃くなって行くようだった。

僕は「味」を査定項目に加える事に決めた。
それからズラリと並べられた朱肉を一つ残らず味わって行く事にした。

半分ほど消化した時点で<異変>がやってきた。

その朱肉(とくに特長のない普通に販売されている中程度の朱肉だった)に口をつけた途端、舌が高熱を帯びるようにカッカッと燃えるような痛みを感じたのだった。

僕は、飛び上がって、流し台に駆け込もうとした。
その時、後頭部にハンマーを打ち付けられたような激しい衝撃が走って、僕は身動きが取れなくなってしまった。

舌から駆け昇って来た激痛は、脳味噌を引き裂くように頭の中心に押し寄せてくるのだった。

次ぎに、炸裂するような轟音が耳元に木霊してきた。激しくフィードバックするノイズの嵐だった。
幻聴か。僕は気が狂うのではないかと、身の毛がよだつほど恐怖に襲われた。

それから最初感じた舌や頭部の激痛は次第に消え去り。耳に轟音だけが残った。
僕は頭を締め付けるような強力な耳鳴りに気を失いそうになりながら、拳を握り締めて耐えていた。

その声を聴いたのは、その時が、始まりだった。
轟音の狭間に消え入りそうな女性の声を聞いたのだ。
激しく打ち鳴らされるノイズの嵐の中に、その女性は、可憐な声で囁くように歌っているように感じられた。

僕は、その女性の声に数秒で、恋をしてしまったのだ。

それは僕が生涯求めてきた完璧な声だった。僕は苦痛から、次第に幸福の中に包まれている事に気付き始めた。

僕は彼女の声を聴くだけで涙が止まる事なく流れ落ちるのを感じていた。
今までの孤独だった人生とは違う物が、僕を包み込んで行くのが分かった。
僕は、何もかもが崩れ落ち、全く新しい自分に変わって行くのを驚愕と共に体験していた。

女性の声と激しい耳鳴りは、10分ほどで消えていった。
また、いつもの街の騒音が僕を待ち受けていた。僕は震えるほど孤独を感じた。

たまらず、もう一度、朱肉に口をつけた。
激痛と轟音が通過した後に、彼女に再び出会う事が出来た。



その時から、僕の人生は変わってしまった。終わってしまったと言えるかもしれない。

その日から二度と事務所に顔を出す事はなくなった。一切、外出もしなくなった。
食事も入浴も、ありとあらゆる日常は不必要になってしまったのだ。

僕は、自宅マンションの寝室で、大量に買い占めた同種の朱肉だけを舐めて暮らした。
僕は、彼女の声だけを聞いていたかったんだ。
他の物は、何も必要なかった。

僕は、次第に痩せ細り、衰弱して行くのを感じていた。
でも、彼女の声のそばから離れる事が出来なかった。

ある日、窓の外に、山本さんの顔が浮かんでいた。僕のマンションは5階なんだ。
目を凝らしてみると山本さんの首から下は何も無かった。首だけがニヤニヤと笑いながら、宙に浮かんでいた。

僕は騙されたのだろうか?どうだろう?・・わからない。

少なくとも今の僕は、幸せではあるのだが・・。
posted by sand at 15:34| Comment(4) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朱肉を聞く男A

朱肉.gif

朝、誰もいない事務所に出社すると、机の上に新しい朱肉が四つだけ並べられていた。
多分、夜のうちに山本さんが置いているのだろう(彼に会うのは給料を手渡す日のみ、月に一度だけだった。他に来客はなかった。電話は一度も鳴らなかった)

最初、朱肉の査定に手間取った。
どの朱肉も同じ色に見えたし、香りや、印影の違いも微々たる物に思われて、僕は不安な気持ちでリポートを送信し続けた。

それから日を重ねるごとに、僕は朱肉そのものに魅せられて行くのだった。

朱肉には「練り朱肉」「スポンジ朱肉」の2種類がある事が分かってきた。それぞれ原料が違う。
朱肉の色には赤口と黄口あり、速乾性・柔軟性・弾力性などそれぞれに特長がある。
用途や原材料によって様々な種類の朱肉が製造され販売さているのだった。

特に上質の朱を使った高級落款用朱肉は、見れば見るほど、その美しさに打ちのめされて行った。

僕は、番号順に並べられた朱肉を、もう一度、最初から比較検討し直した。
朱肉を覆い隠していたベールが少しずつ剥がれ落ちるようで、僕は、この仕事に喜びを見出して行った。

最初の頃、数行しか書く事が出来なかったリポートは、日増しに膨大な量になって行った。

山本さんは、僕の熱心な仕事ぶりを誉めたたえた。依頼主も非常に喜んでいると彼から聞かされた。
しかし、不思議な事に「朱肉業界の機関誌」というものを一度も彼から見せられた事はなかった。

僕は蓄積したデータから朱肉のランクを査定する事が出来るようになっていた。
色あい。印影の深み。盤面の着肉性。本朱(顔料)の質。耐転写性、耐薬品性。
僕は、日々データを積み上げ、朱肉の本質を見極めるべく、分析に没頭していった。

しかし分析が進めば進むほど、僕は何か決定的な要素を見落としているような気がして来た。

ある日、朱肉を眺めながら昼食の弁当を食べている時に、それを思い付いた。

「そうだ。味だ」
posted by sand at 14:43| 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

朱肉を聞く男@

朱肉.jpg

朱肉の色を見比べ、香りを嗅ぎ、印影を光りに透かし造形の美しさを査定する。それが僕の仕事だ。

その仕事を僕に紹介したのは、以前、勤めていたデザインスタジオに出入りしていた「山本」と言う男だった。
彼は、印刷関連の数社と連携しながらフリーで動いている男だった。

僕は、デザインスタジオの人間関係に疲れてしまって退職を願い出た所だった。

ある日、退社の道すがら、山本さんから声をかけられた。彼は僕を待っていたようだった。
「次ぎの職場は決まってるの?」彼は、僕が退職する事を知っていた。

彼は僕に奇妙な仕事を紹介した。

「よく考えて。答えは次ぎに会った時に」山本さんは、そう言い残して僕の前から立ち去った。

山本さんの紹介した仕事は、朱肉業界の機関誌に関連した仕事だった。
機関誌と言っても編集の仕事ではなく、朱肉の色や印影の造形をリポートにまとめるだけの、いたって簡単な仕事だった。

朱肉業界の機関誌と言うのは、いかにも胡散臭い物だったが、僕は山本さんの不思議な口調に魅了されていた。
彼は奇妙なイントネーションで話しをした。彼の言葉にかかると、どんな凡庸な作業でさえ、創造性の高い仕事に思えてくるのだった。

特に希望する企業もない僕は、とりあえず、その仕事をやってみる事に心を決めていた。
なにより、その仕事は、人に会う必要がないのが良かった。

朱肉の仕事は、風俗店が建ち並ぶ、雑居ビルの1室が使われた。
事務所には、机・テーブル・電話・ノートパソコンが、それぞれ一つずつ設置されているだけだった。窓にはカーテンもなく、スチールの書類ケースも、ロッカーもなかった。看板も郵便受けもなかった。

机の上には、包装の外された真新しい朱肉が四つだけ並べられていた。朱肉には四桁の数字が、付箋用紙に記入されて張り付けられている。

「査定の基準はありません。基準を作るのは貴方です。」最初の日に山本さんは僕に、そう告げた。

彼の説明は、出社時刻と退社時刻さえ守ってもらえれば、あとは、どう時間を使っても良いとの事だった。
外出も自由だった。

査定した朱肉のリポートを指定されたメールアドレスに送付すれば、僕の仕事は終わりだった。
給料は高くはないが、楽な仕事だと僕は喜んだ。
posted by sand at 13:57| 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

Belle & Sebastian型のティー・ポット

Dog On Wheels.jpg

ショウケースの上を小さな毛虫が這っている。僕はティッシュペーパーを片手に表に回る。
毛虫をティッシュに包んで握り潰す。ブチッと音がしてティッシュは緑色に染った。

僕は喫茶店をやっている。
大学生街のちょっと外れ、小学校の向かい側にある小さな店だ。

店には1日中、音楽が流れている。
KinksだったりBadfingerだったりTrash Can SinatrasだったりBill EvansだったりBelle & Sebastianだったりする。

音楽をずっと聴いていたいから店を始めたんだ。それだけで良かった。

裏口のドアが開いて、パン工場から食パンが届く。
配達の叔父さんは僕を見ると、元気な声をかけてくれる。
「おはよう!」

彼は、僕を気に入ってるようで、あれこれと話しかけてくれる。
僕は会話が苦手なので「はい」とか「あはは」とか、つまらない受け答えしか出来ない。
彼は、それでも大きな笑顔で僕を励ます「頑張れよ!」

僕は包みを開けて、今日の3斤食パンをチェックする。
パンは、日によって微妙に違う。
弾力や香りで、その日のパンのご機嫌を伺う。

「今日はフライ物が合いそうだぞ」僕は献立を決める。

店は、ヨシエさんって女の子が手伝ってくれている。
彼女は、僕より二つ三つ若いはずなんだが、僕よりずっとしっかりしている。

「マスター、野菜が高いから、もっと丁寧に使って下さいよ」彼女はゴミ箱を、かき回しながら忠告する。
「マスター、この油、換えるの早すぎますよ」彼女は廃油置き場をチェックしながら忠告する。
「マスター、こんな場所にエロ本隠しても、すぐに見つかりますよ」彼女は、机の3番目の引出しを、ひっくり返しながら忠告する。

The Boy With The Arab Strap.jpg

今日、最初のお客さんは、町内会長の奥様だ。
もう60歳は越えてると思うけど、いつもキチンとした服装で、とても静かにしている。

ヨシエさんがオーダーを聞きに行く。
「いつもので良いですか?」彼女は常連なんだ。町内会長の奥様は小さく微笑んで、うなずいた。

僕は彼女の為に生クリームとフルーツのサンドイッチを作る。
ホイップした生クリームを食パンに塗り、キューイフルーツやパインやバナナを乗せて挟み込む。

サンドイッチの仕込には手間隙がかかる。かなり多くの作業が必要なんだ。
でも出来あがったサンドイッチは、そんな風には、ちっとも見えない。
「全然、手間なんてかけていませんよ」って顔をしている。
サンドイッチの、そんな所が好きだ。
<こだわってる>ように見せないのが<こだわり>なんだ。

町内会長の奥様は、出来あがったサンドイッチを上品に口に運びながら、コーヒーを味わっている。

今、店内に流れているBelle & Sebastianが彼女の耳にどんな風に聞こえるんだろう?
僕は彼女を見ながら、そんな事を考える。

「力を抜いて生きていたい」僕は、いつでも、そう考えている。
でも、それは今より強くなるって事なんだ。
今より、ずっと強くなる必要がある。

Storytelling.jpg
Belle and Sebastian / Storytelling

もうやだ〜(悲しい顔)「カラスウリ」早くもギブアップしました。すいません。目がチカチカするんです。
老眼だな〜。
posted by sand at 18:33| Comment(2) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月13日

木霊(こだま)

The Icicle Works.jpg
The Icicle Works / The Icicle Works

ロボットの「メガ造」と一緒に<海苔森>に来ていた。

「メガ造」と旅をしても、それほど楽しくはなかった。
「メガ造」の話しを聞いてるとイライラするからだ。って言うか、激安ショップで買ったロボットなので上手く喋れないのだ。

「なあ、メガ造。一昨日の晩御飯。何、食ったっけ?」

「え〜お答え致しましょう。一昨日の晩御飯を思い出す為には、昨日の晩御飯のメモリーを呼び出す必要がございます。少々お待ち下さいませ。今、呼び出しております。あ、只今、読み込んでおります。読み込み完了いたしました。え〜、昨日の晩御飯は、ビーフシチューでございますね。
さてさて、これから一昨日の晩御飯の呼び出しに取りかからせていただきます。え〜只今、呼び出して下ります。少々お待ち・・」

「もういいよ!今、思い出したよ。サンマだよ。サンマ。あ〜イライラする〜」


<海苔森>とは、その名の通り、海苔とワカメで作り出された人工的な森なのだ。
地方自治体が第3セクターで取り組んだ自然公園なのだが、どう見ても不自然だった。
<地上に浮かぶ海底公園>というコンセプトなのだが、いくらなんでも海苔とワカメの森は不気味過ぎる。
案の定、3年も経たない内に閉鎖の噂が流れ始めた。
「客足ゼロ。再建は不可能」との記事が新聞の見出しに踊るに至った。

私は「今だ」とばかりにメガ造を連れて<海苔森>に向かったのだった。

倒産・閉館前の店舗や遊園地を訪れるのが、何よりの楽しみだ。
まったくヤル気のない店内。従業員の目も空ろ。荒れ果てた施設。不気味なほど静まり返った広大な敷地。
たまらない魅力に溢れている。
しかし、倒産・閉館が発表された後では遅過ぎる。倒産・閉館マニアがドッと押し寄せるからだ。
これでは味わいは損なわれてしまう。
倒産・閉館の影がチラつく頃合。このタイミングを見計らうのが難しい。


<海苔森>の受け付けには、ヤル気マイナス300の頼もしい女の子が座っていた。
ダルそうに週刊誌を読んでいる。私の存在に気づくと明かに驚いている。
「これは手応えがありそうだ」
私はニタニタ薄ら笑いを浮かべながら園内に足を踏み入れた。

中央にメインキャラクター「ノリノリ君」の像が、うらぶれた姿をさらしている。
「海苔を食べてノリノリさ〜!」キャッチコピーが寂し過ぎる。


しかし、展示施設に入ると意外な程の美しさに感銘を受けてしまった。
海苔やワカメは地味なりに自分の個性を輝かせているように感じられた。

荒廃した周辺施設に比べて、展示室内は、管理や清掃が行き届いているのにも驚かされた。

多分、この展示室の担当者は、経営に携わる連中とは別の方向を向いているのだろう。
海苔やワカメに罪はない。彼は、そんな事を思っているのかもしれない。

照明を落とした海苔とワカメの森を歩いていると不思議な気分になった。
シンとした空気の中に、何かが潜んでいるように感じられた。

次第に、海苔やワカメは、お互いを呼び合っているように思えてきた。

「なあ、メガ造。木霊(こだま)が聞こえるかい?海苔やワカメの木霊(こだま)だ。」
横を歩いているメガ造に聞いてみた。

「ええ。先ほどから聞こえていますよ。でもオフライン作業です。決してオンラインではありません」メガ造は、そう答えた。


メガ造には、分かっているのかもしれない。我々の声が、どこにも届かない事を。
posted by sand at 03:59| Comment(2) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月12日

September Song

Nat King Cole Sings.jpg
Nat King Cole Sings/George Shearing Plays

手伝っている会社の決算が終わって、一息ついた所だった。
スーパーに稲荷寿司を買いに行く途中、ブラッと本屋を覗いてみた。
本を買わなくなって久しい。無数の新刊本の前で呆然と立ち尽くしていると、Nat King ColeのSeptember Songが店内に流れてきた。

ジェントルな歌声に暫し時間を忘れて聞き入ってしまう。

そうだ。もう9月なんだ。

September Songと言えば、Lou Reedが歌ったSeptember Songを思い出した。
地の底から漆黒のベールをまとって立ち上ってくるルーの猛毒ボイス。
素晴らしいヴァージョンだった。

学生の頃、頻繁に聴いたものだ。
あれはKurt Weillの曲をカバーしたコンピレーション・アルバムに収録されていた。
邦題は、確か・・<星空に迷い込んだ男>
良い邦題だった。

あのアルバムには、他にも錚々たるメンバーが参加していた。
Sting、Marianne Faithfull、Tom Waits、Elliot Sharp、Dagmar Krause、Van Dyke Parks、John ZornそしてTodd Rundgren。

Lost in the Stars.jpg
Lost in the Stars: The Music of Kurt Weill

どうしても、そのアルバムが聴きたくなった。

私は、その足で地下鉄に乗り、繁華街の輸入CDショップに向かった。
総選挙の後の雑然とした繁華街を人を掻き分けて歩いた。

CDショップで、そのアルバムを探すが見つからない。
観念して、店のスタッフに尋ねる事にした。

「クルト・ワイルのコンピレーションで邦題を確か<星空に迷い込んだ男>と言うアルバムなんですが・・」

若いスタッフは私の言葉を聞いて、顔を引きつらせながら、もう一度、念を押した。
「<星空に迷い込んだ男>ですね?」

私は不安な面持ちで、うなずいた。

スタッフは「少々お待ち下さい」と言い残してバックヤードに消えた。

やがて一人の男が現れた。男は、背が低く、髪を後ろに撫でつけ、色のついたメガネをかけていた。
スーツも靴も腕時計も見るからに高級だと分かった。

男は<坂本>と名乗った。
「社長がお待ちです。ご案内しましょう」坂本と名乗る男は、丁寧に私に告げた。

坂本と名乗る男は、先に立って歩き始めた。私は彼の後を追う。

エレベータに乗り込むと、坂本と名乗る男は、私に、こう告げた。
「魚形と言います。社長の名です」

社長室は、豪華なシャンデリアの下にあった。黒いレザーのソファが重々しく置かれている。

真っ赤なスーツを着た女が、私を出迎えた。女は黒いサングラスをかけている。
「魚形です」女は、そう言って、ソファに腰を下ろした。

私も、向かいのソファに腰を下ろして、女の言葉を待った。

「相変わらず、無口ね」女は言った。

「君は誰だ?」私は女のサングラスを覗き込んだ。

「あなたは誰なの?星空に迷い込んだ男?」女はニッタリと微笑んだ。

女は、ゆっくりと黒いサングラスを下にずらした。
私は、女の瞳を覗き込んだ。

すぐに、その事がわかった。
「のぶえ!お前は、のぶえなんだな!」

<のぶえ>はウチの家で飼われていた金魚だった。
大地震を奇跡的に生き延びた後、金魚鉢から忽然と姿を消したのだ。

「のぶえ!生きていたのか。会いたかった!」
私は女を抱きしめようとした。

それを合図に数人の男が私に飛びかかり羽交い締めにした。
私は部屋の外に引きずり出されながらも、のぶえの名を呼んだ。

女は、黙って後ろを向いた。


私は店舗前の道路に叩き出された。
腰骨を痛打して、道路に横転した。

男達が去った後、ふと右手を見ると、いつの間にか、何かが握らされていた。
<星空に迷い込んだ男>のCDだった。


私は、そのCDを眺めながら「のぶえ」の事を思った。
「のぶえ」は、私のそばにいる。ずっと、そこにいるのだ。
posted by sand at 16:59| Comment(0) | 超短編小説B | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。