2008年01月01日

音楽カレンダー2007

2007年 1月 Camera Obscura - Let's Get Out Of This Country
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昨年の初めに知りまして、良く聴きました。スミス→ベルセバの線上に位置する音楽性でしょうか。お洒落になるには、あまりに不細工といった分相応な世界観です?
シングルカットされた『Lloyd I'm Ready To Be Heartbroken』はキラメクようなポップチューンでして、いたく気に入りました。

2月 Thirteen Senses - The Invitation
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う〜〜ん。これも軟派系でした。Travisあたり好きな人は絶対っていうバンドですね。所謂Radioheadの弟分にあたるんでしょうか(私はRadioheadは、ど〜も苦手)。情緒過多の泣き節オンパレードです。クールファイブの『東京砂漠』あたりに意外に接点があるかもしれません。そういえば最近、演歌が染みる年頃になってきました。

3月 The Alan Parsons Project - Ammonia Avenue
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名曲『Don't Answer Me』へのマグマがフツフツと沸いて来た3月でございました。どこに行くにも、何もするにも、この曲が頭にこびりついて離れなかった状態でしたね。Alan Parsons Projectは、ずっと聴かず嫌いでして、ここんとこ重い腹を上げて聴き始めました。今のところアルバムだと『Eye in the Sky』かな?1枚1枚丁寧に聴いております。

4月 Richard & Linda Thompson - Pour Down Like Silver
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この時期、Richard ThompsonやSandy Dennyをかなりハマって聴いてたようです。
Thompsonの魅力は、最終的な段階で調和を拒んでいるような姿勢でしょうか。良いところまで盛り上げて、最終的にブチ壊す。そんな破壊的な業を感じずにおれません。若いオルタナ系のミュージシャンから彼への賛辞が尽きないのは、そのあたりに源があるのかも。

5月 Suzanne Vega - Suzanne Vega
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Suzanne Vegaはミーハーファンでして。まず最初に顔が好きなんす。音楽的なピークはファーストとセカンドにあった事は、誰もが認める哀しい事実な訳なんですが、それもこれもこの時期の幸薄そうな顔と幸薄そうな音楽性が、ガラスの靴を抱えるような危ういシンクロを見せていたからと考えられます(どんな比喩や)。年末にタイミング良く新譜『Beauty & Crime』がリリースされまして、これ久々に良いです。無理してない。普通のオバハンです。けど飾らない輝きが感じられて良い感じで聴けてます。

6月 Rosie Thomas - Only With Laughter Can You Win
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梅雨ですね。それで、このアルバム。完全なジャケ買いです。しかしながら聴こえて来た音もまた、このジャケ写のように適度にダーク、適度にファンタジック。日本人で言うと(柴田淳+戸川純)÷2といった塩梅でしょうか(これ分かりやすい)

7月 Ron Sexsmith - Retriever
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傑作ファーストアルバム以来、どうも相性が良くなかったRon Sexsmith君。久々良い感じでヘビロテ化いたしました。このアルバムの何が良いかって。それは結局、ファーストアルバムに一番近いサウンドプロダクトだからではないかな。あまりに身も蓋もない結論ですが、逆にセカンド以降のアルバムは無理してファーストから遠ざかろうとした狙いが感じられた。もちろん表現者としての幅を広げるには必要な事だった訳ですが。その旅を終えてニュートラルな状態でスタートに戻ってきた。そんな逞しさと瑞々しさに溢れた作品でした。

8月 The Blue Nile - High
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夏だからって訳じゃなくて年中寝る前に聴いてました。寡作で知られるBlue Nileですが、聴けばどの作品も練りこまれたプロフェッショナルな仕事を感じさせる得がたい作品だと理解できます。ただ、それが所謂ROCK的なダイナニズムとは違った場所にあることも、これまた事実。当の本人達はROCK的なダイナニズムなど、これっぽちも考えていないにしても。ひどく閉鎖的で窮屈な先入観を持ってしまいます。嫌な言い回しだと質の高いリスナーを選ぶ音楽でしょうか。私は決して質の高いリスナーではありませんが、彼らの音楽を愛してやみません。これほどストイックな音作りを冒険心無しに成し遂げる事は不可能です。Blue Nileを聴いてると完成度の向かう側にある苛立ちみたいなものを聞き取ってしまいます。Blue Nileの音は、ずっと先を見ていると。

9月 Neil Young - Chrome Dreams II
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リリースは9月じゃなかったと思うけど年中ニールさん聴いてますので、ここで。近年、爆走を続けるニールさんですが、私が彼を聞き始めた80年代の低迷を考えると雲泥の評価の開きがあります。最近のニールさんは、何でも良いから褒めとけって風潮さえ感じられます。輝いてたニールさんはいつでも未完成であったわけで。半端な仕事だったわけで。最近のニールさんはコンセプト重視と言いましょうか、それなりに作りこまれた感触を憶えます。ま、これはファンの身勝手な思い入れではあるのですが。
 で、このアルバム久方ぶりにバランスが悪くて満足しました。マニアには有名なお蔵入り曲と新曲の混入ですが、逆にそれが抜けの良い、肩の張らない作品になっている気がします。なんだかんだ言ってもアイドルなんで結局は認めちゃうんですが。

10月 Van Morrison - Common One
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10月だからと言うわけではなく、年中ヴァンさんを聞いていたので、ここで。特に昨年は
『No Guru, No Method, No Teacher』『Inarticulate Speech of the Heart』『Common One』の80年代前半に出た作品を繰り返し繰り返し聞きました。この時期、リアルタイムだと宗教色が強く、線香臭くて、まるで聴かなかったんですが、ここ最近浸るように聞き続けています。ヴァンさんにとって80年代の初めは引退騒動もあったりして、精神的に追い詰められていた時期だったのかもしれません。救いを求めるような、祈りのような、悲鳴のような声が聞こえてきます。私自身、40歳を越えた頃から、持って行き場のない拘束感に囚われています。時には宗教的な救済を考えたりするようになりました(まだ具体的ではないですが)。ただ、この後(80年代後半頃から)ヴァンさんは急に吹っ切れたように疾走を始めます。そしてその走りは現在も続いています。混迷の時代に、この悩み多き天才から学ぶ事は多そうです。

11月 Wilco - Sky Blue Sky
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このアルバムが昨年のベストでしょう。詳しくはここに書きました。以来Wilco三昧の日々です。夢中になれるバンドが出来る事はとてつもなく嬉しいことです。

12月 Crowded House - Time on Earth
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これも素晴らしいアルバムでした。詳しくはここに

2008年 1月 Tracey Thorn - Out Of The Woods
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なんとまだ始まったばかりですが、起きてからずっと聴いてて良い感じなので。
Tracey Thornの『A Distant Shore』もBen Wattの『North Marine Drive』も好きでしたが、Everything But The Girlには乗り遅れました。どうもダメでして。何故ダメかは、もういいでしょう。何年ぶり(20年とか?)かのソロ新作ですが、Everything But The Girl時代の取ってつけた感が綺麗になくなってまして(先入観かも)とてもリラックスした好アルバムになっています。時には『A Distant Shore』が流れていた海辺に連れて行ってくださいます。
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2007年12月11日

空のあり方

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Wilco - Sky Blue Sky


 音楽が好きで、いつも音楽と一緒に生活している。
だが、音楽を奏でる才能はないし、音楽評論を書けるほどの筆力もない。ただ音楽を聴きながら、仕事したり、あれこれ思い悩んだり、公園を散歩したり、本を読んだり、人と話したりする事が好きなだけだ。

 コードも楽器の種類もアレンジも歌詞の内容もテクニックの有り無しも、私には分かっていない。また今現在、それを理解する必要も私には無いのだ。

 もちろんミュージシャンや楽曲にケチを付けるつもりはない。音楽は素晴らしい。自分にとって最大限の敬意を持って接したい。自分にとってそれは(それが間違いだとしても)いつも生活の傍に置き、ずっとそれと接する事だ。それとずっとずっと暮らし。ずっとずっと愛し続けたいと思う。

 時として音楽は、音楽と言う枠を越えて、もっと大きな物に成長する。指針であり、道しるべであり、モチベーションであり、活力となり得る。
 それは長い年月をかけて、そうなる場合と、始めて聴いた瞬間に、そうだと確信する場合がある。
 今回は後者について。前置きが長くなった。

 Wilcoの新作『Sky Blue Sky』は始めて聴いた瞬間に自分にとって特別な音楽である事があっさり理解出来た。あくまで自分にとっての事なのだが。

 フェイセス〜ジョージア・サテライツ直系のラフでグイ乗りのロックンロールを鳴らした初期から『ヤンキー・ホテル・フォックストロット』『ゴースト・イズ・ボーン』ではジム・オルークによる多少、実験的な音作りへと転換して行った。
 従来のオルタナ・カントリーから飛躍した実験性の導入を充分、評価しながら、私は初期の荒々しいサウンドが好きだった。

 そして今作。いつになく落ち着いて適度にメロディアス。ただ甘くはない。前作・前々作での冒険がピリッとした緊張感を全編に張り巡らしている。基本は地味で、しっかりと歌を聞かせる構成なのだが、音の端々が尖っていて安易にBGMとなる事を拒絶しているように感じられる。
 グラム・パーソンズ、エリック・アンダーソン、ブルース・コックバーン。それらのミュージッシャンの顔が思い浮かぶ。私の最も愛するミュージシャン達だ。
 ただ素晴らしい事にこれは2007年の音楽なのだ。今の時代を共に生きる者が産み出した音なのだ。

 何度、聴き直してもシックリとフィットする。PCの前で、職場のラジカセから、自転車に乗ってMP3プレイヤーのイヤフォンから、私は『Sky Blue Sky』を流し続ける。
 どこにいても、どんな気持ちでも、その音楽は私をしっかりと受け止め、空へと運んでいく。とても高い場所にまで。
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2007年08月07日

Please...Please Let Me Wonder

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The Beach Boys / The Warmth of the Sun

 うだるような夏日、俺は学生課でアルバイトの求人ファイルを眺めていた。出来るだけ人気のない、出来るだけ人に会わない仕事を求めていた。特に若者に会いたくなかった。
 その日のうちに面接を受け、その日のうちに採用の返事を貰った。
その夏、俺は葬儀社で働く事にした。

 基本的な就労内容は、初盆の飾り付けの補助だった。だが、採用担当者は「もっと早くから勤務出来るか?」と聞いてきた。その夏、俺の予定は一切なかった。「いつからでも、働きたい」と俺は返事をした。「じゃ明日から」担当者は言って、ホッとした表情をした。夏休みに葬儀社でバイトをしたい人間は、そうそういないのだろう。

 人気のない仕事だ。若い女の子の影もない。だから時給は悪くなかった。でも時給なんて、どうでも良かった。俺は無心に働きたかった。そして、その夏がとっとと過ぎ去ってしまう事を望んでいた。

 葬儀社の朝は早かった。俺は早朝6時過ぎに出勤し、すぐに般若心経を読まされた。朝礼が終わるとその日の葬儀の準備に取り掛かった。発注された棺桶を準備し、トラックに積み込んだ。バックヤードには値段ごとに棺桶が並べられていた。「じゃ〜それ積み込んで。それ5万のヤツね」俺はスベスベした棺桶を台車に載せ、布で磨き上げた。花輪や白黒の幕、祭壇を作る機材を積み込んだ。葬儀の準備は、かなりの重労働だ。

 トラックの助手席に乗って、死者の家に向かった。古いトラックにはクーラーが付いていなかった。俺は助手席の窓を開け、ひじを窓枠に乗せて目的地に向かった。強い風が吹き込んで、俺の額に浮かぶ汗を吹き飛ばした。夏の日差しは強烈だったが、その頃の俺は(今から思えば)理不尽なほど若かった。

 葬儀社の社員は陽気な男が多かった。運転席の若い社員は、AMラジオから流れてくる演歌に合わせて、こぶしを震わせて歌い始めた。
 「歩のない将棋は〜♪負け将棋〜〜〜んか♪」
俺はそれを見てハハハと笑った。俺は、ほとんどの社員から可愛がられた。同年代の人間と一緒にいるのは苦痛だったが、年上の人間となら、そうでもなかった。

 俺は無口で無愛想だったが、仕事は手を抜かなかった。会社に残って、人の分の仕事も手伝った。俺は同年代の学生の中でも変わり者だったが、ここに勤務する社員はそれ以上に変わっていた。
 会社を経営していたが、社内クーデターで追い出されてしまった50代の恰幅の良い男。ペニスに真珠を埋め込んだ、SEXだけが生きがいだと語る男。不倫の末、女房子供を捨てて不倫相手と一緒になったが、また違う相手と不倫を始めた懲りない男。異様に無口だが、時々切れて暴れだす危ない目つきをした男。小指が切り取られた男…等々。

 それぞれが重苦しい過去を持っていた。彼らは車の中で、それぞれの過去をあっけらかんと語り、ナハハと笑い飛ばした。俺は助手席で彼らの話を聞き、時々うなずいた。

 祭壇の飾り付けが終わると布団の上に寝かされた死体を、棺桶の中に移し変えた。それらは遺族によって行われたが、俺はドライアイスを棺桶に敷き詰める作業を手伝った。死体の耳元や首筋付近にドライアイスを敷き入れた。その夏、どれほどの死体を見ただろう。死体を見るのは怖くなかった。生きている人間の方が遥かに怖かった。

 一度だけ、とても美しい女性の死体を見た。まだ若い女性だった。眠っているような傷一つない穏やかな死顔だった。俺は普段より顔を近づけてドライアイスを詰め込んでいった。詰め終わって、顔を上げると妙な気持ちになった。どう言い表したら良いのか分からない。

 俺は辺りを見回してから、もう一度、身体を倒し、その女性の耳たぶを触った。

 バイトが休みの日は、朝早く起き出して、バイクで海岸に向かった。と言っても、あまり目立たない狭い浜辺を持った海岸だ。真夏でも若者の姿は、それほど見当たらなかった。近所に住む子供達と、その母親。それに何故だか老婆の姿が多かった。浜辺に着くと、Tシャツとジーンズを脱ぎ捨て、砂に腰を下ろした。コンビニで買ってきた缶ビールを喉の奥まで流し込んだ。

 それからウォークマンのイヤホンを耳にはめ込み、砂の上に寝転がった。ウォークマンには『The Beach Boys』のカセットが入っていた。その夏は、そのカセットだけを聴いて過ごした。
『Surfin’ U.S.A.』や『Fun, Fun, Fun』なんかの陽気なナンバーは外して、少しウェットなナンバーだけを選んでカセットを作った。
『Don’t Worry Baby』や『In My Room』や『Girls on the Beach』や『Caroline No』とか、そんな感じだ。

 Beach Boysを聴きながら、あまりに青過ぎて距離感のなくなった空を眺めていた。俺は一人ぼっちだったが、寂しくはなかった。俺はそれで良かった。それは俺が選んだ事だ。

 だが、一人では何も変わらない。変えられない事にも気が付いていた。俺は一人の心地良さを求めながら、それとは別の気持ちも抱いていた。つむじ風みたいな強風が吹いて、何もかも変わってしまうのだ。それまでの自分が一瞬で変わってしまう。そんな魔法みたいな出来事を待ち望んでもいた。

 『Please Let Me Wonder』が何よりも好きだった。ブライアン・ウィルソンの弱々しい声で、そう歌われると、心の中のどっかの部位が無意識に反応した。そして少しだけ熱い気持ちになった。
 
 俺は青空に両手をかざし、指の匂いを嗅いだ。その指に染み付いた死者の残滓を嗅ぎ取ろうとした。
 戻る場所を失い、さ迷い続ける匂いを、俺は、どうしても受け取る必要があった。


Beach Boys - Please Let Me Wonder
posted by sand at 18:49| Comment(2) | TrackBack(1) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

The Kinks Present"小さな夏のメロディ"

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The Kinks / Percy [Soundtrack]

 暑い。灼熱の夏、到来です。外に出ると地獄だ。それでも…

 それでも配達中なんかに、クーラーの良く効いた車中から、陽炎が立ち上るアスファルトや青々とした街路樹を眺めながら…。はたまた横断歩道を日傘をさして横切って行く夏服の女達を眺めながら…。
 あるいは少し日が翳った夕暮れ時、木陰に佇んでいるとヒンヤリした微風を感じた時。田舎の広いお座敷で高校野球を見ながら冷たい生ビールを流し込む時。

 そんな時、夏はその厳しい顔を少しだけ緩める。そして耳を澄ませば、その時その場所に聞こえてくる音楽がある。私にとって、それは"The Kinks"であると。そういうことになる訳だ。

 たとえば、それは『The Way Love Used to Be』であり、『Sunny Afternoon』であり、『Lavender Hill』であり、『Mister Songbird』であり、『Too Much on My Mind』であり、『Do You Remember Walter?』であり、『Picture Book』であり、『Sitting by the Riverside』であり、『She Bought A Hat Like Princess Marina』であり、『Apeman』であり、『Come Dancing』であり、『Good Day』である。

 レイ・ディビスは、四季を書く天才である。キンクス・ファンであれば、それぞれの季節ごとにお気に入りのキンクス・ナンバーを持っている(ストーンズやザ・フーであっても、そういう意味合いには乏しい)。

 それはレイ・ディビスという人が徹底的な傍観者であるという事だろうか。であるからして、であるならば当然、彼は誰よりも孤独であった。
 四季を歌うキンクス・ナンバーは(今回の場合は"夏")、まるで手のひらに乗るほどの小さなメロディを持っている。小さく可憐で、今にも壊れそうなほど美しい。そして絶望的に孤独でもある。
 
 我々は古いアルバムをめくるように、レイ・ディビスお手製の絵葉書に視線を落とす。くるくる回る扇風機の羽根。氷の溶けかけたカルピスのグラス。窓辺に揺れる風鈴。我々はテーブルに頬杖をついてレイからの夏の便りを眺め続ける。そして、じっと耳を澄ます。

 キンクスの"小さな夏のメロディ(小夏メロ)"を最も楽しめる作品集とは? 誰かが、そう聞いたとして、私なら『The Great Lost Kinks Album』を推そう。隅から隅まで『小夏メロ』が詰まった極めて美しい作品集だ。
 ただ残念な事に、このアルバムは廃盤なのだ(これは全ROCKファンにとって最大級の損失です)。

 気を取り直して『Percy』は、どうだろう? このアルバムはサントラとして世に出て以来、誰もその価値を認めたがらない。
 確かに散漫で、寄せ集めで、やっつけ仕事で、ROCK的な迫力に乏しく、これと言ったキャッチーな楽曲もない。
 だが『The Great Lost Kinks Album』に最も似た雰囲気を持っているのは、このアルバムなのだ。

 その『The Great Lost Kinks Album』にも収録されている『The Way Love Used to Be』を聴けるだけでも、このアルバムの価値は有り余るほどだ。この繊細で孤独で、静かな夏の湖を思わせる憂いを帯びたメロディはどうだろう? これは現存する最も美しいメロディの一つだ。

『God's Children』は、キンクス流英国フォークの到達点だ。これ以後、彼らはアメリカ音楽との融合を目指す。そして二度とこの場所には戻らなかった。

『Moments』は美しいストリングを伴ったセンチメンタルな曲だ。後に大仰なロックオペラの一大絵巻が繰り広げられる直前。シンプルで短い構成でありながら、スケール感を感じさせる。ラフなスケッチであるが故に完成度とは違った意味の魅力を持った曲。

『Just Friends』は、ジャック・タチ監督の映画「ぼくの伯父さんの休暇」を髣髴させる、ユーモラスな楽しさに溢れた曲。そして当然、夏の終わりの寂しさも忘れてはいない。

『Dreams』も不思議な雰囲気を持った曲だ。ある場面では、寂しさと哀しさが描かれる。ある場面では、辛辣で攻撃的。ある場面では、前向きで快活。それが"夢"であるのなら、当然、そうなのだが。

 動画は『Sunny Afternoon』しか、ないな〜。

The Kinks - Sunny Afternoon
posted by sand at 19:17| Comment(4) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月31日

The Smithsのシングルを並べるだけ

 The Smithsの何が好きかと言うと、シングルのジャケットがまず思い浮かぶ。もちろん音の方も聴き込んで来たが、シングルのジャケ写のインパクトが未だに忘れられない。で、中途半端に好きなのだけ。

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The Boy With a Thorn in His Side
モデルは作家のTruman Capoteです。このジャケ写が一番好き。

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Sheila Take a Bow
モデルは、Candy Darling。Andy Warholの1971年の映画「WOMEN IN REVOLT」より。

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This Charming Man
決定的な名曲です。モデルはJean Marais。Cocteauの映画「ORPHEE」より。

まだ一杯あるけど、もう終わろう。

The Smiths - Ask


Smithsで1曲だけと言うと「The Boy With a Thorn in His Side」でも「That Joke Isn't Funny Anymore」でも「Girlfriend in a Coma」でも「This Charming Man」でも「What Difference Does it Make?」でも「Shoplifters Of The World Unite」でも良いけど、「Panic」は外して「Ask」を選ぶのが正しいような気がする。
posted by sand at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月28日

例えばこんなBeatles

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The Beatles / A Hard Day's Night (1964 Film)

 本日もバタバタしてました。
 Beatlesが好きか嫌いかと言うとメチャクチャ好き。だけど普段聴いてるのは(本当に良く聴いてます。やっぱりファンなんだな)各ソロアルバムになるのですが。久しぶりにBeatles聴きたくなりました。少しずつ聴き進めています。どの時期も満遍なく好きなんですが、フェイバリット・アルバムとなると『A Hard Day's Night』と言うことになります。だいたい中期から後期にかけてBeatlesに入って行ったので、初期はずいぶん後回しになってしまいまして、結構遅い時期に初期のアルバムを聴いたことになります。

 パブロックなんかを通過している時期に耳にした初期のBeatlesは、それはそれは軽快で魅力的でして、特に『A Hard Day's Night』の物凄い勢いで駆け上がってゆくサウンドこそが、私にとって最もカッコ良いBeatlesの姿となりました。

 で、本日は、その『A Hard Day's Night』から”しなやか”と呼びたい品格と勢いを兼ね備えた「I'll Be Back」
 さらに、その前作で、これまたタイトでラウドな名作『With The Beatles』より柔らかな憂いを秘めた逸品「Till There Was You」を、どうぞ。

Beatles - I'll Be Back


Beatles - Till There Was You
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2007年01月27日

ねぇ、Lloyd

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Camera Obscura / Let's Get Out of This Country

 これは気に入りました。スコットランド出身だそうです。日本のグループかと思った。ベルセバとの違いが分からないけど、ベルセバが好きなら間違いないでしょう。
 この筋肉質のトレイシー・ソーンみたいなルックスの女の子がとても良いです。それ風なのですが、いまいち垢抜けしないダサさ加減が、私なんかにはとても良いですね。アルバムもオシャレの手前で力尽きてるようで、おすすめです。

Camera Obscura - Lloyd I'm Ready To Be Heartbroken


追記 ボーカルの女の子が誰かに似てると気になっていたのですが、今、分かりました。でも芸能人じゃないので書けません。いや〜似てるな〜。
posted by sand at 20:53| Comment(6) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月18日

Super Session

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Al Kooper / Mike Bloomfield / Stephen Stills - Super Session

 去年の暮れからAl Kooperにハマってしまってます。1回ハマると、しつこい性格だからドップリ行きます。それほど好きじゃなかったけど、チビチビ集めていたので聴くものは一杯あるし、これは楽しい。

 名盤の誉れ高い『Super Session』は、20年近く前に買ったけど、全然聴かないで放置していたんですが、ようやく聴く時が来ました。やっぱり凄かった。あの態度のデカイStillsが、ずいぶん控え目なのが時代を忍ばせます。しかしAlとBloomfieldのテンションは凄まじいですね。しかし、ここでのベストトラックは怪しさに包まれたStillsとの『Season of the Witch』ですね。私は。一聴してStillsと分かる独特のコードストロークがこの陰鬱な曲調をビシリと引き締めるのに一役買ってる思うな(オリジナルはドノバン)。そしてAlの洪水のようなオルガン。まさにドラマチックな展開です。それに隠し味的なホーンセクションのアレンジなんかが、意外なほどポップで、Al Kooperの才能を感じさせますね。
 弱い弱いと言われ続けたAlのボーカルですが、ようやく耳に馴染んで気にならなくなりました。

 この映像は『Super Session』収録曲ですが、二人ともやや老けてるので79年ごろかな?この曲『Stop』は、ジミヘン(バンド・オブ・ジプシーズ)やジェイムス・ギャングのヴァージョンもありますが、もちろんこの二人の演奏も秀逸です。

Mike Bloomfield & Al Kooper "Stop" (Super Session)
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2007年01月15日

Nick the Knife

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Nick Lowe / Nick the Knife

 本日はニックさんの傑作アルバムを入手し直した(レコードしか持っていなかった)ので『Nick the Knife』です。リリースは82年ですね。この頃は何を聴いても驚きの連続でしたね。このアルバムはロッキンオンで松村雄策さんが『ニック・アダムスのように』という傑作レビューを寄せていて、それで知りました。ニック・アダムスとは、これまた大ファンのヘミングウェイの短編に登場する人物なんですね。ま、そんなこんなでカッコ良いジャケットじゃないですか。こんなカッコ良いジャケットは滅多にありません。え?そうでもないって?確かに今となっては普通かもしれないけど。時代は82年です。ど派手な時代です。バブルです。浮かれてます。金余ってます。根明と根暗で色分けされてた時代です。当然、こんな地味なジャケットは誰も興味を示さなかった時代だった訳です。

 ま、そういうことで時代に乗り遅れて鬱屈していた当時の私は飛びついた訳ですね。地味って言うだけで迫害されてた時代だったのですよ。そんな時代に極渋に『Nick the Knife』とか一昔前のタイトル。なんとも頼もしい。当然、レコード屋に飛び込みました。ええ。そうです。飛び込みましたとも。当然、変人扱いも受けました。それでも良かった。すでに変人だったし。

 それからターンテーブルに乗せました。ええ。しっかりと乗せましたとも。鼻息も荒く。そんなんで興奮している男には当然彼女なんていません。ええ。いませんでした。キ〜悔しい。いませんでしたとも。寂しかった…。
毎夜、膝を抱いて寝てました。ってウソ。いくらなんでも膝抱いて寝てるような男はいません。ええ。スッキリ、オナニーして寝てました。え?そんな事まで聞いてないって?ま、いいじゃないですか。

 それで始まったのが『Burning』です。まったく熱くならない。冷え冷えなのに何故だか気持ちが昂ぶる粋な音。ええ。もう虜になりました。なりましたとも。泣きました。これがオイラの探してた音楽なんだ〜とかね。そうです。レコード聴いて泣いてるような男は、当然、男失格です。ええ。男じゃありませんでした。オカマだったんです。や〜ね。白状しちゃったわ。も〜言わせないでよ〜って、何のこっちゃ。

 次がまた凄い『Heart』です。脱力してます。フニャフニャです。しかしカッコ良い。ダメっぷりもまた粋な男です。ええ。ダメ男でしたとも。当時、髪の毛にシラミが、わいたりしてました。不潔だったのです。お風呂は1週間に1回とかね。あとウンコは3日に1回拭くとかね。

 で、3曲目です。『Stick It Where the Sun Don't Shine』です。これが凄かった。こんな凄い曲は今まで聴いた事が無かった。この3連打で決まりました。
 ニックさんこそが、男だと。あるべき男の姿だと。なんてね。

 ま〜今聴いても全曲カッコ良いわ。ニックさんを見習って生きて来て、間違っていなかった。間違っていなかったんじゃないかな。たぶん、間違いじゃないと思う。ま、ちょとだけ貧乏だけど。ではでは。
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2007年01月05日

灰から灰に・曲がり角にあった10枚(そのE)

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David Bowie / The Collection

 David Bowieという人は、私の中でかなり大きな存在であるはずなのに、とても漠然として、どう言葉に置き換えれば良いのか、まるで分からない。
 それは何故?その明確な答えもまた私にはない。
と言うのもDavid Bowieとは、ヌルヌルとした粘着質の液体ように我々の身体にネットリと纏わりつくのだが、その実態は極めて流動的であり容易に形容など不可能な存在だと思うからである。

 それでも強引に集約するとすればDavid Bowieは『儚さ』の人である。
私がBowieへ抱く最初のイメージはPV『Ashes to Ashes』の中でピエロみたいな扮装をしたBowieが、堅いスーツを着込んだ年配の女性(彼の母の設定か?)と海岸を歩きながら、ひどく真剣な会話を交わしているシーンだ。明らかに場違いな衣装を着たBowieは、どう見ても滑稽でイカレているとしか思えない。それでもBowieと老女は深刻な会話を交わし続け、延々と海岸を歩き続ける。その場面が、ひどく儚い。その場面には非常に冷徹に自分自身を眺めるBowieの視点が見受けられて、とても儚い。自分が、どれだけ日常や社会や時代から遊離した場所にいて(それがBowieの宿命でもある)それでも、すがるように理解を求め続ける姿が見て取れて心が震える。

 そのPVにも良く表れているのだが、自虐的な要素がBowieには強くある。それもまたBowieのメッセージが、サウンドスタイルが、存在そのものが、リアリティを持ち得る大きな要因だと考えられる。
 Bowieはハンサムでスタイリッシュではあるが、良い男ではない。鮮明に欠落部分が見て取れるように考え尽くされている。それが彼の好みなのか戦略なのかは窺い知れないのだが、明らかにダメ男の要素が提示されている訳だ。どこからどう見てもエレガントな貴公子であるはずなのに、見ようによっては明らかにゲス男に見えるのがBowieのBowieたる所以なのだ。『美』というものは沈殿するものではなく、破壊すべきものだとBowieは考えているのかもしれない。むしろ破壊こそが『美』だと。

 スクリーンで観る俳優としてのBowieはお世辞にも上手いとは言えない演技をする。枠にはめられたBowieは、どうも精細を欠く。輝きが失われる。Bowieと言う人は、器用そうに見えて、実のところ不器用なのかもしれない。その時その時の自分の気持ちや、あり方に忠実に、誠実に、真っ直ぐに行動する人なのかもしれない。何も考えず未知の世界へ飛び込んで行く人なのかもしれない。
 だからBowieは、さらけ出す。何も隠さない。陳腐な部分も、格好の悪い部分も、批判を受ける部分も、都合の悪い部分も、全てさらけ出す。それが、その時の自分だからだ。
 その姿勢がBowieの魅力であるような気がする。『清さ』と言うものを強烈に感じる。だから、どんなに浮き沈みし、振り回されても、どの時代のBowieも憎めない。

 私がDavid Bowieを慕い続ける理由は『儚さ』と『清さ』の中にあるような気がする。だが、それもDavid Bowieの一部分だ。
 David Bowieの本質は、もっと混沌とし、もっと猥雑なのだから。

David Bowie / The Collection
(Bowieが自ら選曲したベスト盤との事。これを聴くと…やっぱり分からん)
1. Unwashed and Somewhat Slightly Dazed
2. Width of a Circle
3. Andy Warhol
4. Soul Love
5. Cracked Actor
6. Sweet Thing
7. Somebody Up There Likes Me
8. Word on a Wing
9. Always Crashing in the Same Car
10. Beauty and the Beast
11. Repetition
12. Teenage Wildlife
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2006年12月04日

ジャニスに抱っこされて

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Janis Joplin / 18 Essential Songs

 男とは、ちゃんとした女の人に、ちゃんと抱っこしてもらって初めて一人前の男と呼んでもらえるのです。男たるものとは、そうなのです。それが本望と言えるのです。

なになに?そりゃ、あんたがマザコンだからだって?ちゃうちゃう。Rain Dogs.jpg大先生(Tom Waits)などは、ちゃんと理解され実行されておられるのです。やはり京塚昌子嬢のような巨漢の女性こそ相応しい。例えデブ専ではなくても男とは、そんな風に思うものなのです。
 


 しかし巨漢の女性に出会う機会が無いと嘆く男性諸君。ならば小柄な女性に抱っこしてもらいましょう。小柄な女性の貧弱な胸に顔を埋めて、頭を撫で撫でしてもらいましょう。そういうのが男の夢であり、生きる理由と成り得るのです。

 ま、そういう事でジャニスです。いのかな?そういう事にして。ジャニスの身長は検索したけど分からなかった。映画やPVで観ると小柄に見える。(バックのミュージシャンが巨人並の大男揃いだったら違うかもしれないけど)
 振り絞るように歌うジャニスのブルースは、やっぱり凄くて聴く度に感動してしまう。大ファンには程遠い私なんかが言うのだから、間違いない事なのだろう。

JANIS JOPLIN.jpg 私の場合、昔から良く聴いてたのは、キャロル・キングとかリッキー・リー・ジョーンズとかになるので、ジャニスは、どうもエキセントリックなイメージが強過ぎて聴かず嫌いのまま長い年月を過ごしてきた。最近になって『パール』を聴き直して、ずいぶん落ち着いて聴けるようになった。ジャニスがどうこう言うより、私の先入観(情念とか魂の熱唱とかの謳い文句)が薄れてきた事が大きいような気がする。
 改めて聴いた『パール』は熱唱とか絶唱とかの大風呂敷(もちろん桁違いの迫力に違いは無いけど)を剥がしてみると、随分真っ当なR&Bシンガーであり、一人のチャーミングな女性であった。それから遡って初期に至るまで聴き進め、彼女の抱えていた物の、ほんの欠片ほどが理解出来るようになった。

 私はジャニスを天才シンガーとしてより女性として良いな〜。良い女だな〜。と思えるようになった(念を押すようですが彼女が天賦の才を引き受けていたのは間違いの無い事です。それが彼女にとって無条件の幸福だったのかは、推し量る事など出来ないのですが)

 そんな思いで、残されたジャニスの写真を眺めなおしてみると、実に笑顔が良い事に気がつく。実に美しい。
 男なら。貴方がもし男であれば。ジャニスのような小柄で魅力的な女性が目の前にいたならば『どうか抱っこしてもらえませんか?』と、真剣に極めて真剣にお願いしたくなるはずです。

 そしたらジャニスは、あの『Me and Bobby McGee』のような颯爽とした声で豪快に笑ってくれるのではないだろうか?『カ、カ、カ、カ』とか笑いそう。


☆実にお粗末な文章で申し訳無い。とても良い画像を見つけたので、張り付けたかっただけです。すいやせん。

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2006年12月03日

叫び声の人・曲がり角にあった10枚(そのD)

walls and bridges.jpg
John Lennon / Walls and Bridges

 まだ10代の頃、それまで聴いてきたミュージシャンの中から3人だけを選んで生涯この人達だけを聴き続けて行こうと決めた。この3人さえいれば、他は全て消えて無くなっても良いとさえ思った。その3人とは、Bob Dylan、David BowieそしてJohn Lennonだった。
 さらに当時の私にとって(今も基本的には同じだが)John Lennonという人は『叫び声の人』だった。
John Lennonとは「Twist & Shout」であり「Dizzy Miss Lizzy」であり「Bad Boy」であり「I Am The Walrus」であり「Yer Blues」であり「Come Together」であり「Don't Let Me Down」であり「Cold Turkey」であり「Instant Karma! (We All Shine On)」であり「Gimme Some Truth」であり「Power To The People」であり「Mother」であり「Well Well Well」であり「Woman is the Nigger of the World」であり「Meat City」であり「Nobody Loves You (When You're Down And Out)」 であった。

 10代の思考は極端に短距離走向きの思考でしかなく、その3人が全てだという時期は、瞬く間に過ぎ去ってしまった。だが、ある一時期の間、私はDylanとBowieとLennonとの蜜月を過ごした事になる。毎夜、Lennonの言葉に真剣に耳を澄ました。その歌詞の一言一言を噛み締めるように目で追って行った。そのキラメクようなサウンドに身体を震わせた。そして何より私を捕らえて離さなかったのは、Lennonの叫び声にあった。叫んだ瞬間にボロボロと声そのものが壊れ落ちて行くような、ひどく粗野で頼りなく孤独な叫び声だった。叫べば叫ぶほど孤独へと陥って行く不可思議な声だった。
 私はLennonの叫び声を聴くと、ある特定のキーワードを入手したような気持ちになれた。ある特定の人だけが知り得る「生きる理由」とも呼べるものだと感じた。
だが、それは全て幻想だった。若く未完成な日々が産み出した砂上の楼閣だった。
それと言うのもLennonの叫び声が未完成だったからかもしれない。いつも、どこかが欠けていて完成には至る事はなかったような気がする。もちろん、最上級の賞賛の意味で。かって、そして今に至るまで、Lennonの叫び声には老成とは無縁の永遠の若さが宿っているのだった。

 結婚して子供が出来て、私にはLennonの叫び声が必要ではなくなった。DylanとBowieはいつも通りに聴く事はあってもLennonを聴く事は加速的に減って行った。
私は知らず知らずのうちに老成へと向かおうとしていたのかもしれない。

 今、40歳を越えて、私はその老成と対峙しているような気がする。「老い」と言う難敵を前にして、どうにも腰が引けてしまっている。「下り坂」が怖くなった。力を失う事が怖くなった。一人では生きられなくなる事が怖くなった。爺さんになって無力になる事が怖くなった。

 今の情けなくブザマな中年の私には、Lennonの叫び声が眩しくて仕方が無い。私にもう一度、叫ぶ力が残されているのだろうか?もう一度、裸になって走り回る気力が残されているのだろうか?そして私には、まだどこかに「若さ」が残されているのだろうか?

 Lennonの曲を一曲だけと問われたら、私は迷わず「Nobody Loves You (When You're Down And Out)」を選ぶだろう。
Walls and Bridgesに収められた物悲しいバラードだ。だが、ここにも叫び声がある。終盤のブレイクの後、飛び切りピュアで激しく切実な叫び声を聞く事が出来る。
 胸を捕まれるような孤独な叫び声だ。あの頃も今も同じ気持ちで、それを聞いている。
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2006年11月11日

サンディが降らす雨

Fotheringay.jpg
Fotheringay / Fotheringay

 本日は雨降りです。シトシト降っています。結構、肌寒い。午後から休みなので部屋でコーヒーなど飲みながらBLOGの更新でもやっています。わりと楽しいですね。

 秋雨となるとトラッドでしょう。
今年はトラッド開眼の年だったな〜(TWANG氏には心より感謝)
去年の終わり頃にサンディの10曲入りのベスト盤(20th Century Masters The Millennium Collection)を入手しまして、曲数も少ないし手頃かな?って感じで聴き始めたんですが、これが凄かった!考えられぬほどの名曲揃い。

 それまでFairport Conventionのセカンドは好きだったけど、他のFairportのアルバムは、そんなに好きではなかった。
 これがベスト盤を聴いて一転、今年になって俄然サンディをネチネチ追い詰めていったのでありました。

 今年も終わりに近づいた今ともなると、ソロアルバム4枚とFairport関連、Strawbs関連、それに各種ライブ盤・編集盤を集め聴いていたのでした。
ジックリ味わう種類の音楽なので、これから丹念に聴きこんで行きたいものです。

 さて、サンディはやはり冬に聴きたい。雪などチラつくものなら好都合。
しかし、秋雨となれば、そんな事は言ってられない。

??±??〓.jpg それでFotheringay。

1969年11月にFairport Conventionを脱退したサンディは、旦那のトレヴァー・ルーカスとFotheringayを結成する(バンド名のFotheringayは、もちろんFairport Conventionのセカンドアルバムに収録された決定的な名曲)

 このFotheringayの評価はそんなに高くないのでしょうか?理由は主にトレヴァー・ルーカスの声が邪魔って事みたい。私は旦那のバリトン声も嫌いではないし、結構、クッションになって聴き通すには丁度良いみたい。曲毎に聴くときは飛ばしてるけど。
緊張感に溢れていた全盛期のFairport Conventionに比べると酷な演奏だけど、サンディの曲やボーカルを聴くには悪くないですよ。って言うかメチャクチャ良いわ。

 ドラマチックに盛り上がる、暗く翳った『Nothing More』で幕を開ける訳だけど(もちろん素晴らしい曲)、このアルバムの聴き所は、ほとんどサンディの弾き語りを基調にした簡素なバッキングによる4曲『The Sea』『Winter Winds』『Pond and the Stream』『Banks of the Nile』に尽きると思うな〜。
 先の3曲がサンディのオリジナルで、最後の曲だけ伝承歌。
『Pond and the Stream』はAnne Briggsの事を歌った曲みたい。

 この4曲のシンプルでデリケートな演奏に浮かび上がる、サンディの哀しみを帯びて、尚且つ、浮遊感のあるボーカルが素晴らしい。
 どの曲もそこはかとない哀愁と安息を感じさせる。あまり重過ぎないのが、余計に余韻を醸し出しているような気がしますね。美しい声です。所謂、美声でもボリュームのある歌唱でもないのに、切実な存在感が傑出して聞こえます。

 この4曲だけプログラムして秋の雨を眺めていると、英国の田園風景が広がって行くようです(見た事ないけど)

 どうでしょう?秋雨とサンディ・デニー。お一つセットで如何でしょう?
今ならリチャード・トンプソンが、もれなく付いて来ます(怒られるよ)
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2006年11月05日

秋色のKINKS(End Of The Season)

Something Else By the Kinks.jpgSomething Else By the Kinks2.jpg
The Kinks / Something Else by the Kinks

 根拠のない事なんだけど、KINKSは『秋』と『雨季』のイメージがあるんです。

 私が一番好きなKINKSの時期は、「Face To Face」「Something Else by the Kinks」「The Kinks Are The Village Green Preservation Society」「Arthur Or The Decline And Fall Of The British Empire」の頃なんですね。ビート・バンドから脱却して郷土に根ざした独自の世界観を確立する時期ですね。まだ手探りでコンセプト・アルバムやロック・オペラの手法を試している段階で、蒼く美しい印象的な楽曲が未整理のまま散りばめられています。そんな書きかけのスケッチ画を覗き込むような、ワクワクする楽しさに満ち溢れている時期ですね。
 また、この時期は自然をテーマにした曲が多くて、すごく身近にKINKSってバンド(レイ・ディビス)を感じさせてくれたりもします。まったく関係無いけど(でもないか)中期のDoorsにも同じ物を感じます。

 中でも「Face To Face」と「Something Else by the Kinks」が最も愛聴度の高い作品です。前者には愚図ついた雨空のイメージがあり、後者には物悲しい秋のイメージを感じます。もっとも、根拠がある訳ではなくて(それらしい曲名はあるけど)全体から受ける印象でしょうか。

 「Something Else by the Kinks」は決定的な名曲「Waterloo Sunset」に代表されるように自然や景色をテーマにした楽曲が多数収録されていて、この日本で生活していても、レイ・ディビスと同じ視点で曲を楽しむ事が出来るような気がするのです。

「Death Of A Clown」「Two Sisters」「No Return」と続く前半部分も何とも言えず良い感じなのですが、「Love Me Till The Sun Shines」から「Waterloo Sunset」へと至る(アナログだと)B面は完璧な構成だと思うんです。なんか世界観が小さいんですよね。こう書くと魅力がないみたいだけど、そうじゃなくて『小さな小さな幸せ・小さな小さな哀しみ・小さな小さな喜び』みたいなものを生き生きと描写しているんですね。
 永遠に色褪せないテーマを蒼くて美しい楽曲で表現していたんじゃないかな。それが、ものすごく物悲しい由来でもあるんですけど。
 1967年頃のロック・シーンで、こんな盆栽好きの御爺さんみたな世界観を魅力的に描ける人は、レイ・ディビスが筆頭だったと思います(追随する人も少なかったけど)

 とにかくアナログ時代は、そのB面ばかり繰り返し聴いていました。最初に買い求めたKINKSのアルバムでもありまして、もう20年以上愛聴していますが、まったく飽きないどころか、年々深みが増しているような気がするんです。

????.jpg

 それで「End Of The Season」。

 去って行く恋人と冬の訪れを淡々と歌いこんだ、とても美しくて哀しい曲です。
秋になると思い出すのは、決まって、この曲なんです。

 枯葉が舞う季節になると「End Of The Season」を思い起こし、KINKSの季節が始まります。

 少し厚めのセーターを着こんで、「Something Else by the Kinks」をCDトレイに乗せる。窓の外では落ち葉がヒラヒラと舞っています。熱いホット・チョコレートでも飲みながらレイ・ディビスの溜息に耳を澄ましましょう。
 
 そういうのが正しいKINKSファンの秋の過ごし方だと言えるかもしれませんね。
あるいは、まったくの見当違いかも?
posted by sand at 17:08| Comment(6) | TrackBack(2) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月28日

英国の土埃と共に

 本日は午後からお買い物。恐るべき記念日に相応しく、良く晴れた秋空。
ブルーのジャケットを羽織って、自転車から地下鉄に乗り継ぐ。地下街で妻と”寡黙な”次女と合流。”寡黙な”次女は珍しく機嫌が良い。ローズ・ファン・ファン!で買い物してきたようだ。
 妻がリビングに貼りつけるポスターが欲しいと言うので、一緒に物色する。めぼしい物は見つからず、牛丼屋で唐揚定食を食べてお茶を濁す。

 妻達は、恐るべき記念日の為にケーキなどを買いに行く。私は我が道を行きCD屋に直行。いつもの中古盤には目もくれず、定価盤?を目指す。なにしろ今日は恐るべき記念日なのだから。

Andwella.jpg
Andwella / People's People

 nyarome007さんのブログで紹介されていて機会があれば入手したいと思っていた元希少盤らしい。(しかしnyarome007さんは文章が上手い。今回改めて読み直して脱帽しました。こんなにサラッと書けたらな〜内容も濃いし)
 で、英国から米国のThe Bandへと宛てられたの恋文との事。私は、The Bandが好きだ。歳と共に益々好きになっていく。放っておくと一日中でもThe Bandを聴いていたりする。お風呂上りに鏡台に座ってマニキュアを塗りながらもThe Bandを聴いたりする正真正銘マッドなフリークだ。
 当然、英国産のThe Bandフリークも要チェックしなければ、ガース・ハドソンの鬱陶しい髪の毛に申し訳が立たない。

 そんなAndwellaの3枚目(その前の2作は毛色が違うらしい)。聴き進める程にフムフムと唸り、ニタニタ微笑む怪しい親父と化してしまう。男心を妖しく、くすぐるタイプなのだ。良いね〜嬉しいな。

Danny Kirwan.jpg
Danny Kirwan / Second Chapter

 続いてevergreenさんのブログ紹介されていて機会があれば入手したいと思っていた元中期Fleetwood Macの主要メンバーDanny Kirwanのソロアルバム。
 私は、中期Fleetwood Macが好きだ。歳と共に益々好きになっていく。放っておくと一日中でも「Future Games」と「Bare Trees」を聴いていたりする。お風呂上りに姿見に向かってブラを、はめながら中期Fleetwood Macを聴いたりする正真正銘マッドなフリークだ。
 当然、各メンバーのソロアルバムも要チェックしなければ、ミック・フリートウッドのタマキンの下にぶら下がったアンダー・ザ・タマキンに申し訳が立たない。

 そんなDanny Kirwanの1枚目(後の2作も欲しいね。こりゃ)。Danny Kirwanの良さは、その引きの美学にある。もう一押しで落ちるのに。って所で止めてしまう。奥ゆかしいと言うか、欲が無いと言うか、迫力不足と言うか、積極性に欠けると言うか。ま、そんな微妙な佇まいの人なのである。エリック・アンダーソン。初期のブルース・コックバーン。そんな名前を思い起こす。
 さて、この盤。思いの他カラフルでバラエティに富んでいる。あのDannyに、こんな陽気な一面が!ヨーコ・ゼッターランドさんの台本通りのコメントみたいな台詞が浮かんでくる。しかし3曲目の『Hot Summer'S Day』でDanny節が登場。泣けます。良いわDanny。やっぱり好きだ。

Anymore for Anymore.jpg
Ronnie Lane & Slim Chance / Anymore for Anymore

最後は言わずもがなの名盤。ご贔屓のギャラガー&ライルも参加しています。何故か、この1枚目だけが長い事抜けていて(中古で出なかった)寂しい思いをしていましたが、今回見事に2CD(もう一枚は未発表曲を集めたTin & Tambourine)でGet。内容は最高級極上の英国フォーク・ロック。
 私は、Facesが好きだ。歳と共に益々好きになっていく。放っておくと一日中でも「ウララ」を聴いていたりする…って、もう良いか。

 なにか最近はお気に入りの盤を長く大切に聴いて行きたいな〜。数だけじゃ何か寂しいな〜と言う気になっています(これは人それぞれ。自分の聴き方が、あって当然なのですが)。気に入った盤に巡り合えるのは、音楽ファンならではの恐るべき記念日だと無理やりマトメたりします。


★最後に本日はワタクシの誕生日でした。
と言う、恐るべき一行も付け加えておこう。
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2006年10月27日

街角の詩

Suzanne VegaSuzanne Vega
販売元 : Amazon.co.jp 音楽
価格 :
[タイトル] Suzanne Vega
[アーティスト] Suzanne Vega


 ウチに勤めてくれてるパートさんが8人くらいいるんですが、多かれ少なかれ誰もが問題を抱えているんですね(じゃなきゃウチみたいなチンケな店には勤めない)。

 ある方は金に詰まっていて、そっち系の会社から取り立ての電話が頻繁にかかってくる。給料の前借が多い。ある方は旦那がチャランポランで働かない。奥さんは朝5時から夕方6時過ぎ迄2件バイトを掛け持ちしている。
ある方は、癌の診断を受けて抗癌剤で治療中。でも働かなければ子供の教育費が足りない。

 でも暗い顔している人は一人もいない。皆、笑顔でコツコツ働いて、少しでも不安から逃れようとしているし、少しづつでも前に進もうとしている。

 『会社は社会の為に必要なのだ』死んだ親父が、いつも口にしていた。
「何言ってるんだい。強欲で私腹を肥やす事しか頭に無い男が」当時の私は父の言葉に腹を立てた。でも、今は違う。今となっては会社は、やっぱり儲からなければならないんだと強く思う。儲けられない経営者は失格なのだと思う。会社を存続させて、一人でも職の無い人に仕事を与えなければならない。

 私は、がめつく儲けられるのなら儲けて、職を求めている方々の少しでも役に立ちたいと思う。ウチみたいな、うらぶれた店で働いてくれるパートさんに少しでも喜びを与えたいと心から思う。もちろん、そんな大それた力は、私には無いのだが…。


 嘆き声とカラ笑いしか聞こえて来ない秋の街角には、スザンヌ・ヴェガの『街角の詩』が良く似合う。この冷たく醒め切った描写こそが街の姿だ。浮かれている者や理屈をこねる者など一人もいない。死や破滅の恐怖に背中を押されながら、奇妙に顔を引き攣らせて通りを行き過ぎる者達。希望は胡散臭い。夢には裏がある。救済は単なる気まぐれ。
 この街に相応しいのは、冷ややかな笑い声だ。あなたも私も同じくらい惨めで、同じくらい滑稽なのだ。


★最近、気が滅入る事が多いですね。我々が子供の頃は、こんなに希望の無い社会だったけ?
大人が甘えを捨て、私利私欲を捨て、社会の為に出来る事って何でしょう?考えてみなきゃね。

経理も一段落したのでコメント欄再開します(元々コメント少ないけど)。お暇なら宜しく。

寂しい男の続きは後ほど。
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2006年10月18日

曲がり角にあった10枚(そのC)

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Bob Dylan / Blood on the Tracks

 妻の横で寝ている産まれたての娘の顔(上の娘)を覗きこんだ時、最初に口をついて出てきた言葉は、Bob Dylanの『Buckets of Rain』の歌詞でした。

 『生きることは かなしいよ 生きることは さわぎだよ
  できることは しなきゃならないことなのさ
  しなきゃならないことを するんだよ
  だから うまくできるのさ
  きみのためにするよ、ほら、わかるかい』


 子供が産まれて、まず思った事は、この子にとって私と妻は最大の敵になるのだな〜と言う事でした。もちろん私たちは子供を自分の命よりも大切に思っている。だからこそ、子供にとっては最大の味方であり、敵である事になる。

 子供が産まれて私達は、かけがえのない物を手にしました。でも、それは私達の物では決して無い、新しい命と考えを持った動物なのだ。と思うのです。
私達は、その子に躾と教育を施し、一人の人間として社会人として世の中に送り出したい。そして自分の世界観や夢を見つけ、生涯の目的や生涯の愛を見つけてもらいたい。そして、その時が来たならば、我々親との絆を絶ち切って欲しいと思う(子供には子供の絆が生まれる)。
 絆は切れても愛情が残れば、それで良いな〜と思う。

  できることは しなきゃならないことなのさ
  しなきゃならないことを するんだよ
  だから うまくできるのさ


 私は父と母から厳密に『こうやりなさい』と指示を受けて成長してきました。『お前には、今、これが必要だよ』親からそう言われた事に、基本的に従って来ました。うちの両親は中規模の会社をやっていたので、私は後継者として当然なんだ。と言う意識もありました。父や母が築いた物を守りたいと言う意識があったのです。
 そうやって様々な教育や研修や実習を受けて来ても、結果的に私が身に付けた物は一つもありませんでした。何も出来なかったのです。それは単純に教育や研修や実習でしかなく、それを社会の中で活用する事が、どうしても出来なかったのです。
 ただ、父や母の教えが、全く無駄だったという訳ではありません。それが役に立ったのは、ずっと後の事です。その時の私はしなきゃならないことをやっていなかった。そういう事になりそうです。

 独立して小さな店を持って、挫折し困窮し苦しみ抜いて、ようやく父や母の教えが理解出来ました。あの時の父の言葉が死後10年経って理解出来たのです。
 多分、今私はしなきゃならないことをやっているのでしょう。だから、そこそこうまくやれているのかもしれません。

 もし娘達がしなきゃならないことを見つけて来たならば、私は例えそれが間違いだと気がついたとしても、やらせるべきだはないかと思っています。それが間違いに終わり、親の監督責任を問われるのならば、私は潔く、その裁きを受けようと思うのです。

 子供を一人の人間として育て、独り立ちさせるのは、今の世の中では、とても困難な事です。私と妻は、常に子供達の学校環境に頭を悩ませ、心配し、悲観に暮れています。我々の、どこが間違いなのか?今我々がすべき事は何なのか?を考え続けています。結局、それが親としてしなきゃならないことなのだと思います。我々は現状から逃げず、しっかりと今と言う時代を受け止め、一歩も引かず、毅然と子供に相対さ無ければならないと思っています。

 とは言いつつ実際はかなり難しい。答えのないまま終わり。


★用事が多いので、コメント欄は暫くお休みです。すいません。
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2006年10月13日

曲がり角にあった10枚(そのB)

MetalBox.jpgSecond Edition.jpg
Public Image Ltd. / Metal Box - Second Edition

 ジョン・ライドンは『ROCKは死んだ』と告げてPublic Image Ltd.を結成した訳だが、結局それはROCKがかって確実に生きていた事の証明に成り得た。
 私は当時、ROCKとは程遠い生活をおくっていた。どんなに足掻いてもROCKにさえなれなかった。当時の私にとってROCKとは『暗い一人ぼっちの部屋』の事だった。
ROCKにも劣るクズ人間だ。ROCKが死に絶える前に私は既に死んでいた。

 80年代初頭。異臭が漂う暗闇の中に、黒い鳥が舞い降りた。『Albatross』。
希望とも絶望とも呼べない。死人による死人の為の音だ。
 私は、その死人の声を身動きもせずに聴き続けた。人が青春と呼ぶ、その時に私は死人の声に寄り添っていた。


 『Metal Box』は当初、缶入り12インチ3枚組として79年にリリースされた訳だが(見た事も無かった)、当然、私が聴いていたのは80年に再発された『Second Edition』だった。このアルバムは、後にライドン本人が語っているようにカンの『モンスター・ムービー』、ノイ!の『ファースト』それにダブからの影響が色濃くうかがえる。ただ、当時、そのような脱ROCK的なサウンドを指向するオルタネイティブ色の強いバンドは他にも見受けられた。
 それでも、このアルバムで聴けるPIL.のサウンドは他のどのバンドよりも傑出した輝きを放っていた。当時のPIL.だけが持ち得たマジックとは何だったのだろう?

 破格の存在感と自由に地上を蠢き回るJah Wobbleのベースにその秘密を見出す人もいるかもしれない。キリキリと鋭角的に突き刺さるKeith Leveneの繊細で壊れそうなギタープレイを評価する人もいるのかもしれない。
 だが、それを束ねるライドンの振り絞るような気迫こそ、このアルバムに特別な力を与えている。その事に異論を挟む者は、少なくとも当時を知る者の中には存在しないであろう。

 ピストルズ解散から、このアルバムに至るまで、ライドンは生き急ぐように自身の限界に挑み、強圧的なプレッシャーと対峙して来た。それ故に、このアルバムには重く垂れ込めるようなサウンドと共に快活なPOP感をも含んでいるように感じられたのだ。その地響きするような音圧の狭間に、明瞭な肯定の光が織り込まれていたように思われた。

 私をこのアルバムに引き寄せ、また同時代の他の作品と大きく引き離したのは、実はその極々微量の明確な光。それ故の事だったように思われる。

 ライドンはROCKの死を宣告し、自らを葬り去り、捨て身の死人となる事で、ROCK本来のダイナミズムを再びこの地に引きずり出そうとしているようだった。そこには打算や落とし所の入り込む余地はなかった。ライドンは未来を切り捨てる事で、今を燃焼させようとしていた。実際、彼は燃え尽きてしまったのだが…。

 今になって思えば、ライドンこそが、最もROCKに囚われていた男だったのではないだろうか?その後の彼を見るにつけ、その不器用さだけが目に付いてしまう。いつでも不必要なほど裸になってしまうのだ。ブザマと呼んで良いだろう。

 だが当時の彼を知る者は、誰も今のライドンを笑ったりはしない。
何故なら我々も不必要に裸になりたがる同じ馬鹿者に違いは無いからだ。




 私はその暗闇の中に身を潜め、ライドンの声を頼りに、自分の身体がメラメラと燃え上がる。その瞬間を待ち続けていた。


★え〜思い入れが強過ぎて、冷静な文が書けない好例となりました。ブザマなり。
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2006年10月11日

2006年のMothers Day(その1)

 ここ最近、ZAPPA先生を一日中聴き続けています(膨大なカタログの山を崩すように)。年に1回か2回やって来る『Mothers Day』であります。
そんな訳で、昆布茶でも飲みながら(ダイエット中の為)ZAPPAファイルを紐解いてまいりましょう。好きなアルバムの事なんか。


 ZAPPAを聞き始めて20年以上になる。だからZAPPAと他のROCKやPOPSやJAZZやSOULとを同じように接する事が出来るか?と言うと、そうではなくて、やっぱりZAPPAと他の音楽を同時に楽しむ事は出来ない(私の場合は・・と言う事ですね。念の為)
ZAPPAはZAPPAだと言う事になるのでしょうか。もちろん良い意味で(悪い意味も多少、含む事になるが)
 ZAPPAを聴く時は、予期せずやって来て集中的に聴き込まざるを得なくなる。なにしろ量が多い。これを聴くと、あれも、これも…どんどん深みに、はまって行くのだ。そして、ふとした弾みにそれは過ぎ去ってしまう。またZAPPAではない音楽を聴き続ける生活に戻る事になる。

 ただ、そんなZAPPAを心から敬愛しているし、時折訪れる『ZAPPA音楽の時間(Mothers Day)』を貴重な財産だと自負してもいる。 

『Mothers Day』の始まり(3枚のHot Rats)

Hot Rats.jpgWakaJawaka.jpgSleep Dirt.jpg

 『Mothers Day』はHot Ratsシリーズから始まる。
 前記した通りZAPPAと他の音楽には壁がある(もちろん私の個人的な見解だが)。その壁はユーモアと言うより『お笑い』の要素ではないかと思う。私は常々音楽を深刻に聴き過ぎているのかもしれない。ZAPPAの作品には、一流のテクニックと決して一流とは言えない下世話なほどの『お笑い』の要素が混入されている。
 ZAPPAの言葉を引用してみよう。
「アメリカ人は音楽は嫌いだが、エンタテイメントをこよなく愛している」
もちろんZAPPAがウケ狙いで、『お笑い』の要素を無理やり加味しているとは思えない。ZAPPAは、もっとタフな男だ。むしろZAPPA自身がアメリカ人そのものだと言う事になるのかもしれない。彼の目指すエンタテイメントとは恐ろしいほどの『規律』を有していた。ZAPPAは怖いくらい真剣にエンタテイメントを追求していたのである。

 さて、もう一つ。肝心の音楽をZAPPAは、どう言葉で表現しているのでしょう?
「音楽は、ひとつの芸術のカタチとして、この私達の社会に存在するには、あまりのもったいないものであり、また、平均的アメリカ人が鑑賞するものとしては、あまりに微妙で美しすぎる」
 私にはZAPPAの言う言葉の意味が分からない(頭が悪いし)。ただ、ZAPPAの音楽に触れれば直ちにそれを体験する事になる。
 この辛辣で不気味で下世話で難解で脅威で壮大で楽しく、そして何より繊細で美しい音楽を奏でられるのはZAPPA以外にいない訳だからだ。

 話しを強引に元に戻そう。

このHot Ratsシリーズこそが、最もZAPPAらしくない。『お笑い』の要素が極めて低い。普通のJAZZ・ROCKの範疇に入る作品だと言う事になる。
 私は、いつもここからZAPPA入りする訳だ。

Hot Rats(69年)は英国でも大ヒットを記録した、最もポピュラーなZAPPA音楽だ。カンタベリー産のUK・JAZZ・ROCKのファンであれば何の抵抗も無く楽しむ事が出来るであろう。
『PEACHES EN REGALIA』『WILLIE THE PIMP』後々まで語り継がれるROCKの名曲が詰まっている。

72年にリリースされたWaka/Jawakaは、サブタイトルを『Hot Rats』と記されている。それが示す通り『Hot Rats』の延長線上に位置する縦横無尽に駆け抜けるギターサウンドにビックバンド風味のJAZZ色が色濃く漂っている。『Big Swiffty』での痛快な疾走感が素晴らしい。ドラムのAynsley Dunbarもグッジョブ!

続く79年のSleep Dirtこそ、私の最も愛するZAPPA音楽だ。
元々は後ほど紹介するLatherの一部としてリリースされる予定だった作品なのだが(CD化に際して、ほとんど別物に作り返られる)オリジナル・タイトルを『Hot Rats 3』と呼ばれていた事から、同種の作品と認識されている。
このアルバムこそ、飛び切り豪快で繊細なZAPPAギターを堪能できる傑作だ。
重く引き摺るような重厚なリフで幕開けする『Filthy Habits』こそZAPPA音楽の最高峰の一つだと断言したくなるほどの充実ぶり。後半に収録されている美しくリリカルな『Sleep Dirt』。アコギを効果的に使用した複雑に展開する『The Ocean Is The Ultimate Solution』の出来も申し分がない。
参加ミュージシャンもGeorge Duke・Patrick O'Hearn・Terry Bozzio・Chester Thompson・Ruth Underwoodと黄金時代に相応しい豪華なものとなっている。
 何度、聴いても聞き飽きないマイ・フェイバリット・アルバムの一つなのだ。


★思った通り、前置きが長くなった。シリーズ化。あとは簡単にマトメたい。
posted by sand at 17:49| Comment(4) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

2006年のMothers Day

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The Mothers of Invention / Burnt Weeny Sandwich

 ここ最近、ZAPPA先生を一日中聴き続けています(膨大なカタログの山を崩すように)。年に1回か2回やって来る『Mothers Day』であります。
そんな訳で、昆布茶でも飲みながら(ダイエット中の為)ZAPPAファイルを紐解いてまいりましょう。好きなアルバムの事なんか。

★画像とリンク貼るだけで疲れてしまいました。続きは明日以降。

『Mothers Day』の始まり(3枚のHot Rats)

Hot Rats.jpgWakaJawaka.jpgSleep Dirt.jpg

Hot Rats

Waka/Jawaka

Sleep Dirt

ブリッジを経て黄金時代へ

Chunga's Revenge.jpgOne Size Fits All.jpgOn Stage Anymore - Vol. 2.jpg

Chunga's Revenge

One Size Fits All

You Can't Do That On Stage Anymore Vol.2

ハエハエ・カカカ・ザッパッパ

The Man From Utopia.jpgMeets The Mothers Of Prevention.jpgDoes Humor Belong In Music.jpg

The Man From Utopia

Meets The Mothers Of Prevention

Does Humor Belong in Music?

『Mothers Day』の生い立ち

Fillmore East, June 1971.jpgSheik Yerbouti.jpgCruising With Ruben & The Jets.jpg

Fillmore East, June 1971

Sheik Yerbouti

Cruising With Ruben & The Jets

発明の母を訪ねて

Absolutely Free.jpgUncle Meat.jpgWeasels Ripped My Flesh.jpg

Absolutely Free

Uncle Meat

Weasels Ripped My Flesh

『Lather』の時代

Lather.jpgZappa In New York.jpgStudio Tan.jpg

Lather

Zappa In New York

Studio Tan

シンクラヴィアからBroadway The Hard Wayへ

Jazz From Hell.jpgBroadway The Hard Way.jpgThe Best Band You Never Heard In Your Life.jpg

Jazz From Hell

Broadway The Hard Way

The Best Band You Never Heard In Your Life

『Mothers Day』のフィナーレ(三つの名曲)

Zoot Allures.jpgBongo Fury.jpgJoe's Garage Acts II & III.jpg

Zoot Allures

Bongo Fury

Joe's Garage: Acts I, II & III

『Mothers Day』へのレクイヘム

The Yellow Shark.jpg

The Yellow Shark
posted by sand at 05:09| Comment(3) | TrackBack(0) | コラム・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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